第59階層
じゃあ私は誰なんだって話ですが……ただの一平民でございます。
皇子が亡くなった事がバレたら首が飛んでしまう、と慌てた皇子の担当医師が家に駆け込んで来て、容姿が似ている私を偽の皇子様にしたて上げた。
いや、マジで勘弁してください。
そもそも私、女性なんですが? 女性らしさは少ないかもですがね……
どうしてそれでうまく行くと思っているんだ、あの医師様。
父さんと母さんも呑気げに笑っていたし。
唯の平民の私が、皇子様のフリなんて出来る訳ないじゃな~い?
ホント、意味が分からないですよ。
ああ、胃が痛いわ~。
「本当にカーラード王国から、わずか一日で我が国まで帰って来たと言うのか?」
「正確には半日ですね……とんでもない速度、さらに百人以上が同時に、かつ、それだけの重量がありながら、一切の揺れがありませんでした」
「宿泊施設も我が国の技術を圧倒しています」
手をかざすだけで自動で開く扉。
しかも手の形を識別して、本人しか開かなくなるセキュリティもある。
風呂もトイレも各部屋に設置され、風呂などは一日中、温水が循環している始末。
さらには、まるでダンジョンの中に居るかのように、天井の壁から光が降り注ぎ、部屋の中ではオンオフすら可能。
「移・食・住、全てにおいてカーラード王国が勝っているとでも言うのか……」
はえ~、そんな国なんてあるんだ。
世界で一番進んだ街はここだと思っていたんだけど、世界は広いよね~。
まっ、私の知ったこっちゃ無いけど。
「カーラード王国で提供された麦はどうであった?」
「小麦と言う品種を加工した物を頂きましたが……かつてない程の美味しさで、少量でも満腹感を感じ、主食を肉から変えても反発は決して起きないと思われます」
「出発前に、自生している麦を食べましたが、えぐみが凄くて食べられた物ではありませんでした」
「しかし提供された物は、ほんのりとした甘味まで感じられるほど美味でございました。さらに、米と言う品種に至っては、麦とはまったく違った物であると言わざるを得ません」
それほどか……と呟いて、暫く黙り込む皇帝陛下。
これがぐうの音も出ないって奴かな、と眺めていたら、陛下と目があってしまう。
サッと目を反らすも後の祭り。
「クレスフィズはカーラード王国をどう思う」
と、そんな事を言われる。
「え……えっと、そんな凄い国なら一度は行ってみたいな、とは思います」
「ならば、最初に言った通り、お前をかの国へ派遣する」
えっ!? そんな事を言ってたの? 聞いてなかったよ!?
あっ、でもそっちの方が良いかも。
宮殿で居るよりはバレる可能性が減るよ、やったね!
「麦や米は、いずれその技術を盗むことは出来ましょう、ですが……」
「リニアモンスターカーとやらか……」
「はい、カーラード王国がどこまで技術を公開して頂けるか……」
書簡であのような条件を出したのは不味かったかも知れんな。と陛下が呟く。
「調査に第一皇子を派遣するのです、それなりの誠意は向こうも感じるでありましょう」
書簡で結構、無茶な事を書いて要求したらしい。
それについては、未だ返答もないそうな。
まあ、怒っているんでしょうね。
えっ、私、そんな所へ行くの? マジぇ~?
「皇子と共に何人か向かわせる、それで状況を確認してみよう」
「ハッ、人選は?」
「宰相よ、口の堅い人物を平民から幾人が呼び出せるか?」
「当たってみましょう」
そう言って宰相が部屋から出ていく。
続いて兵士達も部屋から出ていき、皇帝陛下と二人きりになってしまう。
しまった! 一緒に出て行くんだったよ~!!
「お前は、これまでの暮らしで幸せだったか?」
突然、皇帝陛下がそんな事を聞いてくる。
そんな事を聞かれましても……皇子様の暮らしなんて知りませんよ?
私自身は今絶賛、不幸でございますが!
回答に困って首を傾げていると、
「いや、良い、先ほどの事は忘れてくれ」
そう言って、部屋から退室するように言われる。
よし、今回もやりきったゼ!
帰ったら医師様におやつを強請ってやるからな!
と、部屋から出て通路を歩いていると一人の女性と鉢合わせする。
そして、その女性が私を見て一言。
「ふむ……どうして男装しているのかね?」
えっ、バレた!?
なんで!?
私、自慢じゃないが胸は薄い。
なので、女だとバレるような恰好はしていない。
「おや、つついたら駄目な事だったかな。こりゃ困ったね」
困ったのはこっちですよ!
「いや、私もね、長い間、男装していたから分かるんだよ」
「そうなんですか?」
あっ、私、そうなんですか、なんて言って認めちゃっている。
おっほ、だから無理だって言ったんですよ。
助けて医師様! オラ道づれにすんぞ!! あっ、されたのは私の方だった。
「心配しなくても誰にも言わないよ。こう見えても口は堅いんだ」
「本当ですか?」
本当だよ、と言って人差し指を口に当ててウィンクする。
うっは、こんな美人さんがそんな仕草をすると絵になるわ~。
良し! まだ大丈夫、まだいける。
うん、
「アクレイシス女王、お一人で歩き回られては危険ですよ。我がカーラード王国とグランサード帝国は、まだ、どのような関係になるか分からないのですから」
廊下の向こうから走って来た女性が、目の前のお方に向かってそう言う。
……アクレイシス……女王?
そして……カーラード王国?
それって、さっき話に上っていた私が向かう国じゃない?
あっ、これはやっぱ駄目かもしんない。




