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 私は早速アーティと一緒にいる時間を増やしました。教育の合間に三階の自室に彼女を招き入れ、『普段の私』の生活を見せてやることにしたのです。


「イブリン様のお部屋って意外と地味なのですね。シックで落ち着いた感じ」


 アーティは目を輝かせて私の部屋を見回します。

 天蓋付きのベッドや、化粧台や執務机などの家具や調度品は、我が家に代々受け継がれてきたものばかり。ぱっと見は豪華絢爛ではありません。やはりアーティにはまだ、本物が持つ価値を理解する能力がないようですね。


「派手さや豪華さよりも居心地の良さを重視しているのよ。部屋がすっきりしていると、頭もすっきりするし」


 アーティを骨董品の椅子に座らせ、私は執務机に向かいました。エリスは苦虫を噛みつぶしたような顔でアーティを睨んでいます。


「テッド、そこの書類は決裁が終わっているから、スタントンのところへ持って行って」

「承知いたしました」


「エリス、私が個人的に援助している慈善活動の報告書を持ってきて」

「はい、すぐに」


 アーティが最初に見たのは、休む間もなく働いている私の姿。一心不乱に机に向かう私を見て、彼女はぽかんとしています。


「アーティの昼食はここへ運んで。私の昼食は『いつもの』でいいわ」


 書類仕事の合間に私が言うと、時間を告げるようにアーティのお腹が鳴りました。


「昼食をお持ちいたしました」


 ほどなくしてワゴンを押したエリスが入ってきます。彼女はまず、立ち上がった私に大きめのグラスを手渡しました。


「そ、それ何ですか?」

「領地の薬草で作った滋養強壮剤よ。忙しい日の昼食は、いつもこれで済ませているの」


 おどろおどろしい色合いの液体からは草の香りが漂っています。私は片手を腰に当て、一気に飲み干しました。

 アーティが「ひええ」と悲鳴を上げます。彼女とはディナー以外共にしたことがないので、驚くのも無理はありません。


「見た目はあれだけれど案外飲みやすいのよ。腹持ちがいいし、頭がすっきりするし」

 私はにこやかに言いました。


「でも他の人たちには黙っていてね、私の淑女としての評判が落ちてしまうから」

「は、はい」


「あなたは私に遠慮せず食べなさい。招待状を整理しながらお喋りに付き合ってあげる」

「イブリン様はお昼休みを取らないのですか?」


「最近はほとんどそうね。あなたの教育計画を練ったり、結婚式と披露宴に関することもチェックしたりしなければならないから、仕事量が増えているの」

「お姫様……淑女って、働いたりしたりしないものだと思っていました」


 エリスが用意した昼食を、アーティはおずおずと食べ始めます。

 私は手際よく招待状を仕分けながら答えました。


「報酬を得るための職業を持ったりはしないから、ある意味では正しいわね。奉仕活動はやるべきだと思うならやる。領地や王都の屋敷の管理も上級使用人に丸投げしたっていい。やることと言えばベルをちりんと鳴らすだけ、という淑女も大勢いるわ」

「じゃあ、イブリン様はどうして一生懸命なのですか? 何でもやってくれる使用人がいて、素敵なドレスを着て美味しい食事を楽しめて、一日中遊んでいられるのに」


「八大公爵家の娘だからよ」

 私はきっぱり答えました。


「八大公爵家の人間は生まれた瞬間から、大きな権力を持っているわ。その権力には膨大な責任が伴うの。普通の貴族のように、恵まれた暮らしを享受するだけでは駄目。公爵令嬢の称号に見合う人間でないと駄目」


 私は手を止めて、アーティの顔を見つめました。


「それが、八大公爵家に生まれた令嬢が背負う宿命なの」


「……なんだか大変そうですね」

 アーティはぽつりとつぶやきます。


「バーナード様は……イブリン様は人前ではいい顔をして、裏では贅沢三昧に暮らしているって言っていました。だからそういう仕事は、エリスさんやテッドさんがやっているものだと……」


 私は小さく微笑みました。

 アーティはバーナード様から都合のいいことばかり耳に吹き込まれていましたから、私のことを贅沢と特権だけに彩られた女だと、余計に思い込んだのでしょうね。


「あなたも私の義妹になれば、こういった務めを果たさなければならないということよ」

「それって大変ですよね?」

「そうね、きつい仕事だと思うわ。特に大きなイベントの前は、頭がおかしくなりそうなほど多忙な日々が続くのよ」


 アーティが「ふうん」と宙を見ました。

「辛そう……」


 とても素直な感想ですね。まあ確かに、アーティがこなすのは至難の業でしょう。だって、そこまでの教育をする予定はありませんから。


「まあ、あなたの場合はすぐに嫁ぐし、出産もあるし。テイラー公爵家でゆっくり慣れたらいいんじゃないかしら」


 私が言うと、アーティは「よかったあ」と目に見えてほっとした顔をしました。


「イブリン様なら、ちっとも辛くないのでしょうね」

「そうでもないわよ」

 私はペンを走らせる手を止めて、アーティの顔を見つめました。


「時々……頑張り続けることが辛く思えるの」

 アーティがごくりと唾を飲み込みます。嫌だわ、私が怖い顔をしてしまったせいかしら。


「そ、そういう時は仕事を休んで、気分転換するんですよね?」

「そうしたいのは山々よ。でも、時間がないの」


 特に今は、と心の中で付け加えます。


「じゃあ……どうするんですか?」

「どうもしないわ。辛さを抱えたまま、ただ一歩ずつ前に進むだけ。あなたに厳しくしているのだから、自分にはそれ以上に厳しくしなければならないでしょう?」

「……………」


 アーティが無言で皿に目を落とします。彼女が心の中で何を考えているか、突き止める暇はありません。

 私は書類に手を伸ばしました。得意の速読で次々に目を通します。


「エリス、披露宴会場のテーブル装花についてなんだけれど」

 私が呼ぶと、エリスが机の横に素早く移動してきます。


「お母様の蘭でシックにまとめるアイデアは、アーティには似合わない気がするの。花の中では蘭が一番高価だけど、オーソドックスな薔薇のアレンジの方がいいんじゃないかしら。暖色系の薔薇ならバーナード様の赤い髪ともマッチするし」

「庭師のザックとレニーに、いくつかサンプルを作らせましょうか」

「ええ、お願い。それと席順を再チェックしてみたのだけど──」


 花嫁になるはずだった私が、新しい花嫁のために最善を尽くす。冗談のような話ですが、やると決めたからには全力を尽くします。


「披露宴会場の大階段に合唱団を配置するアイデアを思い付いたの。讃美歌を歌わせて、入ってくるお客様を出迎えるというのはどうかしら」

「もったいないくらい素晴らしい演出だと思いますわ」

「合唱団には白いローブを着せると雰囲気が出るわね。伴奏はハープがいいかもしれないわ。テイラー公爵は華やかな式典が大好きだし、きっと承諾してくださるでしょう」


「……あの。美味しかったです」

 アーティが昼食を食べ終えました。


「では、あなたはお昼寝の時間ね」


 私が言うと、エリスが部屋の隅に下がる紐をぐいと引っ張りました。振動が伝うと繋がっているベルが鳴る仕組みで、待機している使用人を呼び出すことができるのです。

 ほどなくして扉が開き、アーティ付きの侍女シェンダが入ってきました。


「イブリン様はお昼休みを取っていないのに……」

 アーティが申し訳なさそうに眉を下げます。


「私のことは気にしないで、自分の身体をいといなさい。寝付くまで、ハンソン博士にフェリー・ルイスの小説を読んでもらうといいわ」

 私は穏やかに微笑んで見せます。


 シェンダと共に部屋を出ていく直前、アーティがこんなことを言いました。

「……バーナード様は何を見ていたのかしら。十三年も婚約していたのに……」


 それはバーナード様を信じ込んでいるアーティが、初めて口にした疑問でした。




お読みいただきありがとうございます。

本日の更新は以上です。11章の残りは明日になります。

物語は終盤に入りつつあります(書き上げた長編を、皆様が読みやすいよう手直し・再編しながら投稿しております)

今週中には完結する予定です。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。


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