色外にあらわる
携帯のストラップは、ラッコがサーフィンボードに乗ってる形〈あの日〉の記念品ともいえる。
ただし、それがあの人からの〈お礼〉とは、誰にも内緒にしている。
私しか知らない岡村さん。
それはきっと自惚れかもしれないけど、会社では何事もなく、みんなに声を掛けて、笑って、怒る。
まるで別人。
私が好きになったのは〈みんな〉の岡村さん 。
あれから二人で何処かに行くは、なし。何故ならば、日曜日も出勤しなければならないほど会社は繁忙期に入ってしまい、私を横切る岡村さんからため息のような声が聞こえる。
「麻奈を借りるぞ」
由香ちゃんに催促する岡村さん。
「どうぞ」と、由香ちゃんは不機嫌そうに返事をする。
私達の部署の隣では他の部署の機械があり、其処へ麻奈ちゃんは瞬時に移動してちょこまかと作業を始めていく。
「此方も忙しいのにね?」
由香ちゃんは岡村さんを睨み付けて呟く。
――あの子ばかり岡村さんはひいきしてるのよ。
私の配置の後ろで作業をしているおばちゃん達から麻奈ちゃんに嫉妬している声が聞こえた。
初めて出勤した朝のあの出来事を思い出した。
岡村さんから百円をもらってはしゃぐ麻奈ちゃん。後から聞けば彼女に〈ご褒美〉のような習慣だということだ。
「やったーっ! また、もらった」
休憩時間に麻奈ちゃんは自動販売機で炭酸ジュースのボタンを押した。
氷入りの紙コップの中身をごくごくと、美味しそうに飲み、私ににんまりと浮かべる顔が――。
何処と無く勝ち誇ってるように見えてしまった。
「夕積み分まだ、上がって来ないよ」
私は〈自腹〉のコーヒーを飲みながら麻奈ちゃんに言う。
「へえ……」
愛想がないその言い方に内心は煮えくりかえってたものの、麻奈ちゃんの隣に座る岡村さんが居る為にそれ以上の言葉がでなかった。
――岡村さん、今日はずっとあの部署の応援でいいんでしょ?
――そうしてくれ。あっちもおまえが入れば、生産性が良くなるからな!
和気藹々。二人が並んで歩く姿を私は後ろから追ってひたすら見つめる。
「のぼせ上がるのもいい加減にしてほしいよ!」
由香ちゃんの凄い剣幕に作業する手を止めてると
「浅田さんじゃなくて麻奈ちゃんよ!」
その側で内線の着信音がピリピリと、鳴る。
眉を吊り上げる由香ちゃんは「出てよ」と、いわんばかりに、その方向に指を差していく。
「――と、いうことだそうです」
「製品のクレームね?」
「はい」
――判った。今度のミーティングで話し合いましょう!
恐い。由香ちゃんが本気で怒ったらどんな事が起きるのかと、想像して身震いしてしまった。
その日の夕積み分は結局、配送の担当の人を待たせる事になり、私と由香ちゃんはその度頭を下げてばかりいた。
やっと業務が終了して、明日の打ち合わせをしていると
「じゃあねーっ!」
と、満面の笑みを湛えながら、全速力で駆け抜ける麻奈ちゃん。
「麻奈めぇ」
彼女が手にする伝票が今にも破られそう。
「えーと、後何をしようか?」
「私達だけ、残業するよ!!」
怒りを膨らませている由香ちゃんに私は頷くしかなかった。
事務員さんもぞろりと、帰宅していく。いつもだったら食堂で麻奈ちゃん達と業務終了後の雑談をしていたが、今日はその人達に混じってタイムカードに打刻する。
薄暗い空にぽっかりと、三日月が浮かんでいるのを仰ぎ、家路に向かう為になかなか来ないバスを待っていると、クラクションの音と同時に、一台の乗用車が停まると助手席側のウインドウが開いて――。
「早く乗れ!」
岡村さんが叫んでいた。
躊躇うことなくドアを開いていくと飛び込むように乗る。
「行くぞ、いいな?」
今まで聞いたことがない声色。
震えながらも私は
「はい」
と、か細く返事をした。




