190.謎の少女
数日がたって、正午の少し前。
俺はシンディーを引き連れ、群衆の中にまぎれていた。
大通りの両横に集まった群衆の中を、凜然とすすむ兵士の一団。
その一団の中心にいるのが、馬にのった女。
帝国公使の正装で身を包み、背筋を伸ばして前方をまっすぐ見つめている。
その凜々しさ、そして美しさ。
群衆の半数はそれにみとれ、半数はその存在に疑問をいだいていた。
「なああれ天使様だよな」
「でも女だぜ」
「しらないのか? 今の皇帝様のご家人は女の人が多いんだぜ」
「そうそう、宰相様にまでなった女の人もいるんだぜ」
「へえ、ってことは皇帝様と親しい人ってことか」
「そんな人がなんできたんだ?」
「さあ……」
群衆がざわざわする。
現れた女の正体と、その目的を口々にいいあっていた。
その一団は更にすすみ、庁舎の前にやってきた。
既に庁舎の正門が全開になっていて、代官らしき中年の男が部下を率いて出迎えた。
「お待ちしておりました公使様――」
「上意」
女は毅然とした口調で、代官の男の諂う言葉をさえぎった。
代官は一瞬ビクッとした後、慌ててその場で跪いた。
「略奪に対する無為無策は目に余る。本件をすべて公使マヤに一任する。必要権限を一時的に全て譲渡し全面的に助力せよ――以上」
「え、あ――」
「拝命は」
女は馬上からぎろり、と代官を睨みつけた。
本来は疑問形となる言葉だが、女の語尾には一切そういう語気はなかった。
「?」を「あるはずないよな」というニュアンスを込めて言い放つと、代官はその場ですくみあがった。
「とととんでもありません!!」
「ならば最初の命令だ」
「はは!」
「略奪にかかったもの、実行犯を一人残らず逮捕し、隔離せよ。私が直々に尋問する」
「は、はは」
「いいか、全員生け捕りにしろ。必要なら見せしめのため厳しく処刑する必要がある。そうなる前に一人死なせる度にお前も一度死なせるからそのつもりでいろ」
「は――はは!!」
代官は血相をかえて、部下に指示を飛ばした。
一連のやり取りでまわり更にざわざわし出す中、女は部下を率いて庁舎の中に入った。
☆
夜、街外れの民家。
しばらく滞在するからシンディーが買い取った建物は、俺があれこれ裁可を下すためちゃんとした書斎がある建物だった。
その書斎の中に、黒いマントを頭まで被せたものが入ってきた。
そのものは部屋に入るなり、マントをとって跪いた。
「遅参のご無礼――」
「よい、騒ぐな。楽にしろ」
「はい」
マントを取ったのはあの公使の女だった。
名前はマヤ、群衆でも言われていた通り十三親王時代からの家人だった。
当然、俺にはよく知っている顔の女だった。
「ここでは呼び名は昔のままでいい」
「かしこまりました、ご主人様」
「それよりも様になってたな。身分関係なく相手を圧倒出来ていたぞ」
「恐れ入ります、ご主人様の調教のたまものです」
「調教か、おまえらはいつもそういう」
俺はふっとわらった。
マヤは俺の家人の中でももう古株の部類に入る。
かつて賢親王になったばかりのころ、当時の第一親王ギルバードの家の者、闇奴隷商をやっていた者の手から助け出した子供たちがいた。
その子供はほとんどがそのまま第十三親王邸に仕え、俺の家人になった。
そして月日がながれ、最初に外にだした家人エヴリンが拓いた「道」にのって、一部のものが同じように官職についた。
その中の一人がこのマヤというわけだ。
そのマヤを始めとする元奴隷や一部の家人が、謙って俺の教えを「調教」だと表現している。
「まあいい、言葉はどうであれ、俺の意図を汲んでその通りに命令を遂行するおまえらの事は頼りにしている」
「もったいないお言葉」
「で、どれくらい確保した」
「はい、今のところ69名。いずれも容疑をみとめ、従容としていました」
「……どう思う?」
「違和感を覚えます。理由はわかりません」
「うむ」
俺は頷き、たちあがって、書斎の中を歩いて回る。
いつからか、考えごとをまとめるためにとりあえずしばらく歩く、というのが常になっている。
「俺の意図は確保、それはお前にも伝わっている」
「はい」
「だが市井の者には伝えていないし、伝えたところで理解もできないだろう。したがって通常は慌てふためき、または抵抗するものだ」
マヤをじっと見て、それらのことはあったのか、と視線で訪ねる。
「ございませんでした」
「うむ、やはりそうだな」
「といいますと?」
「誰かいれ知恵をしている者がいる、間違いなく」
「首謀者、でございますか」
俺はフッと笑った。
マヤは意外そうな顔をする。
「首謀者、という呼び名が相応しいのかはわからん。いきさつは頭にはいっているな?」
「はい」
「通常の略奪であっただろうところを色々と押しとどめたのだ。真実はどうであれ、そういう言い逃れが出来てしまう」
「小賢しい事です」
「その『賢』のみに注目したい――マヤ」
「はっ」
「そいつを引きずり出す」
「かしこまりました、どのようにして」
「とらえた者は隔離、厳重にして情報を一切外にもらすな。大前提だ、できるか?」
「お任せを」
マヤはベコり、と腰を90度におった。
「その上で――方法は任せるが、拷問をしていると見せかけることができるか?」
「可能です。拷問の際にでる廃棄物と同等のものをつくれば」
「よし、激しくやった風に装え。そうすれば出てくる」
「出てこなかった場合はいかように」
「くるさ」
俺は再びふっと笑った。
それに関しては、ほぼほぼ確信している。
俺が確信している事はマヤにも伝わって、彼女はなぜそこまで――という顔で小首を傾げた。
「略奪ではなく建物を壊す食料をその場で汚してダメにする、まではいい。素晴らしい戦術を考えついたと純粋に褒められる」
「はい」
「が、ことの前に女子供を遠ざけ、特に子供にその光景を見せるなという指示は法の回避や刑の軽減には誤差程度の効果しかない。それはヤツの『人の心』からでたものだろう。であれば、自分のせいで皆が激しく拷問されている事をしったら良心の呵責に耐えきれなくなる」
「それで出てくる――やはりすごいです、ご主人様」
説明をきき、理解し納得したマヤ。
「お任せ下さい、しっかり誘き出します」
「ああ」
「では――」
「いやまて」
「――え?」
退出しようとしたマヤを呼び止めた。
マヤは少し戸惑い、「まだなにか?」的な顔をする。
俺は少し考えた。
「……昼間、お前は誰一人死なせるなといったな」
「え? は、はい。なにかまずかったでしょうか」
「いや、それも利用しよう」
「ど、どういうことでしょうか?」
「毎日それなりの薬を要求し、運び入れろ。囮は生きているように見えるから役に立つ」
「――っ! すごいですご主人様、そのようにいたします!」
「うむ」
俺が頷き、今度こそ何もない事を確認したマヤは退出した。
「……さて、出てくるまでに何日かかるかな」
俺はそんな事を考えなから、帝都から転送されてきた書類に向き直った。
☆
三日後の、昼。
書斎の中で書類を読んでいるところに、ドアがノックされた。
「はいれ」
「失礼します」
現れたのはシンディーだった。
彼女は後ろ手でドアを閉め、俺に深々と一礼した。
「ご主人様、マヤ様から使いの者が」
俺は手を止めて、顔をあげた。
「内容は?」
「都合のいいときにご足労を、とだけ」
「ふっ、慎重だな。ちゃんと身柄は確保したのか」
「そうなのですか?」
「マヤに下した命令で一番重要な事はなにか、わかるか?」
「えっと……首謀者を誘き出してとらえること、でしょうか」
「惜しいな、あと一歩だ」
「えっと……」
シンディーは考えたが、ピンと来なかったようだ。
「申し訳ございません……」
「構わん、商人から出る発想ではない」
ひとまずシンディーを慰める言葉をかけてから、続けた。
「一番重要なのは生きたまま俺に見せることだ」
「……あ」
「そう、誘き出してとらえる、なんのためか、俺が話をしたいからだ」
「そ、そうでした!」
「おそらくマヤは自分で監視しているのだろう。この手のはなし、部下に任せていたら自決されたり口封じされたりするのはよくある話だからな。連れてくるのも危険がある、何がどうなっているのか不明瞭だ、移動中の口封じも考えたら下手に動かん方がいい。となると――」
「ご主人様に直接来ていただく方が」
「そういうことだ」
「さすがですご主人様、そこまで思いつきませんでした」
俺はふっと笑い、立ち上がった。
シンディーは慌てて上着を持ってきて、俺にかけてくれた。
「いくぞ」
「はい!」
☆
部屋の中にはマヤと、年端もいかない少女だけがいた。
二人は向き合って、椅子に座っている。
監視的な空気があるが、少女は怪我もしていなければ拘束もされていない。
その気になれば逃げ出すことが出来る――そう思わせる光景だ。
その光景もさることながら、俺は少女そのものに驚いた。
彼女はまだまだ稚気が残っているような、おそらく十代の――前半といったところだろうか。
いろいろ想像していたが、まさかこれほど幼い少女が出てくることは想像だにしていなかった。
マヤは立ち上がり、余人がいるため目礼のみに留めて何もいわなかった。
「そういうことだったんだ……」
少女は俺を見るなり、得心顔でそうつぶやいた。
「うむ? そういうこととは?」
中に入って、シンディーが背後でドアを閉める気配を感じつつ、少女に聞き返した。
「家人の公使がこういう態度ってことは、皇帝陛下ってことだよね」
その言葉を聞いて、俺は改めて目の前の少女を品定めする意識を強めた。
庶民の学識を測る基準はいくつかあるが、その中の一つが皇帝への尊称の付け方だ。
農民をはじめ、ほとんどの一般庶民は「皇帝様」と呼ぶ。これは純粋に学識の多寡の問題で、そう呼ぶもの達の意識は様付けが最上級の尊称であり、「神様」と呼ぶのとなんら変わりは無い。
そして少しでも教育を受けて、学識があれば「様」以外の尊称がある事をしる。
そういったもの達は本来の「皇帝陛下」と呼んでくる。
目の前の少女はまだまだ幼いのにもかかわらず、それを知っていた。
少なくとも無学な子供ではない、と俺は判断した。
一方で、当たりをつけた原因となったマヤは少し慌てた。
俺は手をかざし、「気にするな」と言外に示した。
そのまま、少女に問う。
「余の事をどこまで知っている」
「すごい人」
「ふむ」
俺は頷き、少女に近づく。
俺が「余」を使ったことで、マヤは隠す必要がないと判断して、公使の身分ながら自ら椅子をひいて俺に座らせた。
俺はそれにすわって、少女と向き合った。
一言で「すごい人」といってきたが、おもねるというニュアンスは感じられない。
また少し、少女に興味をもった。





