第148話 「人知れず葬り去ってやる」新九郎はコボルト皇女を迎え撃った
「姫君だっ! 討ち取れ!」
春日源五郎は叫ぶや否や、槍を片手に犬頭皇女に猛然と迫る。
根来杉ノ助は鉄炮を捨てて打刀を片手に源五郎に続く。
だがしかし――――、
「――――あなた方の相手は私たちです!」
犬頭皇女に続いて躍り出たのは、側仕えの騎士娘共。
こちらも深い草色の衣をまとい、顔は土で汚している。
ご丁寧に剣に至るまで炭か何かで黒く汚して刃がきらめかぬようにしているのだ。
この異様な風体に、皇女に襲い掛かった二人がギョッとして歩を鈍らせた。
そうして生まれた僅かな隙に、ドロテアとハイディが源五郎の前に立ちはだかり、イルメラが杉ノ助に切り掛かった。
皇女まで今一歩のところで、二人の足は完全に止まってしまった。
「ふむ……。こちらは二人、あちらは三人か……。おい、源四郎、孫六郎」
「はっ」
「如何なさりましたか?」
「そなたら、源五郎と杉ノ助に加勢してやれ」
「は? し、しかしそれでは若の守りが疎かに!」
「姫君が襲い掛かって参りますぞ!」
「よい。犬頭めはこの俺自ら相手をしてくれる」
「犬頭……。聞き間違いではござりませんでしたか……」
「若は姫君を見限っておいでか……」
見限るも何も、始めから忠を尽くすつもりも、礼を取るつもりもない。
訳も分からず異界へと迷い込み、家中も所領も巻き込まれ、どうにか辺境伯家という後ろ盾を得て、抗する者共を撫で斬りとし、ようやく一段落かと思うた矢先、現れたのが犬頭皇女よ。
辺境伯領は帝国の都から離れた、それこそ辺境にある。
で、あればこそ、俺達のような余所者が、大手を振って幅を利かせることが出来るのだ。
左様な折に皇女だと?
日ノ本で申せば、陸奥の端に帝の姫が下向するようなもの。
来られた方は馳走の作法すら分からず狼狽するのみ。
あちらはどうか知らぬが、こちらは迷惑千万よ。
まして、姫が下向なさるからと、禿鼠の腰巾着――奉行衆が出張るようなことがあってはたまったものではない。
些事をあげつらわれ改易でもされぬかと、心を乱すことは疑いなかろう。
犬頭皇女は如何なる不測を招くか分からぬ。
なれば、粗末にはしないまでも、信を置くことなぞ断じてあり得ぬではないか――――。
「――――兎に角、是非を論じておるときではない。早う行け!」
「はっ……!」
「承知しました……!」
源四郎と孫六郎は加勢に向かった。
騎士娘共もなかなかの手練れだが、こちらの近習衆は戦場の経験こそ浅いにしても、立ち合いで後れを取るような無様はさらさぬ。
一人、また一人と、着実に騎士娘共を討ち取っていくであろう。
さて――――、
「――――おい、犬頭。御膳立ては整えてやったぞ。さっさと掛かって来るがいい」
「お主……。ついに皇女を付けることさえ止めおったか……! 不敬であるぞ! この痴れ者め!」
発した言葉とは裏腹に、土で汚した顔に笑みを浮かべる皇女。
「腹の底が読めぬ奴じゃと、ずっと思っていたのじゃ! ようやく正体を現したか!」
「本音を晒してやったのだ。今更、犬頭に払う礼なぞあるものか」
「……よう、言うた。よう言うたのじゃ! 皇帝陛下の息女に向かってようも言うたのじゃ! これは捨て置けん! 帝都に知らせを飛ばし、討伐軍を差し向けてやるぞ!」
「討伐軍? それは無理と言うものだ」
「何ぃ!?」
「陸を行こうと、海を行こうと、誰一人帝都には辿り着かせぬ。斎藤の忍衆と海賊衆を甘く見るなよ?」
「ことごとく殺すと言うか!?」
「左様。貴様も含めてな」
「不遜な物言いを……!」
「犬頭ではあっても、皇女に対してここまで不敬を働いたのだ。我が身を守るためには口を封ずるしかあるまい」
「口封じなど出来るわけがないのじゃ! 事はすぐさま露見するぞ!」
「案ずることはない。人知れず、証拠も残さず葬り去ってやる。斎藤に、それが出来ぬと思うたか?」
「……くっ! 大した自信じゃな!?」
「自信に非ず。紛れもなき事実よ」
「辺境伯……、ヴィルヘルミナも同じ意見か!?」
「いいや。辺境伯もミナも止めるであろうよ。俺とは違い、皇女に含むところはないのだからな。貴様に詫びよと烈火の如く怒るやもしれぬ。はてさて、これは厄介。如何にすれば咎められずに始末出来ようか?」
持鑓の穂先を皇女に向ける。
「この場を切り抜ければ逃れる機会は……などとは思うなよ? 貴様がこの死合に勝とうが負けようが、己が本心をここまで晒したのだ。衆目があろうと、どうとでもしてやる。ただで帰すつもりなど毛頭ない」
「……本気のようじゃな?」
皇女の声から、少しばかり勢いが削がれた気配がした。
「ふん。やはり所詮は童女か。命が惜しいと見える」
「見損なってもらっては困るのじゃ!」
犬頭が短剣を両の手で握り、俺の懐を目掛けて突っ込んで来た。
胸か腹にでも、短剣を突き立ててやろうと申す算段か?
持鑓を構える相手にして短剣で挑むなど、端から見れば無謀とも思えよう。
間合いの内に入ってしまえば、短剣が有利などと考えるのも早計だ。
鑓の柄を引き寄せて短く持てば、間合いなぞ、いくらでも自在に変化させることが出来るのだからな。
すると犬頭は、小柄な身体をさらに低くし、それでいて足の勢いを倍加させる。
ほとんど地に顔面を付けんばかりの姿勢でこちらへ迫る。
あまりにも低い。
これでは持鑓で払うにせよ、叩くにせよ、地を払い叩くがごとき大振りになってしまう。
走る犬頭を突くなぞ論外だ。
あの速さでは、一点を突いて当てるなぞ至難の業。
どれを採っても、隙が生じて懐に入られてしまう。
ならば、あえて懐に迎え入れ、そこを搦め捕って仕留めるか?
こちらは具足に身を固めている。
如何な名刀と言えど、容易く貫かれることはない。
いや待て。
それにしてもだ。
斯様に低い姿勢では、胸どころか腹に短剣を突き立てるのも難しくはないか?
短剣を突き立てんと姿勢を起こすなり、飛び上がるなりすれば、それは無駄の多い動きとはならぬか?
犬頭が、そのことに思い至らぬであろうか?
そうか――――、
「――――狙いはそこかっ!?」
そう、あ奴の狙いは俺の胸でも、腹でもない。
腹よりもさらに下――太腿の内側だ。
あの低い姿勢のまま我が股座に突っ込む気なのだ。
股はその外側こそ草摺で守られているが、内側は守りが薄い。
そうしなければ、足を動かし、馬に跨ることも出来ぬからな。
止む得ぬことだが、具足で固めた守りの泣き所と言えよう。
おまけにその泣き所には、太い血管が通っているのだ。
ひとたび潜り込むことが出来れば、具足に短剣を突き立てるよりも、はるかに容易く傷を――それも深手を負わせることが出来るであろう。
そして、立っていられなくなった俺を、存分にいたぶり殺すことも出来るやもしれぬ……。
話している間に具足の弱点を見抜き、策を練ったに違いあるまい。
そして、策が定まるや己が身を顧みず、躊躇いなく動いた……。
……見事。
見事だぞ、皇女よ。
その眼力、その才気、その胆力、その腕前……。
なにより男の股座を切り刻んで殺してやろうという、この溢れんばかりの殺意!
八千代も驚くであろうよ!
だがな?
何をされるのか分かっておりながら、黙ってされてやるほど俺はお人好しではないぞ?
俺は持鑓を引き寄せ――――。
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