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異種族趣味の管理者【アドミニストレータ】  作者: てんとん
2章 開始:βテスト版
20/33

18話 こっちでも一緒に

 ショッピングモールから出て、ナタリーと手を繋いだまま帰路へ着く。

 この時間が終わってしまうことが名残惜しく感じる。ふと空を見上げれば、吸い込まれるような青に、夕焼けの朱が混ざっている。どうやらもう日が傾き始めているようだ。

 夕暮れの中、賑わう雑踏の中をナタリーと並んで歩く。

 ちらと彼女の横顔を伺おうと見れば、繋いでない右手でペンダントを大事そうに握り、切なげな顔でこちらを向いていた。

 目線が交差し、なんとはなしに面映おもはゆいような感情が俺の心をくすぐる。


「……家にいる奴らにお土産買って帰るか」


「う~ん、何がいいですかね?」


 目が合って何も言わないというのも心持ちが悪いので、少し強引に話題を切り出す。

 俺の言葉にナタリーは商店街を見回して、数ある出店のいくつかに目を留めながら、とても決められないといった風に頬を掻いてはにかんだ。

 俺もそれにつられてナタリーの目線の先を追えば、商店街の外れの大判おおばん焼き屋に目が奪われる。

 

「おっ、あれにするか」


「なんです、あれ? 甘ぁい匂いがしてますね」


「俺も前に一度しか食べたことないけど、甘いお菓子だ。円柱状でふわふわしてて、中にいろんな味が詰まってる」


 ふらふらと匂いに引き寄せられるように、俺とナタリーは雑踏をかき分けて出店の前へと足を運ぶ。

 出店に置かれている、たこ焼き用のそれより孔が一回り大きい鉄板の中には、小麦色の生地が流し込まれていた。

 暫く見ていると、じゅうという音と共に生地の焼ける……そう、ホットケーキのようないい匂いが漂って来て。

 

「ああっ!?」


 ぱたり、と唐突に閉じた鉄板の蓋。

 姿を見せていたおいしそうな焼き菓子が隠れてしまって、ナタリーが残念そうな声を上げる。

 うるうると瞳を潤ませて鉄板を見つめるナタリーに、店主と思しきおっちゃんが反応した。


「……お、嬢ちゃん、買ってくかい?」


 それを聞いたナタリーはこちらを見て、ぶんぶんと何度も勢いよくかぶりを振る。

 ……分かったよ、買うから!! もともとそのつもりだったのだし、駄々っ子みたいな反応をしないでほしい。

 昔は味の種類も少なく、餡子だけだったらしいのだが。

 出店の目につくところに大きく書いてある味のレパートリーは、様々だった。


「そうだなぁ……粒餡と、チョコ味一つづつ下さい」


「あいよ!!」


 おっちゃんから熱々の大判焼きが、食べやすいよう口の開いた袋に入れて手渡された。

 小銭を払って会計を済ませ、はやくはやくと態度で急かすナタリーにチョコ入りのそれを渡す。


 ……待ちきれないとった風にがぶりと噛みついたナタリーの舌を、焼き立ての大判焼きの灼熱が襲った様だ。


「――あふ、あっついのでふぅ!?」


「落ち着けナタリー、ゆっくりだ!! 舌先で転がすとより熱いぞっ!! ……そー、そうだ、落ち着いて舌の奥へ持っていって……」


「はふ、あふ……!? らめでふっ!! あふいあふい!!」


 耐えきれない熱さに、ナタリーはばたばたとその場で腕や足を振り回す。

 顔を真っ赤にして目を回す彼女はとても可愛いと思うが……本人はそれどころじゃなさそうだ。マジで辛そう……ごめん、口の中は俺じゃあどうにもできん。

 大判焼きに限った話ではないが、猫舌にとって出来立ての食べ物は凶器だ。

 どうやら彼女は猫舌だったらしい……何となく、そんなイメージがナタリーにはあった。

 猫舌なら袋を持った時に、「あ、これ冷めるまで口に入れちゃダメなやつ」と本能的に分かると思うのだが。


「んふ……あふ、んぐっ……」


 ゴクリとナタリーの喉が鳴り、どうにかこうにか大判焼きの欠片が嚥下(えんげ)されたようだ。

 ――ブルリ、一度大きく震えた彼女は次の瞬間、大輪のような笑顔を咲かせた。


「甘いのですぅ~!!」


 ふにゃりと顔をにやけさせ、先ほどとは違った意味合いを持たせながら手足をバタつかせる。

 全身で感情を表現するナタリーに、買ってやって本当に良かったという気持ちになった。

 ……孫にお菓子をあげる、おじいちゃんおばあちゃんのことがものすごく理解できた気がするぞ。

 ナタリーも喜んでくれてるし、お土産はこれで間違いないだろう。


「おっちゃん、とりあえず全種類2個づつくれないか?」


「毎度ありぃ!別嬪べっぴんの嬢ちゃん連れてうらやましい限りだねぇ!! 一個おまけしとくよ!!」


「はは、どうも……」


 なんとも気のいいおっちゃんだ。

 俺は苦笑を浮かべながらお代を手渡した。


 流し目でナタリーを見ると照れ隠しなのか、ものすごい勢いで大判焼きにかぶりついて――また熱さに悶えていた。



 お土産用に包んでもらった大判焼きを持ちながら、商店街を抜けて。

 すっかり傾いた夕陽に照らされながら、俺ら二人は並んで歩く。

 学生の下校時刻も少し過ぎ、俺の家周辺は一人でノスタルジックに浸れるくらいには閑散としていた。

 視線を隣を歩いている魔法使いへと向けると。

 傾いた太陽の緋色の光が、彼女の白雪のような肌と銀の髪に反射して、この世のものではないみたいに、綺麗で。


「タクム?」


「……うん?」


 ナタリーが実は、どこか触れることができない遠くから話しかけてきているように感じた。

 綺麗すぎる風景だったり――現実感がないとでも言えばいいのか、とにかく。

 確かに現実に存在して触れることもできるのに、なぜかそんな風に。


「……もし映画と同じ様な状況になったら、ナタリーを連れ出してくれるですか?」


 今日見た映画の内容を思い出す。

 恋に落ちた魔法使いを、恋という禁忌を犯した少女を、人間の少年が救い出す、そんなお話。

 俺に、映画の主人公のような決断力だったり――そんな力があるのかは別として。

 めちゃくちゃ照れくさいけれど、シチュエーションと雰囲気に任せて、言ってやる。


「……ナタリーがそうして欲しいなら――俺がなんとかできる保証はないけれど、できるだけ」


「タクムらしいですね、自信の無さは余計なのですよ……ふふっ」


 ナタリーは、夕陽のせいかその顔を朱に染めて。

 小悪魔のように微笑んだ。


「……何だよ?」


「いーえ、何でもないですよっ!!」


 

 たたたっとナタリーが駆けてゆき、俺の家の玄関のドアに手をかける。

 ドアノブを回そうとして、掛かっている鍵に気づき、ばつが悪そうにはにかみながらこちらを見た。

 締まらないのが、なんともナタリーらしい。

 家の中に二つの影が消えるのに同期して、役目を終えるように夕日も沈み切った。



「「ただいま(です)ー」」


 ガチャリと鍵を空け、愛しの我が家へ帰ってきた。

 声を聞きつけてか、二階に向かう階段からドタバタと音がする。

 ケモミミと鍵尻尾をたずさえた二人組が、四足歩行で俺らに向かって突撃してきた。


「がぉ、おかえり!!」

「がぅ、おかえりぃ!!」


「――ちょ、お前ら……うぐっ!?」


「ガォとガゥは元気いっぱいですね……よいしょ」


 狭い廊下で先に走っていたガゥが俺の胸に――飛び込む寸前で超加速をかけ、その頭が鳩尾(みぞおち)に。

 ガォはナタリーめがけて飛び込んだ。……なんでナタリーにはソフトに抱き着くんだ、俺にも優しくしてくれ。

 その後ろから、アーティとミカがひょいと顔を出す。


「おかえり~、今日はお楽しみだったね~??」


「おかえりなさいませ!! マスター、ナタリー様!!」


 あれ、そういえばアーティがいるのな。

 確か、アーティはこちら(地球)に来られなかったんじゃなかったか。


「アーティ、こっちに来れるようになったのか?」


「はい!! マスターたちが地球に来てからおよそ18時間が経過、魔法界ではおよそ11日と半日の間に、『アナザ・ワールド』のアップデートが終わりました。マスターの、みんな一緒にいたいという願望を叶えるため、新生アーティヒュールとなりました!!」


 んふー!! と興奮した様子で両手で握りこぶしを作り、自慢げに語るアーティ。

 きっと皆と一緒にいたいのはアーティ自身の願いなんじゃないかな、なんて俺は思っている。

 アーティだって心を持ってるんだから。


「ほら、お土産。商店街の出店で買ってきたんだ」


「とても甘くて、おいしいのですよ」


 俺は皆に、手首にかけた手提てさげ袋を見えるよう掲げてみせる。

 ガォとガゥが、そういう習性なのかクンクンと鼻を動かした。


「中身は何でしょう?」


 アーティが首をかしげながら問うてくる。

 情報を集めるのも彼女の存在意義みたいなものらしく、ジーっと俺が手に持った袋を観察していて。

 ……なんか、お土産ひとつでここまで反応されると嬉しくなる。


「大判焼きっていうお菓子だ。全員分あるからリビングで食べようか」


 靴を脱いで、皆でぞろぞろと狭い廊下を移動する。

 廊下が狭いって贅沢な悩みだなぁと、そんなことを考えながら。



 ――――誰一人、口を開かない。

 ピンと張った緊張の糸は、些細な行動でいとも容易く切れてしまうことを、無意識の内に皆が知っているからだろうか。


 全員の視線が、リビングの長机の上、その一点に注がれていた。


 ――『一個おまけしとくよ!!』

 

 俺の脳裏に、出店の主人の言葉がフラッシュバックする。

 思えばあのおっちゃんは、こうなることを予期していたのだろうか。

 だとするならば、相当の策士。

 俺らは今、絆崩壊の危機にいるのだから――――

 


「……タクムくんとナタリーちゃんはさ、買うときに一個食べたんだからもういいんじゃないかな??」


「いやいや、何言ってんの?? ミカお前」

「……ナタリー達はそれを買ってきた功績があるのです。そも、買わなければ皆は食べられなかったわけですから、その一つを食べる権利はあるはずです」


「がぉ……僕が食べる」

「がぅ……ダメ、譲らない!!」


「味のパラメーターが最高を振り切りました!! ……もう一つサンプルを所望します!」


 一つだけ残った大判焼きをかけて、俺らは争っていた。

 誰一人として譲るつもりはないみたいで、話しながらも目線は大判焼きから外さない。

 埒が明かないとばかりに、俺含めた全員が異口同音いくどうおんに言葉を発した。


『よろしい、ならば戦争だ!!』



「――がぅ、勝利っ!!」


 ぴょこぴょこ動くケモミミと尻尾が、勝利の喜びを体現していた。

 全員で厳正なるじゃんけんの後、大判焼きはガゥの物となる。

 動体視力の差だろうか、ガゥとガゥ兄妹は異様にじゃんけんが強い。

 これからは、じゃんけんで物事を決めるのをやめなければ……不公平である。



「――がぅ、はむあむ!!」


「がぉ、あぁッ……!!」「最後の一つ、ナタリーのおなかに入るはずだったのにッ!!」

「喪失の痛み……こんなに耐え難いものだったんだね……」

「貴重なサンプルが……」


 残った最後の大判焼きが、ガゥの八重歯に蹂躙される。

 がぅが大判焼きをおいしそうに掻っ込むのを見ているしかない無力さを、誰もが感じていたはずだ。なぜなら皆一様に口が開いているから。


「がぅ、……おいしかったぁ」


 指についたひとかけらをペロリと舐め上げ、ガゥは満足そうに顔を綻ばせる。

 ちくしょう……、良い笑顔だ。



「『そして、あらかじめ用意しておいたものがこちらです――仕上げにお皿に盛りつければ、完成!』」


「「おおー!!」」


 ナタリーとミカが、料理番組を見て声を上げた。

 魔法のように、すでに下ごしらえを完了した食材が出て来るのが不思議でしょうがない様子だ。

 ……まて、連休中はまだいいのだが。

 もしかしてこの先、仕事がある日も俺一人で全員分の食事を作らなくてはいけないのか?


「いや、無理。起き抜け、仕事帰りにそんな元気は出ない、ので!! ――料理当番をここに創設します!!」


 ソファーの上に立ち、俺は高らかに宣言する。

 皆が目をぱちくりとさせる中、ナタリーが口を開いた。


「言ってる意味は分かるですけど、タクムが作ったほうがきっとおいしいと思うですよ?? あとソファーの上に立っちゃダメです」


 首をこてんと傾げ、「何をしょうのないことを言っているんだ」とばかりに諭してくるナタリー。

 ソファーの上に立つ俺を、ガォとガォがつぶらな瞳で見つめている。

 これが親の気持ちってやつか……俺はそそくさとソファーに座り直した。


「ナタリー俺、こっちでは仕事があるんだよ。だから昼食はもちろん、夕食も作れないかもしれないんだ」


「がぉ、母さんもやってた、仕事」

「がぅ、仕事すればお金をもらえるって、言ってた」


「そうそう、仕事。俺のいない時間帯にいつもコンビニ弁当だと味気ないだろ? だから皆料理を覚えましょう、いや覚えて。そんで俺に楽させて」


「ワタシは面白そうだから賛成だよ~」

「料理のデータ、検索しておきますね!!」


 一様に、好反応。

 とりあえず、皆納得ということで良さそうだ。

 さて、ここで不安材料となってくるのが、どの種族にも分け隔てなく紛れているメシマズさんの存在だ。

 味見をしない、変なものを入れる、自己流アレンジetc...。


 そう、これは料理させてはいけない奴を明らかにしておく為の行為でもある。

 日本ならまだいいんだ。スーパーで買ってきた中で、生で食って危険な食材などそんなにない。

 生肉と、捌いてない魚と、芽取ってないじゃがいもと……腐ってるもの、とか。

 あれ、結構多い!? 


 ……とにかく、飯を作らせ、食すのみ。

 俺は割と、アーティあたりが怪しいと踏んでいるのだが。


 とりあえず休日は俺が作るとして、平日五日の分担をどうするか。

 これは俺が決めてしまってもいいだろう。

 コピー用紙を一枚引っ張ってきて、黒の油性マジックで七曜しちよう表を書く。

 書いている最中に、ミカがマジックに鼻を近づけて来た。


「なんかクセになるね~、このにおい」


「おいミカ、書けないぞ」


 あれか、シンナーの匂いってやつか。

 油性マジック嗅いだところで、中毒症状なんて起きないんだろうが。

 まあ、気持ちはわからんでもない……ただ書くのに邪魔である。


「知ってるか、ミカ……」


「ん~? 何をだい?」


 クンクンとマジックを嗅ぐ鼻先に、その穂先をずいっと突き出してやった。


「色、付くとなかなか落ちないんだ、油性マジックって」


「え、何……ちょ、タクムくん、笑顔で突き出してこないでくれるかなっ、やだ、ごめんごめん」


 ……分担が決まった。

 俺が出会った順に、月曜日がナタリーで、それ以降はミカ、アーティ、ガォ、ガゥと続く。

 今日が日曜日だから、明日はナタリーの当番だ。

 朝はとりあえず目玉焼きとか、ベーコンを焼いてくれればいいかな。

 作らせる献立を考えながら、冷蔵庫に磁石で当番表を張り付けた。



 シャワーの出る音が、自宅の風呂場に響いている。


「ガォ、目ぇつむっててな~」


「がぉ、分かった……!!」


 曇った風呂場の鏡を手で拭くと、ぎゅううと目をきつく瞑るガォが映った。

 シャンプーを泡立てる前に、目に入ると痛いとは言ったものの……少し怖がらせすぎたか。


「痒い所、あるか?」


「がぉ、耳の裏ぁ……」


 シャワーチェアに座っているガォの髪を、シャンプーを使って洗っていく。

 ケモミミの部分は、指の腹を使って軽くこすっていく感じで。

 これが気持ちいいらしく、ガォは高いソプラノで喉をクルクルと鳴らしている。

 一通りガォの頭を洗い終えたので、シャワーを使って泡を洗い流した。


「良し、終わったぞー。 ――わっぷ!!」


「がぉ、あ、ごめんご主人」


 狼や犬の習性なのか、ガゥは体をブルブルと振って水を飛ばす。

 水しぶきが風呂場の壁はもちろん、天井にも飛び散り――なんなら俺の目に入った、痛ぇ。


「いつつ……そういえば、腕とか背中の毛が無くなってるな?」


 しばしばする目でガォを見て、今更ながらに気づく。

 今やガォが獣だと証明するのは、そのひょこひょこ動く耳と尻尾だけになっていた。


「がぉ、みかが地球ではそのほうがいいって言ったら、あーてぃが仮想の体? を作ってくれた。」


 なるほど、ナイスだミカ。

 ナタリーの魔法使い衣装は、なんとかコスプレで済まされたが……流石に体毛は誤魔化し様がないだろうし。 

 そういえば、ミカの力で壊れた俺の家が急に元どうりになったことを、町の人が誰も言及しないことを考えれば――印象操作的なことをしているのかもしれない。

 ガォとガゥにもそれをすればと考えたが、ミカへの負担が大きいのかも。

 まあ、耳と尻尾は付いているのだが……どうにでもなるだろう、コスプレと言えば。


 近隣住宅からの我が家の評価は一体どうなるのだろうか……?

 良くて、幼女や少年にコスプレさせて連れまわしてるヤバい家。

 悪くて、のべつまくなし少年少女を連れ込んで、変態プレイさせる犯罪一家……?

 ああ、もういいや、考えるのが怠い。


「……よし、じゃあ上がるか!!」


「がぉ、はふぅ……もうちょっと。あったかいお風呂、久しぶり」


 その後ガォと二人、一から百数える間、湯船につかっていた。



 キャッキャという声が、お風呂場から聞こえてくる。

 ガォと二人、並んでテレビを見ているのだが、正直言って集中できない。


「なあ、ガォ?」


「がぉ、何、ご主人?」


 一方ガォの方は、さっぱりして上機嫌らしく、絶え間なく尻尾が跳ねまわっていた。

 そうか……まだか、まだなのかガォ。

 男である俺の苦しみを分かるのは、お前しかいないと思っていたのに……!!


「いや……時が来れば分かるさ。お前にもきっとくる、春を思う時期が――」


「がぉ、ご主人、頭打った?」


 俺とガォが入った後、アーティとガゥ、その後ナタリーとミカがお風呂を済ませた。

 俺ら二人がそうしていたので、なし崩し的にソファーと椅子に皆で座り、テレビを見る。

 教育テレビで英語番組をやっていたのだが、驚くべきことに皆理解していた。

 どうやらこれも『アナザ・ワールド』の機能であるらしい。


「『覆水盆に返らず、ということわざを英語で表現すると』」


「『"It’s no use crying over spilt milk."となります』」


 あれ、『覆"水"盆に返らず』のくせに、英語に直すと水がミルクになるのはなんでだろう。


「……ん? なんでミルクなんだろうな? アーティ、日本語に再翻訳するとどうなる?」


「『あっ……こぼれちゃいましたね……!? でも大丈夫ですよっ、また……ミルクは注げばいいのですから……!!』、でしょうか」


 ――俺は、飲んでいた麦茶を盛大に噴き出した。


 なんでだ!? なんかすごくエッチです!!

 しかも、日本語の『覆水盆に返らず』とちょっと意味が違ってる。

 ――『ふんっ、零れた水は元に戻らないでしょ!? 私達の関係もそれと同じよッ!!』、みたいな意味だったはず。

 

「タクムく~ん? か、お。真っ赤だよ?」


「マスター、心拍数、上昇してます」


 くっそ、英語番組なんてやめだやめ!!

 俺は、チャンネルをバラエティー番組に変えた。



 ひとしきり笑った後、部屋のアナログ時計が9時を示した。

 アップデートも終わったことだし、ガォとガゥも俺らと同じように視界にメニューが表示されるようになるらしい。

 ケモミミ二人は、ジョブは何を選択するんだろうな?

 ゲームは自由に楽しむものだ、パーティのバランスを考えるよりも先に、個人が面白くなきゃ意味がない。

 二人には、心行くまで楽しんで欲しい。

 向こう(魔法界)でもこっち(地球)でも、同じように一緒にいられる。

 そんな奴らと過ごす時間がこれから待ってると思うと、自然と笑顔になった。


「アーティ、行ってくれ!!」


「分かりましたっ!! Welcom to――いえ、『アナザ・ワールド』へようこそ!!」


 俺らはまた、向こうの世界で生活する。

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