第四十二話 誤算
「あはははは! 見ろ、ベノンよ。さすがの小僧も魔法には敵わなかったようだな」
ウルが狂気じみた声を出して笑う。
それはそうだろう、自分の存在を脅かす存在を排除することができたのだ。彼としては笑わずにはいられなかった。
「左様ですな、ウル様。しかし、この者は一体?」
ウル同様、嬉しさを隠しきれないベノンであったが、当然現れたフードの男の正体が気になった。
火炎球を放ったことから魔法使いだと判るが、あのシャスターを一発で仕留めたほどの腕前となると、よほど手馴れた実力者であろう。
だが、そもそも魔法使いは王領騎士団にはいない。
「この者はな、国王陛下直属の魔法部隊の者だ」
「魔法部隊!?」
ウルの発言にベノンは驚愕した。
魔法部隊……噂では聞いていたが、まさか本当に存在するとは。しかもこのタイミングでこの場所に現れるとは。
「俺も魔法部隊の存在についてはさっき知ったばかりだ」
先ほど会議の終わった後、ウルは再びオイト国王に呼び戻された。そこで、国王から魔法部隊の存在を知らされたのだ。
さらに驚いているウルを気にも止めず、国王はこの戦いに魔法部隊を使うことを伝え、伝令用として魔法部隊のひとりをウルの側近として付けたのだった。
命じられたウルは驚きながらも喜んだ。これでラウス軍を殲滅できると。
国王軍とラウス軍は互いの兵力が互角だ。ウルは国王軍が負けるとは思ってもいなかったが、それでも多くの犠牲が出ることは覚悟していた。
しかし、魔法部隊が参戦すれば、国王軍の戦力は格段に上がる。完全なる勝利は確実となったからだ。
意気揚々として自分のテントに戻って来たウルだったが、そこでシャスターと出会ったのだ。
「それにしても、この魔法使いは一体どこから現れたのでしょうか?」
ベノンはシャスターの背後からいきなり現れた魔法使いに驚いたのだ。
「そこから先は、私がお話ししましょう」
魔法使いの男が口を開いた。相変わらず顔はフードで隠れているが、口だけは動いているのが分かる。不気味な男だった。
「簡単なことです。あなたはテントの正面口からテントに入り録画していた。私はこの燃えている小僧の背後、裏口から入ってきたのです」
「しかし、このテントは周囲を警備されている。裏口にも騎士が二名、警備していたはず」
お前のような不気味な男が騎士団長のテントに現れたら問答無用で止められるはず、と思ったベノンは絶句した。
フードの男は自分が入って来た裏口を開けて外を見せる。
そこには確かに二人の騎士が立っていた。しかし、フードの男が騎士たちを軽く押すと、そのまま崩れ落ちるように倒れこんだ。二人とも死んでいる。
「どういうことだ!?」
「なーに、私を見て騒がれると不味いので殺しておきました」
倒れている騎士たちの胸には焦げた跡がある。
「小さくした火炎球を胸に向かって放つのです。内密に殺すにはこの方法が良いのですよ」
フードの男は手のひらを広げると、そこには小さな炎がともっていた。おそらくその炎を飛ばして騎士の胸に撃ち込んだのだろう。
「何の罪もない者を殺したのか?」
ベノンはフードの男に詰め寄る。その目は怒りに燃えていた。しかし、フードの男は全く動じていない。
「何を怒っているのですか? 先ほどウル様もおっしゃっていたように、人海戦術を取っていたら数百人の騎士が倒されていたかもしれないのです。それがたった二人で済んだのですよ」
「貴様!」
「やめろ、ベノン!」
ウルが襲いかかろうとしていたベノンを止めた。
フードの男を助けたのではない。ベノンを助けたのだ。それが証拠にフードの男の手にはまだ炎が残ったままだった。もしベノンが襲いかかれば、倒れている二人と同じ運命を辿っていただろう。
「賢明な判断でしたな。私はあなたを殺すことなど簡単なのですよ。そのことをお忘れなく」
フードの男はベノンを見ることもなく、燃え続けているシャスターに目を向けた。
「それにしてもまだ燃え続けるとは、この小僧は多少の魔法耐性を持ち合わせていたようですね」
火炎球を受けた者は十数秒で燃えつきて崩れ落ちる。
しかし、目の前の小僧はすでに一分以上経っているのに、まだ崩れ落ちることなく燃えているのだ。訝しく思ったフードの男は燃えているシャスターに近づく。
「これは!?」
口しか見えないのにフードの男が慌てているのが、ウルとベノンには分かった。それほどにフードの男は驚いている。
何事か分からないまま、二人はフードの男の慌てぶりを見ていたが、しばらくして燃えている炎が消えたところで彼らは理解した。
燃えていたのはシャスターではなかった。
「……これは俺の鎧だ!」
ウルが振り向くと、テントの奥に置いてあった鎧がいつの間にかなくなっている。燃えていたのは紛れもなくウル自身の鎧だったのだ。いたるところ炎で溶けているが、魔法の鎧なので原型は留めていた。
「なぜ、俺の鎧が燃えていたのだ?」
「分かりません」
「それでは、シャスターはどこへ消えた?」
「分かりません」
ウルの鋭い問いにフードの男は答えることができない。それどころか、フードの男の頬からは大粒の汗がいくつも流れ落ちていた。
「俺が代わりに答えようか。あの小僧は火炎球が爆発した隙に鎧と入れ替わってこの場から逃げたのだ」
信じられないことだった。あの一瞬の間に、そのようなことができるはずがない。しかも三人が見ている前で。
しかし、シャスターはそれをやったのだ。
「ウル様、我らは夢でも見ているのでしょうか?」
「ああ、昨日からのことを含めて全て夢で片付けたいものだな」
しかし、目の前で溶けている鎧がこの状況が現実であると物語っていた。さっきまでシャスターが死んだことに大笑いしていた自分が道化師のように滑稽だった。
「おい、お前!」
「はい!」
魔法使いは今までの傲慢な態度が嘘のように従順になっていた。
「さっさとシャスターを探してこい!」
ウルは魔法使いの胸ぐらを掴みながら睨みつけた。探せるはずがないことは百も承知だが、せめて二人の部下を勝手に殺された腹いせにはなる。
ウルが胸ぐらから手を離すと、魔法使いは床に思いっきり倒れこんだ。
「いいか、見つけてくるまで帰ってくるな!」
「その必要はないよ」
「なっ!?」
ウル、ベノン、魔法使いは同時に声を上げるが、その直後魔法使いだけがその場に倒れ込んだ。
ウルとベノンは魔法使いの背後に立っている少年に驚きの眼差しを向ける。
「また、火炎球を使われると面倒だからさ。手刀で気絶させておいた」
唖然としている二人に対して、シャスターは何事もなかったかのように話しかけた。
「い、一体、どうやって……?」
辛うじて声を出したウルだったが、それ以上言葉が続かない。
「いやー、ビックリしたよ。急に火炎球を放たれたから、とっさに近くにあった鎧を身代わりにして隠れたんだ」
「あり得ない!」ウルとベノンは同時に思ったが、実際に目の前で起きた出来事を信じないわけにはいかない。
「キミたち二人にも隠れたのがバレていなかったようで良かった」
実際のところ、シャスターと鎧を替えたのは星華だった。彼女が「変わり身の術」で、鎧と入れ替えてシャスターを救出したのだった。
「変わり身の術」とは一瞬で人・物を入れ替える忍術だ。相手の目を惑わせる「幻術」と素早い動きの「体術」を掛け合わせた忍術であるが、一般兵ならともかく国王軍の実力者二人さえ驚愕させた忍術は、星華だからこそできる代物であった。
しかしながら、そんなことはウルもベノンも知らない。二人はシャスターの素早さに唖然としていた。これほどの素早さでは、当初ウルが話していた人海戦術を使ったとしても簡単に逃げられてしまうことは明白だった。
「そ、それで俺たちを、ど、どうする気だ?」
あれほど罵ったのだ、無事で済まされるはずがない。二人とも顔中脂汗を流している。余程緊張しているのだろう。そんな二人を見ながらシャスターは意地悪く笑った。
「どうするつもりもないよ」
「へ!?」
「その代わり、国王軍はワザと負けて」
ウルは言葉を失った。そんな取引は無理難題を通り越しているからだ。そんなことを見越してか、シャスターはもう一度笑った。
「あー、うそ、うそ。戦いは正々堂々と行わないと意味ないからね」
ウルはホッとした。危うく心の中では全軍白旗に天秤が傾きかけていたからだ。しかし、シャスターの次の取引内容を聞いて再度驚いた。
「俺を捕まえて、デニムの所へ連れて行って」
「そんなことをしたら、確実に殺されますよ」
ウルは大声で止めた。いや、止める義理はない。むしろ、当初デニムの元に赴いて殺されるように計画していたウルにとっては好まし過ぎる状況だ。
それなのに、シャスターの言葉には違和感がアリアリだった。
「……何を考えているのです?」
「ひみつ」
ということは、何かが起きることは間違いないと確信したが、厄介ごとをここに置いておくより、デニムに渡してしまった方がウルとしては心が休まる。
「分かりました。それではデニム様の元にお連れします」
「あ、一応、囚人ということでお願い」
「……分かりました」
ベノンがシャスターの手首を縄で縛りあげる。そして、その縄を引っ張りながらウルはデニムの元へ向かった。




