38.神と貴族
「カカカ、皇帝が気に入るだけのことはある。オイラでさえ落とせなかったベヘモトをほんの一瞬でのう」
「落とせなかった、ですか?」
「うむ。大昔に手に入れたはいいが、ベヘモトの方は名前を教えてくれただけで、何も話を聞いてくれんかった。あの時にみた姿は幻想的だったから、いつかもう一度会いたいとずっと思っていたのだがのう」
「姿って……こうですか?」
俺はベヘモトと鎧の指輪をリンクさせた。
レヴィアタンとルティーヤーを戦わせた時と同じように、ベヘモトも姿を具現化させる。
テーブルの上に、黄金の雄牛が現われた。
室外だというのに、黄金の輝きは凄まじく、その場にいる全員が目を逸らさざるを得ない程眩しく輝いていた。
それを見たインドラは。
「これだこれ! こんなことも出来るのか! すごいぞボウズ」
「ベヘモト」
リンクしたベヘモトに命じた。
黄金の雄牛はテーブルの上でゆっくりと進み、牛のフォルムのまま、器用にインドラに酒を注いだ。
インドラの杯に注がれた酒も、透明ながらも黄金色に輝いている。
「「「おおおおお!!」」」
それを、見ている野次馬達からも感嘆の声が上がった。
「そんな事もできるのか」
インドラは更に驚いた。
ベヘモトのそれは、完全に俺に臣従している、部下がするような行動だ。
かつて塩対応された身として感嘆せざるを得ないところだろう。
「これで戦わせて、力と技を学ぶのですよ」
「戦わせる? なにとだ」
「例えばレヴィアタン」
そう言って、レヴィアタンを同じように水の剣士にして出す。
「ほう」
「ルティーヤー」
今度は炎の格闘家。
「おお!」
そして最後に絵画の美女。
「フワワ」
俺が従えている意志を持っている武器、道具達。
それを全部具現化した――次の瞬間。
目の前が真っ白になった。
いや、そうじゃない。
魂ごと、遙か彼方に飛ばされた、そんな感じ。
声が聞こえる。
今まで聞いた事のない、圧倒的な存在感を持つ幻想的な声だ。
『我らが、四人までも集まったのは一千年ぶりか』
『白銀の時代、以来ということになるな』
『あの時の子も破格だった。レベルは255、それに我らを四人まで従え、力を取り戻させることができた』
『遠からず我ら全員が揃う日が来るだろう。完全に力を取り戻すことも出来よう。天地開闢以来の慶事だ』
『あらあら、よっぽどこの子が気に入ったのね。狂犬のリヴァイアサン』
聞いたことのない、しかし何故か知っている声だ。
最後に聞いたこと有るような無いような名前が出た直後に、感覚が急速に現実に引き戻される。
周りをみる。
都の大通り、露店の所だ。
テーブルの上に乗っかっている四体の人形のようなものも、今までと何ら変わらない姿でいる。
ルティーヤー、フワワ、ベヘモト、そしてレヴィアタン。
全員、まったく今までとは変わらない姿だ。
今のは……幻聴なのか?
「天の声だ、天が親王様に期待しているぞ」
「え?」
びっくりして、今聞こえてきた声の方を向いた。
そこに野次馬達がいて、なんと全員が目を剥いて信じられない、そんな顔をしている。
「ってことは、神様……だよな」
「俺全然わかんねえけど、今のは神様だと思ったぞ」
「えっ、私だけじゃないの?」
「神様が賢親王様に期待してる……?」
野次馬達は口々に言いながら、俺に期待や尊敬といった視線を向けてくる。
ついさっきまでも、親王だからって事でそういう目で見られていたが、今のはそれ以上だった。
地位に対しての、ある意味いやいや感のある尊敬じゃなくて。
心から尊敬している目だ。
「もしかして……ここにいる全員に聞こえた?」
「おう、そういうことだな。オイラにも聞こえたぜ」
「インドラ様」
「すごいぞボウズ。これはめでてえ」
インドラの顔に尊敬はないが、その分強い喜びと、期待が込められている。
それはそうとして。
「ジジ」
「えっ? あ、はい!」
離れた所で待っていて、同じように今の声を聞いて呆然としていたメイドのジジ。
俺に呼ばれて、慌てて駆け寄ってきた。
「ここにいる全員。今のに立ち会った皆に5――いや10リィーンを配れ」
そう言って、懐から革袋を取り出して、ジジに渡した。
これも貴族の義務の一つだ。
貴族の慶事は、庶民の慶事に比べてスケールが大きいことが殆どだ。
そのスケールの大きい物を独り占めせず庶民に分け与える、それが出来るのが貴族の美徳とされる。
そして、慶事に立ち会った庶民には、金銭を分け与えるのが貴族の義務とされる。
嗜み程度だとする貴族もいるが、より高位の貴族になればなるほど、「義務」という強いものと捉える。
誰かがこう言った。
分け与えるのを嫌がるのは三流の貴族。
義務をやせ我慢でやり通すのが二流の貴族。
やせ我慢とも思わず、当たり前にやってのけるのが一流の貴族。
俺は、それに従って、ジジに命じて、都の平均月収にあたる金をここにいる庶民たちに配らせた。
「ありがとうございます!」
「賢親王殿下万歳!」
「さすが神様に認められたお方だ、すごいや」
俺が貴族の義務を果たして、民達が沸きに沸いている中、ジジと同じように離れた所で唖然としていた、騎士志望の女が俺に近づき、おもむろに片膝をついて、頭を下げた。
「親王殿下に申し上げる」
「どうした、真剣な顔をして」
「親王殿下のご援助、辞退させて頂きたく思う」
片膝をついたまま、顔を上げて俺を見つめる女。
その顔はものすごく真剣だった。
「なんで辞退するんだ?」
「殿下の騎士になりたく思う」
「ふむ? それと辞退に何の関係が?」
「このまま殿下の援助に甘んじていては、堕落してふさわしい騎士になることは出来ない。自分の力で、更に精進をして、殿下の騎士にふさわしい人間になりたいと思う」
「なるほど」
だから俺の援助を辞退するって訳か。
女の顔を見た、とても真剣な表情をしている。
もともとプライドの高い女だったが、今の出来事に触発されて、ますます負けん気が表に出たって感じか。
悪くない、こういう人間は好きだ。
俺がずっと援助している、アリーチェと似たような匂いを感じる。
「話は分かった、が、それは却下だ」
「な、何故」
一流や二流の貴族と同じ話だ。
「援助を受けて怠けてしまうのは論外。それは同意だ。だが、それを自ら避けるのは二流」
「に、二流?」
「一流の騎士になりたいのなら、援助を受けても怠けずに精進しろ。外部の環境にかかわらず、危機感と向上心は自分の中でもて」
「――っ!」
「俺にふさわしい騎士になりたいのなら、そういう風にやれ」
「はっ!」
女は頭を下げた。
さっき以上に感動、感服した表情を浮かべた。
再び顔を上げた女の目は真剣だった。
真っ直ぐと道があって、その先に目標があって、それしか見ていない真剣な目。
その目の中にわずかながらのやせ我慢を感じる。
これで二流、しかしこの女ならいずれやせ我慢も我慢と思わず、当たり前のように振舞うだろう。
一流の騎士が生まれそうで、俺はその事に満足した。
「すごいなボウズ、今の一瞬で面白い芽を育てやがった」
「で、あろう? だからこそ叔父上の孫娘を、と思ったのだ」
瞬間、俺とインドラは弾かれるように同じ方を向いた。
そこにいつの間に現われたのか――。
「陛下!」
俺とインドラは同時に立ち上がって、陛下に片膝をつく。
その事にびっくりした野次馬やジジ達は、あわあわして全員が両膝をついて頭を下げたのだった。





