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石ころ冒険者  作者: 亜蒼行
二年目
18/52

第一三話「花園巽の憂鬱」その1




 日本には現在、一万二千人の冒険者がいる。

 冒険者は青銅・白銀・黄金の三クラスにランク分けされている。青銅クラスは一一〇〇人程度、白銀クラスは一〇〇人程度。黄金クラスは日本には四人、全世界で一二人しか存在していない。

 三クラスに入る冒険者は全体の一割。残りの九割はランク外の、「石ころ」と呼ばれる冒険者だ。冒険者歴一ヶ月、国内順位一万〇〇九三位――花園巽は青銅クラスを目指して日々奮闘努力する、石ころ冒険者の一人である。











 ナマジラ地方・第二二〇開拓地でモンスターを狩っている巽達のパーティは、現在大苦戦中だった。


「Kyukyukyukyukyu!」


 耳をつんざく啼き声を上げ、モンスターが上空から突っ込んでくる。巽は剣をかざしてそれを迎撃しようとするが、モンスターは巧みにそれをすり抜けた。


「くそ、ちょこまかと……」


 忌々しげに巽が舌打ちするが、モンスターは巽を嘲笑うかのように上空で啼いている。それは鷲の下半身と翼、女の上半身と顔を持ったキメラ系モンスター、ハルピュイアだ。三匹のそれが巽達の頭上数メートルを滞空し、嫌がらせのような襲撃をくり返している。


「美咲さん!」


 しのぶの警告に美咲が日本刀を構え直した。


「我が剣閃は冥府の月光!」


 美咲が決然と決め台詞を唱える。側面から襲いかかるハルピュイアに対し、


「月読の太刀!」


 美咲が必殺の一太刀を放ち――だがハルピュイアはそれを躱してしまう。その一匹を囮とし、もう一匹が美咲を仕留めんと突撃してくる。だがそれは、


「見よ! 我が筋肉は鋼鉄の城塞!」


 熊野の防御技によってはね返されていた。


「助かりました、クマさん」


「それはいいが……しかし、このままじゃじり貧だな」


 その言葉に美咲も「ええ」と悔しげに歯軋りをした。ハルピュイアのレベルは高いもので七〇にもなるという。今敵対している三匹は幸いそれほど高レベルの個体ではないようだが、それでも適正レベルが未だ六〇に届かない巽達のパーティにとっては荷が重いようだった。


「ゆかりさん、まだいけますか?」


「ごめん、もうきついかも」


 巽は後ろをふり返ってゆかりの様子を窺う。ゆかりの魔力は底をつきかけ、顔色も悪くなっている。今一番疲労を溜め込んでいるのはゆかりかもしれなかった。巽は覚悟を両手に込め、剣を握り締める。

 ハルピュイアの最大の武器はその速度だ。地球の伝承ではハルピュイアは「あらゆる風より速い」とされていて、メルクリアのこのハルピュイアもそれはある程度現実のものとなっている。その速度に対抗するためゆかりは「加速」の補助魔法を乱発するしかなく……それでもハルピュイアを倒すには至らず、互角に近い戦いをするのが精一杯だった。


「補助魔法が使えなくなったらこっちは不利になる一方だ。できるだけ早く勝負を決めないと……」


 長剣を正眼に構えた巽がハルピュイアの一匹を見据える。挑むようなその眼に反応したのか、ハルピュイアが正面から突っ込んできた。巽もまた残った力を振り絞って走り出している。


「疾風迅雷!」


 巽は固有スキルを発動した。ブースターを点火したように巽の身体が加速する。さらに重ねて、巽が固有スキルを行使する。スケーターのように旋回しながら横薙ぎに剣を構え、遠心力で加速した剣に固有スキルが加わり、


「――からの、月読の太刀!」


 必殺の一撃がハルピュイアの爪と激突した。

 「疾風迅雷」も「月読の太刀」も巽自身の固有スキルではない。それは他者の固有スキルであり、巽はそれを模倣しているのだ。他者の固有スキルを見ただけで模倣し、さらに複数のスキルを同時に行使することも可能――まさに反則チートそのものみたいな固有スキルである。……だが、


「ぐわっ!」


 ハルピュイアにはね飛ばされた巽が地面を転がる。固有スキルを二つ重ねた全力の一撃もハルピュイアには届かなかった。巽の固有スキルは他者の固有スキルを模倣するもの――だが完全に再現できるわけではなく、威力や効果は本物を大幅に下回る。重ねて使えば威力はさらに落ちるだろう。結局巽のそれは出来の悪い物真似、ただの劣化コピーでしかないのだ。


「巽さん!」


 何とか体勢を立て直そうとする巽。だがハルピュイアがそれを待っているはずもない。ハルピュイアが上空で旋回し、今一度巽へと突撃しようとした、そのとき。


「Kyugyugyugyugyu!」


 ハルピュイアが汚い悲鳴を上げて墜落した。ハルピュイアの頭部には剣が突き刺さっていて、それを誰かが掴んでいて――その誰かを乗せたハルピュイアが地面に激突する。ハルピュイアに馬乗りとなっていたのは見知らぬ冒険者で、軽装の防具からその職業は盗賊だと思われた。


「おるぁあ!」


 盗賊の男はハルピュイアの首を刎ね、ハルピュイアの魔核は盗賊の短剣に回収された。その盗賊は唖然とする巽達へと不敵な笑みを見せる。


「危なそうだったから手助けしたけど、文句ははねえよな?」


「はい……ありがとうございます」


 巽は立ち上がりながら礼を言う。盗賊の男は上空のハルピュイアを見上げた。


「残りの二匹をもらっても文句はねえよな?」


 巽達は何も言えない。異議も唱えなかったためその盗賊はそれを承諾と理解した。


「いくぜ、空中疾走!」


 盗賊が空を駆けた。まるで見えない階段を駆け上るように、盗賊の身体が上へと向かって加速する。一〇メートル以上を一気にジャンプした盗賊はハルピュイアの頭上から襲いかかった。死角からの剣の一閃によりハルピュイアの首が断ち切られる。ハルピュイアの首と胴体が墜落し、それと同時に盗賊が着地した。


「あれがあの人の固有スキルなの?」


 ゆかりが口にしたその疑問に「ああ、そうだ」と答えたのは見知らぬメイジの男だった。他にも戦士と見られる男が二人いて、彼等は盗賊の男のパーティメンバーだと思われた。


「空中疾走(Sky Walk)――見ての通り、空中を走る固有スキルだ」


 ただし空中を走れるのはほんの一〇秒足らずで、それを超えると自由落下するしかない。盗賊は最後の一匹と空中で戦っているが時間切れとなり、一旦地上へと降りてきた。


「くそっ」


 舌打ちをする盗賊は一同の視線が自分に集中していることに気が付いた。特に、自分が助けた戦士の男が食い入るように自分を見つめている……モンスターなどどうでもいいと言わんばかりに。自分の一挙手一投足を何一つ見逃さないと言わんばかりに。その視線は何故か男を苛立たせた。


「空中疾走!」


 盗賊がタイミングを計り、再度スキルを行使する。一〇メートル近く上空まで駆け上がった盗賊が剣を一閃。だがハルピュイアはひらりとそれを躱した。


「逃がすか!」


 盗賊が追撃するが、ハルピュイアはそれを嘲笑うかのように剣から逃れる。一〇秒に満たない時間が過ぎ、盗賊の身体が重力に引かれて落ちた。そしてそれを狙ってハルピュイアが滑空し、突進してくる。


「くっ!」


 盗賊は両腕を交差して防御を固め、ハルピュイアのくちばしがその腹を貫かんとし――その翼が剣で切り裂かれた。


「な……」


 と盗賊が目を見開く。戦士の男――巽が剣をかざしてハルピュイアの進路上へと割り込み、カウンター気味にハルピュイアの右側翼へ剣を叩き付けたのだ。翼を裂かれたハルピュイアは悲鳴を上げながら墜落する。巽もまた何メートルもの上空から地面に落ち、着地に失敗してぶっ倒れていた。一方盗賊は音もなく着陸する。そしてハルピュイアは地上で待機していた面々によって袋叩きとなっている。盗賊が哀れを覚えるような最期をハルピュイアが遂げたのはそれから間もなくのことだった。

 ……それから少し後。


「ありがとうございます。助かりました」


 パーティを代表して巽が盗賊達のパーティに改めて礼を言う。だが盗賊の方はそれを聞いていなかった。盗賊の男が喧嘩を売るような鋭い問いを巽へと突き付ける。


「おい、お前。あれは何だ」


「あれ?」


「ハルピュイアを狩ったときのやつだ。あれは何の真似だ」


 巽は素で「あなたの真似です」と答え、盗賊は「てめえ!」と激発しそうになった。パーティメンバーがそれを抑え、盗賊に代わってメイジの男が問う。


「宙に浮かせた苦内を足場にしてこいつに匹敵するくらいのジャンプをしていたな。あんな真似ができるなら最初からそれで戦っていればよかったんじゃないのか?」


「いえ、あれは今できるようになったんです。その人の真似をして……俺の固有スキルは他者の模倣をするものですから」


 少しの間沈黙を経て、盗賊の男が巽に言う。


「俺の固有スキルを真似したって言うのか? ちょっとやって見せろよ」


 嘲るように、挑発するように……あるいは信じたくないかのように。ちょっと不快に思った巽は、


「空中疾走!」


 見えない階段を駆け上がるように二メートル以上をジャンプ。盗賊達のパーティの頭上を飛び越え、空中で一回転して着地した。


「とまあ、こんな感じです」


 「空中疾走」の模倣と言っても滞空時間では本物にかなり見劣りしている。ハルピュイアと戦ったときはそれを補うため、しのぶから借りた苦内を武器操作の固有スキルで宙に浮かせ、それを足場として跳躍し、高さを稼いだのだ。

 盗賊の男は愕然と目を見開いていたがやがて目を伏せ、


「……んだよそれ。なんだよそれ」


 呟くように同じ言葉をくり返す。怪訝な顔をする巽だが、盗賊の男はついには爆発した。


「なんだよそれ!! 俺の、俺の固有スキルを!」


 盗賊が巽に殴りかかる。両パーティメンバーが慌てて仲裁に入り、盗賊を巽から引き離した。盗賊はしばらく暴れていたが、そのうち力尽きたように大人しくなった。


「……なかなか固有スキルに目覚めなくて、何年も順位が上がらなくて、何度冒険者を辞めようと思ったことか……やっと手にした固有スキルはいまいち使いどころが限られていて、それでも必死に努力して狩りに使えるようにして、ようやく大物も狩れるようになって……それなのに!」


 盗賊の男が鋭く指弾し、巽は胸を穿たれたように身を震わせた。


「俺が三年かけてようやく手にしたこのスキルを、ほんの一、二回見ただけで! 何なんだよお前は! そんなのありかよ!」


 その糾弾に巽は何も言えない。何も応えることができない。ただ立ち尽くす巽の姿に、盗賊の男は忌々しげに顔を背けた。


「助けるんじゃなかったぜ、泥棒野郎が」


 盗賊の男はそう言い捨て、早足で去っていく。そのパーティメンバーは「済まない、失礼をした」と簡単に謝罪して盗賊の後を追った。彼等が巽達から遠ざかっていく。巽は呆然としたように、ただその背中を見送ることしかできなかった。











 必要無用関係なく起きている時間ずっとひたすらおしゃべりをしているゆかりなどとは違い、巽は元々必要なことしかしゃべらない方である。だが今日はその口数がさらに減っている。盗賊の男の糾弾は巽をかなり凹ませていた。

 JR京都線を普通電車が東へと向かって進んでいる。帰宅ラッシュの時間帯であり、電車の中はかなりの混雑だ。巽達四人は電車の片隅で身を寄せ合うようにして立っていた。

 巽は身長一八〇センチメートル近くで、よく鍛えられた堂々とした体格だ。目つきが悪く、無駄に威圧感のあるその仏頂面は、今は負け犬のようにしょぼくれていた。


「でも、泥棒なんて言い方はひどいです。あの人のスキルが別に使えなくなるわけでもないのに」


 しのぶが巽の代わりにちょっと怒って見せる。深草しのぶは巽と同学年で今年二〇歳となる。が、背が低く非常に華奢で顔立ちも幼く、知らない人間には中学生としか思われないだろう。

 一方、美咲やゆかりはしのぶとは別意見のようだった。


「でも、あの人の言うことも判ります。わたしも最初に『月読の太刀』を真似されたときはショックでしたから」


 と美咲が苦笑する。鷹峯美咲は巽達より一学年下。平均より少し高い程度の身長で、スレンダーな体格だ。長く艶やかな黒髪をポニーテールにした、凛々しい美少女である。

 美咲の指摘に、巽は今になってようやくそのことに思い当たっていた。


「そうか……美咲だけじゃない、しのぶやクマさんの固有スキルも俺はパクっていたんだ。済まない、断りもなく勝手なことをして」


 と深々と頭を下げる巽に対してしのぶは返って恐縮する。


「そんなこと気にしなくても……パクリって言ったらわたしのスキルもシャドウ・マスターの真似みたいなものですし」


「今さらですね。わたし達の模倣を封印して戦闘力を低下させて、その結果パーティを危険にさらす方がずっと問題です。つまらないことは気にしないで存分に使ってください」


 そう言って肩をすくめる美咲。それは確かに、と言いつつも吹っ切れたわけではなく、巽は後ろめたさを抱えたままだった。


「むしろ巽君は『パクリだ、泥棒だ』なんて後ろ指を一切気にしないで、他人の固有スキルをどんどんパクっていって、できることをどんどん増やしていくべきじゃないの? それが巽君の売りでしょ!」


 そう言ってゆかりは巽の背中を景気良く叩く。紫野ゆかりは巽達より三歳年上。やや高めの身長で、非常にグラマラスな体付きだ。未だ少女らしさが抜けない美咲やしのぶとは違う、大人の女性である。

 まあ確かに、と頷きつつもそこまで簡単に吹っ切れるはずもなく、巽はためらいで足を止めたままだった。

 そしてその夜、ゆかり達三人のシェアハウスにて。夕食後、巽も含めた四人は居間に集まって何をするわけでもなくまったりと寛いでいるが、その中でゆかりはノートパソコンを開いてどこかのサイトを眺めていた。


「ほらほら、巽君。これ見てよ」


 呼ばれた巽がゆかりの下に移動してパソコンの画面を覗き込む。巽だけでなく美咲やしのぶも集まってきた。


「登録済みの固有スキル名一覧。巽君はどのスキルがほしい?」


「いや、名前だけじゃ……」


 と苦笑する巽。画面に表示されているのはマジックゲート社SNSのサイトの一つで、そこには黄金クラスから石ころまで、全世界の冒険者の固有スキルが登録されている――当たり前のことだが、申請しなければ公式に登録されることはない。


「巽先輩は固有スキル名を登録したんですか?」


「そもそもまだ名前決めてないから。美咲はもう登録したんだよな」


 もろちん、と頷く美咲。


「他人に先に使われては大変ですから、研修生のうちに登録しています」


 と美咲は胸を張る。歩くよりも先に木刀を持たされていた、と言う美咲の固有スキルが剣に関するものになることは最初から疑いなく、だからこそ固有スキルに目覚める前からその名前を決めていて登録もできたわけだが、このようなパターンは数少ない例外だった。


「しのぶは登録したのか?」


 しのぶは「いえ」と首を横に振る。


「『隠形』なんて名前、単純すぎて登録できませんから」


 極言すれば、固有スキル名は冒険者にとっての商標である。商標と同じく、原則として先に登録した者がそれを自由に使う権利を有するし、普通名詞一つのような単純すぎる名前は登録しようとしてもマジックゲート社に却下されることになる。


「ゆかりさんは……まだ名前決まってなかったんでしたっけ」


「パーティラインでいいんじゃないんですか?」


 と美咲は冷静に言う。名称未定のゆかりの固有スキルを巽達はとりあえずその名で呼んでいた。


「ふっふっふ。そう思うところが素人のあかさたな」


 意味の判らないことを言いつつ、ゆかりは気取って人差し指を振った。


「漢和辞典でいっしょーけんめー調べて決めたんだからね! その名も!」


「その名も?」


 勿体ぶるゆかりに付き合ってあげる巽。ゆかりは人差し指を高々と天井へとかざした。


「パーティメンバーの心を一つにつなげ、五人が一体となる固有スキル。一丸となって戦い、互いに守り合い、生命を助け合うための紐帯――その名も! 『一心同体・生助帯しょうじょたい』!!」


 高らかにその名を告げるゆかりに対し、


「パーティラインでいいか」

「そうですね」


 平静のままそう結論する巽と美咲。ゆかりは「えー」と抗議の声を上げているが、耳を貸す者はどこにもいなかった。


「……それにしても、いろんな名前があるんですね」


 少しの時間を経て、四人は引き続きノートパソコンの画面を眺めている。そこに表示されているのは名も知らない石ころ達の固有スキル名であり、例えば、


「天黒龍斬閃」


「晃輝神烈剣」


 という名前があったりする。


「なんか、ライトノベルばかり読んでいる中学生が頑張って付けたような名前ですね」


 しのぶが結構辛辣な感想を述べ、「確かに」と巽達が頷いた。

 その他にも例えば、


「怒れる神の剣」


「世界を征する神の槍」


「天をも滅する神の矢」


「巨人討つ神の礫」


 等という名前が並んでいたりする。


「神の、神の、神の――センスが感じられないネーミングですね」


 美咲が遠慮会釈もなく切り捨て、「陳腐よね」とゆかり達も同意した。


「石ころなのに仰々しい固有スキル名を使うのはどうかな、って思うよな」


「名前に凝るのは青銅に上がってからでいいですよね」


「でも、石ころであっても冒険者なんですから、格好良いスキル名を使いたいのは判ります」


「思いつきで適当な名前付けて後悔したくはないよねー」


 そう言って「うんうん」と頷くゆかりに対し、誰もが内心で突っ込みを入れていた。


「そんなわけで、第六回『巽君の固有スキル名を考えよう』の会開催ー!」


 いきなり言い出し拍手をするゆかりに、しのぶが追随して拍手する。美咲は白けたような目をゆかりへと向け、巽は乾いた笑いを漏らしていた。


「せっかくの珍しい固有スキルなんだから格好良い名前考えなきゃね。何か良い案はない?」


 ゆかりの問いに、三人は腕を組んで「うーん」と唸った。


「やはりスキルの内容に即したものでないと……複製(copy)とか模倣(Imitation)とか入れましょうか」


「んー、感じのいい単語じゃないなー」


「神話とかおとぎ話で何かそういう言葉はないんでしょうか」


「探したけど見当たらなかった」


 四人はまた腕を組んで「うーん」と考え込む。


「先に漢字名を考えましょうか?」


「そうか、そっちも決めなきゃね」


 これは日本の冒険者だけがやっていることだが、大多数の者が一つの固有スキルに二つの名前を付けている。一つは「全世界で通用する名前・主に英語の名前」。もう一つは「国内及び漢字文化圏だけで通用する名前・主に漢字の名前」だ。もちろん大抵の場合英語名は漢字名の直訳だが、「微妙に意味をずらすと格好良い」という風潮があり、この結果として一つの固有スキルが二つの名前を有する例がかなりの多数となっていた。

 元々は冒険者の黎明期、黄金クラスの冒険者がマスメディアに登場した最初の頃。彼等の固有スキル名の多くは自分で付けたものではなくファンが名付けたものであり、それを公式が追認したものだった。そして日本のファンは海外の直訳でない、漢字を使った独自の固有スキル名を生み出し、それもまた公式に採用されるようになる。やがて様々な体制が整うと固有スキル名は冒険者が自分で決めるものとなるが、過去からの流れを引き継いで日本においては英語名と漢字名、二つの固有スキル名を決めることが通例になっているのである。

 四人はそれなりの時間検討するが良案は出てこず、巽の固有スキルの命名はまた後日、ということになった。時刻はもう大分遅くなり、「そろそろ帰って寝ないと」と巽が考えていたとき。巽のスマートフォンに熊野からの着信があった。


「もしもし、花園です」


『巽、冒険者SNSの掲示板を見ているか?』


 いえ、と返答すると『すぐに見ろ』との指示。巽はゆかりからノートパソコンを借り、冒険者SNSの雑談掲示板へと移動した。ゆかり達三人も横からその画面を覗き込んでいる。巽はスレッド名の一覧を上から順に見ていていこうとするが、そうするまでもなかった。


「……『パクリ野郎を許すまじ!!』?」


 一覧の最上位に位置しているそのスレッド名に、巽の表情が固くなる。巽は大急ぎでそのスレッドを開いた。


『……今日の狩りでハルピュイアに苦戦してたパーティを手助けしたんだけどよー。そのときに俺様の固有スキルを使ってハルピュイアを狩ったんだけど、それ見てた泥棒野郎に俺の固有スキルをパクられたんだ!!』


 そんな書き込みから始まっているそのスレッドはもうそれなりの長さとなっていた。巽は苦い思いを噛み締めている。


「これ……今日の盗賊の人ですか」


『スレ主の名前は鞍馬口天馬くらまぐち・てんまとなっているが、間違いないだろうな。彼が今日の一件を掲示板で愚痴っているんだ』


 巽達はそのスレッドを最初から読み進めた。スレ主の鞍馬口が今日の出来事について順を追って説明。


「鞍馬口の固有スキルを何回か見た巽が固有スキルを使ってその真似をした」


 という事実が言い広められている。


『本当に?』『マジかよ』


 等と、それを疑う書き込みもないではなかった。が、冒険者SNSの掲示板は匿名性が完全に排除されている上に、冒険者である以上はメルクリアンの人格測定魔法に合格しているわけであり、悪ふざけや誹謗中傷で虚偽の書き込みがされる可能性はほぼゼロだった。


『見ただけで固有スキルを真似されるなんて、たまったもんじゃないな』


『俺が固有スキルに目覚めるまでどれだけ苦労したと思ってるんだよ』


『使用料を請求してやろうぜ』


 等という書き込みが見受けられ、スレッドの空気は鞍馬口に同情的で巽に批判的だった。それを見たゆかり達は眉を顰めている。


「何か反論した方がいいんでしょうか?」


 美咲がそう言うがしのぶは「いえ」と首を横に振った。


「わたし達が巽さんのパーティメンバーだってことはすぐに判るでしょうし、藪蛇なことになりかねません」


 その意見には熊野やゆかりも同意した。


『放っておけば書き込みもなくなって、すぐに過去ログ倉庫行きになる。何もしない方が正解だ』


「こんなの口だけで何もできやしないんだし、気にするだけ損だよ」


 ゆかりはそう言って巽の背中を叩いている。


「こう言ったら何だけど、巽君は手段を選べるほど強くないでしょ? 周りに何を言われようと気にしないで、他人の固有スキルをどんどんパクっていってどんどん強くなるべきなんじゃないの?」


 巽は「確かにそうです」と頷く。結局、そのスレッドは黙殺することとなった。

 熊野との通話が終わり、巽もまた「それじゃおやすみ」と自分のアパートへと帰っていく。ゆかり達は「おやすみなさい」と挨拶を交わし、心配そうな瞳で巽を見送った。

 五月の星空の下、巽はアパートまでの短い夜道を一人歩いていく。


「……はあ」


 その口からは自然とため息が漏れた。ゆかりの言う通り、今の巽は青銅に上がれるかどうかも判らない石ころだ。強くなるのに選り好みができるほどの力も才能もない。他人の固有スキルを片っ端からパクって手札を増やしていくのが青銅への近道なのだろう。それができるのが巽の固有スキルであり、それが巽の強みなのだから。


「……そうは言っても、そんな簡単に割り切れないよな」


 なかなか順位が上がらない焦りも、固有スキルに目覚めないつらさも、巽は自分のことのようによく判る。ようやく固有スキルに目覚めて冒険者として一歩成長した喜びも。


「それを横取りされたように感じたなら腹が立って当然だよな……本当に、どうしてこんな固有スキルなんだろう」


 巽の呟きはため息と共に空気に溶けて、消えていった。




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