29.皇族の家人
夜になって、今度は屋敷のリビングで、「抑え気味に」と命令したレヴィアタンとルティーヤーの模擬戦を見ていると、メイドがノックをして部屋に入ってきた。
普段、この時間帯に顔を見ることのない、エヴリンの後釜に座ったセシリーというメイドだ。
「ご主人様、お客様でございます」
「だれだ?」
「陛下の使者です、勅命を携えてきたとのこと」
俺はパッと立ち上がった。
夜も遅いが、勅命とあっては会うしかない。
「通せ」
「かしこまりました」
セシリーが部屋を出て、しばらくして1人の男が入ってきた。
ちょっと驚いた。
知った顔だ。
ライス・ケーキ。
ヘンリー兄上の部下で、ちょっと前まで反乱の鎮圧に出てた男だ。
「上意」
「はっ」
俺はライスに片膝をついた。
勅命を持って来た使者はいわば皇帝の代理人。
礼法はすべてにおいて陛下にするものでなければならないし、勅命を伝達する今のような場合、第三者がなにか口をはさむのも不敬罪に当る。
だから俺は、片膝ついて頭を垂れて、静かに耳を澄ました。
「賢親王ノア・アララートの初陣は延期するものとする。別命あるまで待機せよ」
「ありがたき幸せ」
俺はそう応じてから、更に一礼してすっくと立ち上がった。
次の瞬間、まるで入れ替わるように、ライスが俺に膝をついて頭を垂れた。
「お久しゅうございます、殿下」
「うん? ああそうか、お前はヘンリー兄上の『家人』か」
「はっ」
ライスは応じて、更に頭を下げた。
皇族は時として、自分の奴隷や使用人などを役人や武将として外に出すことがある。
そういう出自を持つ者は、「貴族の家から輩出された人間」という意味で「家人」と呼ばれる。
俺もちょっと前に、エヴリンをアルメリアの小さな土地の代官に出した。
それと同じで、でもエヴリンより大分出世しているのがライスだ。
そして、一つ重要なことがある。
それは役人という公人の身分がありつつも、皇族の「下人」ということでもある。
ライスはヘンリー兄上の下人であるのと同時に、俺の下人でもある。
だから、ライスは勅命の宣下が終わるやいなや、俺に片膝をついて頭を下げたのだ。
「そうか、楽にしていいぞ」
「ありがたき幸せ」
そういうことならば、と俺はソファーに座り直した。
ライスは当然のように、立ったまま俺と向き合った。
「ゾーイ!」
「お呼びでしょうか」
ゾーイが入ってきた。
「使者殿に足代をお渡ししろ。500リィーンだ」
「かしこまりました」
ゾーイが部屋から出て、俺は改めてライスと向き合った。
「陛下の勅命は分かったが、なぜこうなったのだ?」
「それはひとえに殿下のお力ゆえ」
「どういうことだ?」
「ヘンリー様――兵務省が陛下に占いの結果を報告したら、陛下は大いに喜んでおられた」
「なるほど」
「そういうことならば、と大々的にやらねばと仰せになった。兵務省と財務省が共同で、大々的に行うということに」
俺は静かにうなずいた。
そういうのも大事だ。
庶民は英雄譚を好む。
その主役が皇族なら、盛大に広める必要がある。
「初陣が1人でというのは前代未聞。陛下はそのすごさを帝国全土に広めるための方法を、ヘンリー様、第八殿下のお二人と一緒に考えておられます」
俺は更に頷いた。
そういうことなら、初陣関連で、しばらくは俺の出る幕はないな。
☆
次の日、俺はシャーリーを連れてコバルト通りに向かった。
ルティーヤーの成長と模擬戦で俺のレベルアップ。
この二つの新しい力のために、俺は更にレヴィアタンやルティーヤーのようなアイテムを見つけるべく、骨董やお宝が集まるコバルト通りにやってきた。
シャーリーを引き連れたまま歩いて探し回るが、それっぽいものはまったく見つからない。
まあ、レヴィアタンやルティーヤーみたいなのはそう簡単に見つかるものでもない。
二体とも本物のお宝、そうそう出るものじゃない。
見つからなくてもしょうがない、と、俺は一回りした後、顔なじみのアランの店にやってきた。
店にいたアランは満面の笑顔で俺とシャーリーを店の奥に通した。
通された貴賓室で、俺は座って、騎士のシャーリーは俺の背後で警戒するように仁王立ちした。
「本日はどのようなものをお探しでしょうか」
アランは商売人らしく、手もみしながら聞いてきた。
「アイテムを探している……そうだな、意志を持っているタイプの魔道具だ」
「なるほど……」
「そういうものはないか? なんでもいいぞ、例えば呪われた人形とか」
「それならば一体――ああいえ、あれは、えっと」
「ん?」
なんでいきなり言いよどむ? って感じの目でアランをみた。
「ここだけの話、今言ったのは偽物で。素人に押しつける程度の品物でございます」
「なるほど」
俺はクスッと笑った。
骨董品やお宝を扱う店だ、もちろんそういうこともある。
「ということはないんだな、今は」
「はい……誠に申し訳ありません……」
「いいさ、ならば」
俺は懐から革袋を取り出した。
お宝を見つけた時のための金だ。
「とっとけ、一万リィーンある。それっぽい掘り出し物があったら連絡しろ」
「はい!」
「ちゃんと見つかったら別途褒美をくれてやる。それじゃ」
俺はそう言い残して、シャーリーを連れて店を出た。
アランは俺たちを店の外まで送ってきて、いつまでも頭を下げて見送った。
さて、どうするか――ん?
「どうしたシャーリー、変な顔をして」
店を出てから、シャーリーがずっとポカーンとしているのに気づいた。
「い、いえ。今のってなんなのかな、っておもって」
「今の?」
「えっと……お金を、渡した?」
シャーリーは自信なさげな口調で言ってきた。
「何って、買い物だろ?」
「……買い物なんですか?」
「ん?」
「そういう買い物見たことないです。品物もないのにお金を、しかも一万リィーンを払ってしまうなんて」
「ああ」
「なんか……すごい……。それに値段も全然きいてない」
気持ちはわかる、俺も前世のままなら今のシャーリーと同じ反応をしてた。
がまあ、それが貴族の買い物ってやつだ。
舌を巻くシャーリーを連れて、最後に露店に出てるものを流し見しながら、コバルト通りを後にする。
「ああん!?」
突然、雑踏の中でもよく通り、野太い男の声が聞こえた。
それは周りにもよく聞こえたらしく、骨董市の賑わいが一瞬にして静まりかえった。
「もう一度言ってみろ、今、なんていった」
静寂の中、さっきの声がまた聞こえてきた。
声の方を見ると、遠目からでもはっきりと分かる、頭のてっぺんをはげ上がらせた男が、露店の店主に怒鳴っているのが見えた。
「で、ですから。この品物は別のお客様が予約していったもので――」
「俺様が買うつってんだろ!」
「ひぃっ!」
男の再度の恫喝に、露店の店主はすくみ上がった。
俺は近づき。
「やめろ」
と男に言った。
「はぁん? これはこれは、ノア様じゃないですか」
「俺のことを知っているのか?」
男は一変、慇懃な態度取ってきた。
いや違うな。
慇懃無礼な態度、っていった方が正しい。
「申し遅れました、私、ギルバート殿下の家人の、ダレンと申します」
「ダレン」
「宮内省でお会いしませんでしたか?」
「むっ」
宮内省というのは、王族の「内務」を総括する省庁だ。
王族の財務も管理してて、財務省が帝国の国庫を管理しているのに対し、宮内省は皇帝、そして王族の「おサイフ」を管理している所だ。
皇族と密接に接している事もあり、どこか変なエリート意識で、他の省庁を見下しがちなのもここの特徴だ。
「それはいい。それよりも何をしている、話を聞いてたが今のは恫喝だぞ」
「おやおや、ノア様は法務親王大臣なのにご存じない?」
ダレンは蔑みきった目で俺を見た。
「宮内省の人間は、内乱外患の罪以外では罪に問えないのですよ、いわば法外特権。これは皇室の安定を保つためで、しっかりと帝国法でも定められております」
「……」
確かにそうだ。
宮内省とあんまり絡まないから失念していたが、確かにそうだ。
そうだが。
「ですので? 口出しは無用に願いたい」
「……」
「の、ノア様……」
シャーリーがおそるおそる俺の名を呼んだ。
きっと今、俺はかなり怖い顔をしてるんだろう。
皇族、特に親王の使用人は、それだけでかなりの地位を持つ。
門番程度でも、皇族と絡まない下級騎士くらいの地位と見なされる。
それが今上陛下の第一子、第一親王ギルバートの家人で、なおかつ特権を持つ宮内省の人間ならば、この態度も驚くほどのものじゃない。
「わかった、それはいい。だが」
「だが?」
ダレンは「まだ何かあるのか?」って顔で、俺を見下しきったまま聞いてきた。
「お前は兄上の家人だな? なら、なんで俺を見て突っ立ったままでいる」
「むっ」
ダレンの顔色が初めて変わった。
昨日、ライスが俺にしたことだ。
最初は勅命の宣下をしに来たから俺はライスに跪いたが、それが終わればライスは「皇族の家人」として俺に跪いた。
それと同じことだ。
ダレンは本来、俺にもっと恭しくするべきだ。
「き、気づかず――」
「もう遅い。シャーリー」
「え? あっはい!」
「こいつを捕まえろ。その辺に縛りつけてむち打ちにしろ」
「なっ!」
目を剥くほど驚愕するダレン。
「正気か! 俺はギルバート様の――」
「ギルバート兄上の顔に泥を塗ったことがまだ分からないか。やれシャーリー!」
「はい!」
話を理解したシャーリーは前に進み出て、ダレンを捕まえた。
ダレンは抵抗したが、シャーリーはレヴィアタンの結界さえもやぶれるほどの力を持っている。
抵抗するダレンを難なく捕まえて、後ろ手でひねり上げた。
「えっと……縄は……」
「こ、これを使って下さい」
見物人の中から一人男が進みでて、縄を差し出した。
「ありがとう」
シャーリーはそれを受け取って、その辺の店に柱を借りて、ダレンを縛りあげた。
今度は鞭を差し出す者がいた、シャーリーはそれを受け取った。
「ノア様、どれくらい打ちますか?」
「もし」
そこで一旦言葉を切って、ダレンをちらっと見てからシャーリーにいう。
「お前やメイド達、俺の家人、配下が民を虐げるような事があれば、俺は容赦なく死刑にする」
「分かりました」
シャーリーは頷き、躊躇なくダレンを鞭でうちだす。
瞬間、歓声が上がった。
「ざまあないぜ」
「いつも威張って、罰が当ったんだ」
「親王様に感謝だね」
周りの人間は意外と大喜びで、ダレンが鞭で打たれているのを笑いながら見ていた。
シャーリーは、ダレンが息絶えるまで鞭で打ち続けた。





