26話 攻略:獣王の森 最終戦③
--バチィ!!
「が・・・っ!?」
突然轟雷が俺を打った。
MPバーの下に赤い状態異常アイコンが表示される。
名称は"麻痺"。
銀色の雷が俺の体に纏わりついている。
「何が、どうなった・・・?」
「多分・・・狼の王くんの魔法だよ・・・『捌き』で防げなかった・・・。」
麻痺しているからか、口の回りが悪い。
ミカも打たれたのか・・・。
魔法は『捌き』では対処不可なんだな。
いや、当たり前か。できたら汎用性が高すぎる。
「ぐ・・・反則だろ、これ・・・。」
ゆっくりと痺れる顔を上げ、戦況を見る。
佇む銀狼、その先には地を舐めるガォとガゥ。
HPは5割を切っていた。
「ガォ、ガゥ、逃げろ・・・。」
--グルルルルゥ。
獣王が牙を剥く。
牙を中心に、青い魔力を纏った。
戦技を携え、銀狼が二人に迫る。
*
ナタリーの『光線』が獣王に炸裂した!
周囲を埋め尽くす光の輝線が、銀を焼き焦がす。
ガゥの戦技とナタリーの魔法を受けてなお、獣王は健在だった。
金の双眸に怒りを宿らせ、咆哮を上げる!!
--ウォォォォオオオオン!!
今までとは聊か気色の違った咆哮。
MPバーが恐ろしい勢いで減少を始める。
ググッと7割を消費した。
銀狼は金眸で敵どもを見据える。
自分に槍を喰らわせた雌の狼、何者をも引き裂いてきた爪を防ぐ雄の狼、僕を苦も無くねじ伏せる赤と黒、自分を焼いた同じ色の魔法使い。
--地を舐め、身の程を知れ下郎ども!!我は獣王なり!!
魔法名:『銀雷』、獣王の代名詞。
己が色を模した雷は、視認する敵すべてに追いすがる自動追尾弾だ。
自分を焼く光に紛れ、魔法を行使した!!
--雷鳴が轟く。金色の光は銀色の雷に打ち消され、敵は皆眼下に沈んだ。
自らの焦げる匂いにいら立ちを感じながら、一番手近な場所に伏せる狼擬きどもに迫る。
残りの魔力を牙に溜めて。
『穿牙』、自らの最大の武器、牙を強化する戦技。
喉を容易に穿つそれは、止めに最適な技。
ここまで追い込まれたのは何時ぶりだろうかと、思考する。
銀狼の中で、初めて敬意という感情が生まれた。
戦技の行使は、せめて一撃で葬ろうという王なりの思慮なのかも知れない。
--刹那、空間が裂けた。
*
ガォとガゥが見るのは、空間を裂き、流星の如く現れた己が父の姿。
父親は、今までに見たことのない位に、怒り狂っている。
「がぉ、・・・お父さん?」
「がぅ、・・・どう、して?」
灰色の狼が、銀色の獣王の首元に食らいついた!!
--グルァァァアアア!!
--ガァァァァアアア!!
二匹の狼が、叫びを上げる。
闘争本能が牙を剥いた。
一匹は王の矜持を、一匹は子供を守るため。
力と知性が、ぶつかる。
喉元の牙を、銀の体毛が防いだ!
構うものかとガリュードは顎に力を加える。
獣王ズヴェーリャルは体を捻り、強引に牙の拘束を解いた。
牙と体毛の間でギャリギャリと擦過音が上がる!
今だ失われない『穿牙』を纏い、体勢を立て直し牙を向けた。
ガリュードは地上に落ちたマントのようなものを牙で拾い上げ、自身を覆う。
--瞬間、灰色の狼の存在が消え去った。
知性の証左。
戦略という名の戦いの術を、ガリュードは心得ていた。
自身が纏うは"隠伏蜥蜴"の皮。
潜伏に特化した生物の残滓。
体温で透明になる緑がかった表皮だ。
匂いは消せないが、ズヴェーリャルの鼻は自身の焦げる匂いで使い物にならなくなっている。
攻撃の指向を失い、獣王が立ち往生した。
ガリュードはその間に魔法の詠唱に入る。
亡き子供たちの母、サミュ・フランチャルダから教わった基礎の基礎。
*
『魔法使いはね、空を飛ぶのよ?』
彼女の得意げな笑顔が蘇る。
それになんだか腹が立った俺は言った。
「狼だろうが、空は飛べる。」
*
唱える魔法は、『浮遊』
しわがれた詠唱が、世界をほんの少し改変する。
跳躍ではあり得ない高さまで、その体を運んだ。
"隠伏蜥蜴"の皮で覆い隠しておいた"それ"を口にくわえる。
粘膜から侵入する異物感に、顔が歪んだ。
だが、俺がやらねば、子供たちが殺される。
巧は死んでも大丈夫かもしれないと言っていた。
だが目の前で隠れながら見ていて思ったのだ、--無理だと。
何もせずに、子供が殺される様など、見ていられようはずも無し。
誓ったのだ、二度とは間違わんと。
誰かが死ぬ悲しみを、二度も味わわせてなるものか!!
『浮遊』を解除し、自由落下に入る。
ガリュードを覆っていた"隠伏蜥蜴"の皮が飛んでいく。
灰色の流星が、銀に光る地上の恒星に向けて空を架けた!
その口に咥えるは魔力を帯びた紫紺の輝き。
巧が投げ、地に落ちていた致死の毒針。
気配に気づいたズヴェーリャルが空を見上げ、牙を剥く。
--直後、『穿牙』と毒針が交差した!!
*
肉を抉る音が二つ、響く。
紫紺が銀を貫き、青が灰色を穿った。
両者とも膝から力が抜け、地に伏せた。
獣王のHPバーが消滅する。
瞬間、皆の状態異常、"麻痺"が解けた。
「ガォ、ガゥ、ナタリー!!応急処置だ!!急げ!!」
俺は、その様をスローで見ているような錯覚を受けた。
はっと我に返り、即座に命令を出す!
ガリュードさんのHPは残り1割を切って減少を続ける!
「がぉ、お父さん!」
「がぅ、早く治す!」
「分かったのです!」
ガォとガゥがガリュードさんの元に駆け、ナタリーが後ろから返答した。
くそ、どうしたらいい!?
俺に何ができる!?
「アーティ、来い!」
『はい!マスター!』
言いながらミカと一緒にガリュードさんのほうへ駆け寄る。
「がぉ、毒が回ってる!!」
「がぅ、解毒薬なんてない!!」
ガォとガゥが穿たれた傷口に魔力を注ぎ込む。
傷口は癒えていくが、HPの減少は押さえられない。
空っけつのMPバーの下には"致死毒"の表示。
毒針を口に咥えたからか・・・!?
「アーティ!!ガリュードさんのソースコードは!?」
「まだ取れていないです・・・!?」
時間不足か!!
突入時間を遅らせていれば・・・。
いや、そんなこと後でいい!!
絶対に死なせられない!!
「ミカ、治せるか!?」
「もうやってるよっ!!」
ミカの両手から、幾何模様が広がる。
「間に合ってよ!?『巻き戻し』!!」
時計の秒針の鳴る音がする。
一度鳴るごとに、傷口が開く。
完全に開いて、塞がり始めて。
その様を、全員で食い入るように見守ることしか、できなかった。
HPバーが消滅する。
同時に全快した。
その場には傷などなかったような灰色の狼の姿。
「・・・体は、戻ったよ。」
「体は・・・?」
ミカの言葉に含みを感じて、俺は堪らず問い正す。
「魂は、戻るか分からないよ・・・。一瞬だけど、ガリュードくんは死んだ。」
--それを聞いた途端、ガォとガゥの目から涙が溢れだした。
「がぉ、・・・お父さん!」
「がぅ、ひぐっ・・・!」
「そんな・・・。」
ガォとガゥが膝をついてガリュードさんに抱き着く。
ナタリーが肩を震わせた。
思考が纏まらない。
口が乾く。
「・・・アーティ、誰のソースコードでもいい。魂の記述を俺に見せてくれないか?」
なんでこんな事を言っているんだろう。
アーティに理解できないものが、俺に理解できる訳がない。
頭ではそう分かっているはずなのに、何かしていなければ、ガリュードさんの死を肯定してしまうような気がして。
魂が戻るかは神のみぞ知る?否、神ですらわからない。
戻る保証なんてない。
認めて堪るか、そんなくだらない結末。
折角ガォとガゥの笑顔が見れるようになったのに。
あんまりだろう?死んでも死にきれないだろう!?
「どうぞ、マスター。」
そんな俺の願いが、通じたのかは分からないが、
ピローン♪
「は?」
場違いな音が、鳴り響いた。
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専用ジョブ:『解読者』を作成しました! 有効化しますか?
「え?」
アーティが声を上げる。
「予期しないエラーが発生しました。いえ・・・?」
「説明不能です、状況の想定が成されていません!危険です。」
「なんでもいい。関係あるか。」
俺は有効化のボタンをタップした。
--瞬間、俺の中で何かが外れた。
俺を構成する大事な歯車が、飛んでいってしまった様な。
構わない、どうだっていい。
ソースコードに目を走らせる。
瞬間、理解できた。
魂とは、記憶の回廊。
生まれる前から続く長い螺旋。
体を動かす動力源。
「・・・っは!?」
情報量に飲み込まれそうになる。
だが、見つけた。
死後の魂の行き先。
幽体に刻み込まれた情報を。
・・・いける。
「ガォ、ガゥ、すまん、少しどいてくれるか?ガリュードさんのソースコードを読みたい」
「がぉ、ご主人・・・?」
「がぅ、なんか、雰囲気違うよ・・・?」
「タクム?」
ナタリーが俺を見上げる。
言いながら、ガォとガゥが体を退かす。
俺はガリュードさんの体を視た。
魂は、そこには無かった。
まだだ。
痕跡を探せ。
消えた魂がどこに行くのか。
生まれ方から行き先まで、全て記されているはずだ。
なぜなら、ソースコードは設計図。
読め。
読め!!
--見つけた。
「ミカ、俺を、殺してくれ。」
「タクムくん・・・?何を言ってるのさ?」
ミカが困惑の交じった瞳で俺を見つめる。
「すまん、説明できる時間がないんだ、ガリュードさんを連れ戻せなくなる。」
「君は・・・いや、後でいいや。・・・神にもできないことはあるんだよ?それを君はやるんだね。つくづく、面白いね。」
ミカが本当に愉快そうに笑う。
「アーティ、死んだ後、俺の魂は地球の仮想の体に移さなくてもいいから。」
「ですが」
「大丈夫だよ、必ず戻る。」
「・・・分かりました!」
「さあミカ、やってくれ。」
暗転。
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「あはぁ、随分変わった魂であることよ。」
暗く、先の見えない暗雲の中。
紫のウェーブがかったロングヘアに捻じれた角を持つ女が、一つの魂を手招き誘う。
身を包む衣装は黒一色のゴシックドレス。
黒いワイヤーの様な尻尾は、それだけで凶器になりそうだ。
「待ってくれないか?その魂は大事な人の物なんだよ。」
暗雲の中に、人影が浮かび上がる。
「何者か?ここは"死霊死界"への街道であることよ。」
「ちゃんと死んだら自己紹介する。でも今は、時間がないんだよ。返してもらう。」
ここに来る者で、魂以外の形をとるものは死霊死界の住人を置いて他にいない。
その人影は、異様であった。
女は身構える。
だが、人影がとった行動は、身構えても意味がない程、突飛なものであった。
「ガリュードさぁああん!!戻ってこないと、ガォとガゥ俺が取っちゃいますよー!!」
一瞬の静寂の後、魂が人影に向かって猛突進をかけた!!
「うわぁ!?おっかねぇ!?」
女は、ただ一人取り残され、
「一体何であったことよ・・・?」
可愛らしい困惑顔を見せた。
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ガリュードさんが、自分の体に戻るのを見送って、俺も体に戻る。
手を出したら殺すといったニュアンスの思念が送られてきてすっげぇ怖い。
ガォとガゥ、意外なことにナタリーも俺とガリュードさんの体に覆いかぶさって泣いていた。
目を開けようと思うが、疲れすぎたのか開けない。
どうやら限界だった様だ。
死んだショックと、幽体と呼ばれる、魂に半透明の体をくっつけたような姿で動き回ったせいだろう。
ピローン♪
最後に、電子音が聞こえた。
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やっとここまで書くことができました。
次回は幕間を一章、二章、三章に挟んでからの投稿になります。




