鴨の水掻き
内緒にする、誰にも知られたくない。私が岡村さんに食事を誘われた事。
岡村さんは大人だし況してや会社のまとめ役の幹部だ。私を誘ったのは、今私がいる部署がどんな風に廻っているのか知りたかったと思う。
リサーチして従業員の評価を付ける。かつての職場で行われていた。昇格、降格は自己評価などお構い無しだった。
たった一言の為に、その人の暮らしが変えられてしまう。私も捲き込まれて――。
「浅田さんっ! どうしたの?」
班長の女の子の声で私は我に返ると顔を向けた。
「ごめんなさい。えーと、こっちが午前中の配送分だったよね?」
「そっちは明日の朝積み分。最近やたらと生産のペースが速いから、私でもてんてこ舞いになる程よ」
班長はある方向を凝視する。
機械をちゃかちゃかと動かしている麻奈ちゃん。
――由香ちゃん、私N配置の手伝いにいってくるね!
生産する品物が途切れて手ぶら状態の麻奈ちゃんは満面の笑みを湛えながら同じ配置の女の子と一緒に向かっていった。
「作業をしながらでいいから、ちょっと訊いていいかしら?」
由香ちゃんの促しには身を構える。
「岡村さん、麻奈ちゃんに優しいところがあるのだけどその裏で妙な話も飛び交ってるの」
冷や汗が噴き出す感触を覚える。思わず喉も鳴らしてしまい、恐る恐る、私も訊き返していく。
「岡村さんて、結婚してるのかな?」
由香ちゃんの顔がみるみる、笑いを堪えていった。
「彼女はいるみたいだけど。えーと、私が言いたいのは麻奈ちゃんが浅田さんに嫉妬している噂の事なの」
顔から血の気が引いてしまった。
何故、私? どんなことに? 思考がこんがらって目眩まで覚えしまった。
「浅田さん、正社員になりたいて岡村さんに伝えたのよね?」
少し戸惑ってしまったけど、本当の事だからと私は頷いた。
「麻奈ちゃん自分より先に貴女が正社員になってしまうのではないかと思い込んだかもしれない。前に、二人で岡村さんに呼ばれて、その件も話されていたから尚更だと思うの」
胸を撫で下ろしている間もなく、由香ちゃんは言い続ける。
「ちょっと心配してるの。浅田さんは麻奈ちゃんに振り回されているかもしれないかな? なんてね」
返答に困ってしまった。確かに、心当たりがあったから――。
「でも、負けずに頑張ってね!」
「え?」
と、私は目を丸くしていると
「色々と小姑みたいにしてるけど、浅田さんの方がうんとしっかりしてるし、仕事だって私はむしろ頼っている事が多いの」
つんつんとすまして近寄り難いという由香ちゃんについての思い込みを撤回する。
「あなたが本気で目指すのなら覚悟の上で私についてきてね!」
「此方こそ、今まで以上に指導をお願いします!」
私は由香ちゃんに深々と一礼をする。
――浅田さん、混ぜたら他所の取引先に行ってしまうよ!
由香ちゃんの顔が険しくなる。
「はいっ!」と、私も指摘された事にぱっと、手を伸ばす。
ふんふんと、鼻歌を混じらせて通りすぎる岡村さんが視野に入る。相変わらず拍子抜けるけど嬉しさも被さっていく。
目が合ってお互い笑みを溢す。
仕事を沢山身につけていく。それが今の私の目標だ。
岡村さんへの恋心はとりあえずお預け――。に、したかった。
その日の業務終了後また、岡村さんに誘われてしまった。
――日曜日に何処かに出掛けようと――。




