隠忍自重
咲こうか咲くまいか。三月の桜は、開き掛ける花びらを寒さで震えるように萎ませたままだった。
週に一度、食堂でテレビのモニターを通して、支店を交えての全体朝礼がある。
終了して岡村さんが私達の部署は残るようにと指示をした。
「はい、おはようございます。今日は君達の部署に知らせがあるのでこうして集まって貰った」
みんなの前に立つ岡村さんが麻奈ちゃんを手招きする。
「4月の一日より竹岡麻奈が正社員として辞令を受ける事になり、此処で前もって公表する!」
ざわりと、みんなから声が響く。
「現場からの推薦だ。竹岡の実力がその声に応えてくれたと付け加える! 更なる飛躍に期待をと、是非拍手を願うの如何かな?」
ぱちぱち……と、疎らな音で皆は手を叩く。
本人、麻奈ちゃんは、無言で頭を少し下げるとちらりと、岡村さんを見る。
「以上、俺からの報告を終了する。ついでだから――」
私達の部署のミーティングをする。岡村さんを交えて最近のクレームの件について班長の由香ちゃんより説明されると、皆は一斉に麻奈ちゃんに注目を浴びせた。
「生産は品質をきめ細かくするのが役目。生産性は会社の稼働率の数字として表れますが、先方さんは何を求めているのかご存じですか? まずは質の向上を心がけ、例え誰が失敗しても此処にいる全員でカバーし合いましょう!」
由香ちゃんは椅子に腰を下ろしていくと、岡村さんが更に言う。
「最近児嶋由香が言う通り、質に於てのクレームが増えている。その窓口は営業、配送、そして事務が行っている。ただ、作業を遂行していては実感はないだろう。この件に関しては部署の班長だけでなく、サブの竹岡もしっかりと頭の中に叩き込むようにするのだ!」
今まで聞いたことがない岡村さんの厳しい一面。
この人はやっぱり会社の幹部として上に立たれて私達と接する。一方、想像以上に自身の役割を胸に刻ませている――。
皆は足を重そうにさせて其々の配置業務に入っていく。
黙々と手を動かして必要事項以外の雑談がないまま、休憩を知らせるベルがなり響いた。
いつもは騒々しい程のお喋りする麻奈ちゃん。
まるで渋柿を食べたように、顔がくしゃくしゃとなっていた。
その日の業務終了後、私は岡村さんを待つ為に会社から少し離れたファミリーレストランにまっすぐと向かっていった。
ドリンクバーとセットになっているスイーツを注文してようやくいただきますとなるところで、携帯電話がテーブルの上でぶるぶると、揺れた。味わうなんてなく、口の中にぽいぽいと入れ込む作業をして、財布から小銭を撒き散らす程の焦りを含ませて、会計を済ませる。
「急げ、急げ!」
岡村さんの声が弾んでる。ドアがまだ閉まらないのに、車が発進する。
「今日は――」
「麻奈の件はわざとだ。正社員となるのに隠密にさせる必要があるもんか!」
「岡村さんの今朝の一言、麻奈ちゃんにとっては辛かったと思います」
「麻奈が児嶋と張り合ってたのは俺も承知だ。おまえも誘導尋問みたいな言い方するのか?」
「岡村さんこそ私を何処に連れていくのかと、訊きますよ?」
「あの時、見そびれた夜景のリベンジだ」
ウィンカーのランプを左にしながら、星屑が散らばる駐車場に車は停まる。
岡村さんはそっと私の左手を握りしめて、扉を開いていく。
其処は、淡い茜色の灯が天井から照らされていた。仰いでいると、岡村さんが強く抱擁してーー。
私は、幻想へと誘っていった。




