10話 キャラの方向性が決まってきた
時を遡ること数刻前、重量オーバーのため、顔を真っ赤にしたナタリーの運転する箒の後ろに乗って、俺らは木材となる木を探して飛んでいた。
頭の上からは日差しが照り付けてきている。
こちらの日照時間が地球のそれと同じなのかどうかは知らないが、ちょうどお昼ぐらいだろうか。気温はそんなに高くなく、激しく動くと汗をかく程度。
先頭で箒の舵を取るナタリーのうなじを見ると、つうっと一筋、汗が流れ落ちた。
「ぐぎぎぃ……重いのですよ……!! 三人は流石に重量オーバーなのです!!」
「いやだってさ、『浮遊』使うより走ったほうが早いし、走ると疲れるしで結局お前の箒に乗るのが一番最善なんだもんよ」
ここにいないアーティはというと、前回俺が呼ばれた水色の部屋にいるらしい。彼女は俺達がいる場所ならばどこにでも転移できるそうだ。
俺は割と一緒に冒険したいと思っているが、ナタリーの箒に4人乗ったら浮かびさえしなかったので、今回は我慢していただきたい。
悪いなアーティ、この箒は三人乗りなんだ。……ナタリーさえよければまた乗せてあげるよう頼んでおこう。
「ねぇ、ワタシ思うんだけどさ、『浮遊』は皆使えるわけでしょ?」
ミカが俺の後ろから、声をかけてくる。
地球でも実際に魔法を使えるミカとナタリーはともかく、魔法界では、俺も『浮遊』を使えるようになっていた。
もしかして向こうでも使えるようになっているんじゃないかと俺は考えている。
……やってみようかな、誰もいないときに。だが魔法を唱えてる場面を見られたら、憤死どころの騒ぎでなく恥ずかしい。いつまで中二病やってるんだって話だ。
「じゃあさ、ワタシとタクムくんは浮けばいいんじゃない? 重量問題はそれで解決でしょ?」
ナタリーの箒が重いのは、俺とミカが乗っているからに他ならない。
つまり、俺とミカは『浮遊』で空中に浮き、箒の柄の部分を持てば、重量は箒に掛からないというわけか。
「……うん。確かにそうな」
「……なんでナタリーはこんなに苦労しないといけなかったんです? タクムは頭いいように見えて割とバカです」
その言葉に俺はちょっとイラっと来た。ナタリーにだけは言われたくない。
「すぐ狂うポンコツに言われたくねぇ!!」
「あ、お降りになられますですね? 頑張って走ってください、タクム?」
感情の消えた薄ら笑いで振り向いたナタリーが、降りろと主張してきた。
「分かった、俺が悪かった。ああ、ナタリーは魔法も使えて頭もいいなぁ!」
「心がこもってないので有罪です」
うわ、でた有罪判決。また狂われたらシャレにならん。
「まって、置いてかんといて!! ナタリー可愛いよナタリー!!」
俺がそう言って置いていかれまいとすると、前で箒を操縦する彼女の肩がびくりと跳ねた。
「かわっ……!?」
上ずった声を上げるナタリー。
それを聞いたミカが身をひょいと乗り出して、ナタリーの顔を覗き込んだ。
その口角がにやぁと上がる。
「ナタリーちゃん顔真っk」「ミカァ!!」
「おお怖い、許して許して~」
ナタリーも年頃の女の子だから、「可愛い」と言われるのに慣れていないみたいだ。俺が言った後にミカが茶化すまでがワンセットの、定型のやり取りが最近完成しつつある。
しばらく飛んでいると、突然平原が途切れた。……どうやら平原は崖の上にあったようだ。途切れた平原の眼下には、広大な森が広がっていた。
崖直下から見える樹木の頭頂部は相当に低い位置にあるらしく、日の光が当たっていない。
魔法使いが生息する地域がどの辺なのかは分からないが、ナタリーは森には住んでいなかったようであるし、今すぐでは無いにしろ、森はいずれ抜けなければならないだろうな。
「よっ、と」
ナタリーの箒から浮きながら降り、平原の終わりに立つ。
俺に次いでミカが地面に降り立ち、大きく伸びをした。
それを見届けてから、最後にナタリーが箒から退く。
「ナタリー、ここに来たことあるか?」
「いえ、ないと思うです。えーと、"獣王の森"という名前も、聞き覚えないですし」
「いやまあ、崖の上にあった平原の名前が"はじまりの平原"だからな。案外『アナザ・ワールド』が勝手につけた名前で、現地の人には違う呼ばれ方してるのかもしれんぞ?」
そう俺が言った直後、
『現地の知的生物である魔法使いがつけた名称とは異なっています!』
どこからともなく声が聞こえる。
頭に思い浮かんだ声の持ち主は、水色の髪を持った裸の少女。……お部屋に絶賛引きこもり中のアーティのそれだ。
「うわビビった……。これも魔法か?」
「魔法の気配は感じないよ~?」
俺の言葉に、ミカが笑いながら答える。
魔法に気配とかあるのか?あー、ナタリーもミカと出会った直後の時魔力量がどうとか言っていたか。
『はい、これは魔法ではございません。『アナザ・ワールド』内の機能です。皆様、メニュー画面を開いていただけますでしょうか?』
言われて俺は指を視界下部から上部に向けてスワイプする。
『ログアウトメニューのほかに、受話器のようなマークが見えますでしょうか? それを押していただけると、通話相手を選んで離れていても会話が可能です。本来はGMコールのための機能でしたが、これもアップデートで更新されました』
なるほど、これはなかなか便利だ。一人プレイ用であった旧『アナザ・ワールド』には無用の長物だが、仲間がミニマップ外に行くと青い光点が見えなくなり、遭難の危険があるこの状況では役に立つだろう。
『これからも皆様の要望に応えながら機能が増えていくと思いますので、逐次報告いたしますね!』
電話をするとき特有の、環境音が途切れた。この女、有能につき。である。
こんな部下が俺にもほしいものだ。……会社のこと考えるのはよそうか。
*
俺とミカは『浮遊』で、ナタリーは箒に乗って平原から森へと降りて来た。
膨大な数の木々が俺らを出迎える。
「さて、木材の心配は無くなったな」
「そうですね。ですが、森の中は魔物がわんさかいるですよ?」
ナタリーが喋ると同時に両手で、どれだけ多くの魔物がいるのか表現してきた。
どことなく不安げな顔だ。
「ワタシ戦ってみたいな~!」
一方、ミカは力こぶを作ってウインクする。正反対の反応がなにやら面白い。
「まあ、なにはともあれ散策してみようか。二人は戦闘系のジョブだから戦えないってことはないだろ」
「りょーかいだよ」「わかったです」
かくして俺たちは、大樹が茂る樹海へと足を踏み入れた。
大樹の海を浮遊しながら俺らは移動する。木の一本一本が巨大であるため、飛行には十分なスペースが存在していて助かった。
向こうにいたときと同様の服装をしているので、俺らは今裸足。子供でも、森の中を裸足で駆けまわったりはしないだろうに。ここら辺の改良も、アーティに要望したいところだ。そう思っていると、
『そのうち服装のデータを入れておきますので!』
という声が聞こえた。……俺の心を読むのはやめてくれ!!
『分かりました!』
言ったそばから、もとい思ったそばからである。これが個人通話で助かった。ミカとナタリーが聞いていたら、アーティに頼んでよからぬことを考えるだろうからな。
暫く浮遊して北に進むと、開けた場所に出た。そこだけはなぜか木がなく、半径100mほどの円状の空間がぽっかりと開いている。
「ここは魔力が少ないみたいです」
「……魔力が少ないと木が生えないのか?」
「えーっと、自重を支えるために、木自体が硬化魔法を自身にかけているのですよ。空気中の魔力が低いと、魔法の維持ができずに嵐が来た時に折れてしまうので、あんまりそういったところには生えないのです」
そんな会話をしていると、
「タクムくん、ナタリーちゃん、何かいるみたいだよ~?」
ミカが俺らが来た方向を見ながら言う。直後、ウォ~ン!! という声が響き渡った。
俺とミカがお互いを見合わせ、なんだろうと首を捻っていると、ナタリーがはっとしたように箒を構えた。
同時に、ジジッという通話時特有の環境音が。アーティからの通話だ。
『今のは種族名"飢餓狼"という魔物の鳴き声ですね。詳細はメニューを開いて、本のマークを押してください。情報を見ることができます。そこに"獣王の森"で出現する魔物をまとめておきました。補足ですが、魔物の中にも知的生物の中にも突然変異種と呼ばれる者が存在することがあります。それらの情報は記載されていないので、注意してください』
俺は情報を開いてみる。……そこには、鳴き声で仲間を呼んで狩りを始める"飢餓狼"の習性が。
ウィンドウから視界を外すと、ミニマップ上には無数の赤の光点が。
どうやら囲まれてしまった様だ。
俺は特に望んでもいなかった初戦闘が幕を開けそうである。
*
メニューを開いて、"飢餓狼"の死体と木材をメニュー画面の宝物庫内へと。ミカが向こうで使っていた収納箱の下位互換のような機能で、ハンズフリーになるのは同じだが、収納数に限度があるみたいだ。
ひとまず俺の宝物庫内にまとめておこう。収納数は木材一個でも、死体一つでも合計で110個まで保管可能だ。さっきの戦闘で『伐採』の魔法を使ったためか、ジョブレベルが1、単純なレベルが2上がった。
それにより、宝物庫の上限が100から110に上がったのだ。レベル依存で上がったのか、ジョブレベル依存で上がったのかは分からないが。入れておくと腐らない特性があるので、食べ物は最優先で保管しておくべきだろう。
樹木の間から差し込む木漏れ日が、だんだんと橙色を帯びてきた。
昼間はそれなりに利いていた見通しも悪くなってくる。数十メートル先は、木々が織りなす暗闇だ。
「日が傾いてきたな」
「夜の森はなんにも見えないです、光魔法を使えば魔物がよってくるですし。ナタリーは平原まで帰るべきだと思うです」
光魔法、先ほどナタリーが飢餓狼に向けて放った『光矢』がそうみたいだ。
見たところ発行する光の矢であったが、暗闇をどうにかできるほどの光量には見えなかった。闇を照らすライトの様な魔法がほかにもあるのかもしれない。
「ワタシもおなか減ったよ」
ナタリーに比べると適当な理由で、ミカが頷く。
確かに意識すると猛烈に腹が減った。
「そんじゃま、"はじまりの平原"まで戻るか」
俺らは浮きながらナタリーの箒にまたがって、移動を開始。
すると、ナタリーが箒の先に『光源』という魔法を使った。車のハイビームよろしく進行方向を光が照らす。羽虫が光にたかるが、箒に虫よけの魔法でも掛かっているのか避けていく。
……マジで空飛ぶ車だな、これ。正直俺も運転してみたい。
「なあ、俺でも箒に乗れるかな?」
「練習すれば乗れると思うですけど、免許がいるですよ」
「うえ、マジかい」
「はい、取得にお金もかかるです。ナタリーの村に行ったときに近くの街の教習所にいくです。」
俺は18の時にMT車の免許を取ったが、またそれをすることになるとは。まあでも、実際便利だろうし、いいか。頑張って取ろう。
「ミカも取るです?」
「うーん、ワタシはいいや。行こうと思えば転移で行くから」
またこいつは事も無げに……。
「このチートめ」
「向こうと違って、こっちではあんまり能力に制限かかってないんだよね。たぶんそのうちアーティちゃんから制限掛けられると思うけど」
ミカの能力に制限を掛けているのは、世界の権限の一部を持った『アナザ・ワールド』だったな。
アーティは『アナザ・ワールド』の疑似人格。
だからアーティが能力の制限をミカに掛けることになるのか?
なんで地球で掛かっていた制限が、魔法界では掛かっていないんだ?
正直、さっぱり分からない。
*
俺達は、ナタリーの運転で森から平原へと帰還した。
平原に戻った俺は、石を並べて簡易かまどを作り、木材を燃やしている。
何か作ろうとは思ったものの、あるのは木材と飢餓狼の死体のみ。
しょうがないので、『伐採』の魔法で死体を不格好ながらも毛皮と肉に分け、肉の部分を喰らおうという訳だ。
これまた木材で作った太い串に"飢餓狼"の肉を刺して、丸焼きにする。すると、
——ピロ~ン♪
例のあの音とともに、ログが更新された。
ジョブ:調理師 を獲得しました! 有効化してサブジョブに設定しますか?
……俺はどうやら、生産系のキャラになりそうだ。
タクム lv3
ジョブ:建築家lv6
サブジョブ:調理師lv1
魔法:『浮遊』『伐採』
ナタリー lv3
ジョブ:魔法使いlv6
魔法:『浮遊』『風刃』『光矢』『光源』
ミカ lv3
ジョブ:格闘家lv6
魔法:『浮遊』
戦技:『範囲連撃』




