38 V-第十二次『セカイ日時計』簒奪戦 最前線、或いは戦場の只中
広大な荒野を舞台にした、軍勢と軍勢のぶつかり合い。
少しでも相手の数を減らそうと、両軍激突に先駆けて放たれた遠距離攻撃や範囲攻撃は、当然の如くどちらの陣営も対策を取っておりほぼ無意味。結局、先陣同士の激突を皮切りに、殺風景な戦場に相応しく、古式ゆかしい中・近距離での歩兵戦が繰り広げられることとなった。
俯瞰的に見るとそれは、まさしく大規模な集団戦と呼ぶに相応しい様相。
しかしその実、荒野を埋め尽くすほどの人の波は、一対一或いは少数対少数の集合体として形成されている。
そして、その中にあってひと際目を引くのは、幾頭かの大型モンスター同士が派手に激突する、戦場の中心部であった。
「さあ『ヒヨク』よ、『レンリ』よ。遍く知らしめるのです。絶対にして不変である我らが教義を」
厳かに呟くエイトの頭上に影を落とすのは、間違いなくこの戦場において最も巨大な存在である樹木系のモンスター、『レンリ』。
現実世界で言えば樹齢何千年程度では済まないほどのその幹は、二つの樹木が身を寄せ合っていることを加味してもなお、あまりにも雄大過ぎる。そこから伸びる幾百幾千もの枝葉は広く高く無尽蔵に広がり、最早その影の下は、荒野とは別の森林フィールドなのではないかと錯覚してしまうほど。
知らぬものが見ればオブジェクトと勘違いしてしまうほど寡黙に佇む『レンリ』は、しかし確かな行動原理を持った使役獣として、その枝葉や地に這わせた根を駆使し、敵性存在へ攻撃の意思を示していた。
特異な行動パターンや、目を見張るような特殊能力を備えているわけではない。ただ単に、巨大であり、単一であり、無数でもある。絡み合った二つの巨木は、されども一つの巨大過ぎる大樹として、その身一つで雄大な森林を形成しており。
小さな小さな人間たちにとってはただそれだけで、大自然の脅威そのものが具現しているも同然であった。
いや、それは人間だけに非ず。
地を駆ける他のモンスターたちもまた、敵味方を問わず、その巨影の支配下にある。勝つも負けるも食うも食われるも、全てがその連理木の根の上。
そんな、半ばステージギミックのようにして、二木一樹の大森林『レンリ』は戦場に鎮座していた。
地は『レンリ』の領分。
しかして、此度の戦場に投入されたモンスターの中には、当然ながら地に足を付けていない者たちも無数に存在する。空にまで広がる『レンリ』の枝葉を掻い潜りながら、そこかしこで空戦を繰り広げるその中に、彼らはいた。
「我らが女神の名の下に、戦場に正しき絆の形を」
一見して、他の飛行型モンスターとそれほど変わらない体躯の彼ら。青にも赤にも揺らめく不可思議な羽毛に身を包んだその鳥獣種は、けれども誰よりも速く荒野の上を駆け回る。
一筋の線と化し、その身でもって眼前の敵を刺し貫き。
かと思えば、両の翼を全く別々に羽ばたかせ、通常では有り得ないような出鱈目な軌道を描きながら攻撃を躱してみせる。
それでもなお追い縋ったワイバーンの突進が、遂に彼らを縦に両断せしめた……わけもなく。
分かたれたに見えたその身体は、勢い余って通り過ぎていくワイバーンの後方で、何事もなかったかのように再び身を寄せ合って一つになった。
その本質は、右翼のみの鳥獣と左翼のみの鳥獣のつがい。
『ヒヨク』と呼称される彼らは、『レンリ』と同じく、一対で一つとなるモンスターであった。
『ヒヨク』と『レンリ』。
二対四頭にして二頭の大型モンスターを従えるエイトは、俗にテイマーと呼ばれるプレイヤーたちの中でも、その特異性でもって『知勇の両天秤』陣営から要注意人物としてマークされており。それが故に、彼女と配下のモンスターの前には、同じく『知勇の両天秤』側のテイマーと大型モンスターたちが立ちふさがる形となっていた。
しかしそれは言い返せば、相手方のほとんどの大型モンスターを彼女へと引き付けられる、ということでもある。『クロノスタシス』陣営のテイマー勢の加勢もあって、エイトが佇む戦場の中心は、多様なモンスターたちが生存競争を繰り広げる自然の縮図そのものであった。
そんな、並の人間では立ち入ることさえも容易ではない森林の中にあって、攻防に身を躍らせる3つの影が。
「分かっちゃいたが、やっぱり最前線に出てきやがったかっ!」
一つは、荒々しくもどこか気怠さの残る男の姿。
赤錆びたようにも見える赤銅の鎧に、同じく赤銅で形作られた長剣と大盾を携えた、一見オーソドックスな前衛職めいた装備の彼こそ『知勇の両天秤』首領のグレンである。
「それはお互い様っ」
「そっちこそー、リーダーなのにいっちばん危険なところに出てきて大丈夫なの、っと」
対して、二人一組でそれを相手取るのは百合乃婦妻ことハナとミツ。
白地に銀鎧といういつも通りの装いに身を包んだ二人は、入れ代わり立ち代わり繰り出す絶え間ない連撃に乗せて、眼前の男へと軽口をたたいて見せた。
「はっ、俺は普段から信頼されてねぇからなぁ!こういう時に体張って好感度稼いどかないといけねぇんだよっ!」
何とも悲しい返しをする彼であったが、『知勇の両天秤』のメンバーは彼のそういうところに惹かれ、また実のところこれ以上ないほどに信頼しているのである。
昼行燈のようでありながら、戦場では常に最前線に立ち、その背中でもって味方を鼓舞する。それがグレンという男。
一方のハナとミツも、一プレイヤーとしての知名度はグレンにも引けを取らないほど。そんな彼女たちが、敵陣営のボスと真っ向からぶつかる姿は、『クロノスタシス』サイドにとっても非常に頼もしいものであり。
自ら先陣を切りつつ味方の士気を高めるという、奇しくも似たような役割を持った者たちが今、戦場の只中で激突している。
「管理クランのトップが、っっ!」
左側に立ち、右手で突き出されたハナの『比翼』が、グレンの左手の大盾によって弾かれる。条件を満たしたことによって発動した大盾のパリィにより、右半身ごと後ろへと仰け反る彼女を庇うようにして、ミツが両刀を携えて割って入った。
「人望無いとは、思えないけどねぇっ」
「だといいんだがなぁっ!」
パリィによって弾かれることも織り込み済みの二人のスイッチによって、ハナへと振り下ろされるはずだったグレンの赤銅剣は、ミツの凶刃から身を守るものへと転身せざるを得なくなる。
しかしその、『連理』と『五閃七突』の二本による斬撃も、STR値とVIT値から換算されるグレンの高い防御能力によって、赤銅の長剣一本で受け止められてしまった。
鍔迫り合ってはまず勝てないと、ミツは即座に半歩右後ろへと引き、ノックバックから復帰したハナが再び前へ。
(実際のところ、百合乃が出てくるのは織り込み済み。こいつらとあの教祖さえ倒せれば、少なくとも前線の戦局は俺たちに傾く……!)
重量の伴う攻撃力、防御力では自身に分があると分かっていても、力任せに攻めるのは得策ではない。
直接刃を交えるのは初めてながら、前評判や今の一幕でそう判断したグレンは、勝つためにこそ、いつも通り慎重な立ち回りに徹するべきだと、改めて自身に言い聞かせる。
リーダーでありながら一番槍として戦場に立ち、それでいて生き残り続けること。それこそが自分にできる最大の役割だと理解しているが故の、彼のプレイスタイルであった。
(リサーチ通り、リーダーが前に出てきたねぇ)
(この人を抑えるのが私たちの役割……シンプルで良いわ)
逆に言えば、グレンの方からの無茶な攻撃や捨て身の特攻は考え辛い。
彼を抑えるという役目を与えられているハナとミツにとって、むしろそれは好都合なのだが……しかしだからといって、全く倒す気のない戦いをするつもりなど、彼女たちには微塵もない。
『知勇の両天秤』側の予想と、『クロノスタシス』側の思惑。どちらもが合致した結果であるこの対戦カードは、個の戦いでありながら戦場全体の大局にも影響を及ぼしかねないほどに、重要なものとなっていた。
次回更新は2月22日(土)を予定しています。
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