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第三十一話 王領騎士団

 ベッドで休んでいたシャスターは、部屋の扉を叩く音で起き上がった。


 王領騎士団の迎えが来たのだ。


 シャスターは迎えに来た騎士に案内されて騎士団の館に向かった。館は王城の敷地内に建てられていたが、西領土にあるデニムの城と大差ないほど大きい。強固そうな石造りの四角い建物だ。



 正面入口から建物内に入りそのまま廊下を歩き続けると、しばらくして大きな扉に突き当たった。

 騎士が両手で扉を開けると、そこは闘技場のような大きな空間が広がっていた。一辺が三十メートルはありそうな正方形の部屋だ。ただ石造りのため豪華さは一切なく、大きな牢獄といった感じだった。


 その中央で椅子に座っている人物がいる。

 王領騎士団長のウルだ。


「ほぅ、すでに逃げ出して流浪の旅人に戻っているのかと思っていたのだが。根性だけはあるのか、あるいはただの馬鹿なのか」


 ウルの言葉に周りから笑い声が響く。

 彼の両横にはそれぞれ五人、計十名の騎士たちが立っており、彼らが笑ったのだ。


「彼らは王領騎士団の分団長だ。名前は……まぁいいだろう。殺されるお前には関係ないことだからな」


 再び笑い声を響きさせながら、分団長たちは残忍そうな表情でシャスターを見ている。

 分団長たちからシャスターに向けて強い威圧を感じる。エルマが話していた通り、一人ひとりがエルマと同等の実力、あるいはそれ以上の持ち主だろう。


 しかし、そんな威圧をシャスターは全く気にしない。


「うん、名前を言わないことは同感。十人も一度に覚えられないし、分団長なんてわざわざ聞くほどのこともないし」


「何だと、小僧!」


 馬鹿にされたと思ったのか、分団長のひとりが剣を抜く。しかし、ウルが止めた。


「単純な挑発に乗るな。せっかくの客人だから、少しは楽しまないともったいないぞ」


 ウルにそう言われて、その分団長は申し訳なさそうに頭を下げて剣をしまったが、その目つきでシャスターへの憎しみが増したことが分かる。



「それでは分団長の下位の者から順に親善試合と行こうではないか」


 ウルの提案と同時に、シャスターが入ってきた扉が閉じられる。誰も中には入れさせないつもりだ。これでシャスターの身に何が起きても、ウルたちが好きなように始末できる。



 この部屋にはシャスターとウル、そして分団長たちしかいないように見えるが、実はシャスターが知らない場所で試合を観戦している者たちがいた。


 フーゴたちだ。


 フーゴはウルの計らいで、シャスターが殺される瞬間を見せてもらえることになったのだ。もちろんそれに見合う以上にフーゴはウルに賄賂を送っていたからこそ実現したのだ。


 フーゴは腹心である数名の者たちと一緒に天井の一角にある小さな観覧席で、シャスターに気付かれないように覗き込むように見ていた。


「いよいよですな、フーゴ殿」


「あの生意気な小僧が殺される瞬間を見られるとは思いませんでしたぞ」


「これも全てフーゴ殿のおかげ。次期西領土騎士団長は決まりですな」


「ウル様もフーゴ殿の騎士団長就任へ働きかけてくださるようですし」


 腹心たちがフーゴを賞賛する。当然、フーゴも悪い気はしない。


「金貨のほとんどをあの小僧に取られてしまい、今でも腹の底が煮え繰り返るが、まぁ小僧が殺される見物料と騎士団長の就任料と思えば我慢もできるな」


 フーゴは笑い、つられて腹心たちも笑った。

 奪われた金貨はまた領民から徴収すればいいだけのこと。今まで以上に厳しく取り立てればすぐに元の量に戻るだろう。

 これでフーゴたちの未来は輝けるものになると確定したのだ。だからこそ、誰もが目を見開きながら、今か今かと試合が始まる瞬間を待っていた。




「始めろ!」


 ウルの合図でシャスターは一人目の対戦相手と戦い始めた。


 その一人目こそ、挑発に乗って先ほど剣を抜いた男、ベノンだった。ウルの前で恥をかかされたことで、その目は怒りで血走っている。

 しかし、だからといってベノンは冷静さを失っていなかった。

 攻撃を的確に何度も放っている。それを受けるシャスターは防戦一方だ。分団長の中では最下位といえども強い。


「どうした? 防いでばかりでは勝てんぞ」



 ウルは最初の数合の斬り合いを見て、シャスターの実力が分かってしまった。

 見たこともない剣の型だ。おそらくは正式な剣の扱い方を教わっていない、ただの我流の剣技だと。


 フーゴは「小僧の実力を侮ってはいけません」などとほざいていたが、あんな小僧に負けた前の西領土騎士団長の不甲斐なさの方が、ウルにとって腹立たしかった。

 ただし、我流ではあるが剣技の素早さは認めよう。だからこそ、ベノンの攻撃全てを防ぐことができているのだ。


 だが、それだけのことだ。

 時間が経ち疲れてくれば、その素早さも落ちてくる。

 その時がシャスターの最後だ。


 王国一の実力を持っているウルだからこそ、シャスターの微妙な剣さばきで気付くことができた。しかし、気付いてしまえばウルとしては興ざめだ。

 今戦っている最下位のベノンでさえ、シャスターが勝てる見込みはない。



「ベノン、さっさと片付けてしまえ!」


 ウルの指示が伝わった瞬間、ベノンの攻撃が一層速くなる。騎士団長の命令で本気を出してきたのだ。

 こうなると、シャスターにとって圧倒的に不利だ。一方的に押され始めた。

 それを見てフーゴたちが色めき出す。


「いよいよ、小僧が殺されますね」


「ああ、上には上がいることを知る、よい教訓になるだろう。最後の教訓になるがな」


 皆から笑いが溢れる。フーゴはシャスターの最後の瞬間をしっかり見ようとして観覧席から顔を突き出した。


 その時だった。



 下で戦っているシャスターが、一瞬フーゴを見たのだ。


「あひぃ!?」


 フーゴは驚きそのまま後ろに倒れる。それを見て周りの者たちは当惑した。


「どうしましたか? フーゴ殿」


「い、いま、小僧と、目が合った!」


「まさか、ご冗談を」


 腹心たちが笑う。それも当然であった。この観覧席はシェスターたちが戦っている闘技場の二十メートル上の天井の一角にあり、周りを壁に囲まれている。下で戦っている者からは気付かれることはまずないのだ。


「た、たしかにその通りだな」


 フーゴは気を取り直すと、倒れた椅子から起き上がった。

 もしかしたら、あの小僧に対して後ろめいた気持ちがあったので、目が合ったと錯覚を感じたのだとフーゴは思った。

 なぜなら、親衛隊設立や王領に来ることができたのもシャスターのおかげなのだ。その小僧を殺すことに罪悪感を抱いてしまったのかもしれない。


 しかし、それとこれとは別だ。


 自分たちの財宝を奪われてしまったことは事実だし、何よりシャスターはフーゴにとって邪魔な存在だ。消せるなら、さっさと消してしまいたいのだ。

 そして、その瞬間が今、目の前で起きようとしているのだ。


 気を取り直して、フーゴは窓から覗き込んだ。



 しかし、次の瞬間、今度はフーゴの目に信じられない光景が飛び込んできた。



 シャスターにベノンが倒されたのだ。





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