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(これくらいのことで聖女に見えるのならば、それらしく振る舞った方が得よね)


 私は、はにかんだように目を伏せました。


「考えずにはいられないのです、バーナード様のためにまだ何かできるんじゃないかって。あんなに活動的な方なのに、暇つぶしの方法がないのはお辛いでしょうね……」


 本当ならば議会でふんぞり返っていられるのに、謹慎を命じられていますからね。『結婚前に愛人を作ったこと』に対する処分として、彼は結婚式まで仕事を休み社交の場にも一切出てはならない。

 そうするよう頼んだのは他ならぬ私なのですが、わざとらしく苦悩しているふりをします。それを見たテイラー公爵の顔にもはっきりと苦悩が表れました。


「すべてバーナードの自業自得なのだがね。活発で明るく、青年紳士の中心的な存在なだけに、長い間じっとしているのは耐えがたいだろうな……」


 だからこそ落馬での骨折が好都合なわけですが、口には出しません。

 バーナード様は表向き、結婚式の総責任者として準備でてんてこ舞いしていることになっています。

 何しろ国内外の名士が集う国家的行事ですから、やるべきことがまだ山ほど残っています。実際のところは、お父様とテイラー公爵が分担して準備を進めておりますが。

 深いため息がテイラー公爵の口から洩れました。


「とはいえ、今のバーナードにできることはない。テイラー公爵家の嫡男ならば、どんな罰も潔く受け入れるべきだ」

「それが当然だな」


 お父様が大きくうなずきます。

 私は静かに口を開きました。


「私、名案を思いついたのですけれど」


 お父様とテイラー公爵が、私の顔を見ます。テイラー公爵は怪訝そうに、お父様は私の胸中を察したような優しい眼差しで。

 私はさらに言葉を続けます。


「バーナード様の置かれている状況を最大限活用し、彼にしかできない仕事をしてもらうというのはどうでしょう」

「それは一体どういうことだ?」


 テイラー公爵が身を乗り出します。


「順を追ってご説明します。私は今、アーティのために新たな使用人を雇うべきか悩んでいるのです。我が家の使用人たちが、アーティの元平民という身分を強く意識してしまって、従順ながらもどこか蔑みの感じられる態度を取るものですから」


「それは致し方あるまい。八大公爵家の使用人ともなれば、自信と高いプライドが備わっているものだ。しかしそうなると、イブリン嬢が新居に連れて行く予定だった使用人は誰もアーティに付いていきたがらないだろうな……」


 テイラー公爵の言葉に、私は「ええ」とうなずきました。

 本当のところ、使用人たちがアーティを軽蔑しているのは出自が卑しいからではなく、私に対する仕打ちのせいなのですが。


「せめて結婚後の新居では、アーティがのびのび振る舞えるようにしてあげたくて。彼女と日常的に触れ合うことになる侍女を数名、貴族に仕えた経験のない『平民』から選びたいのです」


 私は二つ目の書類ケースを開き、王都にある職業斡旋所の一覧を取り出しました。


「でも困ったことに、私は平民を選り抜く能力に自信がなくて。その点バーナード様なら見る目に間違いがない──何と言ってもアーティを見出したのですからね。彼女の教育は時計仕掛けのようにスムーズで、まるで奇跡のようなんですよ。子爵令嬢になるために必要な行儀作法を、もう完璧に覚えてしまいました」


 テイラー公爵が驚いたような顔をします。私はにっこりしました。


「鋭い鑑識眼のあるバーナード様こそ、侍女探しの適任者だと思うのです。しかも引っ越し先は平民が暮らす地域にありますから、秘密裏に面接を進められる。骨折が完治するまで二か月以上かかることが、逆にいい効果をもたらすでしょう。余裕をもって、焦らずじっくり吟味できます」

「確かに……素晴らしい案だな。バーナードの人を見る目は大したものだし、私も全幅の信頼を寄せている。暇つぶしにもなって一石二鳥だ」


 お世辞を真に受ける親馬鹿ぶりに内心で苦笑しつつ、私は身を乗り出しました。


「一石二鳥どころか一石三鳥ですわ。上手くいけば一石四鳥になるかもしれません」

「平民の使用人を雇うことに、他にどんなメリットが?」

「まず、人選によっては慈善活動になります」


 私は三つ目の書類ケースを開き、アーティが育った孤児院についてまとめた書類を取り出しました。


「慈善になる上に、貴族に対する平民の不満感を鎮めることができるのです。普通の貴族は孤児の心情を理解できないし、理解しようという努力さえしない。しかし八大公爵家の嫡男と孤児の娘が結婚し、人々のお手本となるような円満な家庭を築いたら──さらに旦那様が、奥様と同じ孤児を雇い入れたら──平民は二人に喝采を送り、熱狂的に崇拝するでしょう」


「確かに、八大公爵家が孤児を雇えばインパクトがあるな。アーティと結婚するからには、バーナードは貴族と平民の架け橋として注目を集めて人心を掴んだ方がいい。ここに書かれているポレットとかいう娘は、アーティを助けたいと言っているようだし……雇ったら重宝するだろう」

「ええ。アーティにとっては家族のようなものですから、安心感を覚えるに違いありません」


 私は力強くうなずきました。実際ポレットは、アーティが困ったら助けると言っていましたしね。


「素晴らしい案だ、イブリン嬢。平民の関心を格差から逸らし、士気高揚させる偉業を成し遂げたバーナードを、国王様も誇りに思ってくださることだろう。まさに一石四鳥、いや五鳥だ!」


 興奮したテイラー公爵が、拳を振り回します。

 お父様が、私に意味ありげな視線を向けてきました。


「確かに良策だが……狭い家で複数の女性を面接するとなると、バーナードの興味が他の平民に移る可能性もあるのではないか?」

「まあ、お父様ったら。バーナード様が浮気をするとでも?」


 私はわざとらしく驚いて見せました。


「彼は浮気の心配などない、最高の男性ですわ。馬糞係を生涯愛そうという決意が揺らいだり、この私を切り捨てるという決断が崩れ去ったりするはずがありません。そうでないとしたら……彼は救いようのない愚か者ということになる」


 ええ、一般的に考えたら極めて危険なシチュエーションです。相手がバーナード様でなかったら、ただのハニートラップでしかない。

 彼の愛情をアーティはつゆほども疑っていない。そんな彼女を悲しませるなんて、バーナード様の最も望まぬところでしょう。まさか、まんまと目移りしたりしませんよね?


「そ、そうだぞミルバーン公爵。あまりバーナードを見くびらないでもらいたい」


 テイラー公爵がむっとした表情で口を挟みます。


 私は「まあまあ」と宥めるように言いました。


「では、これらの案は協力して進めてまいりましょう」


 それにしても親の愛って本当に偉大。そんなことを思いながら、私は可憐な乙女のように恥じらう表情を浮かべました。


「テイラー公爵、最後にお願いがございます。バーナード様を落馬させてしまったサンブルーを早急に引き取らせていただきたいのです。一度はお譲りしたのに、はしたないとは思うのですけれど。新居の厩舎の馬丁に辛く当たられているかもしれないと思うと、いてもたってもいられなくて……」


「いや、あの馬は血統も才能も素晴らしすぎるから、私が調教しようと思っていたのだが……う、ううむ……素晴らしい案をいくつも出してくれたイブリン嬢の頼みだ、聞き届けないわけにはいかんな……」

「ありがとうございます!」


 私は花が咲くような明るい笑みを浮かべました。

 テイラー公爵がまぶしそうに目を細めます。


「本当にイブリン嬢は聖女のようだね。あの馬鹿息子がイブリン嬢の温情を知れば、涙にむせぶことだろうが──」

「ふふ、約束通りまだ秘密でお願いいたしますわ。アーティは愛人教育を受けているだけ……侍女の面接の際は、彼女たちがお仕えすることになる女主人は『新たに貴族の愛人になる女性』とだけ伝え、素性を一切出さないように、バーナード様に釘を刺しておいてくださいませ」


「もちろんだ。バーナードは骨折したことを誰にも知られたくなくて身を隠すのだから。自分の素性だって上手くごまかすだろうよ」

「今日は未来への種をたくさん蒔けて、充実感がありますわ。バーナード様がアーティと正式に結ばれて、感動の涙を流す日が楽しみです」


 私は笑顔をさらに輝かせました。今日の自分に対する満足感が大きすぎて、テイラー公爵が帰っていくまで笑顔が消えなかったくらいです。


(さあ、これからも頑張らなくちゃ)


 私は決意を新たにしました。

 種を蒔いた後は草取りをしたり、鍬を入れたりしなくてはならないけれど、いくつかは自然に任せてみましょうか。

 すくすく元気に育ってくれた先に、どんな未来が待っているのかしらね。



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