80 R-百合乃婦妻の甘美なる爛れた夏休み
「ねぇ蜜実」
ある日の昼下がり、リビングにて。
例によって朝からハロワに勤しんでいた華花と蜜実といえど、流石に昼時には一度、現実世界へと帰ってくる。
昼食を終え、小休憩とばかりにソファでくっついていた最中の、華花からの言葉。甘えるように彼女の胸元へと頭を預けながら、蜜実は弛緩しきった声で応えた。
「なぁに、華花ちゃん?」
「ふと思ったんだけど……私たち、夏休みらしいこと全然してなくない?」
「……そうかなぁ?」
気が付けば夏季休暇も終わりが近づきつつある今日この頃、今更になって自分たちの日々を振り返ってみると、どうしたことだろうか、夏らしさというものが今一つ感じられない。
日がな一日、空調の効いた部屋でハロワに勤しみ、合間に昼夜と食事を挟んで、ふと気が付けばゲームを終えるには良い頃合いで。二人揃って体を清め、勢いそのままベッドインと決め込めば、程よく夜も更け一日が終わる。
華花の記憶にある限り、この頃の二人のスケジュールは、概ねそんなものであった。
「うん。もっとこう、夏ならではのこととか、した方が良いんじゃないかなぁって」
全ての季節を満喫できることに定評がある人生エンジョイガチ勢こと陽取 未代など、やれプールに行っただ夏祭りに行っただ怪談お泊り会だ何だかんだ、ほぼ毎日のように何かしらのイベントに参加しそれを二人に報告してくるものだから、華花が先のような言葉をこぼしてしまうのも、まあ無理もないことだろう。
あれだけリアルイベントをこなしておきながら、ハロワの方にもそれなりの頻度でログインしているあたり、未代はまさしくバイタリティの塊のような少女だと言えよう。
……イベント毎に麗、市子、謎のストーカー先輩をとっかえひっかえしているあたり、スケジュール管理が神懸かり的に上手いとも言えよう。
もっともそのせいで、いずれ地獄のような修羅場を目の当たりにすることにもなりそうなのだが。
「わたしたちだって、夏らしいことしてると思うけどねぇ」
「そう?」
年中無休な修羅場請負人のことはさておき、自分たちだって十分に夏を楽しんでいると蜜実は主張する。
「里帰りなんて、それこそ長いお休みの定番でしょー」
「まあ確かに、そうかもしれないけど」
胸元に感じる柔らかな髪を撫でながら、一応は肯定する華花であったが……その顔には、相手方の両親へのご挨拶となれば少々、事情は異なってくるのではないか、なんていう言葉がありありと浮かんでいた。
「それにほら、超大規模対人イベントとかも、夏休みっぽさあるよぉ」
「ある、かなぁ……?」
二手目から既に、リアルをかなぐり捨てていく蜜実。
確かにゲームにおける大規模イベントは長期休暇時期あるあるだしなぁ、いやでもなぁ……と、早くも首を斜めに振り始めた華花を何とか言い包めるべく、彼女はさらに追撃を仕掛ける。
「新しいスキルも身に付けられたし」
「うーん……」
「そもそもこうやって、涼し~い部屋に籠って一日中ゲームして、お腹空いたらご飯食べて、眠たくなったらベッドに飛び込む……なんていうのがもう、夏休みの醍醐味と言っても過言じゃないよー」
際限なく自堕落な生活という意味では、ある意味で非常に夏休みらしいと言えばらしいのかもしれない。
ひんやりと心地良い部屋の空気によって殊更に強調される蜜実の肌の温もりをこんなにも満喫出来るのは、なるほど確かに、連日連夜引きこもることが許されているが故だろう。
と、そんなことを考えながら華花が視線を落とせば、そこには何やら、妖しげな笑みを浮かべる蜜実の顔が。
「それにぃ……」
頬を華花の胸に擦り付けるようにしながら身をよじり、彼女は静かに口付ける。
「んっ」
「っ、……」
唇が触れ合うだけの、ほんの一瞬のキス。
けれどもそこに籠っていた熱量は明らかに、軽いスキンシップなどという程度を逸脱しており。
その瞳に情欲を灯しながら、蜜実はさらに笑みを深める。
「えへへぇ、あむっ」
「あぅ、ん……」
二度目のそれは、華花の唇を自身のそれで食み、味わうような。
湿った熱を誘い出そうとするかのような。
そんな、ねっとりと吸い付くキス。
まだ、舌は伸ばさない。
だというのに、唇を擦り合わせ上に下にと絡ませるだけで、吐息は熱を含み、体は出来上がっていく。
数十秒と経たず離れたその瞬間、にちゅ、と、別離を拒むかのような音が、二人の唇から漏れ出た。
「こぉやって、華花ちゃんといろんなことできるし……ね?」
熱く甘ったるい声音で言う蜜実の姿勢はいつの間にか、身を預けるそれから覆いかぶさるそれへと変わっていて。
「だ、ダメだよ蜜実、昼間からこんな……」
ただでさえ毎夜毎晩のように求め合っているというのに。
まだ日も高いうちからだなんてと、赤らんだ顔の華花の拒絶はしかし、どう見ても口先だけのものであった。
「どうして……?だーれも、邪魔する人なんていないよ?ね、今日は一日中、ずーっと、こうしていよぉ?」
そう、今は夏休みで、ここは二人だけの家。
他人はおろか時間すらも、邪魔立てなど出来はしないのだから。
「でも、向こうでエイトが待ってるし……」
それでもなお華花が示した僅かな抵抗の意思すら、蜜実は逆に利用してしまう。
「うーん……じゃあ、はい」
テーブルに置いてあった華花のデバイスを、手に取り渡して。
「エイトちゃんに連絡しとかないとね……?ちょっと急用ができましたーって」
連絡を、などと言いながら、その指を華花の体へと這わせていく。
「ぁ、っ……」
右手で右耳をくすぐりつつ、左手は太ももの上を行き来させる。
優しく緩やかな動き、けれどももう何度も愛された華花の体は、それだけでじんわりと汗ばんできてしまう。
「ほら……早くぅ……」
華花に両手で握らせたデバイスを、その手先ごと自身の胸に乗せ、催促する蜜実。
手の甲に伝わる柔らかな感触に操られるようにして、華花は促されるがままに、メッセージを入力し始めた。
「ん、っ」
時間が合えば顔を合わせる約束こそしてはいたものの、さして急ぎの用があったわけでもなく、行けなかったからと言って文句を言うエイトでもないだろう。
けれども、蜜実に迫られ、情欲に流されてしまった末というこの状況が、背徳感と罪悪感と、それからぞくぞくとした興奮を生み、思わず文字を打つ手も震えてしまう。
それに。
入力の最中にも蜜実は構わず指を這わせてくるものだから、さして長くもない文章を打ち込むことさえ、ままならない。
デバイスをタップする華花の指先とシンクロするようにして、蜜実の指が太ももを撫で上り、脇腹をトントンと叩き。
逆の手で耳たぶを擦られ、そのまま頬まで、つーっと爪を這わされてしまっては、もう自分が何を打っているのかも覚束なくなってしまう。
「っ、ほ、ほら、出来たよ……っ、……」
それでも何とかメッセージを打ち終わり、上ずった声でそう告げる華花。
頬を撫でていた手を止めデバイスを確認した蜜実は、満足げに笑みを深めると、一言自身の言葉を書き添えてからエイトへと送信した。
「よくできましたぁ……じゃあ、ご褒美あげなきゃね……?」
そのまま、デバイスをソファの端にぽいと投げ捨て、両手で華花の顔を抑え込む。
「あぁむっ……」
「んむ、ぁ、ちゅ……」
先ほどよりももっと深く、熱く濡れた口付け。
堪え性もなく舌を伸ばし、蜜実は華花の口内へと侵入していく。
舌先に含んだ唾液を華花の味蕾へと擦り付け、塗りたくり、溺れさせる。
膝上にのしかかられ、隙間もないほどに密着し、両手で顔すら抑え付けられて。
もはや逃げ場のない華花の体は、これから貰えるであろうたくさんのご褒美に、ぞくぞくと泡立っていた。
◆ ◆ ◆
〈エイトへ
ごめんちょっと用事ができちゃったので今日はろぐいんできなそう
エイトちゃんごめんねー〉
「ふむ――」
送られてきた短いメッセージ。
驚異的な直感力によってなんやらかんやら察したエイトは、静かに昇天した。
次回更新は7月18日(土)18時を予定しています。
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