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風、薫る  作者: 鈴藤美咲
11/23

隠忍自重

 咲こうか咲くまいか。三月の桜は、開き掛ける花びらを寒さで震えるように萎ませたままだった。


 週に一度、食堂でテレビのモニターを通して、支店を交えての全体朝礼がある。

 終了して岡村さんが私達の部署は残るようにと指示をした。


「はい、おはようございます。今日は君達の部署に知らせがあるのでこうして集まって貰った」


 みんなの前に立つ岡村さんが麻奈ちゃんを手招きする。


「4月の一日より竹岡麻奈が正社員として辞令を受ける事になり、此処で前もって公表する!」


 ざわりと、みんなから声が響く。

「現場からの推薦だ。竹岡の実力がその声に応えてくれたと付け加える! 更なる飛躍に期待をと、是非拍手を願うの如何かな?」


 ぱちぱち……と、疎らな音で皆は手を叩く。


 本人、麻奈ちゃんは、無言で頭を少し下げるとちらりと、岡村さんを見る。


「以上、俺からの報告を終了する。ついでだから――」


 私達の部署のミーティングをする。岡村さんを交えて最近のクレームの件について班長の由香ちゃんより説明されると、皆は一斉に麻奈ちゃんに注目を浴びせた。


「生産は品質をきめ細かくするのが役目。生産性は会社の稼働率の数字として表れますが、先方さんは何を求めているのかご存じですか? まずは質の向上を心がけ、例え誰が失敗しても此処にいる全員でカバーし合いましょう!」


 由香ちゃんは椅子に腰を下ろしていくと、岡村さんが更に言う。

「最近児嶋由香が言う通り、質に於てのクレームが増えている。その窓口は営業、配送、そして事務が行っている。ただ、作業を遂行していては実感はないだろう。この件に関しては部署の班長だけでなく、サブの竹岡もしっかりと頭の中に叩き込むようにするのだ!」


 今まで聞いたことがない岡村さんの厳しい一面。


 この人はやっぱり会社の幹部として上に立たれて私達と接する。一方、想像以上に自身の役割を胸に刻ませている――。


 皆は足を重そうにさせて其々の配置業務に入っていく。


 黙々と手を動かして必要事項以外の雑談がないまま、休憩を知らせるベルがなり響いた。


 いつもは騒々しい程のお喋りする麻奈ちゃん。

 まるで渋柿を食べたように、顔がくしゃくしゃとなっていた。


 その日の業務終了後、私は岡村さんを待つ為に会社から少し離れたファミリーレストランにまっすぐと向かっていった。

 ドリンクバーとセットになっているスイーツを注文してようやくいただきますとなるところで、携帯電話がテーブルの上でぶるぶると、揺れた。味わうなんてなく、口の中にぽいぽいと入れ込む作業をして、財布から小銭を撒き散らす程の焦りを含ませて、会計を済ませる。


「急げ、急げ!」

 岡村さんの声が弾んでる。ドアがまだ閉まらないのに、車が発進する。


「今日は――」

「麻奈の件はわざとだ。正社員となるのに隠密にさせる必要があるもんか!」

「岡村さんの今朝の一言、麻奈ちゃんにとっては辛かったと思います」

「麻奈が児嶋と張り合ってたのは俺も承知だ。おまえも誘導尋問みたいな言い方するのか?」

「岡村さんこそ私を何処に連れていくのかと、訊きますよ?」

「あの時、見そびれた夜景のリベンジだ」


 ウィンカーのランプを左にしながら、星屑が散らばる駐車場に車は停まる。

 岡村さんはそっと私の左手を握りしめて、扉を開いていく。



 其処は、淡い茜色の灯が天井から照らされていた。仰いでいると、岡村さんが強く抱擁してーー。


私は、幻想へと誘っていった。

 

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