空中パズル
その人は管理の人員として配属の予定だった。
二週間は会社規定の研修。そして、正式に採用されると言うこと。
「戸田英司です。一日も早く皆さんの縁の下の力持ちになれるように頑張りますので、宜しくお願いします」
月曜日の朝礼で眠気が吹き飛ぶような声の自己紹介。
誰もが……特に、私よりうんとお姉さん達からは注目の眼差しを浴びていた。日を追う事に其れは思いがけない方向になっていた。
ーーそそっかしいっ!
ーーひと言多いっ!
ーー歳の割には……落ち着きがない。
苦情の窓口は私だった。根回ししていたのはーー。
「さて? 何のことかしら」
ふてぶてしく……いや、しらじらしい態度を示している麻奈ちゃん。
「私、いつから班長になったの?」
と、目尻を吊り上げて言う。
「うっわぁ~っ! こわーいっ」
私の鬱憤何て気にすることもなく麻奈ちゃんは高笑いする。
P部署に応援要請を受けて業務が終了して戻ってくると、作業台は手付かず状態の品物。麻奈ちゃんの姿は既になく、呆然として佇む戸田さんがいた。
「僕も竹岡さんに指導を受けるように指示されてたからさ、その通りに動いたらご覧の通りだよ」
「明日はもっと大変になるから作業の補助をお願いします」
私の指示での戸田さんの作業に、ふと、思った。
皆が言うほど、不器用な人ではない。
「浅田さん、納品書が出てきません」
「トレイに用紙が入ってないだけよ」
製品の数量確認と、バーコード入力で印字される納品書。説明した言葉はメモをする。定時はとっくに過ぎていたけど、手は止めずに黙々としている戸田さん。気が付けば作業台の上は見事にすっきりとなっていた。
「お疲れ様でした。もう、大丈夫ですよ」
「まだ、伝票の確認が残ってるのでしょう? 手伝いますよ」と、いう戸田さんに私は首を横に振る。
「此れは私の仕事です。戸田さん、岡村さんに現場研修の報告書を提出しないといけないのでしょ?」
「げっ! そうだった。昨日も即、読まれて彼是と指摘されて何度も書き直しさせられたぁあ!!」
台風一過……。やっぱり、皆が言ってる事は正しかったのかしら?
「随分と振り回されたな?」
事務所のデスクで淹れたての緑茶を啜る岡村さん。その隣にいたのは戸田さん。懸命になってパソコンのキーボードに指を押さえていた。
「業務報告は班長から受けているのですか?」
「無かったぞ。此方もかなりいい加減な指導を受けていたみたいだからな」
「ご安心してください。勝手ながら私が致しました」
お互いの視線の先の戸田さん。そして、同時に溜息が吹かれる。
ーーーお疲れ様でした。また、明日!ーーー
岡村さんに宛てたメールの返信。激しく、落胆した。
今日の……特に、麻奈ちゃんについて直接話しをしたかった。
一年前の梅雨明け。岡村さんから百円を貰って満面の笑みの麻奈ちゃん。人懐っこそうな性格に、私も共感していた。
そんな思いに更けて、路線バスを停留所で待っていた。
「わっ!!」と、耳元に吹き込まれる声に驚愕する。その反動で腰掛けるベンチから飛び上がって、道路に転倒しそうになってしまう。
その腕を掴んで引き寄せたのは〈あの人〉だった。
「戸田さん?」
「浅田さん、大袈裟だよ」
「また、驚かせたのは戸田さんですっ!」
「また〈あの顔〉をしていたからだよ」
路線バスが停まる。でも、その一言が気になり乗車はしなかった。
「記憶力が良いのですね?」
「キミこそ、だよ」
お互いの顔を見つめて、吹き出し笑いをする。
「本当は夕食に誘いたいけど、あまりにも馴れ馴れしいから、止しとく」
「気持ちだけ、受けとります」
「僕もまだ新人だし給料日までは節約生活と、付け加えさせて貰うよ」
「其処まで言う必要はないと、思います」
「でも、覚えといて。浅田さんに絶対夕食をおごるっ!」
誓うことかしら? と、首を傾げてしまったけど冗談には聞こえなかった。
次の路線バスが停車して今度こそ乗る。車内から戸田さんがいつまでも手を振り続けていたのが見える。
私は思考を膨らませる。戸田さんの人の良さに甘えることは、いけないと。
岡村さんが好き。
誰にも内緒のこの想いが大切。
その心地好さが、堪らない。
あ、そう言えば戸田さんてどんな通勤手段何だろう。もし、バスだったら、この後一時間は待たないと乗れないの気付くかしら? と、一応心配した。




