12.歌姫の誕生
「そうだ、なんだこの男は。なぜ襲ってきたのかを吐かせろ」
オスカーは自分の御者に命じた。
俺もそいつが取り押さえてる暴漢の顔をのぞき込んだ――すると。
「お前か」
「知っているのかノア」
「ああ。ちょっとな」
襲ってきたのはなんと、あの借金取りだった。
周りをきょろきょろと見る、十三親王邸の前で土下座してた連中の姿がない。
アリーチェから始まった一連の事を話した
「なるほど、完全に逆恨みってわけだ」
「ふざけるな! 離せゴルァ!」
「聞き苦しいね、あごをはずして」
「はっ」
オスカーの命令で、御者の男はものすごく慣れた手つきで借金取りのあごを外した。
手際がいい、ただの御者じゃないな。
まあ、こいつの事なんてどうでもいい。
それよりもレヴィアタンとリンクした鎧だ。
オスカーは使いこなしてると感嘆したが、本当にそうなのかどうかはまだ分からない。
もうちょっと試してみたいな。
俺はオスカーを見あげて。
「兄上、一つ頼まれてくれませんか」
「なんだ、言ってみろ」
「どれだけこの鎧を使いこなせてるのかを試したいのです。兄上が抱えている魔術師を一人貸してもらえないでしょうか?」
「そんなのお安いご用だ。何をしたいんだ?」
「えっと……」
俺は考えている事をオスカーに話した。
オスカーはそれを黙って最後まで聞いてから、ニカッと笑顔を浮かべ。
「それなら私がやってやろう」
「いいのですか兄上」
「ああ。実際どうなのか私も見たい、自らやった方が手応えとしても分かるというものだろ?」
「なるほど。じゃあ私の屋敷で」
「ああ」
頷き、オスカーと一緒に屋敷に入る。
その場を離れる直前にオスカーが御者の男に目配せをした、借金取りはどこかへ連れて行かれた。
親王を襲撃したんだ、それ相応の刑が待ってる。
俺たちは建物には入らず、庭にやってきた。
そして向き合い、十メートルくらいの距離をとる。
「いくよ」
「ああ」
頷くと、オスカーは呪文を詠唱しだした。
足元に魔法陣を広げ、服が高まっていく魔力でなびく。
直後、たくさんの炎の矢が一斉に飛んできた。
一、二、三――全部で十七。
十七本の炎の矢が飛んできて、俺の数メートル前で一斉に散って、それから全周囲で俺に襲いかかってきた。
俺は動かなかった、泰然としたまま佇んでいた。
飛んできた炎の矢は、レヴィアタンリンクの指輪が変形した盾に防がれた。
矢は十七本、俺の周りに出した盾も十七枚。
オスカーが撃ってきた十七本の矢をきっちり全部防いだ。
「はぁ……すごいな。私のこれをこんなに完璧に防いだのはノアが初めてだ」
「そうなのですか?」
「うん、これでも鍛錬を続けてるんだけどね。いやあ、すごいよノアは。これは是非陛下にお見せしたいな」
興奮気味のオスカーに、俺は頷く。
「もうちょっと把握してからですね」
「なんで?」
「陛下に見せたら必ず『どうなっているんだ』って聞かれます。その時に自分の力を説明できないんじゃしょうがないでしょう?」
「なるほど。賢いなノア、そこまで考えが及ぶとは」
オスカーに微笑み返して。
俺は、この能力をもっと自分の物にするために色々と考えた。
☆
翌日、気分転換のために、俺はアリーチェの居る店に出かけた。
あの借金取りはもはや再起不能だろう、アリーチェがもしまだ心配してるんなら、その事を告げて安心させようという思いもある。
そう思って店に行った。
するとアリーチェがちょうど歌っていた。
歌うのを邪魔するのは不本意だ、俺はチップ含めて十リィーンを店員に渡して、一番いい席で彼女の歌を聴いた。
うん、やっぱりだ。
もっと歌っていけば伸びる。間違いなく伸びる。
将来が楽しみだなと思いながら、静かにアリーチェの歌を聴いていた。
一曲が終わり、アリーチェは息を整える。
幕間におひねりを投げる客がそこそこいる。
そんな中、客の一人がおぼつかない足取りで舞台に近づく。
「よー姉ちゃん、いー歌だったぜ、ほれ、これはご褒美だ」
「ありがとうございます」
「ちょっとこっち来てよ、俺に酌をしてくれよ」
「すみません、そういう事は――」
この手の酔っ払いには慣れているのか、アリーチェは顔色一つ変えずに断ろうとしたが。
「ああん、引っ込んでろよおめえ。この女は俺が先に目をつけたんだぞ」
反対側から、別の酔っ払いが現われた。
「うるせえ、こっちが先だ」
「てめえこそうるせえ、スッ込んでろ」
酔っぱらい二人、自分のルールを押しつけながらアリーチェを争った。
アリーチェは困り果てた顔をした。
「やんのかゴラァ!」
「やったろうじゃねえか!」
二人はますますヒートアップして、それぞれ拳を握って相手に殴り掛かった。
ゴゴーン。
鈍い音が立て続けに二回した。
「いってえええ!」
「ぐおおお!」
二人は振るった拳を押さえて痛がった。
その二人の間に――俺が割り込んでいた。
このままでは血を見る。
この二人がどうなろうとどうでもいいが、アリーチェが巻き込まれるのはむかつく。
だから俺は割り込んだ、二人のパンチの間に。
するとレヴィアタンが反応して、リンクした指輪から二つの盾をだしてパンチを防いだ。
酔っ払いは、全力で鉄の盾を殴って、腕を押さえて悶絶した。
「なんだてめえ!」
「邪魔すんじゃねえ!」
俺は無言でレヴィアタンを抜いて、二人を斬った。
次の瞬間、二人の服がばらばらに切り裂かれて、真っ裸になった。
「な、ななな」
「ひぃぃぃ!」
一瞬で服だけを切り裂かれた事で、男達は青ざめて、悲鳴をあげて逃げ出した。
手加減したのは、アリーチェの前で血を流したくないだけだ。
レヴィアタンでの威嚇もいいが、それで「倒して」しまうとアリーチェの心に悪影響が出ないとも限らない。
だからこうして、コミカルに退場してもらった。
「何だ今のは、すごい剣術だったぞ」
「あれは親王様。はぁ……さすが親王様、剣の腕も一流だなあ」
周りがざわざわしているが、まっぱに剥いて追い払ったということもあって、雰囲気は和やかなものに保たれた。
俺はアリーチェに向かって。
「大丈夫か?」
と聞いた。
「はい……ありがとうございます」
「ん。おい店主」
「は、はい! すみませんでした親王様」
ちょっと離れた所で成り行きを見守っていた店主は、慌てて――テーブルに足をぶつける程慌てて駆け寄ってきた。
「これからああいう客は入れるな」
「で、ですがこの店はあの様な客に支えられているようなものでして。私どもも商売として――」
「分かった分かった。じゃあ店ごと買う」
「――へ?」
驚く店主。俺は懐から持ち歩いている金を取り出して、そいつに渡す。
「一千リィーンある、店ごと買い取るからああいうのは断れ」
「は、はい! ありがとうございます!」
店主は受け取った金を高く掲げながら、何度も何度も頭を下げた。
「あの……殿下」
「どうしたアリーチェ、浮かない顔をして」
「こんなにして下さって、私、どうご恩をおかえしすればいいのか」
「歌えばいい」
俺は即答した。
「俺がお前に求めてるのは歌だ。お前は歌ってさえいればいい」
「歌ってさえ、いれば」
「ああ、期待している。いずれ陛下にも聴かせたい、それまで精進しろ」
「はい……」
アリーチェは感激に目を潤わせて、頬を染めた。
「あの……殿下?」
「もう一曲、聴いていって下さいますか?」
「ああ、歌え」
俺は笑顔で頷き、一番後ろの自分の席に戻った。
俺が座るのを待って、アリーチェははにかんだ微笑みを浮かべた後、ハープの弦にふれ、再び歌い出した。
「むっ……」
出だしから明らかに違っていた。
歌い出すと、ますます顕著だった。
アリーチェの歌が店を包む。
俺も、残っている客も。
全員が、アリーチェの歌に聴き惚れた。
それまでのアリーチェの歌とは明らかに一線を画している。
一瞬で成長――いや進化したかのようだ。
才能があるのは分かっていた、だから上手くなるのは納得出来る。
だが、なぜ急に?
不思議なまま歌に聴き惚れているうちに終曲を迎えた。
瞬間、万雷のような拍手が鳴り響いた。
アリーチェの羽化に立ち会った客が全員立ち上がり、惜しみのない拍手を贈った。
「本当、どういう事なんだろう」
「殿下のお力かと」
「ん?」
横から話しかけられて、振り向く。
知った顔だ、たしか――。
「バイロン、か」
第三宰相のパーティーで会ったあの商人、バイロンだ。
バイロンは尊敬する表情を浮かべて。
「なんでここに……いやそれよりも俺の力って言うのは?」
「殿下があの娘を進化させたのでございます。殿下に応えようと、あの娘が一皮剥けたのかと」
「そういうことがあるのか」
「稀に。それをなせた殿下はやはり素晴らしいお方かと」
「そうか。あれは続くのか?」
「殿下が目を掛けてやる限りは」
バイロンは言い切った。
ならばよし。





