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風、薫る  作者: 鈴藤美咲
20/23

秋雫

 鱗雲がぷかぷか、秋の晴れ空を游いでいる。真っ赤に咲き誇る彼岸花が河川敷の堤防にびっしりと、ひとつの流れのように果てしなく続いていた。

 平日の指定休日。一人でこの景色を眺めてある出来事を掻き消したかった。


 それは遡ること、昨日。

 由香ちゃんがいつまでたっても会社に来なかった。

 配置の作業の段取りをしている側で麻奈ちゃんは知らんふり。

 堪らず、怒りが膨らんで彼女と衝突してしまった。


 ーー岡村さんにこの配置に入れと、言われただけだもんっ! 彼是と責任を持つのは志帆ちゃんと由香ちゃんでしょっ!?


 ーー麻奈ちゃんは何の為に正社員にさせて頂いたの?


 ーー正社員、正社員て、二言目には皆そればっかり!


 麻奈ちゃんはそう言うと、体調が悪いと口実に早退した。

 仕方ないので配置の経験者の小原さんにお願いして、その日の積込分までやっと間に合わせる事が出来た。


 事務所に伝票を持って上がった時、岡村さんの姿を見つけて二人の件について、報告と相談をした。

 会議室で詳しく話を伝える。すると、岡村さんから思いがけない言葉が返ってきた。


 ーー児嶋は昨日付けで退職した。


 ーー私達にどうして、黙っていたのですか?


 ーー正しくは、浅田。おまえだけがそうだ……。


 麻奈ちゃんは知っていた? いつ、何処で?

 部署の皆も同じくだ。


 何故、こんなことになったのか判らない。本人はもう、いない。


 私は必死でその理由を訊く。でも、岡村さんは冷たく「お疲れさま」と、私を会議室から腕を掴んで……出した。



 まだ左の二の腕がじんじんと、している。

 本気で怒っていた。その証拠がこれだった。


 ふらふらと、岸辺を歩き少し渦巻く川の流れの水面を見つめていた。

 ぐっと、腕を掴まれる感触を覚えて思わず悲鳴をあげる。

 何が起きたのかと振り返ると、知らない男の人だったものだからますます怖くなって、鞄を持ったまま右腕を振り上げてその人に目掛けて……見事に命中させた。


「ご免なさい」

「早合点した僕もいけなかったが、キミだって紛らわしかった」

「そんなに切羽詰まってた顔をしていたのですか?」

「この世の終りみたいだった。真っ青な顔してると思ったら、川を眺め始めるからこれはヤバイッと、止めたつもりがこれだった」

 その人は、真っ赤に腫れる頬に指を差して涙目をして言う。

「ま、いいけどさ。良かれと思って手を差し出せば、恨まれるなんていつもの事だから」


 何だか、複雑そうな人。つい、話を聞きたくなってしまった。


「人助けがお好きなのですね?」

「見返りなんて、求めるつもりはないよ。困っていたら助けないといけない。いつからか、それが癖になっていた」

「あなたみたいな方をお人好しと、言うのですよ」


「お、やっと笑った」

 にんまりと笑みを湛える、その人。

 今度は恥ずかしくなって、視線を反らしていった。


「おっと、面接に遅れてしまう。悪いけど僕はこれで失礼するね!」

 

そんな大切な事を控えていたのに、私に気を取らせてしまってたなんて……。服装をよく見たら、びっしりと決めていた筈のスーツ姿はあちこち、さっきのアクシデントでよれよれ、くたくたしている。


「時間があったら、おわびの品を差し上げたかったのですが」

「要らない、よ。やっばーいっ! 後、30分で着くかな?」

 携帯に表示される時刻を焦って確認して、途中脚を縺れさせながら、タクシーを停めて乗車する姿まで見えていた。


 もう、会うことない。せめて、名前だけでも尋ねていたら良かったかしら? と、その時は思っていた。


 印象が強すぎるからやっぱり忘れとこう。

私も結構調子がいいものだと、実感したのは、岡村さんからの、こんなメールが着信したからだった。


 ーーー頑張れ、明日は笑って仕事をしてくれーーー


 岡村さんなりのお詫びと解釈した。



 次の日、皆の話題は面接に訪れた男の人のことで賑やかだった。


「その頬どうした? と、訊ねたら『名誉で汚名な傷です』なんて返答しやがった」

 業務終了後に岡村さんは食事に誘ってくれて、その時の状況をペラペラと、話していた。


「それで、その男性の方はどうされるのですか?」

苦笑しながら私は、マグロ丼に箸をつける。

「採用するに、決まってる。俺とどこか似てるからな」

 するすると、岡村さんは焼き肉定食の味噌汁を啜り、ぷうっと、息を吐く。


「何処からそんな言葉が出るのですか?」

「おいおい、俺、いつも穏便で尚且つ誰かさんの世話に明け暮れているのだ!」


「岡村さん、顎にワカメがくっついてる」

と、私は吹き出し笑いをする。

 岡村さんは、唇を尖らせ、渋渋と顎からそれを剥ぎ取ると空になったお椀に懸命に入れていた。

 指先にくっついて離れない仕草が、可笑しくて堪らなかった。


 笑いは車内でも止まらなかった。

 岡村さんは信号で停まる度、私の膝の上に掌を乗せる。

「俺の楽しみを奪うな」

 ひーひーと、叫ぶ岡村さん。私に払い除けられ、さらに肘で押し付けられるものだから、言わずにはいられなかった。と、思う。


あ、付け加える事があった。岡村さんが面接をした人について。


 戸田英司とだえいじ。その名の人こそ、あの時の報われない正義の味方だった。二日後、その人を紹介する為に岡村さんが私の持ち場の配置に連れて来て顔を見るまで……忘れていた。


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