9.小さな幸せに溺れた男
眼前には暗闇だけがあった。ハルは確かに目蓋を開いたはずだが、何も見ることが出来ない。今彼の周りには光源がないのだから、当然の事だ。
(あれ? なんだ? 俺は……)
心音を早めたハルは、上下左右へ首を振るが、黒一色の視界は変化しない。
(なんなんだ? ここはどこだよ。いや、待て。落ち着け……落ち着くんだ)
焦ってパニックになる寸前だったハルだが、深呼吸によりなんとかそれを回避した。
(えっ? 誰かいるのか? それに……懐かしい? なんだっけ……)
多少の落ち着きを取り戻したハルは、相変わらず何も見えない場所にいる。
だが、人間の感覚は視力だけではない。触覚や嗅覚からの様々な情報が手元にあると気が付けたハルは、一つずつ確認していく。
触覚により自分が絨毯の上に座っていると知り、聴覚が複数人の息遣いを拾う。そして、嗅覚が乳、アンモニア、アルコールの混ざった独特の臭いを捉える。
(乳臭くて小便臭い? あ、子供の臭いか。それにアルコール……。昔嗅いだ事がある。どこだった?)
頭を掻きむしろうとした所で、ハルは自分の体が思い通りに動いていないと気付いた。その彼の背後で、かちりと音を出して何かが動き始める。
からからとフィルムを回して強い光を放ち始めたそれは、映写機だ。ハルの座っている前には大きなスクリーンがあり、五からカウントが始まった。
(あ……あぁぁ! なるほど、夢だ。昔の夢なんだ)
映写機からの光で自分の周囲にいるのが、大勢の子供だと分かった事でハルは状況を理解する。周りの子供達と自分が、病衣に似た水色の服を着ていた事が、記憶を呼び起こす大きな助けになったようだ。
夢だと認識できた時点から、ハルの視界は映像を見ている幼い自分自身を見下ろすような、第三者的視点に切り替わっていた。
(あ……そうそう。こんなの見せられたっけなぁ。それで俺は……)
スクリーンに映し出されていたのは、様々な動物や植物の断片的な映像だ。音も流されてはいない。それは、何かの実験だったのだろう。
物心ついた時から施設にいたハルは、白衣を着た大人達の考えた様々な実験に、幼い頃から付き合わされていた。今ハルが夢で思い出しているのは、その一つだ。
(ああ……やっぱりねぇ)
退屈な映像を見せられ続けた当時のハルは、うたた寝を始めてしまう。それに気が付いた、軍服を着ている男性がハルの前まで歩み寄り、拳をふるう。
その拳は、親が子供に使うような愛の鞭なのではない。全く容赦がないのだ。ハルの乳歯を折り、口から血を流させたその拳は、子供に振るわれていい種類の物ではないだろう。
うめき声を上げるハルを、周囲の子供は震えながら見つめていたが、白衣を着た男の咳払いを聞いて急いで映像に視線を戻す。瞳を潤ませている子供もいるが、声と涙を必死にこらえている。ほぼ全ての子供達は、瞳に恐怖が浮かんでいた。
それが、研究施設で育った両親のいないハル達の日常だ。幼いその子供達は、まだ人権という言葉すら知らなかったのだろう。
(そうだったよなぁ。声出すなって、更に殴られたんだよなぁ。苦しいから声出してるんだってのに……。無茶苦茶だったよなぁ)
懐かしくも悲しい記憶に笑っていたハルの視界が、いきなり切り替わる。同じ施設の中ではあるが、病院の検査室に似た真っ白な部屋だ。体重や身長を計る列に並んでいる過去のハルは、先程と同じ服を着ているが少しだけ大きくなっていた。
(あ、これも覚えてる。確か、あのババァが……)
検査を行っていたのは、白衣を着た女性二人だ。その二人が、正式な医師免許を持っていたかを、子供だったハルが知っているはずもない。
その時のハルは、二十代と思しき女性をちらちらと見ていた。当時から、彼は俗にいうむっつりスケベの素養を持っていたのだろう。
ただ、その時の幼かったハルの淡い想いは、今と違って純粋ではあったはずだ。
(そうそう。てか、あのババァ、無理するからだ)
四十代ではないかと思える、もう一人の眼鏡をかけた女性は、その時かなりサイズの小さい服を着ていた。同僚の若い女性と張り合っていた可能性もある。
ぴちぴちの服で動きを制限されたその四十代女性は、ハルの目の前でよろけて転び、スカートの臀部が裂けてしまう。それだけならば、その女性が恥をかくだけだったのだろうが、それでは終わらない。
顔を真っ赤にした眼鏡の女性は、スカートの裂けた箇所を急いで隠し、ハルを指さしてヒステリックにがなり立てる。自分の下着見たさに、ハルが足をかけたと言い始めたのだ。
幼かったハルは、訳が分からないながらも首を激しく左右に振るが、若い女性の一言でそれは無駄になる。ハルが淡い想いを寄せた女性は、自分もいやらしい目で見つめられたと軍服の男性に耳打ちしたのだ。
(自意識過剰すぎるんだよ。この二人……。女って怖いよなぁ……)
検査室から連れ出されたハルは、殴る蹴るの暴行を受けた後、独房に監禁されて食事も水も与えてもらえなかった。彼が、女性に奥手すぎるのは、その過去があったせいもあるのだろう。
空中に浮いている今のハルが、大きく何度も溜息をつく。過去の場面は次々に切り替わるが、その全てでハルは酷い目にあっていたからだ。
溜息を吐き飽きたハルは、眉間を強くつまんだところで、ある事を思い出す。
(あれ? そうだよ。人身事故……。え? これって……走馬灯? 待て待て待て! マジかよ! 死ぬの? 俺、死ぬの?)
ハルがいくら焦った所で、過去の映像は自動で切り替わっていくのを止めはしない。
八歳のハルは、研究員の思いつきで拷問を受けた。九歳のハルは、能力が低く目つきが悪いという理由で、広い研究施設の清掃を一人でする羽目になる。勿論、その清掃が終わるまでハルに食事は与えられなかった。
(ちょっ! ろくな事がねぇ! ぼっこぼこじゃねぇか!)
十歳になり、魔法の研究施設へ移ったハルは、職員に反抗したせいで縛られて背中を鞭で打たれる。それは、皮膚が裂けてもやめてもらえなかった。十二歳になってからは、食事量を減らされる等の嫌がらせは少なくなったが、軍事訓練を受けさせられる。それも、諜報活動に特化した、大人でも音を上げるほど厳しい物だ。
ある意味で、彼の頭からネジが外れ、性格が歪んだのも仕方なかったと言えるかもしれない。また、自分でついていないと思うのも、当然ではあるのだろう。
(俺の人生……。最悪じゃねぇかっ! ちくしょう! こんな……こんな童○のまま死んでたまるか! こんちくしょおおおおおぉぉぉぉ!)
「うわっ! えぇぇ……。えと……大丈夫ですか? ハルさん」
気を失っていたハルにいきなり掴み掛られたアルバートは、驚いて尻餅をついてしまうが、気遣う言葉をなんとか吐き出す。
(あ……あれ?)
ハルは荷車に撥ね飛ばされ、地下道に落ちて気を失ったが、命に関わるほどの怪我はしていない。勿論、見ていたのも走馬灯ではなく夢なのだから、目を覚ませばいいだけだったのだ。
(あっ! なるほどね。よかったぁぁぁぁ……。死んだかと思った)
自分がグローブをつけた右手でアルバートを掴んでいるのを見て、ハルは自分の置かれた状況をやっと理解した。
「あ……すみません。ちょっと、混乱しました」
「いえいえ、御無事で何よりです。仕方ない状況でしたしね」
急いでアルバートから手を離したハルは、いつもの様に愛想笑いを浮かべる。そして、何故か痛い箇所がないと不思議そうに、泥だらけになっている自分の体を見つめた。
そのハルの疑問は、ぱきりと何か固い物が砕ける音で後ろへ振り返り、すぐに解消される。音を立てたのは、女性が指にはめている指輪の石だ。
「見た所……。もう十分のようですね」
指輪の石が徐々に砕けていくのと比例して、金色の髪を持つ美しい女性が手から放っていた光が弱まる。
(あの石……精の結晶? って事は、怪我を治せる術ってものあるのか)
アルバートからハルが借りた、一般的な術が書かれた本には、病気や怪我を治癒する術は載っていなかった。目を細めて指輪を見つめるハルに、アルバートが答えを教える。
「それは姫様と私で開発中の、新しい術です。この国には、術士は大勢いますが、医師はあまりいませんからね」
(なるほどねぇ。あれの術式を……アルバート言いくるめて見せてもらおうか……。違う! 今大事なのは、それじゃない!)
荷車で撥ね飛ばされた事を思い出したハルは、周囲を泳がせていた視線をシャロンに向けた。流石に酷すぎると、文句を言おうとしているらしい。
しかし、シャロンを直視したハルは、一時的に言葉を失う。彼女は、ハルが今まで出会った事がない程の美人だったからだ。
テレビやインターネットが普及している世界にいたハルは、当たり前だが芸能人や女優と呼ばれる美人達を見た事はある。ただ、それは直接ではない。電波や回線を挟んでだ。
(な……生で見るこのレベルの美人って……。なんか……圧力あるな)
さらさらで美しい金色の髪。細いがしっかりとした濃さのある形のいい眉。均等に生えた長いまつ毛。大きくエメラルドのような美しい瞳。真っ直ぐに伸びた均整のとれた鼻。薄すぎず厚過ぎない桃色の唇。男性の掌よりも小さそうな顔。
パーツ一つ一つが丁寧な作りのその顔は、配置も完璧だった。イヴも十分美人だが、彼女の前では霞むだろう。
(うおっ! 胸もでけぇ! てか、腰、ほっそっ!)
見惚れてしまったハルは、口を開けたまま動きを止めている。それに対してシャロンはその美しい口を開き、少し尖り過ぎて目立つ八重歯を覗かせた。口を開いたシャロンは、ハルの予想外な事を口走り始める。
「貴方! どこに目をつけているのですかっ! 何故避けないのですかっ!」
(お前と同じところだよ! 謝罪じゃなくて、文句かよ! くそ! 見とれた自分が憎い! くそ!)
何故かハル以上に怒っているシャロンは、文句を止めずに被害者へ詰め寄っていく。
「私達がこの術を開発していなければ、ただでは済まなかったのですよ! 分かっていますか?」
(この……クソアマ! 殴……ったら……。姫って言ってたから、俺が酷い目にあうよね……)
どうやらシャロンは、事故が自分のせいではないのだから、下手に出て相手に弱みを見せるべきではないと考えているらしい。そして、そう考えているうちに何故自分は手間を取らされているのだと、感情が怒りに傾いてしまったようだ。
(は……ははっ。ちくしょう! え? おひょ? ひょおおおおぉぉ!)
周囲に兵士達もいる事に気が付いたハルは、拳を握るだけに留めて目を閉じた。その彼は胸部に、柔らかさと温かみを感じて目を限界まで開いて固まる。ハルの鼻の下を伸ばした今の顔は、情けないともだらしないとも表現していいだろう。
「聞いているのですか! 今こうしている間も、お腹を空かせた子供達が……」
興奮し過ぎたシャロンは、胸をいっぱいに突き出していた。ハルが感じたのは、それが自分の胸部に当たった感触だ。
(ああ……神様……。今日のこの日にありがとう)
目を潤ませて天を仰いだハルは、信じてもいない神に感謝の言葉を送る。脳内がピンク色になった彼は、撥ね飛ばされた事がどうでもいいと思えているようだ。彼はもしかすると、馬鹿なのかもしれない。
「姫様……。もうその辺で……。あの……その人に悪気はないでしょうし」
(あ……違う! あぁぁぁ……俺のおっぱ……幸せが……)
ハルが怒られて泣きそうなのだと勘違いしたアルバートが、シャロンを引きはがしてなだめる。それに付添いらしき侍女達も加わり、シャロンの顔から赤みが消えた。
「では、えと改めて……姫様。この方が以前お話しした、ハル・ベインさんです。で、ハルさん。こちらが、この国の第二王女であらせられる、シャロン・オルブライト様です」
視線がどうしてもシャロンの胸に向きそうだったハルは、誤魔化す為もあり、丁寧に頭を下げる。彼の中から、怒りは完全に消えてしまったらしい。
「初めまして、姫様。ご厄介になっている異邦人のハルと申します。このたびは、お手数をお掛けしました」
顔を上げる際、ハルがある一点を脳内のフィルムに焼き付けたのは、言うまでもないだろう。
(今は、訓練で身に付いた動体視力に感謝してやろう。金も儲けられたし、今日はいい日だ)
最高に幸せらしいハルは、朗らかに笑っている。シャロンは、ハルが多少でも自分に文句を言うだろうと思っており、その笑顔は予想外だったらしい。
ただ、その目を細めて眉間に皺を寄せた彼女が考えているのは、ハルにとっていい事ではない。ハルの笑顔は、下心の表れだろうとシャロンは感じたようだ。
民を守って戦う事が生き甲斐の王が頂点にいるゼノビアは、王族、貴族達の中に腹黒い者は異常なほど少ない。
しかし、他国はそうではなかった。王族であるシャロンは、その他国の欲にまみれた者達を見て来た為、警戒心を養ってしまっていたのだ。美人な彼女をいやらしい目で見る者が多かったのは、不幸としか言いようがない。
その彼女は、ハルの事を少し勘違いしている。彼は馬鹿でスケベかも知れないが、一方的に得をする為に一国の姫を利用しようなどとは考えない。なにより、ヘタレなので女性に自分から歩み寄ることも出来ないのだ。
「いいでしょう。今回は、不問にします。それと……」
腕組みを解いたシャロンは、侍女へ目線で合図を送り、ハルに金貨を握らせた。後で、下手に言いがかりをつけられたくないと考えたのだろう。
(えっ? ああ、服の弁償か。流石、姫様。リッチだねぇ)
シャロンが侍女に出させたのは、ゼノビアで最高価値の硬貨だ。それ一枚で、庶民ならしばらくは暮らせる。
「なっ!」
硬貨を確認するハルを、見下したように眺めていたシャロンだったが、相手の次の行動で絶句した。
「ハルさん! 何をしているのですか! 姫様の前で!」
おもむろに自分の手を腹部からズボンの中へ入れたハルは、周囲の兵から槍を向けられている。
「うん? 違う! 違いますって!」
ハルは、急いでズボンの中から手を出した。その手には、布袋が掴まれている。
「ここ治安が悪いんで、財布をズボンの内ポケッ……隠しポケットに隠してたんですってば! 姫様の前で、変なところ触ろうとなんてしてませんってば!」
「次におかしな事をすれば……。刺す!」
布袋を開いたハルは、兵士達に中を見せるが、槍を下げてもらえない。
(違うっつってるだろうが! 刺すってないだよ! 反撃するぞ! こら!)
「えと……刺さないで下さいよ?」
布袋の中へ金貨を入れたハルは、種類の違う金貨と銀貨を掴み、侍女へ手を伸ばす。
「何かしら? それは?」
明らかに機嫌の悪いシャロンは、ハルの行動が理解できず、冷たい口調で問いかける。
「いや……何って。お釣りですよ。この服、市場で買った安物ですから、こんなにもらえませんよ。体ももう痛くないですし……。てか、はい! もう、動きませんってば」
釣銭を侍女に渡したハルは、兵士達に向かって両手をあげる。ハルに無理矢理お釣りを握らされた侍女は、首を傾げたシャロンを見つめて指示を待っていた。
(いや! もう勘弁してくれよ! ちょっと不用意なのは認めるけども!)
「あの……私……仕事を探しに行きたいんで……。帰っていいですか?」
困った顔のハルが、帰りたいと言い出した事で、シャロンの認識が揺らぐ。正当な金額しか受け取らず、シャロンに近付こうともしないハル。シャロンの中で、自分は悪い事をしてしまったのではないかと、小さな罪悪感が生まれたらしい。
そのシャロンの機微をなんとなく察したアルバートが、彼女に小声で耳打ちする。
「多少変わった所はありますが……。ハルさんは悪い人じゃないはずですよ」
少しの間、眉を歪めて考え事をしていたシャロンだが、侍女の持つ釣銭を掴み取った。そして、ハルの前に差し出す。
(おぉぉ……。指も細くて綺麗だな。完璧じゃん、こいつ。あ、違う違う)
「あの……なんですか?」
ハルの上げていた手を掴み、その釣銭を握らせたシャロンは、少し強気な笑みを浮かべていた。
「仕事を探しているなら、紹介しましょう。これは、その前払いです。いいですね?」
(あ、肌触りは微妙にかさついてるな。じゃなくて、この状態で説明もなしにうんていう奴は、馬鹿だと思うけど? あぁ! こいつ! 俺を馬鹿だと思ってやがるな!)
敢えていいえと答えようとしたハルだが、自分を取り囲んだままの兵士を思い出して愛想笑いを浮かべる。
「いえ……あのですね。仕事内容は? あの、向き不向きもあると思いますし」
ハルが無意識に自分から硬貨を握った事で、にやりと笑ったシャロンは、胸を張って喋り出した。
「これから、この地区の生活が苦しい方に、食事と日用品の配給に向かいます。貴方には、食事の準備と配給の手伝いをしていただきます! いいですね!」
(えっ? 何? その言い方! 拒否権なし? 嫌だよ。俺、そういうの向いてないんだよ!)
作り笑顔を崩してしまったハルは、シャロンに拒否の返事をしようとする。
「あ、そういうの私は向いてないぃぃ……んですが、やらせて頂きます」
シャロンの美しい顔を直視できなかったハルは、少しだけ目線を逸らした。その彼の目に映ったのは、いまだに構えられたままの槍だ。槍の刃はよく手入れがされており、日光を反射していた。
(あぁぁぁ……俺の馬鹿。つっても、兵士とここでやりあって利はないし……。くそぉぉ)
「では、ついてきなさい! 貴方のせいで、遅れたので皆が首を長くしているはずです」
シャロンを自分の嫁より愛しているらしい兵士達は、ハルを罪人のように連行し始める。
「さあ! きりきり歩け! 次、姫様に変な事をすれば……刺す!」
(なっ! そっちから手を出せば、反撃するからな! 正当防衛だからな!)
ハルに腕を払われた兵士達は、荷車を自ら押そうとするシャロンを見て、急いで走り出した。
「姫様! ここは我等にお任せください!」
「あ……そうですね。もうこれ以上人を撥ねて遅れる訳にはいけませんよね。では、急ぎましょう」
(やってらんねぁな。しかし……あっちの女の人も、貴族だろうなぁ。本当に、福祉は直接なんだな。流石、脳味噌まで筋肉王の国だ)
大きく息を吐いて荷車の後に続き始めたハルに、アルバートが近付き、状況と仕事の内容を教えていく。
「講義で言った通りですが、この国の福祉はまだまだでして……」
ハル達が今居る地区には、大きく分けて四種類の人間がいる。妖魔や病気が原因で体を病み、働けなくなった者。後ろめたい仕事をしている者。驚くほどの低賃金で働かされている者。そして、その子供達だ。
自分から進んでそこへ移り住んだ、違法な事に手を染める者達は兵士達が現場を押さえて捉えるしかない。それは、シャロン達も兵士達に任せてある。
他三種類の者達を、シャロンや貴族の主に女性が援助しているのだ。
低賃金で働かされている者達には仕事を斡旋し、生活が軌道に乗るまで日用品の配給を行っている。そして、働けない者には日用品に加えて食事を渡していた。
「あれ? じゃあ、子供はどうするんです? 先程も、ひもじそうな子供達、見ましたよ」
「ああ、流石ハルさん。よく見ておられますね。それが、今、一番の課題なんですよ」
ゼノビアに両親のいない子供を育てる孤児院のような設備は、すでに作られている。
だが、それはあくまで両親がいない子供向けの施設だ。どちらか一方でも親がいる子供は、その施設で預かれない。
(はぁ? なんだそれ?)
ハルと一緒に、アルバートも顔をしかめる。
「難しいんですよ。親から強制的に奪うのは、どうかという問題ですから……。実際に、この地区で両親と細々と暮らしながら、立派な商人や兵士になった方もいますしね」
(あ、なるほどねぇ。実家が貧乏でも、大成する奴ぐらいいるか)
「異邦人の方から頂いた知恵で、預かる基準を決めようとしていますが……。なかなかそれも……。親御さんは子供を取られたくないって怒りますし……」
子供達にも食料や日用品の配給で留めている理由が分かったハルは、興味を失って周囲へと目を向け始めた。彼は、危機的状況か目の前に人参がぶら下がっていないと、頭をあまり回さないらしい。
(あ! あそこも穴空いてるな。ぼろぼろじゃないか、ここ。改修工事までは、手が回ってないって事か……)
アルバートは、立ち止まったハルの視線を追う。そして、地下道で気を失っていたハルを思い出して、申し訳なさそうに喋り出した。
「出入り口は全て封鎖して、穴も可能な限り埋め立てていますが、間に合わないんですよ。特にこの地区は、元々の構造もいい加減で……。すみませんねぇ」
ハルの変な場面でよく働く第六感が、むくりと起き上って暴れ始める。
「確か、地下道って魔法大戦? 前でしったっけ? その頃からあるんですよね?」
「え? ああ、そうですよ。まあ、この地区もそうですが、三分の一はハルベリア国時代に作られたらしいですが」
(臭う! 臭うねぇ。くけけ……)
アルバートに気付かれないように、ハルはいつもの怪しい笑みを浮かべていた。彼は、今よりも進んだ魔法文明を持っていたらしい時代の遺跡に、何かお宝が残っているのではと考え始めたのだ。リンカの里で手に入れた仮面が、彼にそれを思いつかせたのだろう。
(持ち主がいないなら……俺の物! 売って大金って手もある。ぐふふ……)
隙間もしくは一発が大きい商売を好むハルは、トレジャーハントという言葉に血を騒がせる。
彼は元々、大昔に作られ、埋もれてしまったその場所で、ハルベリアの秘密に出会う運命にあったのかもしれない。




