82 V-最後の課題 ミツの場合
「はっ!」
突き出される錫杖の先は、その掛け声と同じく鋭く研ぎ澄まされた一撃。
おそらく、何がしかの型に則って繰り出されたのであろうブレのない第一撃を、ミツは何とか躱す。
大きく身を捩った、反撃などまるで適わないような回避行動に、ノーラは戦闘のペースを握ろうと更に連続して突きを繰り出した。
「うぁ、ちょ、っとぉ……!」
二撃三撃、四、五、六と絶え間なく続く刺突は、スキルを用いないながらも十分な威力と速さを兼ね備えており、紙一重で躱し続けるミツの姿勢は、その度に徐々に苦しいものへと追い込まれていった。
訓練場の機能によりレベル差を縮められた二人の実力は、片方が十全なそれを発揮出来ないことも相まって、程良く拮抗したものとなっている。
「っ、っ、やぁっ!」
七、八、九、ノーラが一息に繰り出せる限界の直前で、遂にミツの回避が間に合わなくなる。
「っ!」
錫杖の先が右の二の腕を掠め、十度目の突きはそのまま、左の肩口へと突き刺さり。
「ぁぅっ……!」
痛みに呻き声を漏らしながらも、後ろへ転がり込むようにして身を伏せ、何とか更なる追撃から逃れるミツ。
「『軽足』っ……!」
ノーラの踏み込みを予測し、先んじて更に一歩後方へと逃れることが出来たのは、ひとえに、これまでの戦闘経験からくる直感的な生存本能によるものだろう。
そして、経験に富んでいるからこそ分かってしまう。本来は魔法職であるノーラの、次の一手が。
「奔り穿て、紫電――『雷撃一閃』!」
一文の詠唱と引き換えに、『閃光』などよりも格段に威力を増した高速の雷撃が、ミツへと迫る。
違わず狙うは心の臓。食らえば、一瞬とはいえスタン状態に陥ってしまう可能性は極めて高い。
「――」
回避の為のスキルはもう使ってしまった。ただ一瞬足を速めるだけのクイックスキルと言えども、やはり術後には僅かながらクールタイムが設けられている。
常であれば、愛しい銀髪の少女がこの隙を補ってくれるのだが……件の愛妻は今、ミツの視界の先――戦いの場からさして遠くもなく、けれども二人にとっては光年にすら等しい遥か彼方から、ただ自分のことだけを見つめ続けている。
なればこそ、こんなにもあっさりと倒れてしまうわけにはいかない。
まるで走馬灯のように引き延ばされた時間の中、不安に塗れ、それでもなおこちらを信じて止まないハナの蒼眼に鼓舞されるようにして、ミツはいつもより重い左手を振り上げる。
「――ぅっ!!」
刹那の差で追い縋った『連理』の刃先が、その胸を紫電から守った。
衝撃もダメージも殺せず、けれども致命的なスタン状態だけは防いで見せた銀色の長剣を抱いたまま、ミツが後方へと弾き飛ばされる。
「まだ、っ!」
想い人の失敗から学び、逸る気持ちを抑えながら駆け出すノーラの判断は、決して間違ってはいなかっただろう。
『雷撃一閃』のクールタイムにより、即座に中距離攻撃を繰り出すことは出来ない。なればこそ、相手が地に伏しているうちに肉薄し、体力有利のまま近接戦闘によって攻勢を維持する。
魔法と棒術、双方を扱えるノーラが現時点で出来る理想の行動。
だがしかし、それが故に。
戦闘経験に勝るミツは、やはりその動きを予測していた。
痛みに耐え、膝に感じる土の感触を反骨心へと転化させ、金色の少女は臆することなく立ち上がる。
数多の戦闘を経て得られるステータスには表れない恩恵の一つである、『痛覚反映』への耐性――すなわちやせ我慢でもって、ノーラの予想よりも早く態勢を整えたミツは、右手の細剣『五閃七突』を構えた。
そこから繰り出されるのは、防御の為の斬撃ではなく、攻撃の為の刺突。
先ほど自身にダメージを与えた錫杖の先を薄ぼんやりと視界に捉えながらも、ただ無心に、点のように小さな刃の先を突き出していく。
見てはいない。
けれどもその直感は、雑把にではあるが確かに、人体の急所を捉えていて。
「、っ、!、!!」
自身の遥か後方を射抜く力強い碧眼にたじろいでしまったノーラは、錫杖の動きを攻めから守りのそれへと転じさせた。
敵の反撃下にあって無理に攻め立てるよりも、いなし躱し残存体力の優位を維持する――良く言えば合理的、悪く言えば気迫に臆した消極的なノーラの選択は、結果的に彼女の優勢を失わせることとなってしまう。
一撃、二撃、三撃。
引き絞られた左の肩口、錫杖を握る左手の甲、急所に当たる喉元、それぞれを狙ったミツの『五閃七突』による刺突は、素早くはあるものの受けきれない攻撃ではなく、ノーラは持ち前の武道経験に基づいて冷静に対処していく。
四撃、五撃。
下がって胸の中心、より殺意の増した心臓への一撃、刹那の間に放たれた計五つもの剣先を、深緑髪の修道女は体捌きと錫杖によって全て凌ぎ切り。
「くっ、うっ!?」
――剣戟に拠らない六、七の刃が、その両肩に深々と突き刺さった。
ごく短時間の間に五度の通常攻撃を繰り出すことで、追加で二撃、低威力の通常攻撃判定をモーション無しに発生させるという、『五閃七突』のパッシブスキル。普段であればあくまで、『無限舞踏』の絶え間ない連撃の一部としてしか扱っていないその追加攻撃を、ミツは今、起死回生の一手として繰り出していた。
「はぁっ!」
続く第八撃、紫電を受けて以降沈黙を保っていた長剣『連理』が、遂に振るわれる。
「振り抜け――『翔羽刃』!!」
ミツとハナが用いる数少ない要詠唱のスキルが、僅か四文字の文言によって放たれ。
不意の二撃を受けてとっさに後退するノーラの、その行動を読んでいたからこその中距離攻撃が、彼女の胴を横薙ぎに切り裂く。
「あぐっ、……!」
これもまた、威力はそこまで高くもない低級スキルによる一撃。
けれども、連続したダメージと傾きつつある趨勢が、ノーラの心に焦りを生み出す。
いくら実戦的であるとはいえ、かの令嬢が用いている棒術はあくまでも武術を元に派生した『護身術』であり。
今求められている反撃の一手は、彼女の得意とする攻撃的防衛とは似て非なるものであった。
だからこそノーラは、立ち回りではなく現実には無い解決策――スキルに、一縷の望みを懸けてしまう。
「燃え盛れ、我が堅き魂っ!――『火炎障壁――」
「――やぁっ!!」
数歩程度の後退では、彼我の距離はさほど広がっておらず、がむしゃらに駆けるミツのSPD値は、詠唱の完了より僅かに早く、ノーラの心臓へと辿り着いた。
◆ ◆ ◆
「わたくしは臆してしまいました。お二人の、力強い愛情に……」
言葉の割に、満足そうな表情を浮かべているノーラ。
「疲れたよぉーハーちゃぁーん……!」
「よしよし、お疲れ様。かっこよかったよ」
満身創痍といった体を隠そうともせずハナにもたれ掛かるミツ。
ここだけを切り取ってみれば、どちらが勝者なのか分からなくなってしまう様相であった。
「いやぁ、やってみるもんだねぇ……」
やはり呆れと称賛の混じった表情を浮かべるフレアの言葉に、ハナとミツはどうにか頷いて返す。
片やエンジョイ勢とはいえ経験者、片や初心者とはいえ体捌きに覚えありの完璧令嬢。
どちらもVR実習においてそれなりに良い成績を収めていた未代と麗を打倒したことにより、取り敢えずはこの「単独行動をしながらそれはそれとして互いにひたすら見つめ合い続ける戦法」が、有効でないこともないことが証明された。
そんな、夏休みも終わりに近い一日の一幕。
次回更新は7月25日(土)18時を予定しています。
よろしければ是非また読みに来てください。
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