番外編その三「神鏡の巫女?」
新作宣伝のための番外編です。時期的には30話と31話の間の話になります。
新作に出てきた名詞が複数出てきますが「石ころ」と新作に世界観的なつながりは一切なく、ただ名前が同じなだけの別物です。
日本には現在、一万二千人の冒険者がいる。
冒険者は青銅・白銀・黄金の三クラスにランク分けされている。青銅クラスは一一〇〇人程度、白銀クラスは一〇〇人程度。黄金クラスは日本には四人、全世界で一二人しか存在していない。
三クラスに入る冒険者は全体の一割。残りの九割はランク外の、「石ころ」と呼ばれる冒険者だ。冒険者歴一年五ヶ月(実質二年と二ヶ月)、国内順位五〇〇六位――花園巽は青銅クラスを目指して勇往邁進する、石ころ冒険者である。
「あなたが花園巽さんですね。技術向上研修を主宰しているという」
巽がそう呼び止められたのはマジックゲート社ヴェルゲラン支部の構内で、狩りを終えて帰ってきたところだった。
「そうですが、あなたは」
振り返るとそこに立っているのは、赤を基調としたドレスっぽい服の女性である。全体としてはヨーロッパ風のシルエットなのだが袖が振袖のように大きく四角い。洋装に和装の要素を加えた、ちょっと不思議な衣装だった――もっとも、軽く見回せば忍者がいたりパンツ一丁の戦士がいたりのこのヴェルゲランでは決して目立つような服ではないのだが。
その女性の年齢は、おそらく二〇代半ば。身長は比較的高い方でスレンダーな体格。顔立ちも普通の範疇だ。その容貌も服装も特別人目をそばだてるようなものではないのに、彼女は周囲の視線を一身に集めていた。ただ、
「もしかしてあれ……」
「ああ、あの……」
そんなささやきが巽の耳にも届いている。強い悪意があるわけではないが、好意的とも言い難い。珍獣扱いというのが一番適当かもしれなかった。それも、関わりを持つと面倒な類の。厄介ごとの予感を覚えた巽が内心でため息をつく。
「申し遅れました」
彼女は鏡のペンダントを乗せた薄い胸を偉そうに張って、堂々と誇らしげに、
「わたしは『神鏡の巫女』ソニア二号と申します」
厄介ごとの予感は確信となった。
「そして彼は『聖剣の勇者』ヤマト二号」
ソニア二号がそう紹介するのは、自分の斜め後方に控えていた一人の戦士だった。年齢はおそらく二〇歳前。身長は巽とほとんど変わらず、巽よりも大分スマート。その身体を上等の金属鎧で包んでいる。髪は少し長めで、燃えるような鮮やかな赤。顔立ちは、テレビタレントだって務まりそうなハンサム君だ――その顔が今、「迷惑かけてすみません」と表情だけで謝っている。
「話は他でもありません、まだ固有スキルに目覚めていない彼を導いてほしいのです。預言者エノクのように」
「誰だよ」
巽の突っ込みにソニア二号は不思議そうに首を傾げている。巽は疲れたようなため息をついた。
「固有スキルを使っているかどうか見分ける能力」を利用し、自分の固有スキルが何なのか判らない新人冒険者を対象に、それを見つけることを目的としたものが巽の「技術向上研修」だった。新人冒険者にとって固有スキルに目覚めるか否かは人生に関わる大問題だ。それに目覚めないまま狩りに行って強力なモンスターと遭遇したならそこで人生が終わりかねないし、そもそも固有スキルに目覚めないままでは冒険者を長くは続けられない。このため未だ固有スキルに目覚めない新人冒険者のほとんどが藁にもすがる思いで巽の研修の申し込みをしており、順番待ちのため実際に受講できるのは何ヶ月も先という状態だった。
だから順番を無視して研修を受けようとする人間が出てきたのは今回が初めてではなく、
「技術向上研修はマジックゲート社を通じて申し込んでください。順番についての交渉も同様に」
その答えも決まっているのだった。
「普通に研修に申し込みをしたら受講できるのがいつになるのか判りません」
「すみませんが諦めてください」
「ですのであなたが自分の狩りに行くときにわたし達を同行させてほしいのです」
「人の話を聞けよ」
「それならあなたにも迷惑をかけないでしょう?」
「今もうこの時点で迷惑がかかってるよ」
ソニア二号は思いがけないことを言われたように、不思議そうに首を傾げている。巽はお手上げの気分で天を仰いだ。
「あの……ソニア。やっぱりこんなルール違反はよくないんじゃないかな」
ヤマト二号と呼ばれているハンサム君が意を決し、控えめながらもソニア二号を諌めようとする。ソニア二号が振り返って彼の顔を見つめた。
「こんな横紙破りは勇者らしくなく、望ましくないんじゃないかと……」
「それはそうかもしれません。でも迷惑をかけるとしてもこの人一人ですし、それはお金で片付ければ済むことでしょう?」
「ソニアはそんなこと言わない」
ヤマト二号の突っ込みにソニア二号はちょっと恥ずかしそうに咳ばらいをし、
「失礼しました。勇者たるもの、外面は取り繕うべきですね」
「問題はそこじゃない」
「ということで、充分な謝礼はします。あとはあなたが黙っていればそれで済む話です」
「それで取り繕ったつもりか」
ソニア二号はやはり不思議そうに首を傾げ、巽は頭を抱えた。
「はーい、盛り上がっているところ悪いんだけどねぇ」
そこに聞き慣れた声が割り込んできて、巽は地獄に仏のような気分で声の方を向き、
「お二人さんはちょーっと事務所まで来てもらえないかなぁ?」
そこに立っているのはやはり高辻だ。マジックゲート社職員の登場にヤマト二号は「まずい」という気持ちと諦めが半々の顔。ソニア二号は何が問題なのか未だ理解していない様子である。
「大変でしたね、巽さん」
そう声をかけてきたのはしのぶで、美咲とゆかりも一緒にいる。
「高辻さんを呼んでくれたのって」
しのぶがわずかに頷いてそれを肯定。巽が変なのに絡まれて困っていたのを見かけ、三人が助けてくれたわけで、
「いや助かった。ありがとう」
心からの感謝を述べた。
「いえ、大したことはしていませんし」
と美咲。ゆかりは、
「巽君モテモテだったねー」
と笑っている。一方ソニア二号はなんのかんのと高辻に抵抗している様子だったが、彼女がふとゆかりに目を止めた。
「あなた!」
高辻を無視したソニア二号がゆかりへと突進し、彼女の両手を握り、
「わたし達の勇者パーティに入って一緒に世界を救いましょう! あなたならパルマ二号にぴったり!」
「誰よ?」
その場の全員の内心を代弁し、ゆかりがそう突っ込みを入れた。
それから約一週間後、場所は第二〇二開拓地。そこはゾンビ兵や骸骨兵といった低レベルのアンデット系モンスターが出現する場所で、新人冒険者御用達の狩場である。巽が技術向上研修で毎週のように使っているのもここだった。
だが今日は研修でここにいるわけではない……建前上は。
「今日はよろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
ヤマト二号が生真面目に頭を下げ、巽はちょっと軽めにそれに応じた。彼は決意に拳を握り締め、
「こんな横車、黙認されるとしても今回限りです。何としても今日固有スキルに目覚めないと」
「俺にできるのは君が固有スキルを使っているかどうかを識別することだけだ」
自分の能力について勘違いされることはいつものことなので、これまたいつものように釘を刺す巽。
「固有スキルに目覚めているか、それに近い状態なら、それを見せてもらえれば『固有スキルを使っている』と教えることができる……というか、それしかできない」
巽はその点を強調した。
「全く目覚めていない固有スキルを見出すことはできない。目覚めかけでも、見せてもらわないことにはどうしようもない。たとえば『自分の固有スキルは剣技に関するものだ』って思い込んでいて延々それを見せられても、実際には探知系だったってこともあるかもしれない。俺の研修を受けても固有スキルを見つけられるのはせいぜい五人に一人だ」
「二〇パーセントもあるんですか、すごいですね」
ヤマト二号が素直に感嘆し、巽はちょっと目を見張った。
「それだけあれば充分です」
確固と頷く彼の端正な横顔を見つめ、巽もまた「この分なら本当に見つけられるかも」と思ってしまっている。冒険者としてはまだまだド新人だが、彼からは人目を惹きつけるカリスマのようなものを感じられた。
「大丈夫です。あなたならきっと固有スキルを手に入れることができます」
そう言って淑やかに微笑むのはソニア二号。そしてその横では、
「まー気楽にいこー。別に今日目覚めなくてもそのうち自力で目覚めることもあるし」
ゆかりがお気楽に笑っている。なお今の彼女が着ているのは普段のメイジのローブではなく、ファンタスティックな僧侶服だ。形としてはキリスト教のシスター服に近いが白を基調としており、また金銀で縁取りするなどし、清楚さときらびやかさを絶妙なバランスで両立させている。そして顔の上半分を覆う、仮面のように大きな白い眼帯。
「きれいですてきー、こういう格好も悪くないわねー」
とゆかりもご満悦で、
「本当によくお似合いです。パルマそのものです」
ソニア二号も満足げな様子だった。
そしてこの四人の後方からしのぶと美咲が続いている。今回はこの六人で臨時のパーティを組み、この二〇二開拓地を訪れていた。何故こんなことになったのか、話は約一週間前にさかのぼる。
「結局何なんですか? あの人」
「巽ちゃん知らない? 結構な有名人なんだけど」
高辻の確認に首を横に振る巽。
「本名非公開、冒険者名『ソニア二号』、白銀クラスのメイジです」
「あれが白銀……」
ヤマト二号の説明に巽は唖然としてしまう。
「まー、青銅以上はぶっ飛んでる奴が多いけど中でもあの子はとびっきりだね」
高辻も笑って、
「なんせ、冒険者になってたった半年で白銀になったっていうんだから」
「半年?!」
「持っている奴は持っているってことよね。シャドウ・マスターも鉄仮面も一年足らずで黄金になっているし」
はあー、と感嘆する巽。石ころから青銅に上がれる事実上のタイムリミットは三年。その三年まであと半年という巽にとってはあまりに別世界で、羨望する気にもなれなかった。
「あの、『トリニティ・ファンタジア』ってゲームを知っていますか。彼女はその熱狂的なファンなんです」
「名前は知っている。プレイしたことはないけど」
「発売されたのはもう一〇年以上前だったっけか」
「アニメ化されたのは五年前です。両方とも大ヒットと言っていい人気作でした」
「トリニティ・ファンタジア」は剣と魔法の中世ヨーロッパ風異世界で勇者パーティが旅をして魔王を倒すという、よくあるタイプのRPGゲームである。勇者パーティの中心となっているのが「聖剣の勇者」ヤマト、「神鏡の巫女」ソニア、そして「宝珠の聖女」パルマの三人で、物語の主役はヤマト、そのヒロインがソニアだった。
「要するに、ゲームにはまりすぎて自分をそのヒロインだと思い込んでいる……?」
「いや、さすがにゲームと現実は別だって判っています……判っているはずです」
ヤマト二号はそう言うが、希望的観測が多分に含まれているのは彼にも否定できなかった。
「ソニアそのものじゃなく二号って名乗っているわけですし」
「そして君がヤマト二号か」
なおゲームのソニアは一〇代の可憐な美少女で、二号とはあんまり似ていない。ゲームのヤマトは一〇代の明朗快活な少年だが、彼が何年か成長すればこの二号のような姿になるものと思われた。
「二号ちゃんはゲームにはまりすぎて、自分がより本物に近いソニアになるために冒険者になったんだよねー。親御さんが大金持ちで、最高級の装備を揃えて札束ビンタで青銅上位のパーティを雇ってレベリングをして」
つい眉をひそめてしまう巽だが、
「そんなやり方で上に行けるとしても、どう考えても青銅にもなれません」
「そう、結局才能が全てなんだよねー。彼女なら親の金がなくても、真っ当なやり方でもいずれ白銀になったのは間違いない。親の金がなかったらさすがに半年は厳しかっただろうけど」
肩をすくめる高辻に、遠い目となってしまう巽。「才能が全て」は全ての冒険者が早かれ遅かれ必ず直面する問題であり、厳然たる現実だった。
「それで僕は七月試験で冒険者になったんですが、彼女の目に止まって『外見が勇者ヤマトにぴったりだから』って理由だけで彼女にスカウトされて、パーティを組むことになって」
「白銀と石ころのド新人がパーティを……? それって問題にならないんですか?」
「本人同士が納得していればね。これが男女逆だったなら『憲兵さんこっちです』って事案扱いされるのは間違いないんだけど」
なお実際のところ、メルクリアンによる人格判定がある以上そんな地位を利用したつまみ食いをする冒険者の話は、ほぼ皆無。むしろ、女の冒険者が自分の身体を使ってでも上位の冒険者と組もうとし、強引にアプローチする例の方がよく聞く話だった。
「そして今回、『外見が聖女パルマにぴったりだから』って理由だけでゆかりさんをスカウトしようとしている……」
巽がちらりと横を見るとソニア二号とゆかりが向かい合って、
「これくらい出せるなら考えなくもないけどねー」
「さすがにそれは……せめてこのくらいで」
算盤を弾きながらの値段交渉をしているところだった。それを見守る――見捨てるタイミングを計っているようにも思えるが――しのぶと美咲のところに行って、
「まさかゆかりさん、あの人とパーティを組む気なのか?」
「いえ、さすがにそれは」
「一度お試しに付き合うくらいなら考えなくもないと」
そうか、と巽は胸をなでおろした。
二人の熾烈な値段交渉は深夜近くまで続いたといい……そして交渉が成立し、約一週間後。こうして六人で狩場を訪れている。
青銅以上にはその制限はないが、石ころが狩りに行けるのは一週間に一回だけ。今回巽はその一回をヤマト二号に付き合う形で消費することになったわけで、本来手に入れられるはずのメルクについてはソニア二号が補償を約束していた。それでも本来手に入れられるはずのカルマは補償のしようがなく、こんな付き合いもできるとしても今回限りだった。
開拓地を進むこと十数分後、巽達の臨時パーティはモンスターと遭遇する。それは一〇体ほどの骸骨兵の群れで、巽からしても狩る手間の方が惜しいくらいの雑魚だった。
「ヤマト」
「判っている」
凛々しい顔で頷くヤマト二号は剣の切っ先を群れへと向け、
「現れたな冥王軍! トリニティアの平和は俺が取り戻す!」
ヤマトになり切った二号が雄叫びを上げながら吶喊し、
「旋風烈火!」
それはゲーム中のスキル名であって実際にはただ剣を振り回しているだけなのだが、骸骨兵相手にはそれで充分だった。特に危なげなく敵を一掃し、ヤマト二号が巽達のところへと戻ってきて、
「どうでしたか? 何か判りましたか?」
「固有スキルを使っている……と思う」
期待に満ち満ちていたヤマト二号の顔が明るく輝くが巽は難しい顔をしたままだ。
「戦闘に関するスキルなのは間違いないとして……いまいちはっきりしないな」
「判らないなら判るまで続ければいいだけでしょう」
ソニア二号の言うことももっとで、彼等はモンスターを探して移動した。今日は幸運にもエンカウント率が高く、
「俺は勇者だ! この紅蓮剣にトリニティアの未来が懸っている!」
「俺はお前達を許さない!」
「哀れなる亡者よ、あるべきところへと還れ!」
巽は何度もヤマト二号の闘いぶりを見ることができた。顎に手を当てて考え込んでいた巽だが、
「なあ、その勇者ヤマトのロールプレイングってやらないと闘えないのか?」
「いや、その」
ヤマト二号は素に戻って恥ずかしそうになった。
「正直最初は嫌々やっていたんですけど、今は癖になってしまって、やらないと調子が出なくて」
それだ、と巽は内心で指を鳴らした。
「一度そのロールプレイングを使わないで闘ってみてくれ。実際の戦闘じゃなくていい、模擬戦をしてみよう」
そうして今、ヤマト二号はしのぶと対峙し、剣を向け合っている。ロールプレイングをしていない彼は顔色が悪く、攻めあぐねている様子だ。
「殺す気で、本気で来て構いませんよ?」
「判っています」
そう言いつつもヤマト二号は動けないでいる。固有スキルの発動が見られないことを確認した巽は、
「いいだろう。それじゃ勇者ヤマトになり切ってみてくれ」
「判りました」
ヤマト二号は目を瞑り――刮目した。
「冥王の手先に堕ちたかクレイン! 君は俺が止める!」
「誰ですか」
一瞬で距離を詰めたヤマト二号が剣を叩きつけ、しのぶがそれを忍者刀で受けた。その威力にしのぶが目を見張っている。ヤマト二号が猛攻し、しのぶは防御に徹していた。いくらヤマト二号が本気になったところで所詮は石ころ、青銅のしのぶに敵うはずがなく、余裕を見せてただ好きにさせているだけ……いや、それにしては動きが悪い。
「そのくらいにしてくれ」
終了の合図に両者が離れ、しのぶが安堵したように見受けられた。
「何か感じたか?」
巽がしのぶにそれを問う。
「思うように身体を動かせなかったです。デバフを受けていたと思います」
「なるほど……自己のバフだけじゃく敵のデバフの効果もあるのか」
「それが彼の固有スキルなのですか?」
まず間違いなく、と頷く巽。ヤマト二号の喜び方は、やや中途半端だった。
「いまいちぱっとしない固有スキルのような……」
「そうとは限らないです。成長次第では強力な力になると思います」
「判りにくいのは判りにくいですが」
「言ってみれば、『主人公補正』?」
ゆかりの喩えにその場の全員が得心した。
「ああ、まさしくそんな固有スキルだな」
「あなたにぴったりの力です!」
とソニア二号が大喜びの一方、ヤマト二号はそれでも微妙そうな顔だった。
こうして大きな成果を得てヴェルゲランへと戻ってきた巽達だが――事件の本番は数日後のこととなる。
「巽ちゃんちょーっと力を貸してくれないかなー? できるだけ内々で事を済ませたいんだわ」
高辻は巽が技術向上研修から戻ってくるのを待ち構えていたようだった。
「おっちゃんは他にも力を貸してくれそうな、口の堅いのを探さないとなんだよねー」
何一つ事情を聞けないまま、それでも巽は無条件で高辻に助力することにし、彼の指定する場所に一人で向かった。そこはヴェルゲランの町はずれに建っている大きなお屋敷だった。確か、メルクリアンが高順位冒険者向けに販売しようと建てたものの、不便すぎて買い手が付かずに長年放置されている場所だったはず……
屋敷の門は閉ざされていたが塀を乗り越えるのは簡単だった。広大な中庭を慎重に進んで、邸宅の中に魔法のランプが点っているのを発見。こっそりと窓から様子をうかがい、
「そんなところにいては話もできないでしょう。中に入ってください、預言者エノク」
「誰だよ」
そう言いつつも巽は言われた通りに正面から邸宅の中へと入っていく。大きなホールの中にいるのは、ソニア二号と見知らぬ男性。入口近くにヤマト二号、パルマのコスプレをしたゆかり、しのぶ、美咲が固まっていて、ソニア二号と対峙しているところだった。
「あの人は誰だ? 何が起こっている?」
「あの人は『フェニックス』社長の材木朱雀さんです」
「フェニックス」は「トリニティ・ファンタジア」を制作したゲームメーカーで、材木朱雀は「トリニティ・ファンタジア」の原作者でもあった。彼は五〇手前の中年男性。拘束されているわけではないが、拳銃を突き付けられているかのように全身を硬直させている。
「新作ゲームの取材とか観光とかでヴェルゲランを訪れたそうなんですが」
「ソニア二号さんが材木さんを拉致して、ここに立てこもっているんです」
状況は理解できた。理解できないのは、
「何のために? 何をしようっていうんだ?」
「そんなの決まっているでしょう」
ありがたいことに彼女は素直に答えてくれるようだった。
「運命に抗うためです!」
「……あの、もう少し具体的に」
「最終決戦で冥王を倒すためにソニア、ヤマト、パルマは三種の神器にその生命を捧げなければならない。世界を救うためにその生命を犠牲にしなければならない……そんなの間違っている! そんな運命は許せない! そんな陳腐な三文シナリオ、このわたしが覆す!」
ソニア二号の決意が雷鳴のように轟き……次いでその場は海の底のような沈黙に満たされた。
「……具体的にはどうやって」
「この人にゲームを作り直してもらいます」
指し示された材木朱雀は絶望と途方に暮れた思いを半々にし、それは巽達も同様だった。
「ソニア、もう止めよう。こんなのは間違っている」
その中で真っ先に動いたのはヤマト二号だ。彼は勇者ヤマトになり切ってソニア二号を説得しようとし、
「ソニア、もう止めて!」
ゆかりもまたパルマになり切ってそれに続いた。
「お願い、犯罪を犯すにしても無関係なわたしを巻き込まないで!」
「パルマはそんなこと言わない!」
本物の聖女だってこのソニアは見捨てるだろう、と巽は思わずにいられなかったがそれはともかくとして。
「ソニア、今ならまだ間に合う。これ以上罪を犯さないでくれ」
「否! 我が為すことは全て正義! 止めたいのなら力を以てわたしを越えなさい!」
「ソニアはそんなこと言わない!」
ソニア二号が戦闘体勢に入り、巽達も散開して彼女を包囲した。どれほど色々とアレだろうと、彼女はこれでも白銀クラス。戦闘で彼女を制圧するのは至難の業――それでも言葉で説得するよりは見込みがありそうだったが。
「この日輪の輝きを恐れぬのならかかってきなさい!」
その口上を受けたように彼女の胸のペンダントが眩く輝き、光が炸裂した。天の柱のような光の塊が周囲を一旋し、全てを薙ぎ払う。壁が内側から破壊されて邸宅が崩壊し、巽達が慌て外に逃げ出した。
「な、なんだあの攻撃」
退避しつつ再結集する巽達。だが想像以上の攻撃力に巽は唖然とするしかない。
「確かあの人の固有スキルって」
「『神鏡の巫女』――ゲームやアニメの中でソニアがやっていたこと、できそうなことがほとんど全部できます」
「でもソニアって防御結界と治癒魔法特化で攻撃魔法を使えなかったはずじゃ」
「アニメオリジナルで一回きりですが、あの黄金鏡の光でゾンビ兵を一掃するシーンがありました。あくまで『聖なる太陽の光での浄化』って設定だったんですがちょっと描写を盛りすぎて、ファンの間じゃ『ソーラーレイ』って呼ばれていました」
さらにそれを拡大解釈したのがソニア二号の「ソーラーレイ」であり、もはやコロニーレーザーに近い代物と化している。
「そりゃ、防御と治癒魔法だけじゃ白銀にはなれないのは当たり前だけど」
邸宅は崩れて燃え上がり、ソニア二号も材木氏もまだ瓦礫の下――その大量の瓦礫が跳ね飛ばされて宙を舞った。ソニア二号が結界の範囲を広げて瓦礫を押し退けた、勢い余って吹っ飛ばしたのだ。自分達の方に落ちてくる瓦礫を巽達が慌てて避けた。瓦礫の雨が終わる頃、燃え上がる炎の中から出現するソニア二号と材木氏。彼女は当然として材木氏にも怪我がないようで、巽達は安堵した。精神的外傷は今はさておくとしても。
「さすがに白銀は化け物です」
「どうします、巽先輩」
彼女に対抗する手段があるとするなら巽の竜血剣だけ――巽は決然と顔を上げ、一同に作戦を告げた。
ヤマト二号は剣を正眼に構え、ソニア二号と真正面から対峙する。
「ソニア! 俺は君を止める!」
「面白い! あなたの力をわたしに示しなさい!」
「ソニアはそんなこと言わない!」
剣を高々と掲げたヤマト二号が吶喊し、その左右から巽と美咲が挟み込むようにして突撃する。ソニア二号は防御結界を展開しそれを待ち受ける態勢となった。
「おおおっっ!!」
雄叫びを上げたヤマトは大きく跳躍し、真紅の剣を振り上げて――ソニアはその瞳を真円にする。
「雷轟烈火!」
真紅の剣と防御結界が激突し、目が眩むほどの火花と紫電を散らし、勝利したのはヤマトの剣だった。防御結界はガラスのように打ち砕かれ、ソニア二号が無防備となり、
「今!」
「雷撃!」
隠形を使ったしのぶが最速で材木氏を回収し、一人になったソニア二号はゆかりの攻撃魔法をまともに食らってしまう。彼女は倒れ、それでも起き上がろうとし、
「俺の……勝ちだ!」
その首に剣を突き付けるヤマト。ソニアは憑き物が落ちたように、
「――ええ、わたしの負けだわ。ヤマト」
渾身の力を全て使い果たしたヤマト二号が倒れ伏し、それを彼女が抱き止めた。気絶したヤマト二号を優しく抱きしめて微笑む彼女は、それこそ絵画の中の聖女のようだ。
「……良かった、負けを認めてくれたか」
作戦の成功に巽が安堵のため息をついた。要するに「竜血剣で防御結界を破壊した」だけのことで作戦と言うほどのものでもないのだが、それを自分ではなくヤマト二号にさせたのが要諦だった。魂そのものに負荷をかける竜血剣は石ころのド新人には到底扱える代物ではないのだがそれでも一回だけなら、それも「主人公補正」のある人間なら使えるのではないか? その上竜血剣の真紅の刀身は一瞬だけなら勇者ヤマトの聖剣・紅蓮剣に見えないこともない。勇者が聖剣を使って、圧倒的に格上のはずの自分の結界を真正面から破壊――ソニア二号がソニアのロールプレイングをしている以上負けを認めないわけがない……それもまた「主人公補正」を当てにしての計算だったわけだが、
「まあ失敗しても死ぬわけじゃないし」
どれだけ暴走しようとソニア二号は悪人ではなく、無意味な殺人をするはずがない。この死闘も彼女からすれば本気には程遠い「可愛がり」みたいなもの……なのかもしれなかった。
「……さすがにこれは、内々で済ませるのは難しいかもしれないけど」
ソニア二号の攻撃範囲はその屋敷の敷地内で収まっているが邸宅は跡形もなくなり、炎上は未だ続いている。そしておっとり刀で駆けつける憲兵の一団に、高辻が援軍に連れてきた何人かの白銀クラス。
ソニア二号はヴェルゲラン憲兵隊が身柄を拘束。巽達は事情聴取を受け、解放されたのは翌日の朝に近い時間だったという……。
さて。この騒動の後始末である。
「先日はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
場所は地球側の、マジックゲート社大阪支部。その一室には先日の事件の関係者、ソニア二号、ヤマト二号、高辻、ゆかり、しのぶ、美咲、そして巽の七人が集まっている。
深々と頭を下げる彼女に巽は「いや本当に」と言いたい気持ちを抑え、その謝罪を容れた。
「結局、冒険者登録は抹消されたんですね」
「はい、そこはもう仕方ないです」
破壊されたお屋敷は、実は前もってソニア二号が購入していて、それ自体には被害者はいない。だが材木氏を拉致した事実は言い訳しようがなく、憲兵隊からは追放処分を下されている。つまり彼女はもうメルクリアに行くことができないのだ。
最大の被害者たる材木氏からは「むしろいい経験だった」と減刑嘆願が出されていて、地球側での処罰は特になし。ただマジックゲート社とフェニックスとの間では色々と交渉と取引があったらしいのだが、それは巽達には関係のない話である。
「二号ちゃんは今後どうするわけ? また冒険者を目指すの?」
一度冒険者登録を抹消されてももう一度試験を受け、合格すればまた冒険者になれる――特別珍しい話ではなく、巽もその実例の一つだった。
「いえ、わたしには使命があります」
固く握り締めた拳と決意を見せる彼女に、巽は嫌な予感を覚えてしまう。
「その使命って?」
「はい。あのとき……瓦礫に埋もれていたときでしたか。材木朱雀が言っていたのです。『トリニティ・ファンタジア』にはこの一〇年間誰にも知られていない隠しルートがあると。三人が生き残って迎える、トゥルーエンドへのルートが」
「それは……」
どう考えても材木氏が助かりたい一心でついた嘘だろうと思うが、それを指摘したりはしなかった。
「そのルートを見つけるためのヒントも教えてもらいました。わたしはそのトゥルーエンドにたどり着きます。それこそが今のわたしの使命!」
「そのヒントって?」
「はい。合言葉は――ロディマス!」
巽達は「どう考えても嘘だよなぁ」と疑い、高辻とゆかりは「絶対にだまされてる!!」と内心で絶叫した。もっともそれを口には出さない――だって面倒になるだけだから。
「それではさらばです。トリニティアを救い、ソニア達も幸せになれたならまたお会いしましょう」
そう言い残して意気揚々と去っていくソニア二号を、巽達は生温かく見送るしかなかった。その後ソニア二号と巽達が再会できたかどうかは、トリニティアの神のみぞ知るである……。
くり返しますが、この番外編に出てきた名詞が新作に複数出てきますが「石ころ」と新作に世界観的なつながりは一切なく、ただ名前が同じなだけの別物です! 別物です!
新作を読まなくてもこの番外編は読めますしその逆も然りですが、両方読んだ方がより楽しめると思います。
てなことで、新作の方もよろしくお願いします!




