第一九話「巽の新人指導日誌」その2
そして翌日、研修二日目。今日は狩り場に行って実際にモンスターを退治するとあらかじめ伝えてある。果たして三人のうち何人残っているかと危ぶむ巽だったが、
「おはようございます!」
「おはようございます」
「うぃーっす」
場所はヴェルゲラン支部の建物の前。三人ともが予定通りの時間にそこにやってきており、巽は安堵の吐息を漏らした。
「おはよう。今日も安全第一で頑張ろう」
……転移魔法を使い、中継地点を少しばかり挟んでやってきた第二〇二開拓地。新人三人を引き連れた巽はそこのベースキャンプを出、狩り場に指定されている森の中へと足を踏み入れた。そこに出没するのは骸骨兵やゾンビ兵と言ったごくごく低レベルのモンスターばかりだが、巽は油断なく左右に気を配っている。
「ん?」
あることに気付いた巽が少しだけ足を速める。森の中の、木々が少なく開けた場所にやってきた巽はその中をうろうろと歩いて回った。汐達三人は親鴨に続く子鴨のようにその後ろに付いている。
「何を見ているんですか?」
汐の問いに巽は足下の土くれを指差した。
「これ、何に見える?」
三人はその土くれの周りに集まり、しげしげと見つめたり手に取ってみたりし、首をひねった。
「……魔核を奪われたモンスターの死骸はほんの半日ほどで土に還ると聞いています。もしかして」
山科の回答に「ああ、これがそうだ」と巽が答え、汐と王仁丸は慌てて飛び退いた。
モンスターの肉体は魔核の魔力によって組成され維持されている。よって魔核を奪われてしまえばその組成を維持できずに半日ほどで崩れ去って腐るより早く土に還る――もちろん例外はあり、例えばドラゴンの身体はドラゴンが死んでも崩れることなくそのまま残り、高価な魔道具や魔法剣の材料として珍重されることになる。
「ここで多く出るのはアンデッド系の雑魚モンスター。多分昨日ここを使った研修生に退治されたんだろう。土の量と形からして骸骨兵の方で、こいつ等が使っていた武器はもう別の骸骨兵が回収していって……」
巽は何箇所かの地面に伏して詳細に観察、何かが引きずられた痕跡を発見した。この痕跡が作られてからまたそれほどの時間は経っていないだろう。
「先を急ごう。追いつけるかもしれない」
巽が先頭に立って早足で歩き出し、慌てた汐達三人がそれに続いた。
「それにしても、そんなことまで判るんですね! あんなただの森にしか見えない場所なのに」
汐が尊敬にきらきらと輝く目を巽へと向けるが、
「君はレンジャーだろう? レンジャーならこの程度初歩の初歩だぞ」
そうたしなめられ、汐は首をすくめた。
「俺は斥候をやるようになってまだ一月だ。これまでの経験と、親切に教えてくれる人がいるから真似事くらいは何とかなっているけど」
次の瞬間、巽の目が細められる。巽が注視している方向に三人がそろって目を向け、真っ先に汐が気が付いた。
「見つけた! 骸骨兵が何匹か!」
「よし、行こう」
巽が忍び足で先へと進み、三人が見様見真似でそれに続く。そして数十メートル歩き、巽達は茂みの陰に身を隠した。その眼前には群れをなす骸骨兵の姿があり、その数は全部で八匹。
「どうするんですか、花園指導員」
「八匹か。ちょっと多いけど何とかなるだろう」
巽の独り言に山科が首をひねる。巽は汐達三人に無造作に指示した。
「作戦は何もなしだ。蹴散らしてこい」
山科が悲鳴を上げそうになり、慌てて自分で口をふさいでそれを塞き止める。汐もまた「で、でも」と躊躇した。だが王仁丸は、
「おう、やったろーじゃねーかよ!」
と金棒を肩に担ぎ、茂みを割って骸骨兵の前へと進んでいく。「ああ、もう」と汐がそれに続き、少し時間はかかったが山科もまた続いた。巽は「がんばれよー」と一見無責任に声援を送っている。
一方骸骨兵の方も王仁丸の接近に気付いたようで、がちゃがちゃと音を鳴らして一斉に王仁丸へと迫ってきた。王仁丸は一瞬恐怖し、それを怒りの感情で乗り越えた。
「舐めんじゃねー!!」
王仁丸の振り回す金棒がまず一体の背骨をへし折った。続いてもう一体の頭部を粉砕、だがその程度で骸骨兵は止まらず、それの剣と王仁丸の金棒がつばぜり合いとなる。その横を汐が通り過ぎ、骸骨兵がいきなり崩れ落ちた。行きがけの駄賃とばかりに汐が柳葉刀で骸骨兵の背骨を断ち切ったのだ。王仁丸は「余計なことを」と強がりを言い、汐はそれを無視して別の骸骨兵と向き合った。
「喰らえ!」
汐が昨日覚醒したばかりの固有スキルを使おうとするが、拳と剣では勝手が違うようでまともに発動しなかった。それは三撃の同時攻撃ではなくただの三連撃となっている。ただ、それでも骸骨兵相手なら充分にすぎた。骸骨兵は頭部を砕かれ頸部を絶たれ胸部を斬られ、一瞬で絶命。その魔核は汐の柳葉刀に回収される。
汐と王仁丸が競うように骸骨兵を潰し、見る間にその数が減っている。残りあと三匹というところで、そのうちの一匹が山科へと向かった。汐と王仁丸は手が離せない。
「ひっ、ひいっ!」
山科は悲鳴を上げながらモーニングスターを振り回した。それは「自分の身は自分で守るように」と再三言われた山科が青空市場で購入した武器である。棘突き鉄球が骸骨兵の頭部に命中しこれを粉砕、「やった!」と喜ぶ山科だがそれはまだ早かった。
「こ、こいつまだ!」
首から上を失っても骸骨兵は山科を殺すべく迫ってくる。山科が慌てて後退し――そのとき骸骨兵が何かに足を引っかけられたように転んだ。山科はそれを不審に思う余裕もなく、倒れ伏す骸骨兵へとモーニングスターを叩きつける。骸骨兵の胴体はばらばらとなり、それが吐き出した魔核はモーニングスターへと回収された。
「や、やった。私がモンスターを……」
感慨にふける山科の横を巽が通り過ぎ、その姿に「そういえばこの人は今までどこにいたんだろう」と山科は首をひねっている。巽は周囲をぐるりと見回し、
「まあ、こんなもんだろう」
と短く論評した。
「よし、それじゃ先に進もう」
巽の先導に三人が付いていく。その後も三人は骸骨兵、ゾンビ兵などを狩り、最初の狩りは大きな問題なく終えることができた。
そして研修は順調に消化されていき、あっと言う間に最終日。巽が指導する最後の狩りの日となる。三人を連れて巽がやってきたのは第二〇七開拓地だ。
「花園さんは固有スキルの名前をどうやって付けたんですか?」
「俺の場合は知り合いに『こんなのはどうだ』って提案してもらって、それを採用したんだ」
「格好良いですよね! 『つぎはぎの英雄』ってスキル名」
巽と汐は横に並び、狩り場の森の中を進んでいた。その後ろに王仁丸と山科の二人が付いてきている。巽は二人の目が気になって仕方なかった。
「わたしも自分のスキル名を色々考えまして。決めました」
「どんな名前だ?」
「はい。その名も――『阿修羅三面六臂拳』!」
拳を握り締めて力強くその名を唱える汐に対し、
「どこの世紀末拳法漫画だよ」
と王仁丸がもっともな突っ込みを入れる。汐は一瞬煩わしそうにはしたが彼に対して何も言わず、
「どう思います? 花園さん」
明るく朗らかな笑顔を巽へと向ける。正直言って巽は頭を抱えたかった。
汐と王仁丸・山科の間には隔絶した力の差、才能の差があった。それをよく理解している汐は二人をほとんど無視し、巽ばかりに話しかけていた。触れんばかりのそばに寄り、まるで恋人に向けるような笑顔を巽に見せている。
「まーその。石ころのうちからあまり仰々しいスキル名を使うのはどうかなって思うな。名前に凝るのは青銅になってからでいいんじゃないか?」
「むー……でも確かに」
不満そうに唸ってからそう頷いた汐は固有スキル名をどうするか一人検討している。巽はこっそりとため息を漏らした。
才能があり可愛らしい少女に懐かれて嬉しい気持ちは当然あるが、巽の立場上汐だけをひいきにするわけにはいかない。本当なら汐を注意して王仁丸達との交流を促すべきところなのだ。
「ゆかりさんならできるんだろうけどな」
だが元々人付き合いが苦手な巽にはそのような対人関係の指導は荷が重すぎた。注意はしてもろくに聞き入れられないまま、状況を改善できないまま最終日を迎えてしまったのである。
「それじゃとりあえず……『阿修羅拳』?」
「うん、そのくらいがいいと思う」
そんな会話をしながらも巽は周囲の気配を探り、モンスターの姿を探した。モンスターとの戦闘になればこの居たたまれない空気をごまかせる――巽のその真摯かつ姑息な願いは何者かによって聞き届けられたようだった。
「花園指導員、あっちから何か声が」
山科の発言に巽が手振りだけで指示を出し、三人が息を殺した。巽だけでなく三人が耳を澄まし、
「……鳥の啼き声じゃないの?」
「いや、多分目当ての奴等だ」
方向転換した巽が森の奥へと進んでいき、汐達三人がそれに続いた。慎重に進むことほんの二分ほど、巽達はモンスターの群れを発見した。森の木々がなくなり草原が始まっている場所に、ゴブリンが群れを成している。
「あれがゴブリン……見たところ三〇匹はいますよ」
「あの程度何とでもなるわよ」
「ですが弓矢を持っている者も」
その会話を聞き流しながら巽は険しい目でゴブリンの群れを観察した。期待していたよりもずっと数が多い。研修一〇日目のひよっこだけで戦わせるのはあまりに危険に思われた。
「花園指導員。今の私達とゴブリンとの差は、ガンダムで言えばどのくらいに」
「んなもん、ア・バオア・クー戦でのジムとザクくらいに決まってるじゃねーかよ」
汐が「どう決まってるのよ」と思わず突っ込みを入れる。内心ではそれに同意しながらも、
「まあ、悪くないたとえかな」
と巽は王仁丸を評価した。
「こっちのパイロットはド新人で、向こうにベテランやエースがいないとは限らない。基本スペックで圧倒的に勝っていても経験や技量の差で殺られることもある」
「おまけに数で圧倒されています。戦いは数ですよ、兄貴」
誰が兄貴だ、と巽は思いつつ、
「かと言って手頃な規模の群れなんてそうそう見つからないし……仕方ないか」
天を仰いでいた巽が真剣な眼差しを汐達三人へと向ける。彼等もまた同じ目で見つめ返した。
「くり返し言っているように、ゴブリンは危険なモンスターだ。俺が直接知る人で一人、直接聞いた話で四人、ゴブリンに殺されている。『初心者殺し』の名は伊達じゃない――決して忘れないように」
油断も慢心もなく三人がしっかりと頷き、巽も満足げに頷き返した。
「とりあえず弓を持っている奴は俺が潰すし本当に危なくなったら手を出すけど、できるだけ君達三人で全部片付けるんだ」
巽のその指示に、
「頑張ります!」
「やったろーじゃねーかよ」
「わ、判りました」
三人はそれぞれの物言いで戦意と覚悟を示す。巽はそれ以上は何も言わなかった。ただ一言「よし、行け!」と号令を発しただけである。それを受けた汐が、王仁丸が、山科が茂みを飛び出す。わずかに遅れて巽がそれに続いた。
「逃がさない!」
「往生せいや!」
まず汐が群れのただ中に飛び込み、縦横に柳葉刀を振るう。ゴブリンは次々と斬られ屠られ、血飛沫が舞った。それに王仁丸が続いて力任せに金棒を振り回し、当たるを幸いとゴブリンを撲殺していく。山科もまたモーニングスターでゴブリンを打ち倒した。
ゴブリンは小学生くらいの体格で筋力もそれと大差ない。一方の汐達は何千人もの受験者の中から選ばれた冒険者であり、ド新人であろうとその力の差は圧倒的だった。だがゴブリンを「初心者殺し」たらしめているのはその力ではなくその知能なのだ。五、六匹のゴブリンが弓に矢をつがえ、横に並んで汐や王仁丸に狙いを付けた。その光景に二人は一瞬硬直し、その瞬間を狙ったように矢を放ち――
「kikikiki?!」
ゴブリンの弓兵が、その胴体が、全員まとめて両断される。ゴブリンとそれが持つ弓が上下に二つに分かれ、ばらばらと崩れ落ちた。不可解な事態にゴブリンがパニックに陥っている。
「花園さん?」
「ですがどこに」
固有スキル「隠形」を使っている巽の姿を、ゴブリンだけでなく彼等も認識できてないでいた。ただ王仁丸は「不思議だ」と思いつつもその意識の九割をゴブリンを殺戮することに注いでいる。ゴブリンの既に半数が身体を破壊され、魔核を回収されていた。だがもう半数が残っていて、まだ戦おうとしている。
「ああもう、上手くいかない!」
汐は固有スキル「阿修羅拳」を使用しようとしているが未だ剣では成功していなかった。汐の剣から逃れたゴブリンが集まり、一斉に投石を開始する。汐が悪態をつきながら後退し、王仁丸は「舐めんな!」と雄叫びを上げながら前へと出ようとする。金棒で投石を打ち返そうとし、失敗した。
「あ」
かなり大きな石が王仁丸の頭部に命中。思いがけない量の血が噴き出し、王仁丸の顔が血に濡れる。痛みと衝撃で王仁丸が白目を剝いた。
「蹴上さん、今治療を」
王仁丸の下に駆け寄ろうとした山科の足が止まった。王仁丸の様子がおかしい、その身体が震えている。最初は小さな振動だったがやがてそれが大きくなり、まるで狐憑きのような奇怪なステップを踏み出した。
「な、何こいつ」
と汐もドン引きとなっていて、一方巽は目を見張っている。
「ZzakkkkkeennnaKorrraaaa!!!」
王仁丸が咆吼を轟かせた。そのままゴブリンの群れへと突撃し、でたらめに金棒を振り回している。たまらずゴブリンが逃げ出し、王仁丸がそれを追いかけ回した。
「ちょっ、こいつ、見境なしなの?!」
ゴブリンが汐の方へと逃げてきて、巽は金棒で汐ごとゴブリンを殴り殺そうとする。汐は慌ててそれを回避し、大きく後退して距離を取った。
「ZakkkennaKoraa!!」
王仁丸が全力でゴブリンを追いかけ回し、追い込み、逃げてきたゴブリンを汐や山科が倒していく。ゴブリンの群れは急速にその数を減らし、そして最後の一匹から魔核が回収された。だがそれでも王仁丸は止まらない。
「ZakkennaKoraa!」
その王仁丸の前に巽が立ちふさがった。王仁丸は巽を殴り殺さんばかりに金棒を振り上げ、力任せに振り下ろす。巽は間五髪くらいでそれを避け、王仁丸の後背へと回り込んだ。巽が王仁丸の胴に手を回し、
「よっと」
そのままバックドロップ。王仁丸は頭部を地面に埋め、沈黙した。
「治療頼む」
「は、はあ……」
山科が冷や汗を流しながら治癒魔法を使い、王仁丸が意識を取り戻すまでに二〇分ほどが必要だった。
「あれ、おれ……」
正気に戻った王仁丸が巽達を見回し、事態を把握。あぐらのまま「すんません」と頭を下げた。
「昔から血を見るとぶち切れて止まらなくなるンすよ。また迷惑かけたみたいで」
「まあそれはいいけど、それより」
と巽。汐が「本当に迷惑だったわ」とか言っているのを無視して、
「君のそれ、固有スキルだから」
期せずして三人が「はい?」と唱和した。
「固有スキル? あのバーサークが?」
汐の疑わしげな問いに巽は「間違いない」と頷く。
「流血が発動のトリガーなんだろう。ただ単にぶち切れていたわけじゃなく、筋力が倍以上になっていた」
「増幅系の固有スキルってことですか」
「ああ。順位が上がれば増幅率は向上するだろうし、筋力だけでなく速度も増幅できるようになると思う」
巽はそう解説しながらも痛ましい思いを抱かずにはいられなかった。神ゴリ子の「剛力招来」、諏訪開人の「疾風迅雷」など、筋力や速度を増幅する固有スキルは珍しくない。だがそれらと比較すると、流血をトリガーとし、理性を引き替えにする王仁丸の固有スキルはあまりに使い勝手が悪かった。
「正直……この固有スキルは最後の、本当に最後のどうしようもないときの切り札だな。敵も味方も見境なしじゃ普段の狩りで使うわけにはいかない」
「固有スキルに頼らずに狩りをやれって?」
「そうするしかないだろう」
王仁丸はかなりの時間考え込んでいた。
「元々の実力が微妙なのにせっかく目覚めた固有スキルもまた微妙よね。もう諦めたら?」
汐が遠慮会釈もなくばっさりと切り捨てるように言い、巽もさすがに不快になった。巽が「御陵」と静かにその名を呼び、汐が首をすくめる。王仁丸は、またバーサークするかと思われたがそうはならなかった。汐の言葉も怒ることなく受け止め、考え込んでいる。たっぷり数分を経て、不意に王仁丸が立ち上がった。
「――諦めるのはまだ早ぇだろう。やれるだけやってやるさ」
そう言って彼はふてぶてしく笑う。汐は特に何も言わず、ただ肩をすくめるだけだった。
「急がなくていいけど固有スキルの名前を考えておいてくれ」
巽の指示に王仁丸は「名前……?」と途方に暮れたように首を傾けている。
「『鮮血の狂戦士』とかはどうでしょう」
「『血まみれ狂犬』がいいとこでしょ」
山科が真面目に、汐がくさすように提案。王仁丸が、
「ああ、それがいいな。それでいこう」
と笑いかけたのは山科ではなく汐に対してだった。汐の方が「え、本気で?」とびっくりしている。
「鮮血だか献血だか、そんなすかした名前は俺には合わねぇ。『血まみれ狂犬』……うん、こっちの方がずっとしっくり来る」
そうくり返し頷く王仁丸に対し、汐は毒気を抜かれたように「好きにすれば?」と言うだけだった。
その後は大きなアクシデントもなく、夕方には第二〇七開拓地での狩りを終えてヴェルゲランへと戻ってくる。その日の研修が無事終わり、巽達が汐・王仁丸・山科の三人を指導するのもこれで終わり。三人がパーティを組むのもこれで終わりだった。
翌日、研修生はシャッフルされて新しいメンバーで各班が編成される。汐達三人もばらばらとなり、巽は五人の研修生を改めて受け持つこととなったがその中には知った顔は存在しない。さらに一〇日後にまた研修生の班が再々編成され、巽はまた別の五人を受け持ち……巽の一〇月はそうして過ぎていく。
巽はこの一月で一三人の研修生を指導したが、その中で固有スキルを見出すことができたのは汐と王仁丸の二人だけだった。
そして一〇月最後の日の夕方、マジックゲート社ヴェルゲラン支部。
「全ての研修はこれで終了だ。明日からは誰も君達の面倒を見はしないし、事故があっても誰も責任を取りはしない。何度も言っているが、自分の身を守れるのは自分だけだ。『安全第一』『生命を大事に』――それを決して忘れないように」
巽の最後の講義に、五人の研修生が並んで「ありがとうございました」と一礼する。それで研修は終了し解散となった。
「明日からどうするんだ?」
「前の班で一緒だった奴とパーティを組むんだけど、一緒にやらない?」
「うわ、前衛ばっかりじゃん。メイジはいないのかよ」
研修生達――いや、もういっぱしの冒険者達が明日以降を見据え、それぞれの行動を開始している。巽は少しの間それを眺めていたがやがてその場から立ち去り、熊野達との待ち合わせ場所へと向かった。
「花園さん!」
その途中、声をかけられた巽が振り返る。そこに立っていたのは御陵汐だ。笑顔の彼女は軽やかなステップを踏んで巽に最接近した。わずかな身じろぎで身体が触れるくらいの距離で、巽は思わずのけぞってしまう。
「研修は終わりました、これでわたしも一人前の冒険者です!」
拳を握りしめる汐が笑顔で巽を圧倒し、巽は「うん、おめでとう」と言いながらも精神的に後ずさった。
「良い仲間は見つかったか? 入るパーティは決まっているのか?」
汐は「いいえ、まだ」と首を横に振る。
「勧誘はいっぱいあるんですけどまだ決めてません。正直言って物足りないと言うか、どうせ組むならもっと力のある人達がいいなと……」
汐はためらっていたがそれも長い時間ではない。彼女は「あの!」と意を決して巽に訊ねた。
「花園さんのパーティってどんなところですか? 欠員の募集はしていませんか?」
汐から期待にきらきらと輝く目を向けられ、巽は数瞬フリーズした。再起動した巽が最初に考えたのは「何と言って断るか」である。悪いけど、と言いかけた巽が硬直した。
「……」
汐の無邪気な瞳には断られる恐れや不安は欠片も存在していなかった。彼女は巽が自分を受け入れるものと信じて疑っていない。また巽と一緒に狩りに行ける、巽と一緒に歩いていける、輝かしいその未来だけを見つめている。
だが今の汐の適正レベルは一〇にも届かず、メイジであるわけでもない。いくら才能があろうと可愛かろうと、適正レベルが六〇を超える巽が彼女を拾うわけがないのだ。ついに巽がためらいを乗り越えて、
「悪いけど」
「よお、巽」
声をかけられた巽が反射的に振り返ると、そこに立っていたのはマントと赤パンツ一丁の熊野亮。同じくマントと赤パンツ一丁の丸山鷲雄、それにマントにビキニアーマーの神ゴリ子、その三人だ。
「なんだ、立て込み中か?」
「すみません、すぐ行きますから」
巽の返答を受けて熊野が「おう」と手を挙げて、その場から立ち去る。巽は改めて汐と向き合った……汐は笑顔である。ただ、その笑顔の種類が先ほどまでとは違っている。先ほどまでとは一変している。
「あの、花園さん。あの人達は……」
「スパルタ団、俺のいるパーティの人達だ」
そうなんですね、と汐がマクドナルドの店員のような笑顔で頷いた。
「ええっとそれで、俺のパーティだけど」
「いえ変なこと聞いて済みませんでした花園さんもお元気で」
早口で言い切った汐が逃げるように立ち去っていく。当然巽はそれを追うこともなく、ただその背中を見送るだけである。
「いや、これで良かったんだけど……釈然としない」
そう呟く巽の背中には、どことなく哀愁が漂っていた。




