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風、薫る  作者: 鈴藤美咲
15/23

干天の慈雨

 今日は指定休日。ずっと前から会う約束をしていた友人の家にやっと行く事になった。

 紙袋にピンクのリボンとパステルカラーのラッピング。中身の品物を選ぶ時、ちょっとだけどきどきしてしまった。


 アスファルトの隙間からちょこんと咲き誇るタンポポ。その先端から紋白蝶がひらひらと、羽ばたいていく。


 春の薫りを頬に溜めながら、道は途切れた。



*****


『はいはーい! ちょっと、待ってねー』

 インターホン越しから明朗な声がして、しばらくするとがちゃりと玄関の扉が開いた。


「いらっしゃい。ホラ、拓人ご挨拶!」

 友人に抱っこされている赤ちゃん。私の顔をじっと、見つめると、ふえぇえ、と、泣き出してしまう。

「ごめんね、志帆ちゃん。最近人見知りが出てさ」

「赤ちゃんは、泣くのが仕事だもの。それにしても、律子ちゃん?」

「お腹でしょ? 今八か月なんだ!」


「え?」

と、私は唖然となる。


「珍しい事じゃないわよ。ま、そのあとの話は上がってから!」


 リビングルームに案内されると、まさに育児一色ともいえる道具があちこちに置かれていた。その一つに、赤ちゃん……。拓人くんが手を伸ばして、あっちこっちと持っていく仕草をしていた。


 律子ちゃんは「どっこいしょ」と、テーブルの上にティーセットとスイーツを並べて一人掛けのソファーに腰を下ろしていく。


「拓人、もう一度ご挨拶しようよ」

 律子ちゃんの声にぴくりと、させる拓人くん。フローリングをハイハイしながら移動してソファーの肘掛けに掴まると、立ち上がる。


「あ、今度はニコニコしてる!」

 拓人くんの笑顔に私も嬉しくなる。


「志帆ちゃん、そのアップルパイ手作りなんだ」

「そして、喫茶店のメニューにする?」

「鋭いね」

「律子ちゃん、お菓子作りの職人さん目指して頑張ってたもの」

 フォークでアップルパイをさっくりと、切り分けて刺し、そして頬張ると林檎の酸味が程好くなおかつパイのサクサク感が口の中で広がっていった。


「旦那に言わせれば、まだ趣味程度の味だけどね」

「どうして? お客さんに十分味わって貰えると思うけど」

「珈琲と紅茶、どっちにも合うように工夫してだって!」

「また、随分とこだわった課題を提示されたのね?」

「仕事となると私にだって容赦なしだもの」

 律子ちゃんはお腹に手を乗せてしかめっ面にさせる。


 私は不安になり律子ちゃんの側に行くと

「はは、今、思いっきり蹴飛ばされて」


 ふぅ。と、呼吸を調える彼女の顔色は少し青くしていた。


「旦那さんにお願いして、お仕事控えたほうがいいのでは?」

「ただの胎動だから、そんなに心配しなくていいよ。お産の寸前迄、何とかアップルパイを極めないとーー」

 律子ちゃんは今度は肩で息をするように、苦しそうにしている。


「律子ちゃん、今すぐ病院に行くわよ!」

「駄目! 拓人を見る人がいないの」

「拓人くんとお腹の赤ちゃんのお母さんは律子ちゃんなのよ。アップルパイより自分の身体を優先して!」

「でも、拓人が」

「私が旦那さんをうんと叱ってやる!」


 タクシーを呼んで律子ちゃんの掛かり付けの産院に着くと、玄関に看護士さんが車椅子を用意していた。


 そして、彼女はそのまま入院となってしまった。



******



「志帆さん、あなたのおかげで律子とお腹の子供達が助かった。それに、私も気付かされてしまった」

 律子ちゃんの旦那さんは、拓人くんを抱っこしながら、私に何度も頭を下げる。


「双子だなんて私もびっくりしました。旦那さんもお仕事で大変なのに、色々と生意気な事を言ってごめんなさい」

「いえ、あなたのおっしゃったのはもっともです」

「算盤を枕にする。ですか?」


 旦那さんは笑みを湛え頷く。


「律子は素晴らしい親友がいる。何を一番に思い浮かべてアップルパイを作ってたのかは、志帆さんだったのですよ」

「そのレシピで、お店に出すと?」

「勿論です」


 ただし、律子ちゃんのお母さん業が一息着く迄は保留と旦那さんは付け加える。



 ーーー今、何処にいる?ーーー


 着信するメール。時刻は、とっくに会社の業務が終わってる頃だ。と、ふと、思う。


 ちょっと考えてしまったけど、返信する。


 会いたかった、声を聞きたかった。


 また、泣かされてしまうかもしれないのに私は待ち合わせの場所へと向かっていく。


 今日は律子ちゃんの家の近くの駅前。既に、その乗用車は駅の駐車場に停まっていた。


 何の躊躇いもなく、助手席に座る。


「いいな?」

 運転席で私の身体を震えさせるほど柔らかい声色。


「はい」

 愛おしいと、頷く。


 岡村さんに愛されたい。私はいつの間にかそんな気持ちになっていた。



 風、薫る。


 もっと、もっと。強く吹いて。


 恐くないから、側にいて。


 岡村さんの腕の中で私は囁き続けた。


 

******


後日、律子ちゃんからのメールに思わず涙ぐんでしまう。


ーー何とか予定日の二週間前でお腹にいてくれたから助かった!今度も男の子でしかも双子だから、拓人を含めて家の中が凄くなりそうだよーー


一緒に送られた画像は律子ちゃんが抱っこする双子の赤ちゃんの間に無理矢理入り込む様子の拓人くん。


微笑ましくて堪らない。


私もいつか律子ちゃんのように可愛い子供を抱いて家庭を築きたいと、淡い理想を膨らませていった。


 

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