46.将来の宝
「……よし、やってくれ」
あくる日の昼下がり、屋敷の庭の開けたところで、俺は深呼吸して心の準備を整えた後、相手に命じた。
目の前にいるのは、炎を纏った竜。
鎧の指輪で実体化した、ルティーヤーの指輪――覚醒したバハムートだ。
バハムートは口を大きく開き、喉の奥から渦巻く炎を俺に向かって吐いた。
次の瞬間、俺の体が炎上した。
「むっ……」
業火に焼かれながら、その感触を体に覚え込ませる。
肌がジリジリするのを堪えて、心の中で数える――一分。
「はっ!」
レヴィアタンの力を使って、バハムートの炎を吹き飛ばした。
焦げた匂いがする、地面がぶすぶすと、焼かれて土が溶け落ちている。
大体分かったところで、さあ次――
「きゃあ!」
悲鳴が聞こえた。
声の方を向くと、メイドのジジが地面にへたり込んで、口は金魚のようにぱくぱくしている。
その横に何か封筒のようなものが落ちている。
「どうした」
「だ、大丈夫ですかご主人様」
「ん?」
「あんな……すごい炎……」
「ああ。あれはバハムート、俺が自分で自分を焼いたんだ」
「えええええっ!?」
盛大にびっくりするジジ、何を言われたのかわからない、そんな顔をした。
「じ、自分で自分をって、ど、どうしてですか?」
「今のうちに受けておこうと思ってな」
ちらりと、視界の隅っこにあるステータスをみる。
――――――――――――
名前:ノア・アララート
総理親王大臣
性別:男
レベル:10/∞
HP D+SSS 火 E+SSS
MP E+SSS 水 D+SSS
力 D+SSS 風 E+SSS
体力 E+SSS 地 E+SSS
知性 E+SSS 光 E+SSS
精神 E+SSS 闇 E+SSS
速さ F+SSS
器用 E+SSS
運 E+SSS
―――――――――――
陛下の代わりに帝国の政務を行う、総理親王大臣。
それを命じられたことで、俺の「+」はおそらく「帝国全土分」が上乗せされている。
俗な言い方をすれば、今の俺は無敵状態だ。
だから今のうちに、バハムートやレヴィアタンの攻撃を受けておこうと思った。
「どうして今のうちなんですか?」
「ジジは、天然痘の予防接種を受けたか?」
「え? あっ、はい。ご主人様のメイド達はみんな受けてます」
「それと一緒だ。天然痘の予防接種は人痘法といってな、患者の膿――つまり弱い病気の毒をわざと移して体に覚えさせるものだ。それと一緒だよ」
「あっ、はい……」
俺に言われて、ようやく理解、そして納得したジジ。
彼女はゆっくりと立ち上がるも、まだ完全には驚きが引いていないようだ。
「そ、そうだとしても、あんなに強い攻撃を……すごい炎を……」
「おかげで分かった。全身を燃やされると息苦しくなる。これでいざって時は驚かずにすむ」
「はぁ……ご主人様ってやっぱり、すごいです……」
「それより、何を持ってきたんだ?」
「あっ、はい! ご主人様にお手紙です」
ジジは慌てて手紙を拾い、俺に差し出した。
「誰からだ?」
「わかりません」
「なに?」
「届けてきた人は何も言いませんでした。ただ一言親王様にって」
「ふむ……」
俺は手紙を受け取って、マジマジと眺めた。
とりあえず、害意はなさそうだ。
俺は封をきって、中の手紙を取り出した。
「これは……」
「どうしたんですか?」
「みてみろ」
俺は手紙をジジに見せた。
「これは……献立ですね。すごい健啖家な人ですね」
ジジでも一目で分かるように、手紙の内容は献立だった。
一日の基本の三食と、たまにはさまれたおやつらしきもの。
それが約一ヶ月分、ずらりと書かれていた。
献立以外には、簡単に一言「命の恩人へ」と書かれている。
文字を書き慣れてない人の字だ。
俺は手紙をマジマジと見つめた。
何かの暗号か? と疑ってみたが、簡単な行の頭を読むものから、複雑な暗号まで。
いろいろな可能性を試したが、それらしき内容は読み取れなかった。
ふと、気づく。
その紙の感触に。
そして感触に気づくと、あることが分かった。
一連の可能性が、芋づる式のようにひらめいた。
「クルーズ、か」
「え? 分かったんですか?」
「ああ、これは陛下の……おそらくここ一ヶ月の献立だよ」
「なるほど。たしかに王宮の御膳っぽい内容ですね……あれ? でも陛下って、今お加減が……」
ジジは目を剥いて驚いた。
陛下の健康状態が思わしくないから、それが回復するまで俺に総理親王大臣を命じてきたのは、この屋敷のメイドなら誰でも知っていることだ。
「つまりそういう事だ」
「どういう事ですか?」
「まず、この紙の感触は知っている。王宮に献上している、陛下御用達の紙だ」
「はあ……」
「だから陛下の献立だと分かった。そしてこれを使えて、『命の恩人』と言うのはクルーズくらいだ」
あの時、文字を書けない宦官のことで、俺が罪を軽くするよう進言した話だ。
あれは、解釈によってはクルーズも死罪にできた。
命の恩人は、言いすぎでも何でも無い。
そしてクルーズは陛下の側近、おそらく健康の実情は誰にも喋るなと陛下から厳命されている。
実際、勅命を伝えに来た時も何も喋らなかった。
しかし、陛下は献立まで気が回らなかったらしい。
クルーズが届けてきたのは、どう見ても健康な人間の献立だ。
夏バテの人間はこんなに食えない。
クルーズ、そして庶妃エイダ。
二人から寄せられた遠回しな情報で、俺はますます、陛下が健康なままであると確信した。
「はあ……すごいですね。この紙の材質だけで差出人が分かるなんて。やっぱりご主人様はすごいです」
感嘆するジジに微笑み返し。俺は、今度クルーズにお礼を言わねばなと思った。
☆
ところどころ灼けた服を着替えて、俺は今日の政務に取りかかるため、外苑に作った書斎に向かおうとした。
すると、正門で門番と何者かがもめているのが見えた。
何事だろうかと気になって、近づいてみた。
「どうした」
「あっ! 申し訳ございません殿下。今すぐ追い払いますので」
若い門番が慌てた。
もめている男の胸板を押して、言葉通り今すぐ追い払う態勢だ。
「いい、それよりもなんでもめてる」
「殿下って、あんたが十三殿下様かい」
門番ともめていた男は、明るい声で俺に話しかけてきた。
男の身なりは、一言で言えば乞食のようだった。
髪はボサボサ、服はボロボロ。
体の至る所は泥塗れで、近づくとツーン、として異臭が鼻の奥を刺激する。
「ちょうどいいや、ちょっとお話があるんだけど、聞いてくれるかな」
「おまえ、なに言ってるんだ。失礼にもほどがあるぞ」
「……いや、いい。話があるんだろ? 聞こう」
「え?」
驚く門番、何が起きたのか分かってないって顔だ。
「付いて来い」
「そうこなくっちゃ」
俺は男を連れて、屋敷に引き返した。
屋敷に入って、メイドの一人に茶を用意させて、自ら男を応接間に連れ込む。
俺はソファーに座り、男も座った。
「いやあ、さすが親王様、話が分かるぅ」
「それよりも、俺にあってなんのようだ?」
「そうそう、オイラはリオン。今日は親王様に儲け話を持ってきたんだ」
「儲け話?」
「商売の話さ」
「なるほど? で、どんな商売だ」
「それは秘密ですわ。親王様のところは使用人も多いだろ? 壁にナントカってね」
「ばれると儲け損ねるのか?」
「まあそういう事ですわな」
「ふむ。で、いくらいるんだ?」
「100リィーン。それだけあれば十分だ」
「ふむ」
俺はリオンを眺めた。
リオンは俺をじっと見つめている。
「お前に金を――つまり出資したら何が帰ってくる」
「一年で、十倍にして返しますわ」
「そうか」
ふと、部屋に入ってきていたメイドの表情が目に入った。
メイドは苦笑いでリオンの後ろ頭を見ている。
そんな雑な詐欺じゃだれも騙せないよ、と言っているような顔だ。
まあ、そう思うだろうな。
「分かった。ボニー」
俺はそこにいるメイドの名を呼んだ。
「はい」
「ディランにいって、1000リィーンをこの男に渡せ」
「え?」
「え?」
リオンとボニー、二人の驚きの声が重なった。
「どうした、1000リィーンじゃ足りないのか?」
「い、いや……足りないこたあ……ないが……」
「だったら問題ないだろ。期待しているぞ」
「あ、ああ」
リオンはキツネにつままれた顔のまま、ボニーに連れられて、応接間の外に出て行った。
しばらくして、ボニーが戻って来た。
「ご主人様。さっきの男にお金を渡して、帰ってもらいました」
「ああ」
「あの……どうして、お金を? それに十倍も。あんな詐欺師、お金を渡したら帰ってきませんよ」
「お前、あの男の頭をみたか」
「あ、あたま?」
いきなり何を聞くんだ? って顔をするボニー。
「頭だよ」
「はあ……ボサボサでした、けど」
「そこじゃない。確かに頭はボサボサで、服もボロボロ、泥だらけで臭かった。しかし」
「し、しかし?」
「頭皮は綺麗だった」
「え? そ、そんなのあり得ません」
「お前にはわかるか」
「はい! 私もご主人様に助けられた孤児で、そのままメイドになったのですから」
俺は微かに頷いた。
この屋敷のメイドの大半はそういう人間だ。
本人か、家族が俺に命を救われて、そのままメイドになった。
ボニーもその一人だ。
「あんな格好で、頭皮が綺麗な訳がありません」
「そう。だからあれは変装だ」
「……はい」
ボニーは苦い顔のままだが、納得して頷いた。
それに……これはボニーに言っても意味はないが、リオンは部屋に入ってきても俺だけを見ていた。
ここは十三親王邸の応接間、貴顕を接待するために、かなり高価な調度品が置かれている。
素人でも一目で価値が分かるものばかりだ。
なのに、リオンはまったく気にもせず、俺だけを見つめてきた。
「わざわざ変装してまできて俺に金を要求してきた、つまり何かがある」
「はい……」
「何があるのかは分からん」
俺は手のひらを上向きにして、肩をすくめた。
「だが、人は宝だ。そこまでして来た男に投資と考えればいい。たとえこの先何もなくても、損は金銭だけ。何かがあれば、ああいう格好して懐に飛び込んできた男を一人手に入れられる。あれはそういう金だ」
「なるほど……さすがです、ご主人様!」
☆
十三親王邸の外。
屋敷から出てきたリオンは、物陰で待っている、別の男と合流した。
その男はちゃんとした格好をしている、容姿端麗な青年だ。
「どうだ?」
「……もらってきた」
「なんでそんな変な顔をしている」
「見ろ」
リオンが革袋を取り出すと、仲間の男も驚いた。
「これは……いくらなんだ?」
「1000リィーン。十倍もくれたぜあのお殿様」
「……なぜ?」
「知らん。俺の顔をじっと見つめたかと思ったら、メイドに1000リィーン渡せって命じた」
「お前の顔を?」
「ああ」
青年はしばしリオンをじっと見つめてから、ハッとした。
「……頭だ」
「頭?」
「見抜かれていたんだよ、お前のその綺麗な頭で、変装してたんだって」
「……あっ」
リオンは自分の頭――ぼさぼさの下にある綺麗な頭皮にふれて、同じようにはっとした。
「だから、何かがあるって思ったんだ」
「何かがあるって、何もないぞ。ただ親王様という人を観察したかっただけだぞ俺たちは」
「なのに、十倍の金をだした。どうやら予想以上の大物らしいぞ、あの殿下は」
「そうだな……」
二人の青年は、物陰から十三親王邸を見つめた。
ノアは面白い男を一人釣る為に1000リィーンを出したが。
その行為は彼の予想に反して。
二人の、有望な青年が釣れたのだった。
皆様のおかげで再び二位になれました、次のランキング更新で一位と400ポイント差です。
最後の一位チャンスかもしれません……
面白かった
続きが読みたい
更新頑張れ
と思った方は、下の評価欄からポイント評価してくれるとすごく励みになります!!
何卒よろしくお願いいたします!!!





