15.兵士の健気
翌朝、朝食の後王宮に呼び出された俺は、花園にやってきた。
色とりどりの花園の中で、インコに何かを仕込んでいる――道楽に興じている陛下の姿を見つけて、大股でその元に急いだ。
「ノア・アララート、召喚に応じ参上いたしました」
片膝をつき頭を垂れると、陛下はやけに上機嫌な口調で。
「おお、来たか。さあ面を上げよ」
「はい」
「昨晩の事はヘンリーから報告があった。刺客が口を割ったぞ」
「では?」
「うむ。反乱軍の手の者だ。お前を捕まえて手札にしようと考えたらしい」
「なるほど」
予想はついていたから、驚きはしなかった。
むしろたった一晩で吐いたことにびっくりした。
「陛下」
「なんだ」
「あまりにもあっけなく口を割ったようですけど、嘘という可能性も」
「賢いな、お前は」
陛下はますます上機嫌になった。
「それなら心配はない。口を割った人間が真実を喋ったのかどうかを確かめる方法がある。それによれば真実だという」
蛇の道は蛇か。
拷問について俺は詳しくないし、そういうことなら素直に受け入れとこう。
「だからだ。よくやったノア。お前が捕まっていれば、帝国は難しい選択を迫られる所だった」
「ありがたき幸せ」
「それと」
「?」
まだ何かあるのか? ――と思った次の瞬間。
「飼い葉に目をつけるとはさすがだ」
「――っ!」
これには盛大にびっくりした。
アルメリア攻略のために飼い葉を周りの土地で買い占めて、騎兵の威力を削ぐという話は、昨夜その場で思いついて、バイロンにしか言ってないことだ。
なのに、もう陛下の耳に入った。
今までもこういう事はちょくちょくあったが、今のが一番びっくりした。
俺がびっくりしている事などまったく気にも留めずに、陛下は興奮気味で誉めてきた。
「兵糧攻めなど誰でもできる、しかし領民の事まで考えて、馬にだけ絞って兵糧攻めを行うとは、しかも私財で」
陛下は俺に近づき、肩にポン、と手を置いた。
「この発想、そして行動力はすごい。なかなかできるものではない」
「ありがとうございます」
「何か褒美をやらねばな。ここで金子は俗すぎる……よし、クルーズ」
「はっ」
花園の物陰から宦官のクルーズが現われた。
相変わらず呼ばれるまでどこに隠れているのか分からないな。
「ノアの紋章に剣を一本つける事を許す。布告をだせ」
「御意」
クルーズは早速動き出した。
俺はびっくりしつつ、もう一度片膝をついて頭を垂れる。
「ありがたき幸せ」
と言った。
帝国は戦士の国、名誉は戦闘がらみのものが多い。
その中でも、公的な紋章に「剣」を足すことは皇帝の許しがなければやってはいけないこと。
商人やギルドなどの看板もそうだ。
勝手に「剣」を紋様につかったら不敬罪、最悪死刑もあり得る。
逆に言えば、それを使えるというのは皇帝から下賜される名誉の中でも最高級のものだということだ。
顔を上げて、立ち上がる。
陛下はニコニコしている、しわくちゃの顔にえくぼが出ている。
俺よりも陛下の方がうれしそうだ。
ふと、陛下は思い出したかのように。
「そうだノア、騎士選抜の事、どう選ぶのか決まったか」
「……はい、一つ腹案があります」
「ほう? どんなのだ?」
「この場で失礼しても?」
「うむ、許す」
陛下が鷹揚にうなずいたあと、俺は遠くで控えている、姿が見えている下っ端宦官に手招きした。
やってきた宦官に耳打ちをして、準備をさせる。
宦官は応じて用意に走った。
数分後、花園の中にテーブルと椅子が置かれて、更に追加で数人の宦官がやってきた。
テーブルの上にはティーセットが置かれていて、宦官は水の入ったバケツを持っている。
本当は兵士の方がわかりやすいんだが、王宮の中は陛下の許可が無ければ武装してはいけないからこうした。
陛下に視線を向けた。
笑顔で頷かれた、何をするのか楽しみにしてるって顔だ。
俺は頷き返して、椅子に座ってティーセットを手に取った。
王宮内の、この世で一番金が掛かっている天国のごとき花園の中で、優雅なティータイム――という振る舞いをした。
手招きする、宦官の一人がバケツの水をこっちにぶっかけてきた。
俺に向かって掛かってくる水、それにレヴィアタンが反応した。
リンクした指輪から鎧が変形して、まるで傘のようになって、バケツの水を防いだ。
更に別の宦官がぶっかけてきた、その次に控えてる宦官もぶっかけてきた。
合計で四人、全員が一通りバケツで水を掛けてきたが、全部が指輪の傘に防がれた。
地面は水でびちゃびちゃになったが、俺の周囲、直径二メートルの円の内側は乾いていた。
テリトリーという言葉が頭に浮かぶ。
テリトリーの内側には、例え水一滴だろうと、レヴィアタンは通さなかった。
デモンストレーションは完了、俺はティーカップを置いて、立ち上がって陛下に片膝ついて報告した。
「こんな感じで、選考する相手に俺を攻撃してもらう。どこまで押し込めるのか、それで決めます」
ティータイムは長丁場になるから、という意味なのであえて言わずにしておいたのだが。
「うむ、さすがだ。これなら長丁場の選考にも耐えられよう」
陛下にはお見通しのようだった。
「しかし……ううむ」
「なにかまずいのですか?」
「うむ。それは危険もあると思ってな。選考するものの中に、それなりの強者もいるだろう。万が一防御を貫かれるようなことがあれば」
「それくらいは覚悟の上です」
俺は即答した。
貴族の義務として、親王の責務として。
ちゃんとした人材を帝国のために見つけなければならない。
その事に比べれば、多少の危険はやむを得ない。
だから俺は即答で答えた。
すると、陛下はますます――今日一番の嬉しそうな顔をして。
「よく言った。すごいぞノア。それでこそ余の息子だ、帝国の親王だ」
と、誉めてくれたのだった。
☆
王宮から屋敷に戻ってくると、バイロンが訪ねてきていた。
応接間に通して話を聞く、早速飼い葉の買い占めに動いてくれてて、ある程度の目星はついてるみたいだ。
「早いな」
「運搬できるように加工した飼い葉ならば数は限られていますし、どこにあるのかも分かります。であれば押さえるのはそう難しいことではございません」
「なるほど」
さすがは商人って所か。
もう少し詳しく話を聞こうとすると、部屋のドアがノックされた。
普通ではない、焦りを感じるノックだ。
「入れ」
接客のメイドが入ってきた。
「失礼します――ご主人様、正門の所に傷だらけの男が」
「傷だらけの男?」
「何でもアルメリアから来て、ご主人様に火急のご報告があるとか」
アルメリア、という単語を聞いて、俺はバイロンと視線を交換して、頷きあった。
俺がまず立ち上がって部屋を出て、バイロンが後ろについて来た。
屋敷を出て、正門の所にやってきた。
そこにメイドの報告通り、ボロボロな格好をした青年が一人いた。
生傷だらけなのもさることながら、肌も服も汗と泥で汚れきっている、一目で「遠くから急いでやってきた人間」なのが分かる格好だ。
「ノア・アララートだ」
「お初にお目にかかります、親王殿下」
「うん。お前は何者だ?」
「アルメリア州のアドラ県で兵士を、十人隊の隊長をやっているものです」
「ふむ」
「殿下、アルメリアで反乱が起きました」
「……ほう」
俺は静かに青年の話を聞いた。
青年が話したのは、今となってはたいした内容じゃなかった。
アルメリアで上司が反乱を起こした。
自分はそれに賛同していない、だから必死に軍を脱走して、帝都にきて俺に報告した。
俺は少し考えて、頷いた。
「分かった、よく知らせてくれた」
そういってから、ついて来た接客のメイドに振り向き。
「彼に手当てを。それと五百――いや一千リィーンの褒美をくれてやれ」
と命じた。
メイドは頷いて、別のメイドを呼んで、手当てするために男を連れて行った。
その場に残った俺とバイロン、早速バイロンが聞いてきた。
「殿下、今のはどういう事ですか?」
「うん?」
「殿下はもう既に、反乱の事を知っているのでは? なのに何故そんな大金を褒美にやったのでしょう?」
「確かに彼の情報は役に立たなかった。今となっては目新しいものはないし、何の役にも立たないだろう」
俺がそう言うのを真っ直ぐ見つめてくるバイロン。
だよな、で? って目で俺を見つめ続けていた。
「その気持ち、その忠誠心に対する褒美だ。一介の兵士長が危険を顧みずに知らせに来たのだ、その忠誠心には応えてやらなきゃいけない」
「それだけであんな大金を……さすがでございます!」
バイロンは大きく口を開け放ったあと、感動した目で俺を見つめたのだった。





