22話 攻略:獣王の森④
--ギィィイイイイ!!
目を破壊された屈辱と憤怒から、女王が絶叫を上げた。
刃の役割も併せ持つ翅を震わせ、顎をかみ合わせる。
轟くのは爆発にも似た威嚇音。
ミカは拳を開き、敵を正中に据えて相対する。
その構えは、打撃による破壊を目的としたものでない。
あらゆる攻撃を受け流し、自分を優位に立たせる技術の粋。
--後の先を取る、それ則ち崩しから始まる会心の反撃なり。
牙を振るうだけの獣ではないと、ミカの構えが体現している。
ただ静かな構えとは裏腹に、その口端は楽しくってしょうがないと言わんばかりに歪んでいた。
*
対するは矢毒女王蜂。
ミカはピタリと静止して動かない。
その動きを見てか、女王が針をミカに向けた!
打ち出されるのは刺剣かというような巨大な毒針。
致死の紫紺線が標的をミカに据えて迫る。
針がミカを捉えなくとも、掠れば重畳。
知性はなくとも、戦闘の勘は押さえていると言わんばかりに翅を震わせ、針を追従した。
「『見切り』」
ミカの目が紅く光を放つ。
同時に体を半身にして毒針を掴み取った!
そのまま片足を軸にして体を回転。
ギャリギャリと地面と足の接地点で擦過音が叫びを上げる。
「うらぁあ!!」
打ち出された毒針のスピードに自身の回転力を上乗せし、乾坤の投擲。
--ガァン!!
と、金属が砕けたような破壊音が響く。
ミカに突進をかけていた女王の腹を、自らの毒針が躱す暇なく突貫していた。
髪を跳ね上げたミカの深紅の双眸が光り、描くのは闇を照らす軌跡。
その口角は、いっそ悍ましい程に吊り上がった。
*
--ぞわっと、背筋に冷たいものを感じる。
あれ、おかしいな。
ミカが矢毒女王蜂よりも恐ろしく感じるんだが。
後ろを見れば、皆ミカと女王蜂の戦いに見入っていた。
下手に手出しをすればミカの邪魔になると、俺の勘、もといジョブのアシストが言っている。
「がぅ、あたしの『投槍』よりも威力がたかい。」
むうっとガゥが頬を膨らませて言う。
「ミカの戦闘系ジョブレベルが高いってのもあるんだろうけど、すごい動きしてるな・・・。」
「掠ったら終わりの接近戦なんてナタリーは怖くてできないのですよ・・・。」
「がぉ、みかの『捌き』って戦技僕も欲しい。さっき吹き飛ばされた。」
ナタリーは俺同様プルプルと震えてミカの戦闘を見守る。
ガォは盾持ちの自分が攻撃を防げなかったことが不満の様だ。
「・・・ん?」
不意に最後尾のナタリーより100m位のところで、蛍が異様な動きを見せる。
ある空間の一部分にだけ蛍が全く近づかないのだ。
俺はミニマップを確認する。
敵影は矢毒女王蜂を置いて他になし。
杞憂かな・・・?
「ガゥ、ガォ、俺らと蜂以外の匂いがないか確かめてくれないか?」
ガォとガゥがくんくんと鼻を鳴らす。
「がぉ、・・・?」
「がぅ、・・・わかんない。」
「うん?わかんないとは?」
「がぉ、なんか匂いが何もない場所がある。」
「がぅ、草や木の匂いがしない。」
うん、これは異常だ。
則ち、そこに何かいるということだ。
何も感じさせないが故に見つかるってどうなんだ?
単にガォとガゥの索敵が優れすぎているだけかもしれないが。
「お手柄だ、ガォ、ガゥ! 『空断』!!」
蛍が避けて通るその空間に向かって剣先を走らせる。
斬撃が飛翔し、着弾。
延長線上の空間がズルリと割けた。
--グァァァアアア!!
潜伏を破られ、姿をさらす。
『アナザ・ワールド』での種族名を"隠伏蜥蜴"。
"有棘蜥蜴"の棘の攻撃力を無くし、迷彩に特化させた亜種。
本来であれば見つけることすら能わず、食まれる。
匂いさえも消し去るその潜伏能力は、脅威に値するはずであった。
この特殊な環境と、狼人の特性あってこその看破。
ただこの場に、その偉業を称える者はいなかった。
「なんだったんだ?一瞬でHP無くなったぞ?それにさっきの蜥蜴よりすげえ小っちゃい。」
「弱い個体だったんじゃないです?というか攻撃するなら言ってほしいです!当たったらどうするんですか!?」
「蛍の密集してたところにいたから分かったけど、動いたら見失いそうだったんだよ。すまんな。他にもいるかもしれないから、索敵頼むな、ガォ、ガゥ。」
「がぉ、わかった。」
「がぅ、まかせる。」
*
--数刻の間、女王とミカは接近戦を演じていた。
蜂の顎がガキン!!と音を立ててかみ合わされる。
深紅の髪が数束宙に舞った。
ミカは姿勢を下げて回避、そのまま顎下に手を添えて体勢を泳がせようとする。
同じ轍は踏まないと、空飛ぶ猛者は翅で制動を掛けた。
「うん??やるねぇ!」
それならばと、ミカの足が風を切った。
ドン!!と鈍い音を響かせ、後ろ上段蹴りが蜂の頭と胴体の継ぎ目に炸裂した!
近接で襲い来る毒針を躱し、受け流し、攻撃を当てる。
女王も学習し、その翅をもってヒットアンドアウェイを繰り返す。
技と突貫の応戦。
ミカの肌にも顎や足に付いている返しのような棘による擦過傷が増えていく。
持久戦は、毒を少しでももらえば危ないミカが不利かに見えた。
--不意に、その時が訪れた。
矢毒女王蜂の体に自らの毒が回り始める。
空気を打つ翅の振動数は落ち、腹に開いた穴からは体液がとめどなく溢れていた。
「・・・もう君に『見切り』と『捌き』はいらないね。」
ミカは開いていた手を握り締め、目に集めていた魔力消費をカットした。
首を傾け、口の端を上げる。
「行くよ?」
魔力が脚に集まり、戦技の予兆を見せた。
地を蹴り、肉薄。
「『連空脚』!!」
蹴り上げから始まる、蹴りのみの連撃。
初弾の蹴りが低空飛行の女王をくの字に折り曲げ、空へと運ぶ。
脚にためた魔力を開放、跳躍で蜂に追いすがる。
--左右回し蹴り。
膝蹴り。
足刀。
足先。
踵落とし。
地上に落ちた女王に、止めとばかりに胴回し回転蹴りが落とされる!
バキィ!!
と破砕音。
勝負の幕引きは、開戦の驀進とは打って変わり、あまりにあっけなく。
硬い甲殻はひび割れ、HPバーがゼロとなった。
「楽しかったよ!」
蹴りの残心からすっくと身を起こすと、矢毒女王蜂の死体を宝物庫内に入れ、ミカは巧たちのもとへと向かった。
その顔に笑顔を浮かべながら。
*
「倒したよ~!」
ミカが手をブンブンと振りつつこちらへ来る。
「お、おう、おめでとう・・・。」
「ありゃ、何さ。その曖昧な返しは!もうちょっと褒めてくれてもいいじゃないか!」
そう言いながらミカが頭をちょんと突き出してくる。
「・・・うん?」
「ワタシを褒めるべし。」
・・・ああ、撫でろってことね。
わしゃわしゃとミカの頭に手を置いて撫でる。
ふわっ、と髪から漂うミカの匂いが、鼻腔を優しくくすぐった。
・・・なんで動いた後なのにいい匂いがするのか、謎だ。
「がぅ、あたしも頑張った!」
「はいはい。」
ミカを撫でながら、ガゥの耳をもふもふする。
ガォは耳の裏を擦られるのがお気に入りだが、ガゥは前髪から額にかけてが好きみたいだ。
「がぉ、僕も!」
「・・・ナタリーも頑張ったのです。」
『マスター!私にもお願いします!』
あ~、休ませてほしいなぁ。
というかアーティに至っては何もしてないだろうに。
そんなことを思いながら、皆の頭を撫でた。
「がぅ、ご主人も撫でてあげる。」
「おわ、ちょ、ガゥ?」
ぐっしゃぐっしゃと頭をコネられる。
次はガォの手が伸びてきて、ミカ、ナタリー、転移してきたアーティと続いた。
いや、何の図だ!?
「おいやめろ!禿げるから!」
「マスター、禿げても生やせますから大丈夫ですよ!」
マジで!?
いや、禿げるとか禿げないとかそういうことではない。
「まだ敵がいるかもなんだから、遊んでる場合じゃないんだよ!」
「そんなこと言って、タクムくん嬉しいんでしょ?」
「5人に頭押さえられて嬉しいとかどんなマゾだよ・・・。やるのは犯罪者取り押さえるとき位だぞ?」
「がぉ、変なにおい無し。」
「がぅ、においがしない所なし。だからだいじょぶ。」
「さいですか・・・。」
暫く俺の頭はぐりぐりとされ続けた。
休息と景色を十分に楽しんだ後、俺らは最深部へと踏み込んだ。
ステータス更新
タクム lv11 種族:人間
サブジョブⅱ:剣士lv3→魔法剣士lv4
戦技:『転斬』、『空断』(魔法剣士専用)
ナタリー lv11 種族:魔法使い
ジョブ:魔法使いlv10
魔法:『鎌鼬』『焼却』『水散弾』
ミカ lv12 種族:unknown
ジョブ:格闘家lv11
戦技:『捌き』『見切り』『連空脚』
ガォ lv8 種族:狼人
ジョブ:盾使いlv8
戦技:『攻撃誘導』
ガゥ lv8 種族:狼人
ジョブ:槍使いlv8
戦技:『投槍』
情報
矢毒女王蜂:でかい矢毒蜂。太い毒針を打ち出す。致死性。顎が強い。
隠伏蜥蜴:見えない、匂わない。かくれんぼ上手。実は強敵にするつもりだった。




