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風、薫る  作者: 鈴藤美咲
22/23

逢うは別れの始め

「ごめん、ちょっと……」

 業務中、麻奈ちゃんは顔面蒼白で何処かへと去っていく。

 戻って来ては再び。と、繰り返されているものの、誰一人彼女に気を遣うことなく、黙々と業務を遂行していた。


 その理由を部署の皆は知っていた。勿論、私もだ。


 遅刻、早退を繰り返していたのもあって、岡村さんも漸く重い腰を上げるように面談を決行する。


「麻奈を部署異動させる」

 日曜日のドライブの最中、深刻な顔をして岡村さんは言う。

「そうですか……」

「反応が薄いぞ?」

「……そうですか?」


 赤信号で停まる乗用車、電線に止まるカラス、私にちょっかいを出す岡村さん、肘鉄の私。


「あの頃の岡村さん、何処?」

「逆だろう?」


「春の居酒屋……」


 ぽつりと呟く私に、岡村さんの形相があっという間に凍てついていくのが分かった。


「ごめんなさい」


 弱々しく、尚且つ情けない声色の岡村さん。青信号に変わったことに気付かないものだから後ろの軽トラックにパンッと、クラクションが鳴らされてしまう。


「麻奈ちゃんを呑みに誘ったのは、どうしてですか?」

「話もたまには聞いてやりたかった。其だけだ」


「私、ずっと待ってました……」

「ああ……」


「今回の一件も含めて、岡村さんからお話しをして欲しい」

「解った」


 アクセルを踏み続ける岡村さん。景色はいつの間にかすすきの穂が一面に拡がる山岳に変わっていて、遠くでもくもくと火山の噴煙がくっきりと見えていた。


「いただきます」

 外輪山の展望台で熱々の焼きとうもろこしをはふはふと、頬張っていく。


「病気や妊娠の理由で解雇は出来ない。其処までは理解出来るよな?」

「はい……」

「もっと遡れば正社員になったとたん、退職したい。其れも、頭にくるだろう?」

「勿論です」

「あいつは恩を仇で返してた。志帆、おまえになっ!」

 岡村さんは食べ終えた焼きとうもろこしの芯を両手で真っ二つにする。


「私は、これっぽっちも……」

「誤魔化すなっ!」

 周りの他の人を気にもせず激昂する岡村さん。その声と姿にぶるっと、身体が震える。



 それから場所は、いつものこっそりの部屋。


 其処でも、岡村さんの怒りは治まることはなくてーー。


「あの時も俺は麻奈を社長に紹介した。こっちが彼是と世話しても、挨拶もまともにしなかったのだ」

「でも麻奈ちゃんは、それでもーー」


「〈友達〉と、思っているのは、おまえだけだっ!」


「……私について、どんな事を言っていたのですか?」と、恐る恐る、訊ねる。

「部署のサブリーダーにあいつだけが反対した。本当に信頼しているならば、そのような態度は示さない。俺もある手段を提示したが……結果的には麻奈が逃げたと、捉える」


「これから生まれる命に罪はないです」

「部署異動は本来ならば志帆だった。受け入れ体制も、万全にしていたっ!」

「麻奈ちゃんは、お母さんになるのです」

「関係ないっ!」


「それでも彼女は、会社と岡村さんが大好きと思います」


ーー私も岡村さんが好きです。皆に慕われる貴方が、です。


堪らず言葉にしたい溢れそうな想いを押し込めてながら、私は号泣する。涙はいつまでたっても止まらなく、しゃっくりが出るほどわんわんと、泣き続ける。


 そんな私を岡村さんは抱き締める。


 まるで子供をあやすように、背中をとんとん、擦ってくれた。

 


******



 外に出るとうっすらと空が紫色になっていて、ぽっかりと三日月が浮かんでいた。


「志帆、頼みがある」

「暫くは冷やかされますよ? ご自身で否定してください」

「……何故、俺が麻奈と付き合っている事になってたのだよっ!」

「原因はポンポンと、気前よく百円をあげていたと思います」


「言い方、冷たいぞ?」


「冬ですからねぇ~」


 私達に笑い声が戻る。どんなに言い合っても「参った」と、岡村さんが先に謝る姿が可笑しいけど、申し訳ない。



 後日、麻奈ちゃんは結局会社を辞めた。


 同棲していた彼氏と籍を入れたと、幸せそうな顔はーー。


 

ーー岡村さんから百円を貰った時と同じ微笑み。



 戸田さんのこと忘れていた。岡村さんの指導をびしびしと受けて、ばしばしと昔のお姉さん達に弄くられながら、チョロチョロとしている姿に見て見ぬふりをした。



 

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