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「その平民は……男であれば魔王を倒して世界を救った勇者、女であれば玉の輿に乗ったシンデレラ」
私は美しい声で歌うように言います。
「その正体は秘匿され、王家とごく一部の貴族しか知りません。遠からずその人物は、平民たちの希望の象徴となるでしょう」
「ふむ……王家も一枚噛んでいるのか」
「私たち貴族が特権を享受していられるのは労働者階級のおかげ。平民は身分から逃れられず不満が溜まっています。自分たちと同じ境遇の中から身を立てて、上流階級にまで出世した偶像が現れたら……」
「平民たちはその存在に特別な好意と尊敬を抱き、崇拝するだろうな」
「そして、その偶像の名前を冠した商品が発売されたら」
「……大ヒットするだろうな」
ハービソン侯爵が口元に手を当てます。
「しかし、だ。そんな偶像が現れたら、他の連中も同じことを思いつくぞ。類似商品が相次いで市場に登場するだろう」
「ご心配には及びません、独占販売できますから。この事業には偶像本人も一緒に取り掛かる予定です。彼ないし彼女は、他とは一切契約しません。詳しくは言えませんが──偶像はこちらに借りがあるので」
「なるほど。他は公認を得られないということか。平民向けの商品なら、うちのくずマベルでも十分事足りる。低価格でも大量販売が可能になれば……」
ハービソン侯爵の顔を見れば、すっかり話に引き込まれていることがわかります。ツキに見放されているとはいえ、かつては父の好敵手だった方ですから、機を見るにさといはず。
畳みかけるように私は口を開きます。
「偶像の公式商品のデザインは、我が一族のダフネ・ミルバーンが担当します」
「あの天才が……!?」
「ええ。すでにいくつかの商品は制作に入っています」
ダフネ・ミルバーンはカークレイ王国でも指折りの画家であり、最高の仕事をするファッションデザイナーでもあり、私が『アーティの妊娠を隠し通すためのドレス』を依頼した人物でもあります。
どこの一族にも変わり者のひとりや二人はいるもので、骨折したバーナード様の隠遁先として提案した平民地区の物件は、彼女が飽きてしまった元アトリエです。
「ダフネのデザインには、他とはまるで違う魅力がある。確実に売れるな……」
ハービソン侯爵の上半身が前のめりになります。
「偶像は顔が売れたら、人前に出る際にダフネがデザインした衣装と装飾品を身に着けます。偶像自身が宣伝と販売促進活動をこなすわけですね」
「なるほど……」
「偶像自身が身に着けるものには、最高級の素材を使います。私たちは安価な材料を使って模倣品を作るのです」
「我が領地のくずマベルの出番だな」
「ひとつひとつのアイテムに、素敵なエピソードをつけましょう。そして平民が暮らす地域に店をオープンし、独占販売するのです」
「素晴らしいアイデアだ……!」
ハービソン侯爵が声を震わせます。感極まっているようですね。彼は姿勢を正すと、私と父に向って小さく頭を下げました。
「他の領地のくず石も選ぶこともできるのに……過去の因縁のある私に声をかけてくれるとは。その気持ちが嬉しいよ、アンドルー」
「いいかげん和解すべきだとイブリンが言うのでな」
「実に有能な娘さんだ。外見はラフィアに瓜二つだが、中身はお前にそっくりだな」
父とハービソン侯爵が見つめ合い、笑い合います。
話はまだ終わりではない──こちらがそう切り出す前に、ハービソン侯爵が明らかに緊張した固い顔つきになりました。
「アンドルー、私はお前のことをよくわかっている。何か条件があるんだろう? それを早く説明してくれないか?」
うまい話には裏があって当然です。特に父のような人間が相手ならば。父にそっくりの私が相手ならば。
「ならば単刀直入に言おう。いずれ偶像となる平民を、ハービソン侯爵家の養子にしてもらいたい」
「平民を養子に!?」
ハービソン侯爵は、まさに開いた口が塞がらない状態になっています。
「は、八大公爵家に次ぐ、由緒正しい我が家に平民を入れろと……?」
「はい。この事業に関わる気があるのなら、それが条件です」
私はきっぱり言いました。
「…………」
沈黙が長く続きました。
八大公爵家は王家の守護者。広義に言えば王族に含まれます。
ですから侯爵たちは、侯爵こそが貴族の代表者だと自負しています。平民から養子を迎えるなど、天地がひっくり返ってもあり得ないのです。
「ハービソン侯爵様。養子にするとは言っても、ほんの一か月の話なのです。偶像の出世の通過点になるだけのこと」
「う、ううむ……」
「平民からいきなり侯爵家の養子になるわけではないのです。慎重に段階を踏んでいます。偶像がまともな人間であることは、我が家を含めた複数の貴族が保証します」
私は艶然と微笑みました。
「今この場でお返事をいただきたいのです。侯爵は他にもいます。さあ、ご決断ください。チャンスは今この時だけ」
魅入られたように私を凝視するハービソン侯爵が、ごくりと唾を飲み込みます。
「……わかった、引き受けよう」
「ありがとうございます。これからはよきパートナーですわね」
ああ、よかった。絶対の自信があったとはいえ、やっぱりほっとします。
『シンデレラ』であるアーティの名前を冠して発売すれば、衣装も指輪もペンダントもイヤリングも大ヒット間違いなし。平民にとってはちょっと背伸びした価格でも売れるでしょう。
装飾品だけではなく、リボンやカチューシャといった服飾雑貨も販売するつもりです。それなら子供でもお小遣いで買えますし。誰でも気軽に『アーティ様ごっこ』ができるようにしてあげなくてはね。
『勇者』であるバーナード様の名前を冠した商品も発売予定です。男性用の指輪、カフス、首元を彩る数種類のネクタイ。衣装用の布の端切れを再利用できますから一石二鳥です。
二人をブランド化することを考えついたのは、バーナード様とアーティの逢瀬を見た日のこと。帰りの馬車の中で大まかな構想はできていました。
離反者を生むことなく一致団結するために、売上は義父の皆様と分け合う予定です。
結婚式までにかかった費用を、多少なりとも本人たちが補填するシステムが構築されるので、テイラー公爵のストレスも減るでしょう。
アーティに目をやると、彼女は少々どころではない尊敬の眼差しで私を見ています。それはエリスや侍女たちも同様なので、場にそぐわないということはありません。
「では、前途を祝してシャンパンで乾杯いたしましょうか」
これからアーティとバーナード様の浮気、妊娠といった『他言無用の話』をしなければなりません。
ハービソン侯爵もびっくりの連続では身が持たないでしょうし、肩の力を抜いてリラックスしていただかなくてはね。




