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アーティが晴れて侯爵令嬢になったご褒美は、ルネド通りの最高級店での買い物三昧。買い物をした箱が馬車に入りきらず、急遽もう一台手配したほどです。
その他にも競馬や観劇、オペラに美術鑑賞。取り巻き令嬢や親戚筋の青年たち、そして義父の皆様に守られながら外出したアーティには、当然ながら注目が集まりました。
もちろん誰からも『アーティの素性』についての質問は受け付けません。一週間もたつ頃には、「謎の淑女がいる」と社交界で噂になっていました。
「王立美術館の展覧会が最終日を迎えましたね。『イブリン嬢の肖像』は史上最高の肖像画でした」
「ええ、目の保養になりました。最優秀賞は納得の結果ですわ」
今日は趣向を凝らしたガーデンパーティー。取り巻きのリーダー伯爵令嬢テリサと、親戚筋のウォーン伯爵家のマーサーが話に花を咲かせています。
「なんだかいい雰囲気だな」
フレデリック様が「羨ましい」とため息をつきます。
「ショウ子爵家のライマスと、ウォーレン男爵家の令嬢フラニーもですわ。遠からず婚約発表があるでしょう。めでたいことです」
私は微笑みました。取り巻きの令嬢たちはアーティに献身的に尽くしていますから、ご褒美はあってしかるべきでしょう。
「王立美術館の『イブリン嬢の肖像』の前は大変な人だかりだったらしいね。平民たちの間でも、わざわざお金を払って見に行く価値があるって話題になっていたらしいし」
「ええ、想像を遥かに超える反響だった聞いています」
私が答えると、フレデリック様は首を巡らせてレイクンを見ました。
「よかったな、レイクン。お前の肖像画が賞賛の眼差しをほしいままにしたぞ」
「嬉しくないですよ……みんなあれを『お美しいイブリン嬢の肖像』だと思っていたんだし」
レイクンが嫌そうに顔をしかめます。
「絵の中の僕が着ているドレスが凄いから、人気が出て当然なんだけど……」
二か月近く前、アーティが子爵令嬢になった日に『妊娠を隠し通すためのドレス』を注文しましたが、デザイナーは短期間で素晴らしいドレスを創造してくれたのです。
現在のドレスの主流は胸下に切り替えがあるエンパイアライン。裾までの流れは自然で、スカートを膨らませていません。
ですが新しいドレスは、裾広がりになった三角形のシルエット。そして特筆すべきは古代の民族衣装からヒントを得た『ペプラム』という飾り。ウエストにひだ状の飾りが縫い付けられているのです。
ギャザーをたっぷりとったペプラムが波打っているおかげで、ウエストが引き締まって見えます。更にお腹とお尻を隠すことができて、まさに妊娠中のアーティにうってつけ。
「新しいドレスを着た『イブリン嬢の肖像』が最優秀賞を受賞したことで、多くの人の目に触れる。社交の場では、誰もがそのドレスの話題を持ち出す……鮮やかすぎる手腕に言葉もないよ」
フレデリック様がどこか遠くを見るような眼差しで言います。
確かに『アーティの妊娠を隠すためのドレス』を、事前に『私を象徴するドレス』にしておくという目標が、鮮やかに達成できました。
「デザイナーが画家としても優秀だったおかげです。そして、多忙な私に代わってモデルを勤めてくれたレイクンの」
私はレイクンを抱きしめました。少し不貞腐れていた彼は機嫌を直し、照れくさそうに微笑みます。
男女の双子でありながらそっくりな私たち。レイクンは自分の女顔と華奢な体を嫌っていますが、私の計画に大いに貢献してくれました。
ドレス姿のモデル役は嫌々ではありましたけれど──私のためなら何でもしてくれる優しい弟に感謝ですね。
王立美術館で開催される展覧会は、貴族にとっては社交の場。彼らは壁に掛けられた絵をじっくり鑑賞し、熱く語り合います。
新しいドレスを着たレイクンの肖像(当事者以外の人から見れば私の肖像)は最優秀賞を受賞し、会場内でも最高の場所に展示されました。
自分で言うのもなんですが、私は令嬢たちの憧れの的。私が新しいドレスを着れば、令嬢たちはこぞって同じものを欲しがります。
需要があるのでどこの仕立て屋も模倣し、すでにペプラムドレスは流行の最先端となっているのです。
(明日はハービソン侯爵家で、アーティの御披露目を兼ねた大夜会。ドレスもお腹も悪目立ちしないですむわ)
翌日の夜、ハービソン侯爵邸では夜会の準備が整っていました。アーティには多くの視線が集まり、興味を持った人々が近づいてくるはずです。
「皆様、本日はようこそ我がハービソン侯爵家の夜会にお越しくださいました。今夜は特別なお知らせがあります。実は、縁あって養女を迎えたのです!」
ハービソン侯爵が招待客に向かって朗々とした声で言います。私はそれを、大広間二階のバルコニー席で聞いていました。
「それでは、我が義娘アーティをご紹介しましょう」
使用人の手で両開きの扉が開かれます。
全ての視線が戸口の方に向けられ、大広間はしんと静まり返りました。
人々の注目を全身に浴びながら、最新流行のペプラムドレスを纏った娘が大広間に足を踏み入れます。
アーティ・ハービソン侯爵令嬢は、流れるという表現がぴったりくるような足の運びで、優雅そのもの。まさか平民出身とは誰も思わないでしょう。
ハービソン侯爵の待つ場所まで進んだアーティに声をかけようと、人々が群がります。
「とってもお洒落で美しいお嬢さんね。一体どこに隠れていらっしゃったの?」
皆を代表するように、最も年配のスワンソン侯爵未亡人が探りを入れてきました。
「色々と事情がございまして……。皆様のお目に触れることのない場所で、ひっそりと暮らしておりました」
アーティがはにかんだように答えます。
ハービソン侯爵が咳ばらいをしました。
「養女にしたとは言っても『とある高貴な方』から一時的にお預かりしているにすぎないのです。私の役目は『しかるべき時』が来るまで彼女を守り『我が国』の社交界に慣らしてさしあげること。皆様、どうか無粋な詮索はお控えいただきたく」
人々が「まあ」とか「おお」という小さな声を上げます。
見るからに育ちのよさそうな謎の令嬢を、とある高貴な方から一時的に預かっている──アーティが我が国ないしは他国の王族の『ご落胤』である可能性も十分に考えられる言い方です。
(しばらくの間は、皆様の好きなように考えてもらいましょう。それが真実だろうとそうでなかろうと、彼らが思う存分噂話をすることに変わりはないのだから)
それからの時間、アーティは丁重に扱われました。
ハービソン侯爵がああ言った手前、それ以上のことは踏み込んで聞かないのが大人の気配りというもの。
もちろん意地悪な人もいて、アーティが己の出自についてうっかり口を滑らせるのを期待するような質問もありました。
その都度、取り巻きや歴代の義父が話題を逸らす発言をしたり、新鮮な空気を吸う名目でバルコニーに連れ出したり。
こうしてアーティの社交界デビューは無事に終わりました。
それからの日々もアーティは社交経験を積み重ねました。私が用意した大勢のサポート役に守られながら。
彼女にとって、社交界はもはやおとぎ話ではなくなったのです。
謎の淑女アーティは無垢で清純で、明るくて人柄がいい。その上教養も高く、ユーモアのセンスもある。これほど美しく、才能に恵まれた女性の出自が低いわけがない──人々は思う存分噂話をします。
「先代の国王陛下のご落胤だと聞いたけれど、さもありなんという感じねえ」
「いやいや、他国の王女様だと、みんな言ってるぞ」
どこへ行ってもそんな言葉が聞こえてきました。噂が噂を呼び、人々の予想はどんどん『平民』からかけ離れていきます。
侯爵令嬢になって三週間が過ぎるころには、アーティは社交界の新星と呼ばれるようになっていました。




