44.未来予想図
夜、屋敷内苑の居間。
くつろぎの為に作られた部屋で、日中は採光のいい大きな窓の向こうに、空高く掲げられた半月が見える。
その居間で、立ったまま侍るオードリーとゾーイの二人を置いて。
俺は、模擬戦をやっていた。
水の魔剣レヴィアタン。
名画フワワ。
黄金の巨牛ベヘモト。
そして――覚醒した炎竜バハムート。
その四体を、次々に鎧の指輪にリンクさせて、一対一で戦わせた。
最初にレヴィアタンと、当時はまだルティーヤーだったバハムートを戦わせたらレベルが上がったあの日以来、俺はちょこちょここいつらを戦わせあっている。
最初はレヴィアタンが圧倒していたのだが、覚醒した後はバハムートがほぼ全勝だ。
今もそうで、バハムートの炎がレヴィアタンの水の剣士を焼き尽くして、勝負がついた。
「ふむ」
「どうしたのですか、ノア様」
「レベルが上がった」
「まあ、おめでとうございます」
「おめでとうございます!」
オードリーとゾーイが次々に祝いの言葉をかけてきた。
――――――――――――
名前:ノア・アララート
法務親王大臣
性別:男
レベル:10/∞
HP D+E 火 E+A
MP E+E 水 D+S
力 D+E 風 E+F
体力 E+E 地 E+F
知性 E+E 光 E+C
精神 E+E 闇 E+F
速さ F+E
器用 E+E
運 E+E
―――――――――――
視界の隅っこにあるステータスが、また一つレベルが上がって、これで10になった。
この三年ちょこちょこやってきた事で分かったのは、同じ相手――つまりこの四体だけで回しても、ペースが遅くなるだけで、まったく上がらない訳ではない。
しゃかりきになって、通常の方法でレベル上げをする必要はなく、バハムート達に戦わせていればいいというのが分かった。
「しかし、ノア様はすごいですね」
「ん?」
何がだ? って顔で立っているオードリーを見た。
「このような方法、聞いた事もありません」
「レベル上げの方法をどれくらい知っているんだ?」
「多分、一通りは。貴族の妻として、戦いに赴く夫のサポートをするために、一通りの知識は学びましたから」
「なるほど」
それならオードリーの言うとおり一通り、というか通常の方法は全部知ってるんだろう。
何しろ雷親王の孫娘という、まごうことなきやんごとない血統だ。
生粋の貴族であるほど無知を恥じる、オードリーは相当の教育を受けて、相当の知識があるはずだ。
そのオードリーが「聞いた事もない」と言っている。
俺も貴族――親王として産まれた為に色々知識を学んだが、その上で彼女にも確認した。
「能力で、『+』がつくのは?」
「まったく聞いたことがありません。ノア様だけだと思います。世界でたった一人、選ばれた人間の証です」
「すごいですノア様!」
オードリーの言葉に、ゾーイも乗っかってきた。
二人とも心の底から心酔しきっている目で、そういう目で見られるのは悪い気はしない。
さて、夜も更けてきたし、もう一戦だけしてそろそろ寝るか。
コンコン。
ドアがノックされて、応じると接客メイドのセシリーが入ってきた。
「夜分遅くすみません。ご主人様に来客です」
「こんな時間に? もう遅いから明日に――」
「いや、いい」
言いかけたオードリーを遮る。
「会おう」
俺は立ち上がって、居間を出た。
内苑から外苑に出て、応接間ではなく玄関ホールに案内された。
そこに一人の、くたびれきった格好をした男がいる。
髪はぼさぼさ、目は窪んでいる。
近づくと汗の匂いがツーンとしてくる。
「お前は?」
「シンディー様からこれを届けるように仰せつかりました」
男はそう言って、箱を差し出した。
俺に極秘の何かを届けるための箱。
シンディー・アラン。
バイロン・アランの義理の娘で、あのパーティーで出会ってから十年近い歳月が経った今、彼女は二十歳近くなって、バイロンの仕事を手伝っている。
有能だし、忠誠心も高いので、俺はあの箱を預けた。
「よほどの内容なのか」
男の格好をみて、そう聞いた。
「早馬で、三頭乗り継いできました」
「そうか。ゾーイ、こいつに褒美だ。百リィーン持ってこい」
「かしこまりました」
俺の後ろについて来たメイド長のゾーイが頭を下げて応じた。
そのまま男を連れて立ち去った。
俺はその場に立ったまま、箱を開けた。
「――っ!」
箱の中身は簡単なメモだった。
陛下が病で倒れた。
その一言だけだった。
☆
翌日の朝、大食堂でいつものようにオードリーの給仕で朝食をとった後、またセシリーがやってきた。
「ご主人様、王宮から宦官様がおいでです」
「来たか……」
俺は眉を微かにひそめて、立ち上がった。
「昨日の件なのでしょうか」
オードリーが聞いてきた。
「だろうな」
「そうですか……それにしてもすごいです、正式な知らせよりも早いなんて」
「だからシンディーに箱を預けた」
それに、これは陛下から学んだことだ。
何度もやられた事から、俺は情報の鮮度の大事さを学んだ。
この程度でもまだまだ陛下には及ばないが、いずれは……。
そう思いながら、屋敷外苑の応接間に向かった。
そこに驚きの人物がいた。
「クルーズ!? お前が?」
「はっ。勅命である」
こういう場合、親王の俺と宦官のクルーズ、本当なら出会い頭にクルーズが俺に膝をついて一礼するべきなのだが、クルーズは「勅命」と言った。
つまり彼は陛下の名代――勅命を宣下している間は陛下そのものになる。
だから俺は逆に、彼に片膝をついて頭を垂れた。
「余が戻るまでの一ヶ月、ノアを総理親王大臣に命ずる。軍事以外は全て任せる――との事です」
「御意」
俺は応じ、立ち上がった。
するとクルーズは入れ替わりに、俺に両膝をついて頭を下げた。
「お久しゅうございます、賢親王殿下」
「立ってくれ。それよりも陛下はなぜ俺に、何かあったのか?」
昨日シンディーから知らせがあったが、それは非公式な物だから俺はすっとぼけた。
「陛下のお加減はよろしくありません」
「なに?」
「いわゆる夏バテでございます」
「夏バテ」
「とはいえ一度お倒れになられましたし、ご高齢という事もあって、御殿医グッドの進言もあり、一ヶ月の避暑を行う事となりました」
「なるほど……」
俺は少しほっとした。
おそらく大事を取っての避暑だという事だろう。
それは、政務のほとんどを投げてきたが、軍事だけは手放さないという事からも伺える。
「陛下はこうも仰せです。『余をよく見てきたそなたになら任せられる』、と」
「……」
行間が、まるでトゲのように刺さってきた。
余を良く見ている――字義通りじゃないな。
多分、シンディーの箱もばれてるんだろう。
「さすが賢親王殿下でございます。陛下がこうまで信頼を寄せる方は、賢親王殿下ただ一人」
「あまり持ち上げるな。ともかく分かった。政務はどうする?」
「このままアルメリアにいてとのことです、書類はこちらに転送してくる手はずとなっております」
「わかった。ゾーイ。クルーズに五千リィーンを持ってこい」
クルーズを送り出した後、俺はふぅ、とため息をついた。
そこで冷静になって――気づく。
さっきまで陛下が倒れただの、総理親王大臣に命じられただのに気を取られたので気づかなかったが。
――――――――――――
名前:ノア・アララート
総理親王大臣
性別:男
レベル:10/∞
HP D+SSS 火 E+SSS
MP E+SSS 水 D+SSS
力 D+SSS 風 E+SSS
体力 E+SSS 地 E+SSS
知性 E+SSS 光 E+SSS
精神 E+SSS 闇 E+SSS
速さ F+SSS
器用 E+SSS
運 E+SSS
―――――――――――
なんと、俺のステータスが未だかつてないような物になっていた。
自分の能力の後ろにある、「+」の部分。
人を従えた分上がっていく「+」は、全部が「SSS」になっていた。
びっくりして、戻って来たゾーイに魔法を掛けてもらって、他人でも見られる実際のステータスにしてもらう。
――――――――――――
名前:ノア・アララート
総理親王大臣
性別:男
レベル:10/∞
HP SSS 火 SSS
MP SSS 水 SSS
力 SSS 風 SSS
体力 SSS 地 SSS
知性 SSS 光 SSS
精神 SSS 闇 SSS
速さ SSS
器用 SSS
運 SSS
―――――――――――
「ご、ご主人様……すごいです……」
ゾーイは死ぬほどびっくりして、唖然となった。
いきなり「+」が大幅に増えた。
かつて生まれた時に封地をもらって水がSになったのと同じで。
陛下が、一ヶ月限定で帝国を預けたからこうなった、というのは火を見るよりも明らかだ。
「国一つ、丸ごとが宝だな……」
不可能ではない未来に、俺は心躍らせたのだった。





