115.リヴァイアサンの不満
128話まで書き上がりました、順次更新します
「召喚に応じ参上いたしました、陛下」
「うむ」
執務室の中にいた俺は、机越しにちらっと視線をやってきた男に向けた。
机を挟んだ向かいにいるのはよく知っている顔。
第四宰相ドン・オーツ。
かつては第一親王の部下だったのが、その後俺の配下になった。
忠誠心も能力もかなりのものがあるので、俺が即位したときに引き上げて、第四宰相にした。
生え抜きというくくりではエヴリンが一番の出世頭だが、広い意味の「家人」だと、このドンが一番出世している。
今となっては俺の腹心と言っても差し支えないような男だ。
そのドンは、俺に呼び出されて執務室にやってきた。
俺はドンをそのまま待たせて、手元の書きかけの書類に専念した。
地方の代官に送る文書で、今一番の懸案とは関係のないことだが、これはこれで重要な政務だからまずは専念した。
時間にして約一分弱、その間ドンは何も言わず、頭を下げたまま片膝をついていた。
邪魔されずに集中出来たので、予想より少し早く書き終えて、ペンをおいた。
そして顔を上げながら。
「楽にしろ」
といった。
「はっ」
ドンはそれに応じて立ち上がるも、そこはやはり皇帝の御前ということで、背筋をピンと伸ばすのではなく、気持ち猫背の前屈みの姿勢で俺と向き合う。
ドンに限らず、皇帝とよく接する立場にいる大臣の九割は、直接顔をつきあわせる時はこうなる。
そうしないのは親王クラスくらいなもんだ。
だからその事にはまったく何もふれずに、ドンに直接本題を切り出した。
「お前に一つ、やってもらいたい事がある」
「はっ、何なりと」
「騎士の候補生――と言って通じるか?」
「候補生、たしか……」
ドンは微かに眉間にしわを寄せて、首をかしげて思案顔をした。
約十秒ほど、考えてから顔を上げて、答える。
「陛下が十三親王時代から援助していた者達の事でしょうか」
「そうだ」
俺は頷き、立ち上がった。
執務机に手を触れながら、ぐるり、と机の縁に沿ってゆっくり歩いた。
「きっかけはシェリルだ。彼女と出会って、騎士選抜に合格こそしていないが、かといって力や才能が無いわけではないという者達が市井に埋もれていることを知った。そしてその中には、次の年の試験どころか、故郷に戻る為の旅費すらままならないものもいる」
「はっ……」
「それはもったいない。だから余は、そういった者達を集めて、最低限の衣食住の面倒を見させていた」
「はっ、陛下の差配、いつもながら感服しております」
俺を持ち上げつつ、顔を上げてまっすぐ見つめてくるドン。
その話は理解している、本題は――って感じの表情で俺を見た。
俺はふっと微笑み返して、前置きがすんだので望み通り本題に入った。
「その連中を集めて、武闘大会のようなものを開かせたい」
「武闘大会……でございますか?」
ドンは眉をひそめた。
こんな時に何を、って気持ちが顔に出ていた。
武闘大会、というのはいわば「遊び」だ。
今の俺は親征、つまり出兵を控えている大事な時期。
武闘大会なんていう遊びをしてる暇はないはず、だと思うのが普通だ。
だがもちろん、俺は伊達や酔狂や――もっといえばただの娯楽のためにこんなことを言い出してるわけじゃない。
見つめてくるドンの視線を受け止め、見つめ返しながら更に続ける。
「そうだ。出来れば三日以内に開いて、その日のうちにやってしまいたい」
「……非才なれど、陛下のお考えについてご教示いただければ」
「なに、ただの思いつきだ」
俺はにこりと笑った。
思いつきだと聞いて、ドンの眉がまたビクッと跳ねた。
「騎士の候補生。あの中には一回や二回、本番の選抜に落ちたものもいる」
「はっ」
「騎士選抜は毎回選考官の好みで選考基準が異なる。余はそこに口を挟んでいない。例えば余が初めて騎士に抜擢したシャーリーも、選考基準が『軍の指揮能力』とかだったら合格しなかったはずだ」
「おっしゃるとおりでございます」
「だから、一度二度落ちているとは言え全くの弱者ではない」
「はっ、各地から集まった、いわば上澄みでございます」
ドンはそういって、俺を見つめる。
俺は更に続けた。
「それを連れて行きたい」
「武闘大会で勝てたものを集めた部隊を、ということでございますか」
「そういうことだ」
俺は微かに笑った。
「こんな時でもなければ、余の前に呼び出して、一対一で決闘させて、勝者に闘士なりの称号を与えた上で編成をしたかったのだが」
「では内密に?」
「ああ、だからこその武闘大会。お前が裏でしきって、形はなんでもいい、少なくとも一勝出来たものを集めてもらいたい」
「御意」
話を理解し、頭を垂れて応じるドン。
俺はそのまま窓際まで歩いて行き、手を後ろに組みながら窓の外を眺めた。
「恐れながら申し上げます、陛下」
「ん?」
「このような事をせずとも、皇帝親衛軍を呼び戻せばよいのではありませんか?」
「いや、あれは呼び戻せない」
「え?」
俺ははっきりと言い切った。
有無を言わさない口調だったから、ドンはその事に驚いていた。
「あれは、余とは切り離された所におかなくてはならん」
「はあ……」
ドンは今ひとつ理解できないでいるようだ。
皇帝親衛軍をジェシカの所に送った理由はただ一つ。
帝都の外にいて、用兵の能力があって、信頼できるのがジェシカだからだ。
帝都で何か異変があっても、それに心動かされずに手元の兵を俺のために使えるのがジェシカだ。
ちらっと視界の隅っこにあるステータスをみた。
――――――――――――
名前:ノア・アララート
帝国皇帝
性別:男
レベル:17+1/∞
HP C+B 火 E+S+S
MP D+C 水 C+SSS
力 C+S 風 E+C
体力 D+C 地 E+C
知性 D+A 光 E+B
精神 E+B 闇 E+B
速さ E+B
器用 E+C
運 D+C
―――――――――――
ステータスで確認した、オードリーの面接も通った。
ジェシカは、俺に心酔している女だ。
即位してからまだ間もない俺に、「絶対裏切らない」と言い切れる配下は少ない。
今この瞬間叛意はない、ならわかるのだが、人間いつどこで気持ちが変わるか分からん。
だが、絶対に大丈夫だという人間も少なからず存在する。
ジェシカはそうだ、と思えるような女だった。
だから俺は虎の子の皇帝親衛軍をジェシカの元に送った。
伏魔殿となる帝都から切り離して、いざという時の切り札にした。
その事をドンはあまり理解できていない。
腹心であり、内政の事には頭がよく回るが、軍事の才能はそこまでではない男だ。
今みたいな軍事的な配置の事は理解できない事がおおい。
まあ、それはしょうがない。
「ともかく、急造にはなるが、そのやり方で秘密裏に部隊をつくって連れて行きたい」
「委細承知致しました」
ドンは頷いて、同意を示した。
「そういうことであれば、確かにそれが考え得る最善の方策。すごいです陛下」
俺はふっと笑った。
「騎士選抜ならぬ兵士選抜というだけの事だ、だれでも考えがつく」
「はっ、しかしそれをすぐに実行に移せるのは、陛下が日頃から人材を涵養してきたからこそでございます」
「ああ」
俺は小さく頷いた。
人は宝だ、と言い続けてきたのが少し報われた訳だ。
「話がそれたな。ともかく、その武闘大会の開催を任せた。別に武闘大会でなくてもいい、形式は任せる」
「はっ」
「集めて戦わせるまではいいが、最後の『集めて部隊にする』のは秘密裏にやってくれ」
「秘密裏にでございますか?」
「そうだ」
俺は小さく頷いた。
それが一番肝心な所だ。
ただの親征ならこんなことをする必要はない。
これも、オスカー対策の一環だ。
だからできるだけオスカーの耳目から隠し通したい。
「……承知致しました、親王の皆様方には、私の個人的な出し物ということでご連絡さしあげます」
「そうしてくれ」
俺は振り向き、称賛の眼差しでドンを見た。
軍事の事はわからないが、政治の事はわかる。
秘密裏――つまり俺が「隠したいこと」といったから、それで連想出来たようだ。
今の俺が「隠したいこと」といえば、大半はオスカーがらみだと、この腹心は理解している。
だからオスカーには隠すが、一から十まで隠していたら逆に怪しまれる。
ある程度はこちらから開陳した方がいい、という上手いやり方をとった。
「全て任せる」
そんなドンになら、任せる事ができると俺は思ったのだった。
☆
夜、俺は一人で夜空を見あげていた。
余人を遠ざけて、一人庭で空を眺めていた。
新月の夜は、星々が百花繚乱の如く、競うように煌めいて美しかった。
手を後ろに組んで、それを眺めていると。
『主……よろしいか』
「ん? どうしたリヴァイアサン、お前が話しかけてくるとは珍しい」
俺はクスリと口角で笑みの形を作りながら聞き返した。
俺に忠実なリヴァイアサンは、その忠実さ故に普段は話しかけてくることはほとんどない。
俺が呼びかければ即座に応じるが、自分からは何も言ってこない――というのがリヴァイアサンだ。
『主はなぜ、このようなまわりくどいことをしているのか』
「まわりくどい?」
『主が行ったこと、すべてにおいて無意味。あの様な部隊など作らずとも、主が我を振るえばすむこと』
「たしかに、騎士にもならんものをいくら集めてもお前の力には及ばないだろうな」
俺はクスッと笑った。
かつての魔剣レヴィアタンでもそうだったのに、今や彼はレヴィアタンから覚醒しリヴァイアサンとなった。
力は以前よりも増した。
リヴァイアサンを俺が振るえば、最低でも100人の兵士に匹敵する力を発揮できる。
『であれば――』
「リヴァイアサン、お前、腹は減るか?」
『――我にそのような生物的な悩みはない』
俺の質問に、リヴァイアサンは語気から不満をにじみ出しつつも、忠実に質問に答えてくれた。
その反応がちょっとおかしかった。
生物的な悩みはない――と言いながらも感情を露わにしている。
その感情こそ生物的だ、と思ったがあえて指摘はしないでおいた。
代わりに、その質問の真意を説明してやった。
「大抵の人間にある感覚だが、腹を空かせた後の一口目が一番美味いのだ」
『……』
「それと同じようにな、侮られてからの一太刀目がもっとも効果的に振るえる。確かに、お前を振るえば俺でも単独で100――いや1千の兵を倒せるだろう。が、戦はそれでは終わらん」
『千で足りなければ万を屠るまで』
「もののたとえだ」
俺はふっと笑った。
リヴァイアサンの語気から、「万、いや十万、いや百万――」とエスカレートしていき、話が本筋から盛大に脱線していきそうなのを感じたから、先回りしてそれを止めた。
「例えばだ、かつてのアルメリアの反乱の時、お前の力で首謀者を狙撃した。あれは効果的に、瞬時に反乱を終わらせることが出来た。そしてまわりも震撼した。今の話で言えば一万人を倒した事に匹敵する戦果だ」
『……』
「ただな、まわりが震撼したその結果、超遠距離狙撃に対する対応策ができあがった」
『……』
「もしあの時お前がああしていなければ、今回もお前の狙撃でカタがついた」
リヴァイアサンは完全に黙り込んでしまった。
俺が六歳の頃のあの一件は衝撃的だった。
リヴァイアサンがまだ覚醒する前の、レヴィアタンだった頃のことだ。
ある日、俺の封地であるアルメリアで反乱が起きた。
その反乱の首謀者から、俺に暗殺者が差し向けられた。
暗殺者にはかなり高度な呪術が施された武器を持たせた。
それだけ本気だったって事だ。
しかし、レヴィアタンはその呪術から「俺に向けた悪意」だけを読み取って、その出元である反乱の首謀者を狙撃した。
数百キロ先の相手をピンポイントで魔法で撃ち抜いて、反乱を鎮圧した。
それはすごかった、前代未聞にすごかった。
あまりにも衝撃的すぎたから、それへの対応策が出来てしまった。
当然といえば当然だ。
その気になればどこからでも狙撃出来る様なやり方をいつまでたっても放置しておくことはない。
誰だって恐れて、対処を講じようとする。
あれは一種の抜け道的なやり方だった、そして抜け道は見つかれば塞がれてしまうものだ。
「反乱軍に狙撃はもう通じない、今回は直で出向く事になる。それと同じだ。戦場で初めて100人を切ったときは驚かれるが、二回目以降に一万人を斬った所でさほど驚かれん。その一回目の驚きは一番有効な所で使いたい。そうなるときの為に、まわりを強い兵士で固めておきたい」
『はっ、さすが主。我の浅慮、深く恥じ入った』
「気にするな」
俺は手を後ろに組みながら、少し歩いた。
もう星空は目に入っていなくて、前だけを見ていた。
前を見ているが、実際の所なにもみていなかった。
「それと、オスカーにも今は手をだせん」
『承知している、いまそうしてしまっては主の名声に傷がつく』
厳密には父上の名声だが、そこまで厳密に切り分ける必要もないからスルーしておいた。
「そしてオスカーが心から臣従してくれない限り、この先俺には様々な試練が降りかかるだろう」
深呼吸して、さらに続ける。
「お前は切り札だ、少なくとも戦場で振るったことはない。だからこそ一発目は最大の戦果がでる場面までとっておきたい――これで納得したか?」
リヴァイアサンに聞く。
リヴァイアサンは少しの間、沈黙した後に。
『さすがは主。我を手にしていながらの深謀遠慮、深く感銘受けいった』
リヴァイアサンは納得したような言葉を口にした。
実際にどうなのかは判断がつきにくいところではあるが、イメージよりもずっと知性的なリヴァイアサンだ、大丈夫だろうと思った。
俺はふっと口角に笑みの形を作りながら、懐から一枚の紙を取り出す。
それは、オスカーの屋敷に忍ばせた間者からの知らせだった。
父上に倣って、あっちこっちに間者を忍ばせて、情報網を築いている。
その一つからの報告だ。
そこには、オスカーの家人イスカがオスカーを秘密裏に訪問したという事が書かれていた。
訪問した事だけ、だ。
『無能極まる』
リヴァイアサンがまた口を出してきた。
ここまで如何でしたか。
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