第152話 「己が立場をゆめゆめ忘れるな」新九郎は警告した
「生かされて、しまいましたか……」
組合長――ジンデルは目を開けるなり、寝台に体を横たえたまま静かに呟いた。
そうして呟いたきり、何を問うでもなく中空に視線を向けている。
傍らに俺がいるというのに、まるで何者もおらぬが如き態度だ。
しばし待ったが、ジンデルは態度を変えぬ。
おそらくいつまで経ってもこのままであろう。
仕方なく、こちらから問い掛けることにした。
「何も問わんのか?」
「問いません。敗者がとやかく言葉を連ねることほど見苦しい様もありません」
こちらを見ようともせずに答える。
勝者に追従するでもなく、かといって己を自嘲するでもない。
いずれの色も感じられぬ。
心中から真に左様思うておることだけは分かった。
「……なかなか、見事な振舞ではないか」
「いいえ。」
「そなた、自ら己が身を処するつもりであろう?」
ジンデルがようやくこちらを見た。
相変らずもの問いたげな様子はない。
だが、どうして分かったのだと、かすかな驚きが顔に現れている。
「生かされてしまったと、自ら申したであろう? かてて加えて、現の何もかもを拒むが如きその態度。そなたは少々極端なようにも思えるが、死を前に覚悟を決めた者は、大なり小なり似たような態度をとるのでな」
「まるで……、そのような者を数多く見て来たようにおっしゃいますね」
「まるで、ではない。現に見て来たのだ。我が手で切り捨てたこともあれば、腹を切らせたこともある」
「お若くていらっしゃると、少々甘く見ていたようです」
「で、あるな。これを機に改めよ」
「残念ですが、そうする余裕はありません。この世に未練はありませんので」
「敗北の責めを負うと申すか?」
「はい。ただし、それだけではありません」
ジンデルは難儀そうに体を起こすと、正面から俺の目を見据えた。
「試合に臨む前から、命を失う覚悟は出来ています。多くの冒険者があなた方の敵に与した上に、戦が終わった後も、辺境伯と、その陣代たるお方に楯突くような真似をするのです。私に対する印象は最悪です」
「よく分かっておるではないか。分かっておいてなお、楯突いたと?」
「組合長として、冒険者の利益を守らねばなりません。それが組合長の責任です。誰が相手であろうと、それが変わることはありません。もちろん、相手の不興を買うことは避けられませんが……」
「そうして見事、俺の不興を買ったわけだな。不興を買った相手に何を望む?」
「私の命は如何様にしていただいても構いません。お望みとあれば、惨い方法で処刑していただいても結構です。その代わり、どうか私以外の者にはお咎めが及ばぬよう、お取り計らいいただきたいのです」
「……冒険者に対しては敗北の責めを、俺に対しては楯突いた責めを負うと申すか?」
「はい」
「己が命で二つも目的を遂げんとするか。高望みをするものよ。そなたの命に、そこまでの価値があるとでも?」
「欲を張っていることは自覚しています」
「……ふむ。そなた、少々負けを重く見過ぎてはおらんかのう?」
「は?」
「敗北なぞ大した話ではなかろうに」
ジンデルがわずかに顔をしかめた。
「……あなたは敗北したことがないのでしょうか?」
「馬鹿を申すな。敗北なぞ嫌と言うほど経験しておる。初陣は負け戦であったし、家を支える宿老を失ったこともある。母の背に負われて山中を逃げ惑ったこともあるくらいだ」
初陣は長久手で起こった徳川との戦。
大将の池田勝入殿、その子息である勝九郎殿、娘婿の森武蔵守殿が討ち死にし、全軍総崩れの中を逃げることしか出来なかった。
戸次川にて島津と戦った時は、俺を逃がすために大勢が死んだ。
左馬助の父親、藤助の兄、山県の嫡男……他にも、両手両足の指では足らんほどに。
京の本能寺で織田様が横死なさった直後には、美濃も混乱に陥った。
折悪しく父上は兵を率いて西国へ出陣なさっておられた。
守る兵は少なく、一時は城を追われたこともある。
利暁の叔父上が岐阜城を抑え、稲葉一鉄殿が謀反人共を打ち払ったおかげでようやく城に戻れたものだ。
……そうであった。
森武蔵守殿が斎藤家を明智一党とみなして攻め寄せたのはその時のことであったわ。
あれには肝が冷えた。
鬼武蔵の恐怖を存分に味わうことになったからな。
「どうだ? 他人に胸を張れるようなものではなかろう?」
「…………」
「だがな。俺は死のうなどとは欠片も思わなかったぞ。負けても皆が死んだ訳ではない。生き残った者もいる。この者共に如何にして報いると申すか? 勝しかあるまい。勝てば死した者の慰めにもなろうが。負けても次に勝てばよいのだ。そなたも再起を期してみてはどうか?」
「私が次を望んでも、責任が消えてなくなる訳では……」
「ならば問うてみるか」
「は?」
部屋の外へ「左馬助!」と声を掛けた。
すると、扉が「バンッ!」と大きな音を立てて開いた。
「「「「「組合長!!!!!」」」」」
二十人近い男女が雪崩れ込んでくる。
左馬助が「騒ぐでない! 手負いだぞ!」と諫めてもお構いなしで、ジンデルの寝台に縋りついた。
冒険者だけではなく、組合で働く娘達――確か、受付嬢……と申すのだったか?
半分はその者たちだ。
ちなみに、六郎と十子も何食わぬ顔で混ざっていた。
雪崩れ込んで来た者達は、ジンデルに口を開く暇も与えず、口々に叫んだ。
「無事で良かった!」
「早く帰ってきてくれよ!」
「何言ってんだ! 今は休ませないと!」
「いやいや! 早いとこ復帰してくれよ!」
「組合長がいないと馬鹿共の抑えが利きませんよ!」
「だから今は養生するのが先決だって!」
などと、口々に申し立てる。
あまりの勢いで、下手に止め立てすることも出来ない。
しばらくそのままにさせておいたが、いつまで経っても収まらぬ。
ついに、左馬助がしびれを切らした。
「静かにせよと申したであろう! 無事な姿を拝んだのだ! 十分であろう!」
左馬助は近習衆と馬廻衆を招き寄せ、冒険者や受付嬢を寝台から引きはがすようにして部屋から追い出していく。
最後の一人が引きずられていき、ようやく扉が閉まった。
「慕われておるようだな?」
「…………」
「死合の後からずっとあの調子でな。毎日のように五十人近くが押しかけてくるのだ。やかましいことこの上ない。やれやれ。俺に楯突いた男は随分と信を寄せられているらしい。安易に殺せば厄介なことこの上ない。のう? そうは思わんか?」
「……安易に殺せぬならば、ご自分の元に取り込むと?」
「さすがは組合長を務めるだけはある。分かっておるではないか」
「…………ただで、取り込まれるつもりはありません」
「そうだ。それで良い。精々あがいて見せよ。だが、忘れるなよ?」
「何を、でしょうか?」
「勝者は俺で、そなたは敗者。己が立場をゆめゆめ忘れぬことだ。振舞には気を配れ。知っておることは、洗いざらいすべて話してもらうぞ。良いな?」
ジンデルは静かに頷く。
かくして、アルテンブルク冒険者組合は斎藤家の軍門に降った。
戦を仕掛けるよりも遥かに安上がりに、歯向かう牙を引き抜いてな。
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