22 V-唯一人だけを愛せよ、我が女神の如く
『アカデメイア』は学園都市であるが、当然、ここで学ぶことが出来るのは座学だけに留まらない。
実戦を想定した模擬訓練も盛んに行われており、そのために養成施設の内外を問わず、町のあらゆる場所に訓練場となり得るスペースが設けられている。申請をすれば誰でも格安で利用できるそれらは、何かと資金不足に陥りがちな初心者~中級者にとってこの上なくありがたい施設だといえよう。
また、それはカフェや食事処の立ち並ぶ区画でも例外ではなく、連休も終わりが近いこの日、百合乃婦妻と『ティーパーティー』の面々は、訓練場及び併設されたカフェで各々の時間を過ごしていた。
それこそコーヒー一杯ほどの費用で場を借り、模擬戦に勤しむ『ティーパーティー』一行を、隣接したオープンカフェテラスから眺めつつ談笑する百合乃婦妻。なかなかにシュールで、しかしどこか一枚の絵画めいた優雅さが見え隠れしているようないないような。
と、そんな謎空間に、何やら過分に厳かな雰囲気を漂わせながら忍び寄る、一つの影が。
「この頃『アカデメイア』に居られるという噂は、本当だったのですね」
聞き覚えのあるその声に振り向いたハナとミツの眼前にいたのは、白いローブに身を包んだ長身の女性だった。
まるで秘境の湖かの如く神秘的に輝き広がる、ターコイズブルーの長髪。同色の瞳は、優しく揺蕩う穏やかな水面のよう。
高く、真っ直ぐに伸びた背筋に、豊かな体付きをゆったりとした修道服に隠したその立ち姿は、まさしく敬虔な信仰者の体現と言えた。
「久しぶり……でもないかしら、エイト」
「元気だったー?」
エイト、と呼ばれたその女性はハナとミツに向かって、大仰なほどに恭しく一礼する。
「勿論でございます。女神様方のご加護の元、このエイト、日々壮健に過ごしております故」
二人を女神と呼ぶその声音、態度、そのどれもが、言葉通り至上の存在に対する、最上級の敬意に満ちたものだった。
「女神様方こそお変わりなく、麗しく、そして睦まじいご様子で」
例によってお互いに向けて伸ばされたあーんの手にエイトは、目を細めどこか恍惚とした表情を見せる。
「「まあ、お陰様で?」」
声を揃えてそう返す二人に、エイトはますます嬉しそうに笑みを浮かべた。
「世辞であっても、勿体無いお言葉でございます」
それから、取り敢えず座るよう促すハナとミツに従って、一言断ってからエイトはイスに腰掛けた。神と同席など恐れ多いにも程があるが、立ち通しでいることをこの二人が嫌がるのはこれまでの経験でよく分かっていたため、内心の呵責を押し殺し腰を下ろした次第であった。
「んで、何か用事でもあるの?」
第一声からして自分たちのことを探してでもいたのかと、そう切り出すハナ。しかしエイトの返答は、
「いえ、最近学園都市にいらっしゃる、という噂を耳にしまして。偶然、付近に所用がありましたので、謁見をと」
といったものだった。
この時期、この付近に用があるとなれば、心当たりはおおむね一つであり。
「スタンピード?」
半ば確信を得ているミツの問いに、エイトは是と答えた。
「ええ、なんでもアンデッド系とのことで……一応わたくしも、このような格好をしております故」
信じる神の系譜はさておき、一応は聖職者の真似事をする身。不浄な存在の発生となれば、出向くのもやぶさかではない彼女。まあ動機の半分ほどは、これにかこつけて信仰を広めようという目論見に拠るものなのだが。
「そこへ女神様方のお姿が見られるとなれば、お二方も参加なさるのかと思いまして」
「まあ、折角居合わせたわけだし」
「参加しとこうかなーって」
ちなみに動機の残り半分は、言うまでもなく女神様方への面通しである。
「居合わせた、と言う事は何か別の用件がおありで?」
「用件ってほどじゃないんだけど」
言いながら訓練場へと向けられたハナの視線を追うエイト。
その先には、息を切らしながら4人で乱闘を繰り広げる『ティーパーティー』の姿が。
「最近始めた知り合いがいて、そのよしみでねー」
「成程」
彼女らへ向ける視線は、変わらず慈愛に満ちており。
(女神様方の近くで研鑽を積めるとは幸運な者たちですね……さて、誰と誰が良い感じなのでしょうか……)
その脳内ではガチガチの固定カプ厨めいた思考が渦を巻いていた。
エイトはその類稀なる観察眼でもって、模擬戦に勤しむ4人の関係性を見極めようとする。
(あの最も目立つバニーガールは……ふむ、サイドテールの重騎士様にお熱なようですね……)
1vs1vs1vs1で入り乱れて戦う彼女たち。しかし、白ウサちゃんの機動力と長い四肢を存分に振るった攻撃は、フレアに向けられるときのみ僅かに遊びのようなものが見られた。
(手加減や贔屓とはまた違う、言うなればじゃれついているような……では、あの犬っ子ちゃんは……と……おやぁ?)
次いで視線を向けたリンカの方も、その二丁拳銃を景気良くぶっ放す傍ら、最も意識を向けているのは間違いなくフレアに対してであった。その様子……言うなれば、一人に対して二人の矢印が向いている相関図に、エイトは内心で眉をひそめる。
(……落ち着くのです、わたくし。ほら、あの初心者さん……は……おや……おやおやぁ?)
先ほどまでとは違う、どこか張り付けたような笑みを浮かべるエイトの目線の先には、初期装備を少しだけ改良したレザー装備に身を包んだノーラが。彼女もまた、4人の中で最もレベルが高いフレアへ、胸を借りるつもりで果敢に挑んでいた。矢印追加。
四つ巴のように見えて、その実、フレアを中心としてその場が形成されている。それは模擬戦の様相だけでなく、普段の彼女たちの関係性をも示唆していることを、エイトはこの僅かな時間で看破したのだが。
そしてその事実は、彼女にとっての世界の真理とは相反するものであり。
(いえ。いえいえいえ。まだです。そう、あの騎士様が一途であるのならば、何の問題もないのですから)
湧き上がる嫌な予感に、いやまだ慌てる時間ではないと、努めて気持ちを落ち着けようとした。
……が、その視線が帯び始めた剣呑な雰囲気を誤魔化すことは出来ず、鋭く、されど濁り始めた瞳でもって、エイトはフレアを注視する。
その様子に彼女の発作の前兆を感じ取ったハナとミツであったが、無論、面白そうなので余計な口は挟まない。
そんな、自身がある種の瀬戸際に立っていることなど知りもしないフレアは、一通りの模擬戦を終え、リーダーとして各々に所見を述べ始める。
「ノーラも、だいぶ魔法を撃ち慣れてきたみたいね。てか、初心者なのにもう近接攻撃と組み合わせられてるの凄くない?」
「そうですかっ、ありがとうございます!」
運動によるもの以上の高揚を、返答の言葉尻に漂わせるノーラ。
「自分は、自分はどうっすかセンパイ!」
「落ち着け落ち着け。アンタはいつも通り器用よねぇ」
テンガロンハットを脱ぎ、わしゃわしゃと頭を撫でられるリンカは、まさしく子犬のように喜びを示していて。
「おねーさんのことも、褒めてくれてもいいんだぞっ☆」
「……まず重いんでどいてくれます?」
「ひどーいっ☆」
後ろから抱き着く白ウサちゃん。苦言を呈するフレア。しかし、言いながらもその顔には、両者ともに笑みが浮かんでいた。
「……成程」
――ぽつりと呟かれたその声は、先ほどまでの慈愛に満ちたそれからはかけ離れたものだった。
「あの女、クサレハーレム系主人公ってワケか……」
立ち上がったにも関わらず、猫背というにも曲がりすぎな背筋のせいで、ローブの裾はまるで地を這う亡者の如く。
「ふざけやがって……あたしの『ヒヨク』と『レンリ』で、生涯唯一人しか愛せない体にしてやろうか……」
ぼそぼそと呟かれるそれは、怨嗟の声か悪魔の祝詞か。
「流石に、それは止めておいて欲しいというか」
「お店壊れちゃうよー」
「ははは、ちょっとしたジョークですよ我がカミィ……」
乾いた笑みを浮かべる顔、その瞳は泥水さながらに濁り、髪すらも輝きを失い重く圧し掛かっているかのようだった。
「ただまァ、ちょっくら偉大なるカミの教えを説いてきますわァ……」
ずるりと、明らかに容積を無視してローブの裾から引きずり出されたのは、一つの彫像。
ロングポニーのスレンダーな少女とウェーブがかったロングヘアのやや小柄な少女が――要するに、ハナとミツが抱きしめ合うさまを精巧に再現した木製のそれ。
「もし、そこの騎士様」
「――ん、あたし?っておわぁっ!?」
性別を問わず一対一の関係をこそ至上の愛とする、極度の純愛思想の元に誕生した超大規模クラン『一心教』。
「アンタに、神の思し召しをォ!!!!」
その開祖にしてクランリーダー、『固定カプ狂祖』エイトの神器『1/1スケール百合乃婦妻像』が今、不遜なる異教徒へ裁きの鉄槌を下す――!
◆ ◆ ◆
「死ぬかと思った……いやマジで」
「まさか。殺してしまっては教えを説くことが出来ませんからね」
実際のところ、フレアがキルされずに済んだのは訓練場のセーフティ機能によるものなのだが、幽鬼のような足取りで巨大な女神像を振り回すエイトの姿は、それを感じさせない狂気に溢れていた。
「怖すぎ……てか、前に言ってた女神像で殴り掛かってくる教祖って」
「うん、エイトのこと」
「女神って自分たちのことかいっ」
「ちゃんと許可は頂いておりますよ」
突如として現れたヤバい廃人に瞬く間にボコボコにされたフレアは、分かっていて止めなかったであろうハナとミツへジトっとした視線を向ける。
「そもそも……」
なんで『一心教』の教祖がここに、と言おうとして、その教義の原点たる女神二人がここにいるのだから何らおかしくはないかと思い直す。結局、絞り出すように口を突いて出たのは、
「あたしは別にハーレム系主人公?とかってやつじゃないし」
などという、本人以外誰も納得しないような言葉。
「――アァん?」
当然、エイトは修羅と化し、『ティーパーティー』の面々は呆れ、ハナとミツは降って湧いた喜劇を前に、必死に笑いを堪えていた。
次回更新は12月28日(土)を予定しています。
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