164.オスカーの忠誠
「陛下も、セムを可愛がって下さっていると聞きました」
「どうだろうな、厳しく接しているつもりだ」
父上はそういい、窓の外に目をむけた。
遠い目をしていた。
俺は何となく、「子育ての失敗」という言葉が脳裏に浮かんだ。
長子ギルバード、次男アルバード。
間接的にではあるが、父上は二人の息子を手に掛けた。
その反動でセム――孫には厳しくしてもおかしい話ではない。
「セムは幸せな子だと思います」
「どういう意味だ?」
父上はこっちを向いて、少し驚いた表情で聞いてきた。
「陛下の『厳しい』はきっと教育的な意味での厳しさ。陛下ほどの名君が、手ずから厳しく手ほどきしてくださるのは幸せ以外の何物でもない」
「……そうか」
父上はフッと微笑んだ。
数秒ほどの沈黙が流れた後、俺は話題を正道に引き戻した。
「もうひとつ手立てを打つつもりです。これは陛下の許諾を得なければならない事だと思っております」
「ふむ、言ってみろ」
父上は真剣な表情に戻った。
政をする時の顔、帝国最高責任者としての顔だ。
「帝国で日増しに増えている、皇族達の扱いです」
「……そこに手をつけるのか」
「種は撒きました」
驚く父上に、俺はあえて無表情に努めながら、続けた。
「アーリーンの件です」
「……そうか、そういうことか」
はっとする父上、おれは小さく頷いた。
アーリーン、第十四皇女で、俺の血の繋がった姉である。
少し前に、その婿であるアンガス・ブルとの間で、伝統に縛られてまともに「夫婦」が出来ない事で困っていた。
それを俺が伝統を少し壊したことで、二人はよくある夫婦と同じ生活が出来る様になった。
それを皮切りに、俺は色々と「伝統に手をつける皇帝」としてやってきた。
その話を出した途端、父上は全て得心した、と言う顔をした。
「お前の言うとおりだ、帝国は長く続きすぎた。今となっては皇族への手当てもバカにならない額になっている」
父上が言い、俺は頷いた。
俺は第十三親王として産まれた瞬間から、数千リィーンという額の俸禄をもらっている。
それは親王だから、皇族だからだ。
皇族であるというだけで、帝国から決まった手当が渡される。
それは「当代」の親王ではなく、ある程度血縁が薄まっていくまでは、「かつての親王家」にも手当てが支給される。
父上は十数人の子供を作ったように、皇帝はあとつぎのために子供を多く作る。
それはつまり、後世に手当ての負担を残していくのと同じことだ。
つまるところ帝国はまともに働いてもいない皇族の家をたくさん養っているということでもある。
それも「資源」、独占されている資源である。
「すごいなノア、そこに手をつけるのか」
「そのつもりです」
「しかしいきなり取り上げるのは難しいぞ。当然反発はある」
「伝統もあります」
「ふむ?」
父上は小首を傾げた。
「帝国は戦士の国。皇族の男に必ずさせている形ばかりの初陣を、もっとちゃんとした初陣にすればいいのです。帝国皇族の男子たるもの、一度も戦場に出ないのはけしからん――と」
「名目はこの上なく立つ、か」
「ええ、詰まるところ免許の更新ですよ」
「商人達と扱いが同じになるな」
父上はいい、俺は頷いた。
商人達の中でも、いくつか重要な物資を扱う者達には免許を出す許可制にしている。
それと同じで、皇族として恩恵を享受するには戦功をたてて免許の更新をしろという話だ。
「話は分かった。それを余がやろう。恨み辛みは余が墓まで持っていく」
「ありがとうございます、陛下。しかしこれは私がやります」
「なに?」
「この後……使います」
「……っ、すごいな、ノア」
一瞬で全てを理解した父上の方がよっぽどすごいなと、俺は思ったのだった。
☆
父上の寝室から離れて、宮殿を脱出。
その足でオスカーの屋敷にやってきた。
屋敷に侵入して、あの塔に戻ってくる。
オスカーはまだ塔にいたままだ。
「ご苦労」
「お帰りなさいませ、陛下」
俺を見た瞬間、座っていたオスカーは立ち上がって、作法に則って跪こうとした。
俺は慣例的に腕を掴んでそれを止めた。
礼をつくすのと、恩を下賜するのと。
そういう作法であり慣例だ。
一通りそれをやって、俺は再び、オスカーと向かい合わせに座った。
「どうでしたか?」
「きちんと話せた、今日明日でどうにかなる事はまずないだろう」
「何よりでございます」
オスカーはホッとした表情を見せた。
「となると、上皇陛下はなにゆえこのような事を?」
「体調が優れないのは事実だ。それでノイズヒルを呼び寄せて、一切の雑音を断った上でご自身の業績の整理をしておられた」
「……歴史書ですね」
「そういうことだ」
「それならばホッとしました」
「上皇陛下と少し話をしてきた。オスカー」
「はい……陛下?」
俺はオスカーの名を呼び、真顔で見つめた。
普通に返事したが、俺の表情に気づいたオスカーは驚き、戸惑った。
「余は決意をしたよ」
「決意、ですか?」
「ああ、帝国皇帝として嫌われ者になる決意を、な」
「嫌われ者?」
「……」
俺は頷き、父上のところで話してきた、皇族達を「締め上げる」案を話した。
話を聞いた瞬間こそ驚いたオスカーだが、そこは兄弟の中でも取り立てて内政に有能な男。
すぐに真顔になって、俺の話に聞き入った。
「当然の話だが、抜け道を探そうとする連中も出てくる」
「当然ですね。私やヘンリー兄上のような『当代』なら責任感も使命感もありますが、生まれた時から傍流の皇族であれば恩恵を享受するだけになりがちです」
「そうだ。身代わりを立てるか、首を買うか。いずれにせよ抜け道を探そうとする連中が現われる」
「ええ、そうですね」
「そして、もう一種類の連中も現われる」
「……ないと信じたいです」
「ある、必ずな」
俺ははっきりと言い切った。
オスカーも眉をひそめたが、否定は出来なかった。
言葉にしなくても、二人とも分かる。
もう一種類の連中というのは、ストレートに反発をする連中だ。
そういう連中は政治的に色々やってくるのは容易に想像出来る。
むしろ確定している、と言ってもいい。
「そうですね……でるでしょうね」
「そこで一つ頼みごとがある」
「懐柔すればいいですか? それとも事前に弾圧を?」
「いいや」
俺は首を振った。
そして真顔で――オスカーと向き合ってきた中で、人生で一番の真顔になって、オスカーを見つめた。
「余とともに腹芸をやってほしい」
「腹芸?」
「お前を神輿に担ごうとする者は必ず出てくる」
「――っ!!!」
オスカーは息を飲んだ。
血相を変えて、青ざめた顔でパッと立ち上がった。
立ち上がって、更に一歩後ずさった。
それほどの一言なのだ、今のは。
オスカーは俺の政敵。
いままでそれを互いに認識し合っていても、直接面と向かってはいなかった。
むしろ互いに明言を避けてきたほどだ。
しかし今の一言はそれを認めた上で、そういうオスカーを利用するために近づいてくるだろう、という話だ。
オスカーが表情を強ばらせるのは当然と言える。
オスカーとのやり取りで、俺が人生一踏み込んだ瞬間だ。
父上に「この後使う」といったのはこのためだったのだ。
「陛下、それは……」
「帝国皇帝として、何もしないで『年金』だけを貪っているだけの者たちは許せん。だから合法的にあぶり出して廟堂の上で排除する」
「……なぜ、それを私に」
「一度きりだ、腹を割って話す」
「え……」
「余が行おうとしていることは帝国の中枢、ひいては皇帝に権力を集める事だ」
「……はい」
「その過程で反発する者を退けると言う話でもある」
そこで言葉をいったん切って、まっすぐオスカーを見つめて、いった。
「皇帝の権威に挑戦しようとする連中だ。この件に限って言えばお前は誰よりも信用出来る」
「――っ!!」
オスカーは息を飲んだ、再びのけぞった。
それからわずか数秒の間の出来事だった。
オスカーの顔に、様々な表情、そして感情が去来した。
迷いは一瞬で通り過ぎて、決意に変わった。
オスカーは跪いた。
「お任せ下さい、ドブさらいは確実に」
と、宣言した。
俺は疑わなかった。
――――――――――――
名前:ノア・アララート
帝国皇帝
性別:男
レベル:17+1+1/∞
HP C+S 火 E+S+S
MP D+A 水 C+SSS
力 C+SSS 風 E+C
体力 D+A 地 E+C
知性 D+SS 光 E+S
精神 E+S 闇 E+B
速さ E+S
器用 E+S
運 D+A
―――――――――――
俺にだけ見えるステータスの「+」の後ろが爆発的に増大したのもあって、オスカーが心から協力的になったというのが分かったからだった。





