91 R-祭り、迫る
「――ね?だからメイドっていうのは元々、西洋圏が発祥の文化なんだって」
「へぇー」
「ふーん」
箸を手に力説する未代。
半信半疑を隠そうともせず、胡乱気な視線を彼女へと向ける蜜実と華花。
同じ輪の中では麗も、未代の言葉になんと返したものか考えあぐねているようだった。
「ホントなんだって」
「はいはい。どうせそれも、どっかから聞き齧ってきた都市伝説なんでしょ?」
時は昼休み、いつものように机を囲む四人の間で、如何にしてメイドなる概念が昼食の肴となるに至ったのか。
「メイドの起源云々はともかくとして、メイド喫茶が一種の伝統となったのは、そもそもいつの時代からなのでしょうか」
それは彼女たちの後輩、市子の所属するクラスがメイド喫茶を開店するという話に端を発していた。
そういえば、という未代の言葉から始まったその話題はいつの間にか、市子のクラスの出し物というよりも、今や全国各地の学園祭で定番の出し物となっているメイド喫茶、ひいてはメイドなる存在そのものについてへと移っていく。
「少なくとも私たちの両親の世代くらいにはもう、当たり前になってたらしいけど」
サンドイッチを口にしながら華花が言う。
昔、当人たちから聞いた母二人の学生時代。その頃には既に、学園祭と言えばどこか一クラスはメイド喫茶、といったような風潮が出来上がっていたとか何とか。
ミニスカートにふりっふりな給仕服を身に纏い、ご主人様とやらに過剰なまでの笑顔とサービスを振りまく、ある種のアイドルのような客商売。
華花、蜜実、麗ら現代っ子の抱くメイドのイメージと言えば、まあ概ねそのようなものなのだが。
「そもそもそういう、なんかきゃぴきゃぴした女の子ーみたいなメイドっていうのは、東洋圏に伝わって独自のアレンジが加わった結果なんだよ」
「へぇー」
「ふーん……ところできゃぴきゃぴって何?」
「え、きゃぴきゃぴはきゃぴきゃぴだけど……」
よもや同じ言語を話しているのかすら怪しくなってきた未代という少女が言うには、元来のメイドとはもっとお堅い存在であるらしい。
「……と、とにかく、本来は貴族とか王族とか、そういう高貴な家に仕える大変な仕事だったんだって」
「それは何とも、想像が付き難いですね……」
自身の家に出入りする給仕の者たちは基本的にスーツか、その役職に適した格好をしている。彼ら彼女らが揃いも揃ってフリル過多な服装に身を包むなど、流石に非現実的過ぎるのでは?と、苦笑する麗。
何度か彼女の自宅へと赴き、給仕の現実を知っているが故に、未代もその言葉には反論のしようがない。
「で、でもほら、クロノちゃんとこのケイネシスさんだって、メイド服着てるじゃん。まさしく高貴なお嬢様に使える従者って感じで」
ならばと次は、黙っていれば格式高く見えなくもない幼女と、その足元に傅く従者その二を引き合いに出す彼女であったが。
「いや、あの人服装は完全に趣味だって言ってたわよ。確かに、メイドにしてはスカートの丈が長いとは思うけど」
「うん。「メイド服=カワイイ、白衣=カッコイイ、モノクル=知的、三つの乗算でパーフェクト」だってさー」
「えぇ……」
自身以上に件の人物と交流のある婦妻の言葉によって、知り得る中で最も有力な『メイド西洋起源説』の論拠が崩れてしまい、ここに未代の敗北が決定した。
……漠然とした都市伝説に熱意を燃やすここ最近の姿がなければ、もう少し言葉に信憑性があったのかもしれないが。
そも、ケイネシスはクロノに出会う前からメイド服を愛用しており、彼女の纏うその白黒フリルにお堅い意味での給仕服の意味合いがまるでないことなど、言うまでもない話なのだが。
「ぅぅ、それでもあたしは信じてるもん……メイドの起源は西洋にあるんだって……東洋メイドと西洋メイドは別物なんだって……」
「た、確かに、信じることは大切ですよね、あはは……」
わざとらしくいじける未代の傷心にどうにか寄り添おうとする辺り、麗もやはり恋する乙女というものなのであろう。
なおその表情は、先と変わらず苦笑交じりのそれであった。
「――んで、槻宇良先輩のところは何やるんだっけ?」
一方の婦婦、特に眼付きも口調も鋭い方は、そんな友人の様子など気にも留めずに次の話題を振る。
「お化け屋敷」
まあ未代の方も、傷心など演技以外の何物でもないため、一瞬でいつも通りに戻るのだが。
「これまた定番だねぇ」
「こう言うとなんだけど、あの人幽霊役とかめちゃくちゃ得意そうよね」
現実世界での彼女の姿を見ているからこその華花の言葉に、蜜実と麗もこくこくと頷いて同意する。
それこそ先日、この教室を訪れた時のように、物陰に佇み長い髪の隙間からじっとこちらを覗き込んでいるだけで、これ以上なくサマになることは間違いないだろう。
……が、しかし。
「ところがどっこい、VRとなるとそうはいかないっぽくてねー……」
当人から話を聞いていた未代は苦笑しながら、その言葉に首を振った。
VR分野に力を入れている百合園女学院であるからこそ、実習が本格的に始まる高等部二年次以降では、こういった催し物においても仮想現実でのそれが推奨される。
二年二組の演劇と同様、卯月のクラスで行われるお化け屋敷も、来場者に機材を貸し出してのVRイベントとして準備が進められているのだが。
「ほら、センパイって向こうのセカイじゃ超ハイテンションじゃん?あれ、どうもゲームだけに限らないみたいで」
それこそ四人ともよく知っている、[HELLO WORLD]でのうざ……もといハイテンション極まりない、卯月のもう一つの姿。
最初の頃こそ意識して演じていたあの性格も、今となっては最早、仮想世界での卯月のデフォルトとなってしまっているようであり。ハロワに限らず、バーチャルな世界に入り込むと彼女は、どうしてもあのような無敵の人物へと変貌を遂げてしまうとのこと。
無論、彼女のクラスメイトたちも、普段の実習等から卯月(VRのすがた)を知ってはいたのだが……まさか、オンオフの切り替えが出来ないなどとは思ってもいなかったらしく、彼女という絶対的なエースを頼りにしていた三年四組の準備風景は、中々に混沌を極めているとかいないとか。
「なんか、うん、そんな感じらしいよ」
これもまたリアルとバーチャル、二つの世界を跨ぐが故の弊害か――などと、分かったような顔をする未代であった。
「槻宇良先輩も、苦労していらっしゃるんですね」
「そうねぇ」
「ねぇー」
同情を乗せて締め括る麗の言葉に同意しながら、華花と蜜実はふと考える。
(会話の流れ的に、麗はあの二人が何やるか聞いてなかったっぽいね)
(うん。仲が悪いってわけじゃ、ないみたいだけどー)
まあ、学院祭の日も近づいてきたこの頃、『ティーパーティー』の面々が毎日ハロワにログインするのも難しくなってきており。直接話をするタイミングがなかっただけ、というのもあるのだろうけれども。
同じゲームで遊ぶ仲ではあるものの、それと同時に、一応は恋敵的なやつでもある。それこそ学院祭というリアルイベントを切っ掛けに、当人たちも半ば予期せぬうちに状況が動き出してしまったものだから、どうしても多少のぎこちなさというものは生まれて然るべきだろう。
(野次馬してる身で言えた義理じゃないけど、痴情のもつれでクラン解散とかになったら、流石に知り合いとしては気まずいわね)
長くゲームをやっていれば時折風の噂には聞く、最も悲惨で最もネタにされがちなクランの終焉。下手をすると、友人がリーダーを務める集いでそれが起こってしまうのではないかという思いを抱きながらも、けれどもやはり、野次馬は止められない。
(確かにー。じゃあわたしは、ピンチに陥った未代ちゃんが覚醒して自覚有り女たらしになって、三人をうまく言い包めてまぁるく収めるに、わたしのことを好きにしていい権利を賭けるよー)
(なら私は、一時は未代が刺されるも最終的にけろっとした顔で丸く収めて三人とも囲うに、私のことを好きにしていい権利を賭けよっかな)
サンドイッチを口にしながら(たまにあーんしながら)婦婦は、友人の行く末をダシに賭けにすら興じる。どちらが勝ってもどちらも得する、敗者の居ない優しい世界がそこにはあったのだとか。
「――さてっと。食べ終わったことだし、ちょっとでも練習しておきましょうかねっ」
「はいっ」
友人婦婦の暴挙などつゆ知らず、昼休みの残り時間、未代と麗は演劇の練習に興じ始める。
祭りの日は、すぐそこにまで迫っていた。
次回更新は8月26日(水)18時を予定しています。
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