敬して遠ざける
どんよりと、毎日の空は灰色。一方で鼻息をふん、と荒くする由香ちゃんの顔つきは険しかった。
納品書が先方さんに届いてない。伝票の記入漏れ、製品を配送の係りが積み忘れた。ついでに電話の応対の仕方。
「麻奈めぇ~っ!」
作業台にぐりぐりと拳を捻り込み、今にも感情を爆発させそうにしている由香ちゃん。私も毎日のようにクレーム処理を業務終了後に行っている。と、いうことは麻奈ちゃんは知らない。
「その日の作業が済めばいい、なのよ」
勤務歴20年の富山さんが私達の側に来て言う。
「判ってらっしゃるのなら、彼女に私達の苦労を伝えて下さい!」と、由香ちゃんは眉を吊り上げる。
「助けてあげたいけれど、私は口を出すなと止められてるの」
「岡村さんにですか?」
私が訊くと富山さんは頷く。
「確か、由香ちゃんの前に班長をされていたのでしたよね?」
「若くて、能力がある人材。それが児嶋さんだったの」
「でも、富山さんは部署の皆をあれだけ気に掛けてくれたのに、それすらも評価して貰えなかったのが悔しい!」
由香ちゃんは涙声をさせていた。その肩に、富山さんは掌をそっと乗せていく。
「私はあなたを育成したことに胸を張ってるの。そして、浅田さん。此れからもこの子の事を宜しくお願いね!」
まるで、お別れをするような言い方だった。
そして、現実になってしまう。
富山さんは、遠くに行ってしまった。
ーーまた、ね。
あの日、私達に笑顔で手を振っていた。
ーー浅田さん、短い間だったけど児嶋さんと肩を並べるところが見られて私も嬉しかったわ!
その時の手の温もりが忘れられないーー。
梅雨に入って、毎日雨の日が続く。
お花代を従業員一同から由香ちゃんは受け取るとお別れを偲ぶ場所に代表で参列する事になった。勿論、岡村さんもだ。
次の日、お返しを受け取る。
〈お礼の言葉〉のカードを開いての文章の終わりはこう、記されていた。
ーー娘が三人、すくすくと、育つのが素晴らしかったです。
富山さんが御家族に伝えていたそうだ。
私は泣いた。
由香ちゃんはもっと、泣いていた。
麻奈ちゃんは唇を噛み締めて俯いていた。
******
一週間が過ぎた指定休日。隣には岡村さんがいた。
「ゴホゴホ」と、業とらしく岡村さんは咳込む。
「会社をずる休みしたなんて、バレたらどうするのですか?」
「安心しろ。昨日からニュアンスはばら蒔いていた!」
呆気。まさに開いた口が塞がらなかった。
「富山さんにお子さんはいなかった。だから、志帆。それと児嶋と麻奈に気持ちが託されていたと、俺は解釈してる」
「それは、十分に伝わりました。特に由香ちゃんは辛かった筈です」
「先が長くない。と、彼女は班長を降りた。児嶋はしこたま俺を恨んでたけどな」
「岡村さんも、大変でしたね?」
「ああ」
岡村さんが落ち込んでる? 私は咄嗟に両手を岡村さんに伸ばしていく。
「逆だろ?」
「駄目ですか?」
「いや、歓迎だ」
こっそりと二人で会う部屋で、私達は唇を重ね合わせる。
耳元で何度も私を呼ぶ岡村さん。
私もその肌に指を這わせていく。
外は雨。
しとしと、と音が静かに響く。
解き放つ息に混じる私の涙を岡村さんは口に含む。
肌に口づけされる度に身体は震える。
岡村さんがひたすら全身で受け止めていた。




