第144話 「人外の才がお有りではないかと」左馬助は軽口を叩いた
「ああ……これは…………」
額に片手をかざしつつ、左馬助が呟いた。
どこか楽し気な声音に聞こえる。
「六郎があっさり昏倒させられましたな」
昏倒だと?
あれを昏倒と申すか?
頭を土にめり込ませ、完全に逆立ちになっておるではないか!
力なく、大きく開かれた股座がなんとも滑稽だが、あれは生きておるのかのう?
頭蓋を割られて死んでおるのではあるまいか?
左様に思えてならぬが、左馬助は「まあ……おそらく……多分……生きてはおりましょうな……」と、大して興味もなさそうに呟く。
そして、「それよりも、にござります」と、残された十子と八千代の戦いを眺めつつ続けた。
「忍衆きっての腕利きが、瞬き二つの間も持たぬとは、真にもって情けなき次第」
「言葉の割には、声が弾んでおるのではないか?」
「それは勿論。近頃、少々生意気になって参りましたので」
「生意気だと?」
「まったく見ず知らずの異界に放ったせいか、どうにも気が浮ついておると申しましょうか……」
「ふむ? ならば良い薬になったと?」
「八千代に負けた程度、まだまだ気付け薬にもなりませぬ。薬はこれから。手前自ら鍛え直すと致しましょう」
申す声はやはり弾んでいる。
武芸の腕だけを見比べれば、左馬助と八千代に大差は――いや、八千代の方が上であろう。
だがしかし、人をしごいて鍛え上げる業においては、さしもの八千代も左馬助には遠く及ばぬ。
伊達に忍衆の頭領を務めている訳ではないのだ。
…………まあ、人を虐め抜くことを好む――――もとい、才に秀でておるだけやもしれんが。
平生の如才ない態度からは想像も及ばん話ではあるな。
人は見かけによらぬ、と言う事か――――、
「――――んああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
人の声とは思えぬ叫び声が響き渡った。
あたかも心の臓を一突きにされた猪の断末魔の如し。
見物の衆が何事かと身を乗り出す。
見張りに当たる馬廻衆すら、「ギョッ」として戦場を振り返った。
皆の視線の先にあったのは、申すまでもない。
八千代と十子の二人。
遠目には、八千代が十子に組み付いておるように見える。
ただ、何をしているのかまではよく分からん。
八千代の左手が十子の下腹あたりに伸びておるような……。
「んんっ! くっ……! ああああああ…………!」
再び叫び声が響く。
十子の顔が、苦痛……なのであろうか?
表情は歪み、赤く上気しておるのが分かった。
「……まさかとは思うが、腹を刺したのではあるまいな?」
「その心配はござりませぬ。もっとも刺した……のは間違いなさそうでござりますが」
「何だと?」
「正確に申しますれば、刺した……のではなく、突っ込んだ、と申した方がよろしいかと」
「突っ込んだ? …………おい? それはもしや……」
「御明察にござります。女子の急所を突いたのでござりましょう。斯様な時、斯様な所で、左様な事をされるとは……。くっくっく……。思いも寄りませぬ。出来る者がいるとも思わぬはず。大いに不意を突いたことにござりましょうな。急所を突いただけに」
大して上手くもない冗談を口にする左馬助。
「これを遣って退けたのでござります。我が妹ながら空恐ろしきこと……」
「この時、この場で、左様な真似に及ぶ必要があるか?」
「ござります。忍衆なる者共は因果な者にて。己が力量を頼みとせねばならぬ故に、どうか致しますと己が力量に溺れ、己が分を忘れるのでござります。たまにこうして。上下の分を理解らせねば……」
左馬助は、わずかに声を落とした。
「はてさて、十子は何を思うておりましょう? 涅槃にも至る心地か、地獄を巡る苦痛か……。いずれにせよ、女子に己が分を弁えさせるにはこの上なき手立て。男の手前がやれば何かと差し障りもござりましょうが、女子同士ならば、少々過ぎた戯れの一つで片付きましょう」
「戯れだと? こ奴め……」
話している内に、ついに、十子は倒れ伏した。
何かに耐えるように体を丸め、ビクビクと震わせている。
八千代が気遣うように身を屈め、何事か囁いたように見えた。
「ひうんっ!」
言葉にならない悲鳴を一つ、十子はそれきり静かになった。
見物の衆は事の次第を理解しかねたか、ざわめきが収まらぬ。
結局のところ、六郎と十子が倒れるまで、合わせて五十を数える間もなかったのだ。
特に六郎は早かった。
左馬助は瞬き二つと申したが、瞬き一つ分と違いが分からぬほどに、一瞬間の出来事であったのだ。
十子は倒れ伏すまで時をようしたが、見物の衆に見えたのは、八千代が十子に組み付く姿のみ。
あれでは何があって二人が負けたか、まったく以って分からぬであろうよ。
ざわめき続ける見物の衆を見て気を良くしたのであろうか。
八千代は「左手」の指先をペロリと一舐めした後、微笑みながら軽く手を振り――――。
ガァァァァァン!!!!!
強烈な轟音が耳をつんざく。
三人の戦いに気を取られて忘れておったわ。
母上はこの間も、敵方の防御魔術を金砕棒で殴り付けておった。
未だ間断なく降り注ぐ鉄砲玉も、強弓から放たれた矢も、母上の前では形無しとしか申せぬ。
冒険者共は防御魔術の向こう側に隠れつつも、不安の色は一層濃くなっておる。
連中に同情する。
大いに同情する。
俺とて未だに心底では腑に落ちぬものがある。
魔術を殴る、などと申す真似が真に出来得るものなのか、母上から思い付きを聞かされたときは大いに困惑したものであった。
母上から問い掛けられたミナとクリスも、戸惑いつつ答えた。
「防御魔術は物理攻撃を防ぐことが出来る訳ですから……」
「殴ろうと思えば殴れるんじゃないかなぁ?」
「まあ! 出来るのですね!?」
「ですが、それを試した例など聞いた事がありません」
「ええっ!? そうなのですか!?」
「だねぇ。防御魔術が張られたらぁ、解除魔術で対抗するものだからねぇ」
「解除魔術……。魔術には魔術で戦う……ということでしょうか?」
「仰るとおりです。実際の戦場では、防御魔術と解除魔術の壮絶な応酬が繰り広げられるのです。そして、根負けした方が負け……と言うことになります」
「それが普通だよねぇ」
「誰も殴らないのですか!? 殴ったことがないのですか!?」
「う~ん……、やるだけ無駄だって、誰でも思っているからねぇ」
「やるだけ……無駄……?」
「防御魔術って結構固いからぁ。術者の実力にもよるけどぉ、ごっつい鉄板とかぁ、でっかい岩をぉ、目の前にで~んっと置かれるみたいなものだしねぇ。剣で斬りつけてもぉ、槍で突いてもぉ、でっかいハンマーで殴ってもぉ、破城槌を打ち込んでもぉ、ちょっとやそっとじゃビクともしないものぉ」
「今回の試合に出場する冒険者は腕利き揃い……。魔術師も相当な実力者だと思います。個人の物理攻撃では――」
「――でも、殴れるのですよね?」
「は? いえ、ですから――」
「殴れるのですよね? それは、間違いないのですよね? ね? ねっ!?」
「は……それは…………。クリス! 代わってくれ!」
「えっ!? ちょ、ちょっと待ってよヴィルヘルミナ――」
「クリスさん!? 如何なのですか!?」
「ちょ……た、助けてぇぇぇぇぇ!」
ガァァァァァン!!!!!
ガァァァァァン!!!!!
ガァァァァァン!!!!!
そうして今、母上は宿願を果たさんとしておるのであった。
「防御魔術……。お一人で破ってしまわれるやもしれませぬなぁ」
「やめてくれ……。母上がいよいよ人外になってしまう……」
「前々から思うておりました。御方様には人外の才がおありではないかと……」
「なんだその才は! 母上は酒吞童子か!?」
「おおっ! ならば源頼光公をお呼び申しあげねば!」
「たわけ! 死人を呼べるものか!」
「御安心を! 山縣家の家祖は源頼綱公――即ち頼光公の孫にございますれば、化生の退治もお手のものかと」
「我が母を退治するでないわっ! ついでに山縣はこの場におらんではないか! 領内の仕置の真っ最中ぞ!?」
「嫡男の源四郎殿はこの場におりますぞ。早速呼び寄せましょう」
「勘弁してくれ――」
益体もない言い合いを続けておった、その時であった。
「――本当に、もうご勘弁いただきたいですわ」
ドォォォォォォォォォォォン!!!!!
母上が金砕棒を振っておった辺りで巨大な爆炎が上がった。
見物の衆から悲鳴が上がる。
「防御魔術を殴って破ろうだなんて……。ふふふふ…………。こんな非常識な方、初めてですわ」
薄笑いを浮かべて姿を表したのは『ビーナウの災厄』――カサンドラ・シュライヤー。
一層大きな、悲鳴が上がった。
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