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百合乃婦妻のリアル事情  作者: にゃー
春 百合乃婦妻が出会ったら

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11 R-1LDK・アトモスフィア


「ってわけで、深窓さんもハロワ始めるみたいなんだけど」


 決して、クラスのお嬢様が職業相談所に通い始めたという話ではない。


「今日の夜から、自宅で始めて見ようかと思いまして」


 先日のVR実習を経て遂に、麗もゲームとしての[HELLO WORLD]の世界へ足を踏み入れることを決めたらしく。


「良いんじゃない?」


「ようこそー」


 既存ユーザーとして、プレイヤーが増えることを素直に喜ぶ華花と蜜実であった。



 時は昼頃、場は教室。

 華花と蜜実、未代、そして麗の四人は、机を寄せ合って昼食と洒落込んでいた。


 元々華花の友人であり、かつ自身の物怖じしない性格も相まって、未代は既に、このクラスでも数少ない、華花と蜜実の二人と普通に話せる人物という貴重なポジションを獲得している。

 本人は特に、ありがたみなどは感じていないようだが。


 さらにそこへ、その未代と初日以来交流のある麗も、彼女に引っ張られるようにして輪に混ざり、結果として今日のように四人で行動することが増えてきたという具合。住んでる世界が違うなんて言っておきながら、話してみれば概ね誰とでも仲良く出来るのが、未代という人物であった。


 なお、麗の方は楚々とした振る舞いの端々に、百合乃婦妻を間近で見られる喜びが見え隠れしていたが……それをさらに遠巻きに眺めるクラスメイトたちからは、その圧倒的お嬢様オーラにより、麗はまさしく百合の花を愛でる令嬢めいた存在と称されつつあった。本人はまるで気付いていなかったが。



 兎にも角にも、自他共に一つのグループとして認知され始めている四人の今日の昼休みの話題は、麗の[HELLO WORLD]デビューについて。


「んで、それに関してお二人さんに、ちょいと頼みがありまして……」


「何となく読めた気がする」


「するねー」


「理解が早くて助かるでやんす」


 これまでの実習で学んだのは、それこそVR世界における基本中の基本。それですら、麗に至っては一度ならず二度までもモンスターに轢かれて終わるという中々に不運な有様だったものだから、曲がりなりにもペアを組んでいた未代としては、今一度しっかりゲームとしての楽しさを知ってもらいたかった。


「えっと、お二人の時間を邪魔してしまうのは、大変心苦しいものでは有りますが……どうか少しばかり、わたくしに[HELLO WORLD]の何たるかをレクチャーしては頂けないでしょうか」


 嬉しいことに麗自身もゲームそのものには興味を持ってくれたようで、ならばこそ、身近にいる廃人共に教えを乞うのが良かろうと、こうして二人して頼み込んでいる次第であった。


「あたしもそこそこやってはいるけど……なんちゅーかこう、テキトーってか、その場のノリで?みたいな?正直仕様とか序盤の攻略チャートとか、よく知らないんだよねぇ」


 未代は所謂エンジョイ勢というやつであり。

 自分がやる分には構わないが、一から始める初心者に教えるには色々と不足だろうからと、今回の件は彼女なりに考えた結果の要望なのだが。


「勿論、無理にとは言わないから!」


 正直なところ未代は、この二人なら悪意ではなく優先順位の問題から断られるのではないかとも思っていた。それならそれでまぁ最悪、他の当てが無いわけでは無いし。


(とはいえ、実質初プレイで見ず知らずの人と引き合わせるのもなぁ……)


 真っ先にこの廃人級のクラスメイトに頼んでみたのは、麗への配慮でもありつつ、折角ならいいところを狙ってみようという、言うなれば未代のがめつさの表れでもあるのだが……それに対する華花と蜜実の返事は。


「まぁ、一緒にやるのは構わないけど」


「うんうん。プレイヤーが増えるのは良いことだよー」


 とまあそんなふうに、実にあっさりとしたものであった。


「本当ですか!ありがとうございます!」


「おぉ、予想以上にあっさり……正直、二人の時間が減るから無理っ!とか言われると思ってたわ。いや、ありがたいけども」


 感謝を告げながらも、渋るそぶりもなく頷いてくれたことに驚きを隠せない未代。そんな彼女に対して二人は、続けざまにこう返す。


「いや別に。誰が居ようと居なかろうと」


「ふたりの時間は減らないよー」


 その言葉は二人にとって、ゆるぎない事実であった。

 華花と蜜実は過度に他人を排斥しない。なぜなら、他人の有無など二人の関係性には露ほども影響を及ぼさないからである。


「あ、そういう……」


「何者も、二人の世界に割って入るなど出来ないということですねっ!」


 承諾を貰えた事よりも、むしろそちらの方が嬉しそうな麗であった。




 ◆ ◆ ◆




 少し経って、放課後。

 麗がゲームを開始するのは夜。となればその間、華花と蜜実の二人がすることと言えば。



「お、お邪魔します……」


「どうぞー」



 必然、自宅デートpartⅡに他ならないだろう。


「ここが、蜜実の家……」


 蜜実が住んでいるのは華花と同じく賃貸の一室なのだが……ワンルームだった華花の部屋に対して蜜実のそれは、一人で住むには少しばかり広く感じられる1LDKの住まいだった。


 薄く漂う蜜実の香りに胸を高鳴らせながら、華花は案内されるがままに、リビングにあるソファに座る。お茶と茶菓子を用意してきた蜜実も、当然の如くその隣に腰かけた。


「結構広いところに住んでるんだね」


「うん、わたしはもっと狭くていいって言ったのに、おとーさんとおかーさんが張り切っちゃってー」


 家族で部屋を探すときの、住む自分以上に拘りを見せていた両親を思い出し、蜜実は小さく笑みを浮かべた。至近距離でのその微笑みに、華花の心臓はさらに暴れ出す。


「華花ちゃん、どうかしたの?」


「あ、いや、笑顔が、可愛くてつい……」


 見惚れちゃってたと、バーチャルな世界では容易く言えることが、どういうわけだかこの場所では、いつも以上に喉に引っかかる。つかえを取ろうと飲み込んだ唾の音が、広い部屋に思いのほか響き渡った。


「ありがとぉ。でも、華花ちゃんだっていま、すっごいかわいい表情(かお)してるよー」


 ここは文字通り、蜜実のホームで。いつだって自分を惑わせて止まない彼女に、なおのこと飲まれそうになってしまうのも、致し方のないことなんだろう。髪色と同じその黒い瞳は、まるで広がる宇宙空間のように、華花の心をふわふわと無重力へと誘ってくれる。酸素を失ったように頭はピリピリと痺れてきて、それがなんとも心地いい。


「華花ちゃん、もっとこっち、来て……?」


 今だってその距離はほとんどゼロに等しいけれど、(それ)じゃあ蜜実は満足できない。だからもっと抱き寄せる。両の腕で、言葉で、瞳で。彼女のブラウンの瞳を、自らのそれで絡めとるように、視線で熱を送り込む。目は脳に近い場所にあるんだから、こうして見つめ合っていればもっともっと、彼女の頭をふやかせられるんじゃないだろうか。

 そうしたら二人を隔てる点は溶け落ちて、(ひとつ)になれるような気がするから。


「こ、こう……?」


「んー……もっとぉ……」


 こんなにも広い部屋だというのに、二人は今、ぴったりと寄り添い合っていた。限りなく空間を無駄遣いしているというおかしな背徳感が、さらにその背を押しているような錯覚さえも感じさせる。

 気付けば華花は、もたれ掛かるようにして蜜実を見下ろしていて、けれども今、制服越しの熱量交換の主導権を握っているのは、紛れもなく蜜実なのだと、二人ともが確信していた。


「……蜜実ぃ……」


「……なぁに?」


 幸せ過ぎて、甘すぎて、息が苦しくなってしまう。だったら深呼吸でもすればいいものを、例によって駄目になってしまった華花の脳は、蜜実の瞳から目をそらすなんていう、ちぐはぐな指令を自身の体に送ってしまった。

 その結果、華花の視界に入ったのは、一つの扉。寝室へ続く、蜜実の最奥へと至る、最後の砦。こんな雰囲気の中で、こんなモノを見てしまっては、一体蜜実になんて言われるんだろうか。


「……気になる?」


「っ、あ、えっと……」


 じっと華花を見つめているのだから、逸らされた目線の先に何があるのかなんて、蜜実にはすぐに分かってしまうもの。そこを意識して、身体の奥を火照らせて、期待に逸る鼓動を隠そうともしないままに、囁いた。



「あっちの部屋……見たい?」



 小さく小さく、けれども、それは二人のあいだで、無尽蔵に反響する。反響して共鳴して、大きく波打つその音波に脳を揺さぶられたかのように、華花はふらふらと頷いた。


「いいよ。じゃあ、いこ?」


 ぎゅうっと抱きしめ合ったまま、覚束ない足取りで、ふらふらと右に左にステップを踏みながら扉の前へとたどり着く。今度こそ決して視線を逸らすことなく、蜜実が後ろ手に扉を開き。心の準備なんてさせる間も与えず、部屋へと招き入れた。


「、はぁっ……、……」


 濃密な、蜜実の香り。

 密着した本人から香ってくるモノとはまた違う、この小さな空間そのものを満たす彼女の匂い。なるほどこれは深呼吸したくなるわけだと、華花はピリピリと痺れる頭の片隅で納得した。


「えーいっ」


 そんな掛け声とともに、蜜実はいつものように、ベッドへと仰向けに飛び込む。いつもと違って華花と抱き合っているのだから、当然、巻き込まれるようにして、華花もベッドへと倒れ込んだ。


 ふわりと、全身が包まれるような感覚。自分が上にいるはずなのに、上下も左右も心も体も、全てを蜜実に抱きしめられているような。


「……ねぇ、華花ちゃん……」


 囁く彼女の甘い音色が、耳奥の迷走神経まで甘く食む。

 視線の先には相も変わらず、堕ちていくほどに深い黒色が。

 両手のみならず、身体を支える必要がなくなった両足までもが、末端神経レベルで離れるのを拒んでいるかのように、彼女のそれと絡み合っていて。

 彼女自身の香りと、部屋に染みついたもう一人の彼女が、二人して華花の鼻腔を心地良くくすぐった。


 感覚器官の4/5を掌握されてしまった。もうほとんど、飲み込まれてしまったみたい。



「のこりの1/5を足したら、わたしたちは(ひとつ)になるのかな……?」


 甘い甘いその一言に、華花も、口にした蜜実自身さえも、知的好奇心が抑えきれなくなってしまう。



「試してみて、いい……?」


「……いいよ……」



 5/5で、満たされて。



「……ん……」


「……ふ、ぅ……」



けれども今の二人には。


「「………………」」


 =1はちょっと大き過ぎた。



「……うぅー、華花ちゃぁん……わたしもう、幸せ過ぎて、これ以上はぁ……」


「……私もちょっと、今日はもう、いっぱいいっぱいかも……」



 どっきんどっきんと鳴り止まない心臓を抑えながら、二人ははにかみながら笑い合う。今日のところは、ここまでが限界。


「――ねぇ、蜜実」


「――なぁに、華花ちゃん」


 仮想の世界で心だけを通わせすぎたせいで、身体がついて行けてないみたい。


「ひとつ、提案があるんだけど」


「奇遇だねぇ。わたしもだよー」


 これは、早急なトレーニングが必要だねぇー。


「じゃあ、せーので言ってみる?」


「あいさー」


 それなら、いい方法があるんだ。



「「せーの」」



 ――二人で、一緒に暮らそっか。


 次回更新は11月20日(水)を予定しています。

 よろしければ是非また読みに来てください。

 あと、感想、ブクマ、評価、誤字脱字報告などなど頂けるととてもうれしいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ぐあぁぁぁぁぁ…バタッ
[良い点] いい最終回でした(違う) 画面向こうなのに百合のかほりが むせ返るほど濃ゆいですね。 ありがとうございます。 [気になる点] 「蜜実ちゃん、もっとこっち、来て……?」 話の流れ的に蜜実ち…
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