65.悪代官
次の日、メイドのジジを連れて、街に出掛けた。
適当にぶらついて、街の様子を見る。
アルメリア州、州都ニシル。
州都、と呼ばれているだけあって、通常の街の数倍の規模がある。
四つの区画に分けて、東西南北と代官が四人必要な事からも街の規模の大きさが分かろうというものだ。
正直、封地入りしてから大分経つが、まだニシル全体を回りきっていない。
民の日常を知るためにも、俺はこうして街をぶらついていた。
「ご主人様、なんだかあっちが賑わってるみたいです」
「うむ。何か見世物でもあるのかな」
ジジが気づいて、指さした先を見た。
典型的な、何かが起きて野次馬が集まっている雰囲気だ。
俺は野次馬に近づき、近くの男に聞いてみた。
「これはなんの騒ぎだ?」
「死刑の執行だよ。今日は強姦殺人のクズが打ち首にされるって話だから、みんな見に来てるのさ」
男は興奮気味に答えた。
俺はなるほど、と思った。
死刑というのは、公衆の面前で執行されることがよくある。
謀反人とかは見せしめの為にこうするし、大衆の怒りを買うような犯行内容のものは溜飲を下げるためにする事が多い。
今回は後者。強姦殺人犯なら、まあこうして公開処刑になるのも分かる。
話は分かった、これ以上見る必要は無さそうだ。
俺は法務親王大臣、年一回のまとめ執行の最終決定権を持つ立場だ。
その立場にいて数年経つ、今更死刑を見物するような立場でもないし趣味もない。
ジジを連れて、この場から立ち去ろうと――したその瞬間。
野次馬が集まっている広場、取り囲んでいる死刑執行のための台。
その上に、代官と、執行人と、犯人とそれを取り押さえる人間たちが次々と上がっていった。
代官は正装だ。死刑執行するときはそうするべきだと法で明文化されている。
執行人の男は、上半身裸のムキムキな男だ。
よく研いである、遠目からでも鋭さが窺える刀を抱えている。
犯人は後ろ手を縛られて、ぐったりとした様子で台に上らされて、ひざまづかされた。
あっちこっちから罵声があがった。
強姦殺人犯、という事は既に皆が分かっているところで、社会の敵と化した犯人に周りから罵声が次々と浴びせかけられた。
代官は前に出て、両手を挙げる。
罵声が大分やんだ。
静かになったところで、代官が犯人に向き直って、よく通る声で。
「クレイグ・ホールだな。何か言い残すことは?」
「――!!」
跪かされて、項垂れていた犯人はそれを聞いて顔を上げて何かを言いたげだったが、喉から呻き声を漏らすだけで言葉は出てこなかった。
「ないようだな。ならば」
代官は処刑人に目配せをした。
犯人を取り押さえる者達は左右から犯人を押しつけて、頭を下がらせた。
そして、執行人が刀を振り上げる。
「――――!!」
犯人は更にうめき声を漏らして、何か言いたげだ。
「……バハムート」
『はっ』
「通訳、できるか?」
『造作もない』
バハムートが答えたあと、犯人の呻き声が、バハムートを経由して分かる言葉に通訳された。
『私は無実だ! 陥れられたんだ!』
「――っ!」
執行人が刀を上げて――振り下ろす!
「待った!」
俺はそう叫び、同時に地面を蹴って飛び上がり、一直線に処刑台に向かっていった。
処刑人の刀は止まらなかった。
腕輪からレヴィアタンを抜き放ち、斬撃を放つ。
キーーン!
澄んだ音がして、処刑人の刀が真っ二つに折れた。
犯人――無実を訴える者の首は繋がったまま、無傷だ。
「何者だ!」
代官が俺に誰何した。
パスカル同様、俺の顔をまだ知らないようだ。
「俺が誰かなんてどうでもいい。その人は無実だ」
「脱獄の手引きか! 出合え! 出合ええ!!」
厳密には脱獄でもないんだが、代官は若干焦った様子で叫んだ。
すると、十人の兵士が台に上がってきて、俺に攻撃してきた。
「ふっ」
レヴィアタンを振るって、兵士達の武器を一つ残らず斬った。
更に返す刀で、全員の太ももとか肩とかを斬って、一先ず戦う力を奪い取った。
「なっ――!」
「「「おおおおお!!」」」
代官が驚愕し、群衆が歓声をあげた。
「何今の、すごくね?」
「一対十なのに一瞬で倒したぞ」
「どうやったのかまったく見えなかったぜ」
歓声に包まれる中、俺は代官に向き直る。
「その処刑、待った」
「お、お前、こんなことしてどうなるか分かってるのか」
「その人は犯人じゃない」
「何を言う! もう確定した――」
「証拠がある」
「――え?」
俺が声を上げて言い放った。
声は周りに響いて、急展開に野次馬達が静まりかえった。
ちょうどいい、黙らせる手間が省けた。
俺は周りを見た。
野次馬の一番前に、いかにも「おばちゃん」らしき中年の女がいた。
「そこの女、一つ頼みたい。台に上がってくれ」
「あたしかい?」
女は不思議そうに思いつつも、なんだかおもしろそうだ、って顔で台にあがった。
「頼みたい事ってなんだ?」
「その犯人を調べてみてくれ。体をだ」
「はあ……?」
意味が分からないながらも、女は犯人に向かっていった。
代官が止めようとしたが、俺はレヴィアタンを喉先に突きつけて動きを止めた。
女が犯人に近づき、至近距離からしばらく「調べて」いると。
「なんてこと! この人女よ! 男装させられた女だわ!」
女がいうと、野次馬達が更に騒ぎ出し、
「…………」
代官は、顔が青ざめてしまった。
「あんた、よく女だって見抜いたね。凄いじゃないか」
確認を終えた女は、見立て通り「おばちゃん」らしさ全開で言ってきた。
それをスルーして、代官を睨みつけながら聞く。
「女が、強姦殺人の犯人ってことはあるまい?」
「そ、それは――そうとは限らな――」
「犯人の名前はクレイグ・ホールだったな? どう聞いても男の名前なんだが?」
「それは……」
「まあ、身替わりなんてよくある話だ。珍しくもない」
法務親王大臣を長くやってると、現場のいろんな「小技」も分かるようになってくる。
死刑にされた犯人は、家に金があれば、関係者達に賄賂を送って、身替わりの人間と入れ替わる事がまぁある。
もちろん謀反人とか、有名な犯人は出来ないが、そうじゃないなら珍しい話でもない。
当然、関係者の中には執行に立ち会う代官も入っている。
俺は更に強く睨みながら、
「お前は金を貰っているのか」
代官は「うぅっ」、と更に青ざめた。
群衆の気が変わった。
元は強姦殺人犯という社会の敵に向けられていた敵意や怒気が、徐々に真犯人を逃したかもしれないという代官に向けられた。
それを肌で感じている代官は、答えに窮した。
だが、どのみち「そうだ」とは答えられない。
「ち、違う。俺は何も知らない」
「本当だな?」
「ああ! 何も知らない!」
「じゃあこれは何だ」
俺はレヴィアタンを振るって、代官の服を斬った。
傷一つつけずに服だけを斬ったら、切口からポロリと、何かが台の上に落ちた。
ガラスの瓶で、中に液体が入っている。
アポピス経由で分かった。
「これは毒だ、彼女を喋れなくしたのと同じ毒だ」
「そ、そんなものは知らない――じゃなくて。それは私の常備薬だ!」
「ほう? だったら飲んでみろ。自分で飲んで何事もなかったら信じてやる」
「うっ――」
男は答えに詰まった。
野次馬達が騒ぎ出した。
「おい飲めよ!」
「自分の薬なんだろ?」
「皆の前で無実を証明してみろ!」
代官はまごついた。
「ふん」
俺は鼻をならして、代官に近づき、取り押さえて、薬を口の中に流し込んだ。
毒に詳しいアポピス。
それ経由で、数日は喋れなくなる毒だってのは判明している。
だから無理矢理飲ませた。
すると――
「げほっ……ごほっ……うぅ……あうぁ……」
代官はすぐに喋れなくなって。
「悪代官じゃないか!」
「そいつを捕まえろ!」
「真犯人はどこだ!」
完全に代官が関わっていると分かった群衆の怒りが、全て代官に向けられたのだった。





