introduction 09 Digitial Surrender - 降る世界と委ねる者たち /16
※この作品はフィクションです。実在の団体・組織・企業・人物とは関係ありません。
仮想世界が「現実」となった時代――
企業が支配する電脳世界「インター・ヴァーチュア」。
自由を求める者たち、デジタル生命体(DQL)、そしてコード・フレームワークを駆る戦士たちの戦いが始まる。
この物語は、仮想世界の秩序を巡る戦争と、
人間とデジタル生命体の共存の可能性を描いたSF作品です。
適宜更新予定。
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ブリッジの天井からは無音の光が降りていた。
宙空に浮かぶ大きめディスプレイに古びた映像が静かに映し出されている。
ざらついた粒子と、静かなシーンなのに耳の奥にジリジリとした何かが残る。
そんな、古い映画だ。
そこに映るのは、右手を失った男がバイクをねだる異様な場面だった。
「……よぉ、バイク持ってきてくれよ。バイク」
荒い息をつきバイクに跨り、失った手の代わりに包帯で腕をアクセルにくくりつけていた。
そんな男を見つめる、目の下にひどい隈がある少年は戸惑う。
「そんな体でバイク乗れんのかよ?」
ミラー越しに男は若者を見た。
「ブレーキどうすんだよ?」
答えは返らない―― ただ、ニヤリと笑った。
キックが入り、エンジンが爆音を上げる。
男は破滅へと向かって走り出す――。
画面の中でバイクが疾走していくその姿を、柳橋は腕を組んで見ていた。
静かにスクリーンを睨んでいる。
やがて、噴煙が上がる山のシルエットが映る。
そして、歌が流れる――「ああ、イラつくぜ」。
柳橋は目を細めたまま、しばし動かない。
そしてぽつりと吐き捨てるように呟いた。
「くそっ、やっぱり嫌な映画だぜ」
柳橋は再生を止めた。
ディスプレイがふっと消滅する。
静寂、そして薄暗いブリッジの中で柳橋は柱にあるニキシー管時計を見た。
まだ少し、予定までは時間があるようだ。
薄暗いブリッジの中央を占拠するように置かれたキャプテンシートの肘掛けに手を置き、頬杖をついた。
ふと、嫌いだとうそぶいたあの映画の、バイクで去っていった男のことを考えた。
無軌道な抗争を続けて仲間を失い、制裁として右手と右足のつま先をチェーンソーで切り落とされた。
バイクに乗ることができなくなり、堕ちるところまで堕ちていった。
その末に憎悪を燃やし、ついには大量の武器を手に入れ、全ての敵を皆殺しにするための復讐を開始する。
屍の山を築き、そして復讐を遂げた男はバイクに乗って去っていく。
決して停まることはできない。
満足と破滅を背負って、男は走っていく。
最後に映し出される噴煙を上らせる山、あれは黄泉平坂というわけだ。
(オレも、やつも死に損ないってやつだ)
死に損ないは現所と隠所の両方に足を置いている。
最後にあの男はバイクで隠所へと辿り着いたのだろうか?
(さて、オレは今―― どちらに居るんだろうな)
しばし、思考してから柳橋はその問いが誤っていると感じた。
(違うな…… そもそも俺は堕ちてる真っ最中なのか、それとも武器を欲っしがっているのか?)
いつものことだが、この映画を見るとこうやって柳橋の思考はループする。
(そもそも俺は、何がしてぇんだろな)
体の中心から苦々しい感情が全身へと巡るような感覚が湧き起こる。
同時に左脚に電流のような痺れが走り、視界をコード・ベースの干渉光のような極彩が侵食する。
(まただ、クソッタレ。 だからこの映画は嫌いなんだ)
それでも大きな仕事の前には見てしまう。
そしていつも同じように考える。
そしてこの感覚を呼び起こす。
我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか。
死に損ないの自分は果たして、どこで何をしたいのだろうかと。
そして記憶はおせっかいな女との再会へと結びついていく。
これは柳橋が仕事の前に課しているルーティンだ。
【Flashback】
身体の至るところが痛む―― こりゃ、あっちこっちが、ヤバい折れ方してるなぁ。
微かに動く腕を持ち上げ、腫れ上がった手を眺める。
赤黒く膨れたそれは、まるで猫型ロボットの手のような塊で、指も掌も区別がつかない。
「あー、完全脱臼、粉砕骨折、ついでに関節嚢もブッ壊れてるな……」
どうせなら骨が外に飛び出してくれた方がすぐに治療してもらえるんだがなぁ。
これなら放っておいても、すぐには死亡判定は出ない。
まあ、なんつーか、現実でもそんなもんだが、ことインター・ヴァーチュアだとさらにおざなりだ。
死亡じゃなくて、死亡判定だからな――。
閾値がはっきりしてやがるからそこを超えそうになきゃ、治療は重症でも瀕死でなければ普通に順番待ちだ。
激痛で気絶できればどんなに楽か―― だが、逆に頭だけが冴えていく。
ガキの時からそうだが、こういう時、下手に頑丈な身体ってのは損だ。
紛い物の世界のくせして、なんでこういった直すとか、治すってことがゲームみたいにリセットやら、課金やらでパパッと一瞬で出来ねぇんだか。
結局、怪我すりゃ医者に担ぎ込まれて治療受けにゃならん。
そりゃ、医者が見れば現実よりも遥かに高速に、確実に治るんだが――。
しかたねぇ…… こんな時は他のことを考えてやり過ごすに限る。
薄汚いバラックの天井を眺めながら俺はここしばらくのことを思い返すことにした。
――
ログインした途端に地べたに無様にぶっ倒れた。
膝から下の左脚の感覚がまるでなかった――。
それだけじゃない、目の前の景色も万華鏡というか、ありとあらゆる極彩色の蛍光のペンキでもぶちまけたようなわけのわからん視界で支配されていた。
頭に割れるような激痛が走って、そのまま意識を失った。
強制排出を喰らった地点からほど近い、イースタン・メグアラーヤというテリトリーのターミナルでの事だ。
実際、強制排出されてどの程度、現実の病院にいたのかは定かじゃない。
とりあえず五体満足に動くことを確認して、俺は自主的に退院することにした。
その時に二人ばかりぶん殴ったような気がするが、そのまま家に辿りつくとすぐにログインし。
だが、秒でインター・ヴァーチュアの病院に逆戻りするハメになった。
といっても、今俺が天井を見ているここではない。
こいつは今から、インター・ヴァーチュアで二週間前ほど前のことだ。
意識が戻ったのはターミナルでぶっ倒れてから三日程あとのことだった。
視界は元に戻ったが、左脚の感覚は戻っていなかった。
医者が言うには、強制排出によくある症状とかなんとか……。
表面的に異常はないとかいうことだったが、すぐにログアウトして最寄りの病院にいけとかどうたらヌカしてきた。
めんどくさくなってどついた気がするが、とりあえず左脚がどうにもならないので、震え上がった看護師から松葉杖をもらった俺は、ここも自主的に退院した。
――
急患だろうか?
病室の外の廊下から男の悲鳴と何人かが走っていく音にふと、引き戻された。
鎖骨と肋骨の上あたりにズドンと痛みが押し寄せたが、下っ腹に力を入れて押し込めた。
窓際に引っ掛けられたGベストを羽織ったバトルスーツが目に入った。
その背中にエンブレムは無い。
イースタン・メグアラーヤの病院から出た後、闘神のメンバに連絡を入れたが誰一人として反応はなかった。
反応どころか繋がるチャンネルすら無かった。
そこで俺はようやく、看板が背中から消えていることに気づいた。
ギルドの看板は現実に存在していた、アウトロー・モーターサイクルクラブが源流だ。
揃いのチームロゴを己のウェアの背中に背負う。
違いといやぁ、現実では刺繍だが、インター・ヴァーチュアではデジタルテクスチャだ。
インター・ヴァーチュアではギルドメンバであることの証であり、お互いが背中に背負う共有データだ。
暗黙の了解とはいえ、このテクスチャにはいろいろと掟が付きまとう。
デザインを真似て盗用しようなんて命知らずは、まずいない。
メンバー以外に貸すのも御法度。
このテクチャデザインを扱う、いわゆる看板屋も厳重にデータを守りギルドがあり続ける限り提供を続ける。
それが消えるということは看板屋がデータを消したとを意味する。
それは、ギルドの消滅宣言だ。
俺が現実で病院に押し込まれている間に闘神は消滅していたらしい。
だが、あれに参加していたのは俺も含めて闘神の全員じゃなかった。
全滅したとしても闘神のごく一部に過ぎない。
それに強制排出されたとしても、俺のように現実では死んでないやつだって他にもいたはずだ。
なのに、ギルドとしては解散している。
ということは、要するに上は用済みの判断を下したということだ。
ふざけやがって――。
イライラしていたらまたアチコチがズキズキとしてきた。
また、集中して意識を過去に向けることにする。
――
うかつも看板が消えていることにまったく気がついていなかった。
インター・ヴァーチュアに戻ってからこっち、あれだけの事があったのにギルドのチャンネル経由で何も連絡が来てないことに気づくべきだった。
普段からほぼシカトしてたのがアダになった。
仕方ないので完全にシカトしているあっちのチャンネルを確認すると通達が定期的に何度も来ていた。
「速やかに報告せよ。 報告無き場合はMIAとし、以降は――」
ふざけんな、クソが。
どういうことだ――。
まがいなりもにあれは完全に不味いしくじりのはずだ。
闘神だけであればギルドが紛争介入の傭兵仕事で下手うって全滅しただけの話だ。
だが投入していたCFは見た目はアチャラでも中身は別物の特注品―― 裏の目的は時期主力のトライアウトだったはずだ。
何があったか、相手はなんだったのか?
そうなるのが普通だ。
それを、なんだこりゃ…… 無かったことにしてねぇか?
ただ連絡をよこせとかぬかすあっちにはムカつくだけで戻る気にもなれず、闘神の拠点だったHODOの方に戻ることにした。
文無しだったが、親切なヤツがライナーでHODOまで送ってくれた。
交渉の途中、松葉杖で二、三発ぶん殴った気もするがまあ、ラッキーだった。
HODOにたどり着き、闘神がほんとに跡形もなく消えちまったということがわかった。
停泊していた闘神の四隻のライナーは消えていた。
いつの間にか出港していたそうだ。
看板屋に話を聞くと、解散については一方的に連絡が来たらしい。
見せてもらったが、テキストのみの電子メールだった。
しかも、ご丁寧に闘神の看板と同じ、デジタル署名付きときた。
あとはスポットで情報を漁るぐらいだが、足がない。
仕方なく俺は唯一と言ってもいいツテのテキヤの事務所に顔を出した。
すると、顔役のミツエババアがえらく心配してくれた。
ババアは闘神が消滅したことは知ってた。
「アジエはあんたがいるの知ってるんのかい?」
なんであいつの名前が出てくんだよ。
そういえばあいつはババアと気が合うとか言ってたな。
だが、今回の仕事の前にカルテックとの契約は終わっている。
詳しい話は知らないはずだ。
やつはカタギだ。
あっちにいくらでも居場所があるなら、こっちに来る必要はねぇ。
「いいから…… スポットまで足かしてくれよババア……」
俺のツラを見て諦めたのか、ババアはスポットまでの足を貸すことを了承した。
ただし、俺の左脚が効かねぇことを理由に運転手としてテキヤの若いのをつけることを条件にした。
決して乗り心地がいいとはいえない小型のライナーで俺はスポットへとやって来た。
松葉杖をついてヨロヨロと歩く俺にコード・ライダーたちの奇異の目が集まった。
看板を背負わず、無様に杖をつく姿へと視線を向けられることにイラだち始めた頃、幾人かがヒソヒソと話はじめ、次第に波のようにそれは広がる。
「あいつ、闘神にいた柳橋だ……」
そんな小声が聞こえた。
気づけば誰もが俺から目を背けていた。
フンッと鼻を鳴らし、屋台も同然のBARのカウンターに腰を降ろした。
そのあと、俺は手当たり次第に情報を集めた。
まあ予想通りのことしかわからなかったが……。
闘神が消滅したことは誰もが知っていても、なぜ解散したかは憶測しか出てこなかった。
どういうわけか、イースタン・メグアラーヤ近くの荒涼とした紛争地帯での戦闘の話はどこからも出てこなかった。
ああ、こいつは意図的だ。
こんなふざけた話があるか――。
闘神という存在を利用して、跡形もなく隠蔽しやがった。
わかっていたさ…… 闘神はただの隠れ蓑だ。
俺はただCFで暴れたくて、好きにやりたいから闘神でいただけだ。
いつかは無くなる集団だ―― そんなことは知っていた。
だがこいつはどうにも気に入らねぇ。
そんな闘神を使っていた奴らは、ここに来て尻尾巻いてケツまくりやがった。
頭の奥で何かが軋むようだった。
落とし前をつけにゃ気が済まねぇ……。
イラつく、イラつく、イラつく。
どうすればいい? そうだCFだ、CFがいる。
何があったか根こそぎ、暴いてやる。
ついでに、俺を強制排出してくれた相手ともきっちりケリをつけてやる。
そうやって腹に落とそうとしたところで―― CFというキーワードに俺の頭の中がミントでも落としたようにスーッと冷える。
ふと、膝から下の感覚がない左脚に視線が落ちた。
今のところ元に戻る気配はない。
ログイン直後に見たあのぶっ飛んだド派手な視界は今のところあれっきりだが、何だったのか――。
さーて、どうしたもんかと考えていたら、少し離れたテーブルからやけにガタイのいいガキがチラチラとこっちを見ていた。
上下、ゴリゴリのバトルスーツを着たガキだ。
看板は背負ってない。
どうやら、一匹狼だな。
どいつも、こいつも俺から目を擦らして見ようともしない腰抜けどものなかで、こっそりとはいえ見てくるとは面白い。
「こりゃ、好都合だ――」
さて、この不安の残る体でCFが使えるか気になるところだが、あいにく俺には手持ちの機体がない。
ここはどうも俺に熱い視線を向けてくる少年に一つ相談して見ようじゃないか。
――
記憶と今がリンクして意識が浮上してきた。
スポットで俺を見ていたガキはウィリアム・高田という名前だった。
そいつの乗っていたエリミネーターを借りた俺は、試しにコースへと出た。
そして、今、HODOの港湾地区近くのこの診療所の病室の天井を眺めているわけだ。
こうやって再び、病院送りになるのに五分もかかってはいない。
市外地を模したシュミレーションのコースだった。
一本目のコーナーを曲がってすぐだ、あっさりとやっちまった。
突然、俺は視界を失った。
目の前にギラギラと虹の塊が爆発した。
視界を奪われた俺は、どこかに機体を激突させた。
そのあとは完全にとっ散らかった。
気がつけば左脚が効かず、踏ん張れずに、体は投げ出され、コクピットの中でしたたか跳ね回ることになった。
ボロ雑巾になった俺はコクピットから担ぎ出される時に、持ち主である高田に名前を聞いた。
デカイ借りを作っちまった。
どうやって返したものか……。
そんなことを考えていたら病室のドアがギシギシと軋みながら開いた。
見知った顔がそこにいた。
「バシ、あんたね…… 何やってんのよ?」
アジエ・ジンガノだった。
褐色の肌の上でまるで猫のような目がこっちを見ている。
「よぉ―― オマエ、どこまで聞いてる?」
「何も知らないわよ!」
アジエはボロい壁に拳を叩きつけて怒鳴った。
「全滅したって聞かされただけよ! それ以外は契約切れだってこれっぽちも……」
こいつは参った…… 何もいえねぇ。
「あんたねぇ、帰って来たんなら言いなさいよ! こっちの気も知らずに――」
こうもボロボロ泣かれちゃ、何を言っていいかわからねぇ。
「このバカ……」
ただ両手を握り、肩を振るわせ、いつものキャップの下で涙を流すこのおせっかいな女を見ながら俺は困っていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
この物語は、仮想世界の秩序と、
人間とデータの境界を巡る戦いを描いていきます。
最後まで読んでいただきありがとうございます!




