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「この事実に、この案とこの案を組み合わせて……レイクン、ものすごい名案を思い付いたわ。フレデリック様、私はこれで失礼します。今すぐにでも取り掛かるべき仕事ができたので」
「イブリンのような活動的な人に、ずっと隣にいてもらうのは至難の業だね」
フレデリック様がため息をつきます。
「私はテイラー公爵に見つからないように、裏口からこっそり抜け出すよ。隠密行動に関しては、肉屋の馬車に乗って新居に通っていたアーティより私の方がよほど上手だ」
そう言って肩をすくめるフレデリック様に、私は優雅に一礼して踵を返しました。私専用の執務室へ向かい、勢いよく扉を開けます。
「ああイブリン様! あのクソ男の大失敗、レイクン様からお聞きになりました?」
「エリス、王都にある職業斡旋所の一覧と、やはり王都内で我が家が所有する建物の一覧を出してちょうだい!」
予備の机に座って執務を代行していたエリスが、目を丸くして私を見上げました。
「は、はい。今すぐに」
私の全身にやる気がみなぎっていることに気づいて、エリスは慌てて立ち上がりました。そして綺麗に整理された書類棚から革製の書類ケースを二つ取り出します。
私はそれを受け取ると、執務机に座る時間も惜しんで立ったまま中身を確認しました。ひとつうなずき、机の上から別の書類ケースを取り上げます。
私が手にしたケースを見て、エリスがきらりと目を光らせました。
「テイラー公爵がいらっしゃっているタイミングで、アーティの孤児院についてまとめた書類が必要と言うことは……新しいアイデアを思いつかれたのですね?」
エリスはわくわくしたような表情で、期待に目を輝かせています。
「そうね、何事も自分に有利な方へ変えるための作戦よ。テイラー公爵に恩を売り、未来のための種を蒔くの。悪いけれど、エリスはここで執務を続けていてちょうだい。通常の仕事も滞りなく進めなくてはね」
エリスはがっかりした顔で「はい」と答えました。私は三つの書類ケースを持って、お父様とテイラー公爵がいる応接室へと向かいます。
私が扉をノックすると、父の秘書であるスタントンが扉を開けてくれました。
ゆったりとソファに座る父が私を手招きします。私は彼の隣に腰を下ろしました。書類ケースはさりげなく横に置きます。
「お父様、テイラー公爵、お話し中に申し訳ありません。なんだか胸騒ぎがしたのです。急いでエリスに確認したら、バーナード様が落馬なさったと……」
「そうなんだよイブリン嬢。まったく運の悪い奴だ」
向かいのソファに座るテイラー公爵が、頭を垂れて両手で抱えます。
「バーナードはひどく機嫌が悪くてね。足にギプスをした哀れな姿を、誰にも見られたくないんだ。むしゃくしゃして誰彼構わず当たり散らすものだから、使用人たちが世話係を押し付け合っている」
「バーナード様の無聊を慰めるためにサンブルーをお譲りしたのに、逆効果になってしまいましたね……」
私は胸の前で両手の指を組み合わせ、唇を噛み締めました。まるで自責の念にさいなまれているかのように。
「いや、いや。イブリン嬢は何も悪くない」
テイラー公爵が首を横に振ります。憔悴しているように見えるのは、やはり息子が心配だからでしょう。
「結婚式までには歩けるようになるだろう。しかし骨折をとことん秘密にしようとすると、リハビリもままならんな。何か良い方法があれば……」
「それでしたら、一時的に引っ越すというのはいかかでしょう?」
「引っ越し? 転地療養ということか?」
「いいえ。結婚式まで三か月を切っているのに、王都を離れるわけにはいきません。王都内にある、貴族に知られていない建物に身を隠すのです」
私は一番上の書類ケースから、数枚の紙を取り出しました。
「これらはすべて、ミルバーン公爵家が所有している建物です。どれも平民が暮らしている場所にあるんですよ。中産階級が住む地域にある平屋、繁華街にある集合住宅の一室、農村部にある納屋付きの二階建て……」
テイラー公爵が見やすいように、私は手早くローテーブルの上に書類を広げます。
「バーナード様は松葉杖での生活になりますし、この平屋がよさそうですね。ちゃんとした庭もついています。そう広い家ではない点が、今のバーナード様にちょうどいいと思いますわ。身の回りのことは副執事とベテラン侍女と料理人を連れて行けば十分。友人知人に会う心配がないとなれば、リハビリもはかどるでしょう」
「なんて素晴らしいアイデアだ……」
物件の概要を見ながら、テイラー公爵は感動に震えています。
普通の貴族は、平民が暮らす地域に物件を持っていません。しかしうちの一族にはこういった場所を好む変わり者がいるのです。
「お気に召していただけて嬉しいですわ。でも、新居に残る使用人たちを遊ばせておくのはもったいないですね。彼らの気が緩んで、アーティのことや骨折の件が外部に漏れても困りますし……」
私は口元に手を当てて考えるふりをしました。
「……バーナード様が療養している間、次男のエドモンド様が新居に滞在したらよいのではないですか?」
「まだ十四歳のエドモンドが?」
「はい。エドモンド様も、いずれは結婚なさいます。良家の婿養子として引く手あまたでしょう。新居の執事と侍女頭から、屋敷の主人としての風格ある振る舞いを学ぶチャンスですわ」
「確かに滅多にある機会ではないな……。エドモンドは得難い経験ができるし、使用人に支払う給金を無駄にせずに済む。いや恐れ入った、イブリン嬢は本当に知恵が働くね」
テイラー公爵の顔には驚きと感嘆の入り混じった表情が浮かんでいます。
お父様が「自慢の娘だ」と私を見て目を細めました。
私は十八歳の娘らしく、はにかんだ笑みを浮かべて見せます。
エドモンド様には、いずれ何かの役に立ってもらうかもしれません。恩を売っておいて損はないでしょう。それに、次男というのは『不測の事態の予備』ですもの。教育は大切です。
「バーナード様のために何ができるか、一生懸命考えたんです」
「イブリン嬢、あなたは本当に聖女のようだね」
「そんな……当然のことですわ。アーティのことがあったとはいえ、十三年も婚約者だった方ですもの」
テイラー公爵の言葉に、私は静かに微笑みました。




