【07】
ヨトラコル伯爵の弟は、真実の愛に目覚めし五人の中において魔術師ポジション。国で一番魔力があり、魔法にも長けている……つーか他の四人の魔法がたいしたことないという、相対的な面もあったような、なかったような。
真実の愛に目覚めし言葉遣いが貴族としては幼めな、魔術師ポジ弟はさておき――
『伯爵に聞きたいことがあるんだが、いいか?』
『いいぞ』
オルタナの許可を取ってから、
「ヨトラコル伯爵の年齢はおいくつでいらっしゃいますか?」
「三十八になる」
年齢聞かなきゃ分からない見た目だ。いやまあ、異母妹と真実の愛たち五人衆のうちの一人の兄だから、大まかな年齢は分かるんだけど、うん……見た目若いな。この人も、かなり魔力はあるよな。
「その場にいたら何か覚えていそう……な、年齢ですけど、その場にいたわけではないんですね?」
「なんの関係もない。その殺人事件が起こったのは神殿で、それも神官歴が十五年を超える者以外は立ち入りを許されていない地下拝殿で起こった事件だ」
「当時八歳前後のヨトラコル伯爵には知るすべはないと」
「そうだ。当時神官だった親戚もいない。だからこそ、ユセリラルダ殿下……ユセリラルダさまは、聞きに来たのだ」
「どういうことですか?」
オルタナに会話の主導権を返す。
「普通に考えれば、ロテルシト男爵に聞くべきだろう。男爵はユセリラルダさまの調査にも、協力しているのだから」
「それが妥当ですが、しなかった理由があると?」
「ああ。わたしがロテルシト男爵に聞いたほうが、情報を得られるはずだと告げたところ、ロテルシト男爵は当時神官で、事件現場の神殿に在籍していたそうだ」
『オルタナ、これって』
『長官も参事官も、ロテルシト男爵が怪しいと睨んでいるが、動機が不明だ……が、これが動機になるかどうか』
『もう少し話を聞いてみないとな』
中二病のようだが、脳内で会話して――迷宮で連絡取りあうときに使うんで、専用回線引いてんだよ。不本意だけど!
「なるほど。当時のその場にいたから、話を聞くことはできなかった……ということで?」
「そのようだ」
「その事件について、お尋ねしたいのですが」
「もちろん。語るつもりで来たのだ」
ヨトラコル伯爵の話によると、三十年ほど前にウェイヨウィス神殿で起こった事件なのだという。
十五年以上神官を勤めなければ立ち入ることが許されていない神殿の地下拝殿にて、神官の遺体がみつかった。
遺体は激しく傷つけられており、殺人事件として機関で調査されることとなった。
「二人に説明しておくと、当時のカラブリアは貴族の殺人事件はすべて外国人に罪を負わせるようになっていて」
「あー聞いてます」
「やっぱり、そうなんですね」
冤罪の温床というか、外国人に簡単に罪をなすりつけられるから、安易に犯罪に走る貴族が多かったのがカラブリアという国だ。
「だが、この事件は例外で、犯人とされたのはカラブリア貴族なのだ」
「は?」
「へ?」
思わずオルクスと同じように、変な声が漏れ、少し遅れて脳が理解した。
「はははは! はははははは! 笑ってしまって申し訳ございません。三十年前にカラブリア王国でカラブリア貴族が逮捕って、そりゃ大事件ですね。ははは! 愉快だなぁ!」
オルタナが笑うのも分かる。
「冤罪国家で冤罪の恩恵を受けまくっていた貴族が逮捕されると、正当さをまったく感じられず冤罪としか思えないって……言葉が見つからないけど……」
逮捕されてもされなくても冤罪にしか思えないって、マジでどんなバグだよ、この国。
「わたしとしては、なにも言うことはできないのだが、実際そのような事件があったのだ。二人が驚くように、当時のカラブリア貴族社会でも、噂にはなった。ゆえに世代がずれているわたしも、小耳にはさんだことがあったのだ」
そりゃまあ、いろんな意味でバカみたいな事件だもんな、これ。
「殺害された人数は?」
「被害者は一名だ」
「不適切な表現ではありますが、一人殺害されただけの事件が、三十年以上経ってもそれなりに残ったということは、当時の人たちにも大きな衝撃を与えたのでしょうね」
「そうだ。わたし自身は、その事件について詳しく調べたことはなく、情報を求めにきたユセリラルダさまのほうが、知っていたくらいだ」
「侯爵が持っていた情報というのは?」
侯爵が持っていた情報は、被害者がヴェデリオン・パールスという貴族の神官で、加害者はガルムロド・アーティホードという、こちらも貴族の神官。
この二人の家は対立しており、それが殺害の動機になると機関は判断した。
「え? まさかそれっぽい動機だけで、犯人と断定したのですか?」
貴族のいざこざは殺人事件に発展してもおかしくはないが、おかしくはないが……それだけで?
「資料を調べていないので、なんとも言えないが、おそらく……」
ヨトラコル伯爵が困った表情から、ガチで申し訳なさそうな表情に。両サイドで立っているお供の二人も視線が床に。
お前ら、一応護衛も兼ねてるんだろ? 視線を落とすな。落としても勝てるくらい強いのならいいけど、お前たち弱いよ……まあ、視線を向けてても、オルタナには敵わないから視線を下げてもいいか。
わたし? お供の二人は殺せるけど、ヨトラコル伯爵はむりだろうな。オルタナがいなかったら殺せる――恐ろしいことだが、オルタナの奴ヨトラコル伯爵のこと気に入ってる。どの方面で気に入っているか? 深く追求しないけど、わたしが攻撃しようとしたら、守るくらいには気に入っている。
オルタナに気に入られるとか…………こわっ!
「資料のほうは、わたしもあたってみます。それ以外は何を聞かれましたか?」
「当時の貴族情勢。ガルムロド氏の一門バクノン家と、パールス氏の一門イトチフォ家がなくなって得をする一門はどこか? とも聞かれた」
「なくなったんですか?」
「なくなってはいないが、この一件で争いが激化し、結果として随分と小さくなった。これに関しては、わたしも貴族の端に連なる者ゆえ、お答えすることはできた」
「一応聞いておきますけど、どこの一門が得をしたんですか?」
「特になかった。もともとバクノン家とイトチフォ家は、単純に不仲なだけだった。利権だとか土地の境界線だとか、そういった諍いは一切なかった」
そりが合わなかったってことか。
「なるほどねえ。ちなみに、どうして貴族が犯人になったんですか? その時代なら適当に外国人を捕まえて、犯人に仕立て上げて、誤魔化すこともできたでしょう?」
調査機関の本部でしていい会話じゃねえよ、これ。
「その当時、事件が起こったウェイヨウィス神殿に外国人神官がいなかったからだ」
「……」
簡潔明瞭なお答えありがとうございます……じゃなくて!
「……えっと……いたら、犯人にされてた?」
「おそらく……」
わたしの問に、ヨトラコル伯爵が苦しそうな絞りだした声で答えた。
「外国人神官がいなくて、よかったですね」
「ああ。本当にそう思うよ」
こりゃ、他所の国から調査機関に長官送り込まれて当然だ。
「ヨトラコル伯爵にお伺いしたいのですが、侯爵はどうやってこの事件を知ったのですか?」
『どうした? オルタナ』
『捜査線上にこの一件は出ていない。簡単に入手できる情報ではないということだ』
ああ、なるほどねー。え? カラブリア王国では、かなり変わった事件なのに出てきてないって、おかしくないか? どうしてだ?
「ユセリラルダさまのご自宅には、メヤスバコというものがあり――」
この一件は半年以上前に、目安箱に投書されたものだった。神官なら文字も書けるし、事件を知っていてもおかしくはない。
「再調査を依頼した投書について、ほかに何か言っていませんでしたか?」
「この一件で、メヤスバコだけではなく、互いの顔が見えないようにして、口頭で依頼できるような箱のようなものを作っていると」
ヨトラコル伯爵は投書されたメモを見たそうなのだが、この神殿の一件と、魔道具の爆発の一件が同じ日に、同じ文字で投書されていたそうだ。
侯爵自身も同じ文字だと思い、調査でも特に筆跡鑑定が得意だったヨトラコル伯爵に鑑定を依頼し、同一人物だと言われ「文字を書けない人が、運よく神官とめぐり合い代筆してもらった」ことを認識し――庶民は文字が書けないことをちょくちょく忘れるのは、前世の記憶があるからだろうな。
とにかくこの一件から、告解室に似た建物を作ったと。
「あそこも爆破され、二名の死者が出ています」
「……そうか」
『コスパ、なにか聞きたいことはあるから、ついてきたんだろ?』
『コスパ言うな』
「ヨトラコル伯爵から見て、ロテルシト男爵というのは、どのような人物ですか? 主観で結構ですので」
「彼について、特に……主観というか、直観で申し訳ないのだが、彼は歪んでいる」
「歪んでいる……ですか」
すっげー抽象的な表現できたな。おそらく長官職に就いている時は、言えなかった感覚的なものだろう。
「ああ。わたしの直観というのは、天与に裏付けられたものではないので、これといった根拠はない。だがなんというか、歪んでいると感じた」
「ありがとうございます。では次に、ロテルシト男爵は魔力はどの程度のものでしたか?」
「魔力そのものは、世間一般的にいって普通だ。ユセリラルダさまが、パールス氏の事件について、彼に聞かなかった理由の一つは、彼が神殿地下に入れる魔力を持っていたことだ」
『神殿の地下って、魔力も必要なのか?』
『知らねえよ、オルタナ。カラブリアにいるウェイヨウィス神官に後で聞いてみる』
「魔力はわかりました。魔法は?」
魔力はあっても、訓練しなければ魔法は使えないんだよ。たまに、それこそ「稀によくいる」千年に一人とか、一万年に一人、一億年に一人みたいなのが、習わなくても感覚で使えたりするけど――オルクス・バベル・ウィルトゥース・タナトスって言うヤツなんだけどね。
「一応機関に入庁できたのだから、上昇と下降の魔法は使えただろう。あとはウェイヨウィスの神官なのだから、回復魔法もそれなりに使えるのではないか? 使っているのを見たことはないが」
「三十年前って、入庁試験あったんですか? あったとして、貴族が落とされるってことあるんですか?」
「……」
ヨトラコル伯爵が額に手をあてて、俯いちゃった。
「伯爵を責めているわけじゃないんですよ。ただ純粋な疑問っていうか」
「いや、分かる。分かっているが、思い返せば、わたしがただの調査官だった頃の長官の魔法は、怪しかった……」
またなにか思い出したことがあったら、報告しにくると……と、ヨトラコル伯爵は従者二名とともに帰途についた。
『どう思う? オルタナ』
『この一件は関係なさそうだな』
『なんで?』
『半年前に元長官に聞いて、その後ロテルシトと会っていないのなら、ロテルシトが事件に関与しているから、口封じに……となるが、この半年以内に三回は会っている』
『ああ、だから”怪しいヤツ”止まりなのか』
『犯人ではないという確証があるから、会っていたと考えるのが普通だろ。むしろ今回の伯爵の証言は、それを裏付けたようなものだ』
『それはそうだ……でもなあ……』
『どうした、コスパ』
『コスパ言うな……外部の人間を調査に使う許可を出してくれ』
『誰だ?』
『ウェイヨウィス神官のレシジスだ。今回の迷宮主失踪事件の報告書に、簡単な略歴は載せている』
『理由を聞かせろ』
『三十年前の機関の調査について、神官たちは不満を持っている。もしくは信頼を失っている。だから機関の調査官が正面をきって聞きに行っても、答えてはくれない。だからこの事件に、機関はたどり着けていない。侯爵は伯爵に聞く前に、神殿に足を運んで話をきいたはずだ。侯爵は機関の調査官ではないし、故国では冤罪を晴らす人の代名詞だ。だから答えてくれたと考えるのが”外国人的”な考え方だ』
情報源として考えられるのは、神殿しかない。
『ありそうだな。考え方も同意する』
『神殿側……侯爵の調査に協力した神官は、今回のこの一件も疑っているはずだ。機関がまた事件を隠蔽しようとしているのではないか? と』
『機関がどれほど聞いても、答えてくれないというわけか』
『答えたら殺されるかも知れないんだぞ。答えられるとおもうか?』
『答えたらバカだな。そういうことなら、外部の協力者が必要になるな。許可は出す』
という話をしながら、オルタナが押し付けようとしていた仕事が行われている部屋へと向かった。断りたいんですけどね! 腕を掴まれて強引に! 逃げられんのよ、こいつの腕力からは!
腕を千切れば逃げられるけど、そこまでして逃げようとは思わないので。




