43 V-第十二次『セカイ日時計』簒奪戦 『必殺』の先触れ
「「『弾刃』!!」」
声を揃えて放たれた、『比翼』と『連理』による同時攻撃。
「『銅装戦陣:第二防衛術』!」
しかし、ハナとミツが放ったその二撃は、グレンの剣と盾を用いた防御スキルによって受け止められてしまう。
「ぐっ」
「うぅっ」
装備やステータスを一定のものに揃えることで使用条件が満たされる『武装戦陣』系統スキル。
その中でも特に防衛能力に秀でた赤銅系列のスキル群を巧みに操り、グレンは百合乃婦妻と互角以上に渡り合っていた。
一瞬の膠着の後。
盾で『連理』を弾き上げると同時、鍔迫り合っていた剣を引いて、『比翼』を手前におびき寄せる。
後ろに一歩と前に一歩。
それぞれが逆に歩を進め、間が空いてしまった婦婦の片割れを狙う赤銅剣は、されどもハナの盾に受け流され。
「やぁっ!」
引いた一歩の慣性を踵越しに地面と反発させ、ミツが瞬く間に二歩分詰め寄っていく。重量のある一撃をいなすべく盾と共に半身になっていたハナの、その背中に寄り添うようにして。
「チッ!」
突き出された『五閃七突』も、その目の前に掲げられた赤銅盾も、そのどちらもがスキルの類は乗っていない状態。
であれば勝敗は、単純な重量やSTR値・VIT値によって決定される。
「っ」
完全に防御され、攻めの手を止められたミツ。
幸いなことに相手の赤銅剣はハナに阻まれ、彼女を切り伏せるには至らなかった。
(攻め切れない……)
(やっぱり強いねぇ……)
そうしてまた三人は、スキルや剣戟を交えた攻防を繰り返す。
百合乃婦妻とグレンが交戦し始めてからもう幾刻、彼女たちの戦いは一進一退の様相を見せていた。
戦いの場は『レンリ』の膝元なれど、常に至近戦を繰り広げる三人の間に割って入ることなど、さしものエイトであっても出来ることではなく。
二人の戦いを間近で見続け合図を待ちながらも教祖は、第一部隊の面々と共に、神々や自身にちょっかいをかけようとする不信心者を導くことに専念していた。
そんな、トッププレイヤー同士の熾烈な戦い。
どちらも未だ、さほどHPを削られてはいないものの、一つのミスが大ダメージに繋がってしまうことは、火を見るよりも明らかであり。
(クソッ……『無限舞踏』ってのは隙が無くて、どうもやりづれぇ……!)
グレンの方もまた、バディ戦術の始祖たる二人に対して、有効打を与えられずにいた。
(最悪、このまま合図を待っててもいいんだけど……でも)
三人の戦いは膠着状態。
逆に言えば、現状ハナとミツの側からしたら、グレンを抑えるという役目を果たせているということでもあり。戦いの行方を決定付けるその瞬間まで、時間稼ぎに徹するという手もなくはないのだが。
(それで倒せるかも、正直怪しいところだよねぇ……)
二人が懸念しているのは、グレンの誇る驚異的な防御能力。
大剣に大盾というオーソドックスな装備に、『銅装戦陣』という、防御主体ながら大剣による攻め筋も持っているスキル群。
一見すると平凡な戦闘スタイルのようにも思えるが……トップクラスのプレイヤーによるものとなれば、それは攻守万能で隙のない戦術へと昇華される。
事実、赤銅の剣と盾の双方を巧みに用いた立ち回りは、バディプレイヤーの頂点に君臨する百合乃婦妻ですら、未だ有効な一撃を与えられていないほどに堅牢であり。
(『銅装』って確か、一瞬だけ防御に全振りするスキルあったよね)
(『専守専衛』だったっけ。この人のステ的に、下手すると耐えちゃうかもしれないねー)
クロノが用意している、どこまでも派手で鮮烈な勝ち筋。
本人曰く、
『時の簒奪者の産声は、セカイに轟くものでなくてはならない』
とか何とかいう理由で立案された、作戦というにもあまりに大雑把なそのプランは、確かに並のプレイヤーであれば、とても耐えきれるようなものではないだろうが。
しかし『知勇の両天秤』の総大将は予想以上に力強く、高い壁として眼前に聳え立っており。自身らの頭の力が通用するのか、ここに来てハナとミツには、その保証が持てなくなってしまっていた。
では、どうするのか。
そう、なればこそ。
それを切り開くのが、切り込み隊長たる彼女たちの役割である。
(『専守専衛』の発動条件って、多分……)
(うん。赤銅系の剣、盾、防具が全て大きな破損なしで装備されていること、だと思うよぉ)
『武装戦陣』系列の最高位スキルの発動条件は概ね、該当武具が万全の状態で装備されていること、であり。
(了解。で、残念だけど、私たちだけじゃこの人には勝てなそうだし)
(アレ使っても、倒しきれないだろうしねぇ……)
二人にとっての最強の一撃を持ってしても、確実に倒すというところまでは持っていけないだろうと。そう思わせるには十分な程に、グレンという人物は高く堅く、ハナとミツの眼前に立ちはだかっていた。
(じゃあやっぱり)
(とどめはクロノちゃんにまかせちゃおー)
頑強なる敵大将を、倒せずとも突き崩し得る……かもしれない『必殺』を、自分たちだけの為に使うのではなく、味方陣営の勝利の礎として捧げる。
二人が内心で密かに下した決断は、そういうものであった。
(予定の時間まで、もうそろそろかなぁ?)
合図を受けてからでは、間に合わない。
(クロノが無事なら、ね)
最高のタイミングで『必殺』を放てるように、ハナとミツはギアを上げ始める。
(だったら、準備しとこっかー)
(ええ)
勝つための、或いは負けないための戦いから、ただ二人が、一つになるための戦いへと。
その一撃の為に必要なのは、何よりも、二人が一つであることだから。
(なんだ、雰囲気が変わって……?)
露骨に戦闘スタイルが変わったわけではない。
立ち回りは、ここまでの『無限舞踏』戦術と同じ。けれども何か、二人の纏う空気感のようなものが、確かに変質していく。
眼前にあってそれを鋭敏に感じ取ったグレンは、警戒しつつ思考を巡らせる。
足捌きはどこか踊るように。
剣を振るう両手は、絶えずこちらへと向けられているはずなのに、その影はまるで、手を取り合うかのように重なり合っていて。
二つの顔に浮かぶ笑みは、先程までの好戦的なものとは異なる、淡く甘く優しげなそれ。
愛情に満ちたその微笑みが向けられているのは、目の前の敵などではなく、ただ隣に佇む彼女だけなのだと、四つの瞳が雄弁に語っていた。
(なるほど、これが噂の……!)
それは、音に聞く『必殺』の予兆。
数多の敵を屠り、そして数多のプレイヤーを虜にして止まない百合乃婦妻の、二人だけに許された一振り。
(ってこたぁ、勝負を決めに来たか!)
そのことに思い至ったグレンは、緊張と、しかし確かな勝機を心の内に覚える。
(逆に考えりゃ……ここさえ耐えきれば、こいつらにこれ以上の手立てはねぇ!)
常に至近で戦い続けているこの状況で、その一撃を回避することは難しいだろう。むしろ下手に身を引けば、ここぞとばかりに苛烈に攻め立てられる可能性が高い。
百合乃婦妻の『必殺』の予兆は、あくまで二人が行っているルーティーンのようなものであり。それは、スキルの発動条件を満たすための詠唱や特殊行動などではない。
だからこそ逃げ腰になれば、『必殺』を用いない『無限舞踏』戦術で追い縋り、隙を突いて確実に当ててくる。
知識としてそれを知っていたグレンには、この状況下、ハナとミツの攻撃を受け止める以外に、選択肢はなかった。
(威力は関係ねぇ……『専守専衛』なら受けられる!!)
覚悟を決め、自身の持つ最大の防御スキルで迎え撃つことを決めたグレンの顔付きは、まさしく最大規模のクランを統括するに相応しい、猛者のそれであった。
(……ちなみにもし、クロノが倒されちゃったらどうする?)
(その時はもちろん……)
(勿論?)
(2人でこの人、倒しちゃおー!)
(ふふっ、そうねっ)
トップギアに近づき、最早互いしか見えていない二人にとっては、相対する敵の漢気に満ちた表情など、視界の端にすら映ってはいなかったのだが。
次回更新は3月11日(水)を予定しています。
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