41 V-第十二次『セカイ日時計』簒奪戦 守るもの、求めるもの
『知勇の両天秤』側のリーダー、グレンは戦場の真っ只中で百合乃婦妻と正面からぶつかり合っている。
では他方、『クロノスタシス』の首領たるクロノは何処か。
その答えを知っているのは、クロノ本人とその側近たち、そして彼女に迫る『知勇の両天秤』陣営遊撃部隊の面々であった。
両軍入り乱れる戦場の最中にあって『知勇の両天秤』側は、敵陣地の奥深くにまで入り込み、『クロノスタシス』の中枢を叩く為の遊撃部隊を用意していた。
開戦からそれなりの時間が経ち、しかして未だ『クロノスタシス』側の初期待機地点最奥にて佇むクロノ。その姿を目にした遊撃隊の面々は、クランのリーダーである彼女は最前線に出てこないのではないか……という、自身らの予想が的中したことに笑みを深める。
「……来ましたか」
時間の経過と共に熾烈さを増す広大な戦場。
数多いる自軍のプレイヤーたちを掻い潜り、『クロノスタシス』最奥といえるこの場へと遂に姿を現した敵軍の姿に、クロノを守護する側近たちも緊張を隠し切れずにいる。
「……いや。最早、定刻半ばをゆうに過ぎ、戦場における彼我の地理的頒布は斑模様という他ない」
そんな中にあって、目を閉じ微動だにしないクロノの正面、彼女を守るようにして佇むスーツ姿の女性――ハンだけが、その場にいる誰よりも冷静に状況を俯瞰していた。
「となればもう、来て然るべき、と言った方が正しいでしょうか」
戦場の最奥にまで至った敵兵の数は、そう多くはない。
開戦から時間が経過し、荒野全域が敵味方混在する乱戦の場と化している現状、動きが鈍重になりがちな大人数ではここまでは至れなかったのであろう。
しかし逆に言えば、側近たちを除く自軍のプレイヤーたちも、それぞれが眼前の敵を相手取るのに手一杯であり、クロノの守護にあたり味方の支援を期待出来ない……ということでもある。
結局、敵味方共に、今この場に居合わせている面々でやり合わなければならない。
そうと分かっていて、今この場の流れは『知勇の両天秤』遊撃隊にあると、双方が感じ取っていた。
そも、遊撃隊のやることはシンプルで、トップたるクロノをただ撃破するのみ。
一方のクロノ親衛隊たちは、自らの頭を守りながら戦わなければならず、単純に目の前の敵を倒せばいいというものでもない。
殲滅戦のルールにおいては、各陣営のリーダーが打倒されたからといって敗北が決定するわけではないものの……実際問題として、旗頭たる人物がゲームオーバーになってしまっては、どうしても陣営全体の士気低下は免れないだろう。
クロノの姿を見つけ、交戦に至った時点で、彼我の流れは遊撃隊側に傾いてしまっているのである。
また、それだけではなく。
遊撃隊の中に在って際立って存在感を主張する一人の人物も、彼らの士気を高める大きな要因となっていた。
「……貴女までいるとは、少々予想外ではありましたが」
ハンがそう口にしながら目を向けた人物――褐色銀髪の女性、ケイネシスはその端正な顔立ちを楽しげな笑みで彩りながら、同じく愉快で仕方がないといった口調で言葉を返した。
「いやいやいや。愛しのクロノくんの為に、ワタシは今回の簒奪戦に参加したんだよ?当然、会いに行くに決まってるじゃないか」
ハンと会話しながらも、そのアメジストの瞳が向く先は小さな少女ただ一人。モノクル越しにも隠し切れない好奇心が、熱視線となって幼い肢体を貫いていた。
「願わくば少しばかりお喋りでも、なんて思っていたんだけど……彼女はあれかな?眠り姫の類なのかな?」
遊撃隊の登場もケイネシスの存在も全く意に介さず、クロノは目を閉じたままただ佇んでいるのみであり。自らの足で立ち、よくよく見れば唇が微細に動いてはいるものの、その姿はケイネシスの言う通り、眠り姫もかくやというほどに静かで、どこか美しさすら感じるほどであった。
実際のところ彼女は、簒奪戦が始まった直後から殆ど微動だにしていないのであるが。
「姫、などと言うほどか弱い存在ではありませんよ。我が主は」
わざわざ手の内を明かす必要もあるまいと、ハンは努めて素っ気なく返す。
「ほほう。では一体全体、何様だというのかな?」
クロノという人物は、一体何者なのか。
眼前に佇む白衣の天才の問いに、簡単に返せるような言葉など、ハンは持ち合わせてはいなかった。
――ハンはごく普通のロリコンである。
幼女を求め、幼子に欲情し、女児にこそ至上の価値を見出す。
典型的なロリータ・コンプレックスを拗らせた、ごく普通の女性。
それが、ハンという人間であった。
ある時代であれば、彼女の価値観は当たり前のものだったかもしれない。
また別の時代であれば、彼女は衝動を抑えきれず、犯罪者と成り果てていたかもしれない。
彼女にとって幸いなことは、まさしくこの時代に生まれ、生きていけることそのものであった。
幼女に次元の貴賤無し。
それが彼女の、ハンの第一の信条であり。
平たく言ってしまえば、VR全盛のこのご時世、仮想現実の世界であればいくらでも、合法的に、幼い少女と戯れることが出来たのである。
仮想だろうが現実だろうが、幼女は幼女。
そんな、あまりにも懐が大き過ぎる考えを持っていたハンは、VR技術によって自身の欲望を満たすことに、何の躊躇も不満も無かった。
そうして、様々なVR世界を渡り歩き、主に(後腐れが無いからという理由で)NPC幼女を『倫理コード』ギリギリのラインで愛でまくっていた彼女が、この[HELLO WORLD]のセカイでクロノと出会ったのは、全くの偶然か――或いは、運命と呼べるものなのかもしれない。
……少なくともハン自身は、そう信じてやまなかった。
出会った当初、ハンは感嘆すら覚えたものだった。
その姿、立ち振る舞い、言葉の一つ一つ。それらのどれをとっても、クロノという人物は完璧な中二病幼女そのものであり。
非現実めいた属性持ちのロリでも構わずイケるハンにとって、そのロールプレイは最早喝采すら送りたくなるほどの完成度の高さであった。
そんな、素晴らしい幼女との縁を離すまいと、ハンはクロノの同志として傍に仕えることを心に決め。それからずっと、彼女の一番近くで、その小さな背中が野望へと邁進する様を見守ってきた。
そうやって長く共に在れば、当然相手の細かなところまで見えてくるもの。
クロノの幼女ロールプレイは無類の完成度を誇ってはいたものの……それを絶えず間近で見続けていたハンの目にはいつしか、中二病幼女というだけではない、『クロノ』という人間そのものの姿もが透けて見えるようになっていた。
多分、自分と同じ、東洋圏。
けれども、時折文化の違いを感じる。
おそらく、しがない会社勤め……いわゆるOLというやつなのだろう。
これまた自分と同じく。
それでも心根は純粋で、『クロノ』という存在を、このセカイを、心から満喫している。
そんな、ともすれば『クロノ』の裏側とも言えるようなことを、少しずつ見透かしていってしまって。
けれども、不思議と嫌な感じはしなかった。
その時には既に、ハンはクロノを一人の人間として好いており。
例え、幼女ではない本質が見え隠れしたとして、最早その程度で愛想を尽かすような間柄ではなかったのである。
むしろ、普段はせっせと身を粉にして働いている大人の女性が。
このセカイでは、やけに独特の世界観を携えた幼女としてドヤ顔で暗躍している(本人談)。
そう考えるとむしろ、何かこう、倒錯的な魅力すら感じずにはいられない。
気付けばその目は幼女ではなく、ただ『クロノ』にだけ向けられていた。
……ハンにとっての不幸を挙げるとするならば。
クロノに出会ってしまったことで、『幼い少女に興奮する』という性癖が。
『幼女のロールプレイをする女性に興奮する』へと、もうどうしようもないほどに捻じ曲がってしまったこと、であろうか。
故に彼女は、自身の性癖を、人生すらをも変えてしまったクロノに無類の忠誠(と情欲)を向けており、彼女の為ならなんだってすると、本気で考えているのである。
……そんな、自身の想いを刹那の間に再確認したハンは、少しの間をおいて、ケイネシスの問いにようやく答えを示した。
「――帝王。遍く時を統べるに足る、絶対の君臨者。それこそが我が主」
それは、あまりにもクロノちっくな、人によっては背筋がぞわぞわと震えてしまう、聞くに堪えないような台詞。
しかし、それも当然。
『クロノスタシス』はクロノの志に惹かれ、彼女に忠誠を誓った者たちの集いであり。彼ら彼女ら一人一人もまた、クロノに連なる世界観の持ち主なのだから。
「成程、成程!帝王か!随分と大きく出たものだけれど――そうでなくっちゃ、面白くない」
そして、彼ら彼女らと同じく、クロノという存在に心惹かれたケイネシスもまた、確固たる自分のセカイを持った曲者であった。
「ではまず、帝王様の右腕を打倒するとしようかな。そうすればワタシも、彼女との謁見が許されるんじゃないかな?」
「さて。それを決めるのは私ではなく、我が主ですので」
「あははっ、違いない」
ただ純粋に、時間を焦がれ求めた少女。
その想いの熱量に当てられ、彼女に心惹かれた二人の女性が、されども相対する立場となって今、互いの前に立ち塞がる。
次回更新は3月4日(水)を予定しています。
よろしければ是非また読みに来てください。
あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととても嬉しいです。




