第58階層 クレスフィズ・グランサード
「………………」
難しそうな顔をした老人は、無言で王座の方へ戻り腰を下ろす。
暫く考え込んでいたかと思うと、おもむろに口を開く。
「まずは自己紹介といこうか。我が名はファーゲン・グランサード、この帝国の皇帝である」
随分と長い前振りだったが、ようやく謁見が始まると言う事か。
アクレイシス女王とオレも名乗りを上げる。
「正直、麦など食べられる様な物では無いと聞くが……良い、今日はもう遅い、その話は明日、改めて聞こう」
まあ、その気持ちは分からない事も無いです。
オレも最初、食った時は吐き出しそうになったぐらいですから。
下手に肉料理が発展してそっちの方が美味しいものだから、味の比較対象としては話にもならない。
栄養価だけは高いんですがねえ。
まあそれも、麦の選別と改良で多少は改善している。
ダンジョンさんが種さえ出してくれれば、それも一気に解決する。
プラント農園があった時に、速攻で刈り取りしとくべきだったぜ。
今となっては後の祭りでございます。
「ただ、こちらの許可があるまでは、肉の件も小麦の件も一切の口外を禁じる」
理由があったとは言え、自分達だけ野菜食って寿命を延ばしていた。なんて事がバレたら大事ですからねえ。
「何、簡単な事だ、我々は何も知らなかった。ただ、そう言えば良い」
等と女王様がそうおっしゃる。
Q:肉に毒がある?
A:我々はそんな事は知らなかった。
Q:なぜ肉を食べずに野菜だけを食べている?
A:野菜が好物だからだ。
Q:どうしてそんなに長生きしているの?
A:野菜が偶々、体に良かったのだと思う。
それで良い。
前世の政治家さんの言い訳みたいですね……
「なんだったら何も言わなくても良い」
野菜にそのような効果があるとは言わずに、新たに発見された、小麦・米に効果があると言えば良い。
人の関心をそっちに向けてしまえば、王族が野菜だけを食っている事など話題にすら上がらないかも知れない。
後はそちらの情報統制の腕次第。
前世の政治家さんみたいなやり方ですね……
「皇帝陛下、今しかしかない。そう今しかないのですよ、今がそれを変えるチャンスなのです」
前世の政治家……いや、もう良いか。
小麦と言う、新たな作物が発見された。
なんとそれには、人の知能を向上させ、寿命すら伸ばす効果がある。
肉と一緒に食べる事により『今の健康な体を維持したまま』その効果を得られるのだ。
その『今の健康な体を維持したまま』を強調する事により、王族が野菜しか食っていない批判が上がっても躱す事が可能だろう。
米や小麦は王侯貴族も食べていなかった。
だったら、スタートラインは皆が同じ。
誤魔化すなら今しかない。
「その、米や小麦と言う物か、それほどの効果があるのか?」
「食べ続けて効果がある物と、瞬時に効果がありますがすぐに元に戻る2種類があります」
地上栽培とダンジョン産だな。
「後者ならすぐに効果が分かって頂けますが、数がありません」
「ふむ……」
とりあえず試してみようとなったのだが、何か月ぐらいで持って来られるか聞かれる。
何か月も何も……
「行って帰って……早ければ、明後日には持って来られますが?」
「ふむ、こちらへ持って来ているのかね?」
「いいえ、カーラード王国から持って来るのです」
皇帝陛下の頭の上にハテナが一杯浮かんでいるような気がする。
あれ、この皇帝陛下、リニアモンスターカーの事を聞いていないのか?
というか計算したら分かると思うんだが。
「確か、片道3か月かかると……」
ん? と言って考え込む。
「そちらの国からここまで来るのにかかった日数は?」
3か月と言っても山あり谷ありの凸凹道だ。
地球の裏側、などという距離でもない。
「本日の日の出と共に出発いたしまして、着いたのは……お触れがあったかと思いますが」
「そんな、バカな……」
おや、皇帝陛下が随分と驚愕されている。
一緒に乗って来た兵士さん達は、輸送量はともかく、速度に関しては誰も驚かなかったのに。
まあ皆、無表情だったから本当の所はどうだか知らないけど。
隣の女王様は、アレ絶対、驚いているのを必死で隠しているよ。自分も経験あるから、等と言っていた。
お前の経験ってなんだよ?
とも思ったが、突っ込むのもなんだか怖いので聞かなかったが。
◇◆◇◆◇◆◇◆
皇帝陛下から私室への御呼ばれがあった。
もしかしてバレたのコレ?
コレがバレたら一体どうなるの!?
イヤ~! 誰か助けて~!!
でも、ここで逃げたらもっと酷い目にあるんだろうな。グッスン。
「バレてないから行って来なさい」
ホントに~? 信じていいの医師様。
「バレてたら真っ先に私の首が飛んでますよ、物理的に」
こわっ、なんで私、こんな事に巻き込まれてんだろ?
とりあえず、トボトボと皇帝陛下の私室へ向かう。
面と向かって二人っきりなんて絶対に誤魔化せられないよ。
ああ、お父さん、お母さん、先立つ不孝をお許しください。
と、皇帝陛下の私室に付いたのだが、ラッキ~、二人っきりじゃないっぽい。
部屋の中には皇帝陛下と宰相閣下。
さらに後から兵士の服装をした人が数名ほど部屋に入って来た。
よし、ここはひたすら、空気として過ごすのだ!
でもな~、仮に今日を生き延びたとしてもな~、ああ、胃が痛いわ~。
「皇子、クレスフィズ皇子」
なにやら宰相さんが私の方を向いてそんな事を言っている。
あっ、私! 今、その皇子様だった!
「はいっ!」
「陛下のお話を聞いておられましたか?」
いいえ、聞いていませんでした! などと言えるはずもなく。
曖昧な笑顔で誤魔化してみる。
「まあ、こんな事を急に言われて戸惑っているのも分かりますが、第一皇子としての自覚を持ってもらわないと困りますぞ」
そんな事を言われてもな~、その第一皇子様、つい最近、崩御されたんですよね……




