怖めず臆せず
次の日の岡村さんは何事もないようにお昼はよく見ると綺麗な人と昼食。勤務中はにこやかに皆と作業をする。
お面を外して日頃隠している顔を私に見せた?
私の秘密は岡村さんと会うたびに増えていく。
ずるいよ、岡村さん。
私に沢山悩ませて、自分は知らんぷりなんて。
置いてきぼりされてしまったようで、哀しくて堪らなかった。
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「はい、その件につきましては、営業と相談致します」
私は業務の最中に先方からの電話応対を終了して配置に設置されている内線の受話器をそっと置いていく。
「また?」
と、由香ちゃんの顔が険しくなっていた。
「今日で三件め。それも決まって、品質についてのクレームだよ」
「こっちの配置だって、徹底的に確認してるのにね?」
最近は麻奈ちゃんより由香ちゃんとのやり取りが日常的となっていた。ただし、仕事についてばかりで私的事は滅多にすることはない。
「ミーティングしても結果的には変わらないなら〈あれ〉もたぶん出てくるかも」
「〈あれ〉と、くれば?」
「そうよ、浅田さん」
麻奈ちゃんに私達の配置をさせる。提案したのは岡村さん。勿論、昨日のミーティングでだった。
「私も、部署異動の話が来てるの。麻奈ちゃんがこの部署をまとめていくことになるのが心配なのよ」
「私もまだまだ、由香ちゃんのようにてきぱきとしてないのに、聞いた時はびっくりしたよ」
「浅田さんは大丈夫よ。さっきの電話応対もしっかりとしてたし、部署の皆も成長してると誉めてくれているわ。だから、堂々としてなさい」
笑みを湛えてガッツポーズを向ける由香ちゃん。その背後に立っている岡村さん。
「今日の積み込み分あと、4件だね? 由香ちゃん」
「岡村さん、邪魔!」
しっしっと、岡村さんを手で払い除ける由香ちゃん。その仕草が愉快でたまらない。
業務終了後、私と由香ちゃんは岡村さんに呼ばれる。
「あれは麻奈に正社員とはどんなのだとわざと言っただけだ」
「岡村さんはそれを承知で麻奈ちゃんを正社員に昇格させた」
「児嶋、おまえも俺が麻奈をひいきしてるとでも言いたいのか?」
会議室で双方のぎすぎすとした会話に私は無言でやり取りを見つめるのが精一杯だった。
「私の異動は虚言だった?」
由香ちゃんはきつい形相で岡村さんに言う。
「人事の計画で児嶋、おまえの営業というのも案が浮上している。ただ、麻奈が部署をまとめるレベルに達成しない限りいつまでたっても現場の役職だぞ?」
「ひとつの配置でさえ、彼女は独りよがりですよ?生産のスピードは確かに誰よりも速いですけど、指導となるとからっきしなのが欠点です」
「児嶋。今のおまえも同類だ!」
「私が浅田さんの指導を怠ってると?」
「麻奈のやりたい放題状態を、指導していたか?」
「つまり、現場の指導そのものは部署の班長の責任と? 岡村さんも同じ穴の狢ですよ!」
由香ちゃんは岡村さんを睨み付けながら腰掛ける椅子を倒すほど立ち上がると会議室の扉を叩き閉めて飛び出していった。
「私も、失礼致します」
と、去る態勢でいると
「待つのだ! 浅田」
ほぼ、罵声の岡村さんに全身を竦み上げてしまう。
「さっきの児嶋の態度。おまえが俺の立場だったらどうしていた?」
「感情が先走ってとんでもない言葉を投げつけます」
「背中を向けたままで言うな!」
「見せたくないのです」
岡村さんがこつこつと、靴を鳴らしながら近づいてくる。
「児嶋の言った事は図星だった。だが、おまえのいう通りそれをするのは労働基準法に触れてしまう。労働者の権利を守るのも、上層部の役目なのだ」
岡村さんは私をくるりと、自分の方向にと向けて頬を両手でそっと挟み込む。
「よしてくれよ。児嶋の生意気な言葉よりおまえに泣かれるのが堪える」
「会社では抱き付くことは駄目ですよ」
「判ってるさ! 後で昨日の詫びをするから待っててくれ」
少し困った顔をした岡村さんに頷き、私は退室していく。
初めてご馳走になったうどん屋さんで私達はこの前と同じメニューを注文した。
今日の岡村さんは男の人の顔のまま、私がうどんを食べ終わるの待ってくれて、私はいつものように路線バスに乗って帰宅した。




