26.名誉と実利
「『ルティーヤー』……炎の力を持っているのですね」
「そこまで見抜いていたのか」
「はい。しかも相当な力を持っているようで」
「うむ。試してみるか? それなら外に出よう」
陛下がそう言って、先に歩き出した。
宝物庫を出て、腹心宦官のクルーズを呼んで、「的」を用意しろと命じるのだが。
「それには及びません、陛下」
「ほう? なにか考えがあるという目だな」
「はい」
「ならばやってみせよ」
許可が出た陛下と共に、庭園に出た。
俺は陛下に一礼して、少し離れた所に立った。
俺のステータスに「+」をもたらしたルティーヤーは、レヴィアタンと二つ共通点がある。
一つは意志を持つこと。だからこそ「+」に繋がったんだと俺は推測している。
もう一つは、俺の能力と関係無しに指輪のみの力で攻撃を放てること。
レヴィアタンのチャージ攻撃と同じなのが、ルティーヤーにもある。
それを放った――自分めがけて。
瞬間、俺の体が炎上した。
「ノア!?」
それに驚いたのが陛下だ。
反射的に一歩踏み出し、手を差し伸べてくる程驚いた。
「大丈夫です」
火だるまのまま告げる。
俺の声があまりにも普通だったから、陛下が二度驚き――ぎょっとしたのが見えた。
さりげなく出していたレヴィアタンを見えるように掲げて見せた。
「……なるほど」
数瞬またいで、得心顔に変わる陛下。
俺は、ルティーヤーの炎を自分にかけたが、それに反応したのがレヴィアタンだ。
鎧の指輪とリンクしたレヴィアタンは即座に水の力を持ったシールドを出した。
水と火は互いに弱点となる関係だ。
互角であれば互いにかき消されるだけだが、どっちかがはっきり格上だと効果が一気に膨れ上がる。
数値にするとこうだ。
100の火の力で攻撃したら通常100の効果が出る。水もそうだ。
しかし100の火の力で、99の水の力の相手に攻撃すれば、その効果は一気に2倍の200近くまで跳ね上がる。
逆に99の火の力で100の水の力に攻撃してしまうと、効果は0近くまで落ち込んでしまう。
今がそうだ。
「むぅ……周りの地面が溶けているのにまったく動じないとは。さすがだノア」
陛下も驚いているように、ルティーヤーの炎は俺の周りの地面をドロドロに溶かしてしまうほど強いものだったが、俺にはまったく効いてなかった。
それはレヴィアタンの力がルティーヤーより上だということに他ならない。
「むぅ?」
「どうしました陛下」
「地面が溶けるほどの熱だというのに、余はまったく熱いと感じぬぞ」
訝しげに言った陛下、まるでたき火にするように、手のひらを火だるまの俺に突き出す。
「もう一度地面をご覧下さい」
「地面を……? むっ、溶けてるのは『円』の範囲内か」
「はい。外に出ないように抑えてもいます」
「なんと! すごいぞそれは」
「ありがたき幸せ」
陛下の褒め言葉に、深々と腰を折って一礼する。
ルティーヤーの力を俺は把握した、陛下にも見せられた。
ってことで、ルティーヤーに命じて、炎を引っ込めさせる。
直前まで火だるまになっていたのが、まるで何事もなかったかのように元に戻った。
髪も肌も、服にも焦げめ一つついていない。
ドロドロに焼かれて溶けた地面だけが、ルティーヤーの力の強さを示していた。
「ここまで完全に御しきれるとはさすがだぞノア」
「恐れ入ります」
「うむ、改めてルティーヤーをノアに授ける。それをもって帝国のために益々励むがよい」
「はっ」
陛下は満足げな顔できびすを返し、「ついてこい」と言って歩き出した。
庭園から宮殿の中に戻って、一直線に書斎に戻ってきた。
陛下は執務の机の向こうに戻って、俺は臣下の立つ位置で立ち止まった。
「一つ、ノアの意見を聞きたいことがあった」
陛下は山ほどの報告書の中から一つ抜き出して、俺に突き出してきた。
俺はそれを受け取って、目を通す。
それは陛下の弟――つまり俺にとって叔父にあたるグラエム・アララートが、自ら罰金三万リィーンを申し出たという内容のものだった。
「グラエム様が何かしたんですか?」
「グラエムの息子――余の甥になるな。それがグラエムの領地で横暴の限りをつくし、ついには泥酔して、その時もめた相手を殺してしまった」
「なんと」
「それはそれで相応の罪に問うたが、グラエム本人は息子の監督不行き届きだとして、自ら罰金を申し出てきたのだ」
「帝国法ではグラエム様に罪はありません。親の借金を子が返す義務がないのと同様、子の罪が親に及ぶこともありません」
俺は法務親王大臣として、帝国法からこの件の法的解釈をだした。
「うむ。余もそう言った。それでもグラエムは怯えているのだろうな。自ら罰金を申し出て、安心を買おうという腹づもりだろう」
俺は渡されたものをみた。
そこに書かれている数字を改めて確認。
三万リィーン。
かなりの大金だ。
帝都における、成人男性の一ヶ月に稼げる金額が、平均して10リィーンだ。
3万リィーンというのはその3000倍。
ざっと二百五十年分の稼ぎだ。
「どう思う、ノア」
「……断固として却下すべきだと思います」
「理由は?」
「罪がないのに罰金を徴収するわけにはいきません、たとえ本人が申し出てもです」
「ふむ。ならば法を改正し明文化するというのは?」
陛下が俺をじっと見つめる。
「国庫が慢性的に危険なのだ。災害の救助に反乱の鎮圧、どれもこれも金がかかる」
だからこういう臨時収入が欲しい、って訳か。
気持ちはわかる、分かるが。
俺は真顔できっぱりと言い放った。
「このような前例を作ってしまうと、金を払える人間は『金さえ払えば無罪になる』と考えるようになってしまう。実際の帝国法ではそうではないが、そういう考えがはびこってしまうと犯罪へのハードルが下がります」
「うむ、その通りだ。法の抑止力が死んでしまう」
「さらには、そういう人間の大半は商人と貴族や官吏。それが巡り巡って政治の腐敗に繋がってしまいます」
「なるほど」
「国庫の不足はゆゆしき問題。しかしそれは真っ当な手段で充実させるべきです」
「……そうだな、ノアのいう通りだ。良く諫めてくれたノア。国庫のオスカーと諮ろう。また意見を聞かせてもらうことになると思うが」
「なんなりと」
俺がいうと、陛下は頷き、手元の紙に何かを書いた。
一通り書き終えたあと、サインをしてはんこを押す。
皇帝の正式な文書――詔書だ。
それを俺に突き出してきた。
受け取って、内容に目を通す。
そこには十三親王――つまり俺が稀に見る賢親王であるという褒め言葉から始めて、最後には総理顧問官という役職に任命すると締めくくられている。
総理というのは俺が進言した総理親王大臣から来たもの、その顧問官。
「……」
「名誉職だ。気に入らぬか?」
「いえ……陛下」
「なんだ?」
「罪から逃れる為に金を払うのは論外ですが、名誉のために金を払わせるのはいかがでしょう」
総理顧問官という、間違いなく今でっち上げられた名誉職から産まれた発想を陛下に話した。
「名誉?」
「例えば、1000リィーンを国庫に寄付した人間には名誉騎士号を与えるなどは?」
前世の知識と記憶でそれがよく分かる。
人間は、ある程度の金――自分では使い切れない程の金を持った後は、物質よりも名誉を求めるようになるものだ。
貴族が様々な人間のパトロンになるのも、そういう面がある。
自分では使い切れない金、それを才能はあるが恵まれない人間を育てることによって、貴族としての名声を上げていく。
それと同じことなのだ。
「なるほど」
陛下の目がきらりと光ったように見えた。
「ただし、あくまで名誉のみです。名誉騎士は、その後騎士選抜に出られず、実権に繋がることはないという但し書きを付けなくてはなりません」
「ふむ」
「その代わり、陛下から直々に表彰してもらえる」
「まさに名誉のみに特化、と言うわけだな?」
「その通りです」
「すごい発想だ……すごいぞノア」
ますます目を輝かせる陛下。
「クルーズ。オスカーを呼べ。急ぎだ」
早速財務親王大臣であるオスカーと話を詰めるくらい、陛下は俺の提案に乗り気になったようだ。





